サルコペニアまとめ
はじめに
株式会社Rehab for JAPAN 開発2部サイエンスチームの上田です。
2024年11月2日~3日に開催された第11回日本サルコペニア・フレイル学会大会へ参加しましたが、そもそも「サルコペニア」や「フレイル」の正確な定義を知らなかったことに気付き、まずはサルコペニアについて調べてみました。
ターゲット
- 介護に係る方
- サルコペニアに関心のある方
- ご両親の足腰が弱ってきたと感じる方
- 明日は我が身と感じる方
要約
- 「歳をとると足腰が衰える」という概念自体は恐らく人類史と同じくらい古いはず
- 「サルコペニア」という名称は1989年に誕生。当初は「加齢による筋肉量の減少」という定義だった
- 現在では「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で、身体機能障害、QOLの低下、死のリスクを伴うもの」
- 診断基準は5年に1度(?)検討更新されている(欧州:EWGSOP, アジア:AWGS)
- メカニズムは複雑
- 確立した予防法、治療法はまだない
サルコペニアとは
2007年に超高齢者社会(65歳以上が国の人口の21%以上)に突入した日本において、高齢者ひとりひとりができる限り元気で自立した生活を送ることが今後の医療経済的な視点だけでなく、高齢者個人の健康寿命の延伸や生活の質(QOL)を向上させる上で重要です。
高齢者が自立した生活を送るための重要な要因のひとつとして、筋力や筋肉量の維持が挙げられますが、筋肉量は20歳~30歳代をピークに加齢と共に減少し、70歳~80歳代で約30~40%も減少すると言われています[1][2][3][4]。「サルコペニア」は1989年Rosenbergによって「加齢による筋肉量の減少」を意味する用語として提唱されました(ギリシャ語で筋肉を意味する「sarx/sarco」と喪失を意味する「penia」を合わせた造語)[5][6]。当初は骨格筋量の有意な低下(若年平均の2SD以下や第一5分位など)と定義づけられていましたが、その後骨格筋量低下だけでなく筋力の低下、歩行速度など身体機能の低下も合まれるようになりました。
2010年、欧州老年医学会などの研究グループEWGSOP (The European Working Group on Sarcopenia in Older People) によりサルコペニアは『筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で、身体機能障害、QOLの低下、死のリスクを伴うもの』と定義づけられ、筋肉量、握力、歩行速度を指標とした診断基準が提唱されました[7]。2016年にはICD-10コードを取得し(M62.84)、独立した疾患として国際的に認められました[8]。
サルコペニアの診断
EWGSOP2010, AWGS2014
2010年のEWGSOPの基準では筋量低下、筋力低下、身体機能低下から構成される臨床的な診断手順が示されましたが、「骨格筋量の低下」が必須条件とされ、「筋力の低下」または「身体機能の低下」のどちらかが加わればサルコペニアと診断されます。なお、「骨格筋量の低下」のみの場合にはプレ・サルコペニア、「骨格筋量の低下」、「筋力の低下」、「身体機能の低下」すべてがある場合には重症ルコペニアと定義されています。
EWGSOP(2010)によるサルコペニアの症例発見のためのアルゴリズム
EWGSOP(2010)による概念的なサルコペニアの段階
臨床診療における評価方法として、骨格筋量では二重エネルギーX線吸収測定法(DXA:Dual-energy X-ray Absorptiometry, 2種類の微量なX線を照射し、それぞれのエネルギーが組織によって吸収率が異なる現象を利用して検査対象の脂肪、骨、徐脂肪組成を識別する方法)による四肢徐脂肪量を身長の2乗で割った値である骨格筋量指数(SMI:Skeletal Muscle Mass Index)、筋力では握力、身体機能では通常歩行速度が推奨されています。診断の基準値については歩行速度
そこで2014年にアジアにおけるサルコペニアワーキンググループ(AWGS:Asian Working Group for Sarcopenia)がアジア人のための診断基準を提唱しました[9]。この診断基準においてもヨーロッパの基準と同様に骨格筋量、握力、歩行速度を用いてサルコペニアと診断することとし、骨格筋量についてはアジア人のデータに基づき、DXA法のSMIで男性
評価方法 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
SMI | DXA: BIA: |
DXA: BIA: |
握力 | ||
歩行速度 |
EWGSOP2019, AWGS2019
2019年にEWGSOPは診断基準の改定を発表し[10]、新しい基準では握力の低下のみで「サルコペニア疑い」と診断可能となり、ただちに治療介入することが推奨されました。また骨格筋量の低下のみによる「プレ・サルコペニア」という概念は診断によるメリットがないことから廃止されました。ただし、骨格筋量、筋力、身体機能のいずれも低下している場合の「重症サルコペニア」は引き続き採用されています。
EWGSOP(2019)による診断
EWGSOPに伴い、AWGSでも診断基準の改定が行われました[11]。この改定では地域やプライマリー・ケア現場で骨格筋量を測定することの難しさを考慮し、より簡便にサルコペニアのリスクがある方を早期に特定するための基準を設定しました。一方で、骨格筋量を測定できる病院や研究施設では依然としてAWGS2014の診断アルゴリズムを利用する事を推奨しています。
