Andrew Ngが示すAIプロジェクトの「鉄則」と、生成AI時代の水平思考アプローチ
本記事では、まずAndrew Ng(Google Brain創設者・Coursera共同創業者)が「How to Choose Your First AI Project」(Harvard Business Review, 2019)で提唱しているAI導入の基本的な考え方を整理します。続いて、生成AIが登場した今日において、これらの「鉄則」を**水平思考(ラテラルシンキング)**で拡張したらどうなるかを章を分けて論じます。
第1章:Andrew NgのAI導入プレイブック
1.1. パイロットプロジェクト選定の5大要素
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短期間で成果を出せるもの
- 6〜12ヶ月以内に具体的な成果が見えるか。
- まずは小さな成功事例を積み上げて、社内外の信頼を獲得する。
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トリビアルすぎず、大きすぎないもの
- 全社的に意味がありつつも、実行可能なスコープを設定する。
- 組織にとって「投資する価値がある」と認識できるレベルの課題を狙う。
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自社の業界・ビジネスに直結しているもの
- 汎用的なシステム開発ではなく、自社独自の強みやドメイン知識が活かせる領域を優先。
- 競合他社との差別化が図りやすく、成果がアピールしやすい。
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信頼できるパートナーと進められるもの
- AI人材が不足している場合、外部のコンサルやベンダーと連携。
- 速度感を優先し、初期段階で可視的な成果を出すことで社内合意を得やすくする。
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明確な価値を生み出せるもの
- コスト削減・売上拡大・新規事業創出といった明確な指標があるか。
- 「データがあるからAIをやる」のではなく、「この領域で、この手法によって、こういう価値を生む」という仮説を立ててから取り組む。
1.2. 組織体制・プロジェクト運営のポイント
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目的とスコープの明確化
- 期待する成果・予算・スケジュールをチームや関係者と共有し、合意形成を図る。
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リーダーの選定
- AI技術と事業ドメインの両面に理解のあるリーダーを置き、橋渡し役として機能させる。
- 成果を社内に広める「アンバサダー」の役割も重要。
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ビジネス価値と技術的実現可能性の検証
- 数週間のPoC(Proof of Concept)やデータ検証を行い、早期に勝ち筋を見極める。
- 必要であればピボット(方向転換)も検討。
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小規模チームでスタート
- 5〜15名程度のチームがベストプラクティスとされる。
- 迅速な意思決定と知見共有を重視する。
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成果を社内でアピールし、次につなげる
- 成功事例を可視化し、経営層や他部門に対してわかりやすく示す。
- 関連する事業部などステークホルダーにも十分なリワードを行い、社内のAI活用機運を高める。
第2章:生成AI時代に「水平思考」で拡張する
前章で述べたAndrew Ngのプレイブックは、主にディープラーニングによる予測・分類タスクやその周辺を想定していました。しかし近年、ChatGPTや画像生成モデルなど「生成AI(Generative AI)」が実用段階に入り、以下のような新たな価値創造の可能性が広がっています。
- テキスト・画像・音声などの新たなコンテンツ生成
- ユーザーとの対話型システムの高度化
- 従来の定型業務を越えた新しいビジネスモデルの構築
ところが生成AIは、まだ事例や定石が少なく、ビジネス適用での未知の課題も多いテクノロジーです。そんな未知の領域を開拓する際に有効なのが**水平思考(ラテラルシンキング)**です。ここでは、Andrew Ngのプレイブックを基盤にしつつ、生成AI時代にどのように拡張していけるかを考察します。
2.1. 「短期間で成果を出す」から「試行回数を増やす」へ
- 従来: 6〜12ヶ月かけて1つのパイロットに集中し、確実な成果を狙う。
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生成AIでの水平思考:
- 生成AIは試行錯誤がしやすい反面、想定外のリスクや成果も出やすい。
- 短いスプリントで複数のアイデアを同時並行的にテストし、小さな失敗から素早く学ぶ。
- 「1つの大プロジェクト」にこだわらず、「複数の小プロジェクト」を回す体制を整える。
2.2. 「自社ドメイン」を前提としながらも、あえて既存の常識を外す
- 従来: 自社のコア領域にフォーカスし、課題解決の効果が出やすいテーマを優先。
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生成AIでの水平思考:
- 生成AI特有のアプローチがコア業務の枠組みを超える可能性を模索する。
- 例:製造業なら、設計や品質管理支援だけでなく、生成AIを使ったまったく新しいプロトタイピング手法や、サプライチェーン・マーケティングへの波及効果を検討する。
- 「本当にこれが自社のコア業務?」を疑い、「周辺業務×生成AI」への拡張も検討。
2.3. 「価値を生み出す」だけでなく、新しい市場ニーズを創出する
- 従来: コスト削減・売上拡大・新規事業創出が明確に見込めるか。
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生成AIでの水平思考:
- 生成AIならではのユーザー体験に着目し、現在の競合・市場分析とは全く異なる角度で新たな需要を掘り起こす。
- 例:教育分野での「個別化学習コンテンツの自動生成」にとどまらず、学習者と双方向対話しながらカリキュラム自体を変革するイノベーションなど。
- 「今は存在しない市場」を視野に入れることで、従来のROI計算にとらわれない発想を展開する。
2.4. 「外部パートナー」の枠を広げ、OSSコミュニティやユーザーも巻き込む
- 従来: AIベンダーやコンサルティング企業と連携し、ノウハウや人材を補完。
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生成AIでの水平思考:
- 生成AIはオープンソースコミュニティの存在感が大きい。
- 実際のユーザー(社内外問わず)を巻き込んだ迅速なフィードバックで、AIモデルを改善。
- 「企業内だけで完結」しない実証実験の仕組みづくりが、生成AIプロジェクトの進化を加速させる。
2.5. 「小規模チームでの実験」+「ユーザー群を使ったベータテスト」の両立
- 従来: 5〜15名ほどのチームで、社内で小さく始める。
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生成AIでの水平思考:
- MVP(Minimum Viable Product)を素早く立ち上げ、ユーザー群を限定的に招待してベータテストを行うなど、早期のユーザーフィードバックを得る仕組みが重要。
- 大規模パイロットとして、一般ユーザーの入力(対話ログ、フィードバック)からモデルを育て、改善サイクルを加速させる。
おわりに
Andrew Ngが提唱するAI導入プレイブックは、**企業のAI活用の“最初の一歩”**を確実に踏み出すための原則といえます。このプレイブックを着実に実行することで、いわゆる「PoC(概念実証)止まり」の失敗を減らし、実ビジネスで価値を生むAI活用が可能になります。
一方で、ChatGPTをはじめとした生成AIは、まだ最適解が定まっていない先端領域です。こうした未知の分野を開拓する際こそ、**水平思考(ラテラルシンキング)**が大きな力を発揮します。
- 「常識として当然と考えている部分」
- 「過去の成功体験が当たり前としている手順やシステム」
これらをゼロベースで再定義することで、生成AIによる新しい付加価値を創り出せる可能性があります。
結論としては、**「Andrew Ngの鉄則を守りつつ、生成AIならではの水平思考を併用する」**という二段構えが、企業がAIによる本質的な競争優位を築くうえで非常に有効となるでしょう。
参考
- Andrew Ng “How to Choose Your First AI Project” (Harvard Business Review, 2019)
- AI Transformation Playbook (Andrew Ng)
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