AWGS(2019)によるサルコペニア診断基準
まず、一般の診療所や地域など骨格筋量の測定が困難な現場においては、下腿周囲長(CC)などのスクリーニングによって低下が認められた場合、握力もしくは身体機能として5回椅子立ち上がりを測定し、いずれかが低下している場合は「サルコペニア疑い」という診断が可能となりました。「サルコペニア疑い」に対しては生活習慣介入と関連する健康教育が推奨されており、同時に確定診断のために病院に紹介することをも奨励されています。一方、骨格筋量の測定可能な施設においては、DXA法やBIA法を用いてSMIを算出し、骨格筋量低下の有無を判定します。この改定では評価方法として歩行速度の代わりに、SPPB(Short Physical Performance Battery)、5回椅子立ち上がりを用いることも可能となっています。病院では診断に加えて医療専門家により原因、特に可逆的な原因を精査し、適切な個別介入プログラムを提供する必要があります。
スクリーニング
症例抽出としてスクリーニングを行います。評価方法として下腿周囲長(CC)と、SARC-FおよびSARC-CalFが推奨されています。SARC-Fは下の表の①~⑤の質問で構成されており、SARC-CalFは①~⑤に加えて、⑥の下腿周囲長に関する質問が追加されたものになります。評価基準としては、CCではメジャーなどで、ふくらはぎの一番太い周囲径を測定し、男性
内容 | 質問 | 0点 | 1点 | 2点 | 10点 |
---|---|---|---|---|---|
①握力 (Strength) |
4-5㎏の荷物の持ち運び | 全く困難ではない | いくらか困難 | 非常に困難/できない | |
②歩行 (Assistance in walking) |
部屋の端から端までの歩行移動 | 全く困難ではない | いくらか困難 | 非常に困難/できない | |
③椅子から立ち上がる (Rise from a chair) |
椅子やベッドから移動 | 全く困難ではない | いくらか困難 | 非常に困難/できない | |
④階段を昇る (Climb stairs) |
階段を10段昇る | 全く困難ではない | いくらか困難 | 非常に困難/できない | |
⑤転倒 (Falls) |
この1年の転倒回数 | なし | 1-3回 | 4回以上 | |
⑥下腿周囲長(CC) | 下腿周囲長の長さ | 男性34cm以上 女性33cm以上 |
男性34cm未満 女性33cm未満 |
筋力・身体機能
握力の測定においては複数回の計測における最大値を採用することになっており、基準値は男性
身体機能の評価方法として6メートル通常歩行、5回立ち上がりテスト、SPPB(高齢者の下肢機能評価)が採用されています。通常歩行では動的なスタートから減衰せずに通常のペースで少なくとも4メートル以上歩くのにかかる時間を測定し、2回の平均値をとることが推奨されており、基準値は
骨格筋量
骨格筋量の評価方法はAWGS2014と同様にDXA法とBIA法が推奨されており、基準値も変更なくDXA法の四肢徐脂肪量を用いたSMIで男性
AWGS2019における各基準値は以下のとおりです。
評価内容 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
スクリーニング | CC: SARC-F: ≧4点 SARC-CalF: ≧11点 |
CC: SARC-F: ≧4点 SARC-CalF: ≧11点 |
筋力 | 握力: |
握力: |
身体機能 | 6m歩行速度: 5回立ち上がり: SPPB: ≦9点 |
6m歩行速度: 5回立ち上がり: SPPB: ≦9点 |
骨格筋量 | SMI(DXA): SMI(BIA): |
SMI(DXA): SMI(BIA): |
サルコペニアの分類とメカニズム
サルコペニアは加齢以外に特別な要因のない一次性(加齢性)と、1つ以上の要因が明らかでない二次性とがあり、これら要因には大きく分けて不活発な生活スタイルや寝たきり、廃用など活動に関連するもの、臓器不全や炎症性疾患、悪性腫瘍など疾患に関連するもの、吸収不良や低栄養など栄養に関連するものに分類されます。また一次性サルコペニアの発病と進行に関しても、複数のメカニズム・要因が関与しており、特にタンパク質合成、タンパク質分解、神経と筋の統合性および筋内脂肪含有量の調整等に関わる因子の不具合などにより引き起こされると考えられており、また時間の経過とともにこれら関連する複数のメカニズムも変化する可能性があります。
サルコペニア分類 | 関連するもの | 要因 |
---|---|---|
一次性 | 加齢 | 年齢以外明らかな原因なし |
二次性 | 活動 | ベッド上安静、 不活発な生活習慣、体調不良、無重力状態 |
二次性 | 疾患 | 進行した臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、 炎症性疾患、悪性腫瘍、内分泌疾患 |
二次性 | 栄養 | 摂食不良、吸収不良、食欲不振 |
一次性サルコペニアの要因
以下に一次性サルコペニアの要因をいくつかピックアップします。
- 加齢により筋繊維自体の減少ならびに筋繊維の萎縮より骨格筋が減少する
- 運動ニューロンとそれが支配している筋繊維(まとめて運動単位)も加齢とともに減少する
- 神経筋シナプスは加齢による形態変化し、シグナル伝達の機能低下を起こす
- 加齢ともに筋衛星細胞(サテライト細胞)の機能低下が起こり、筋繊維の再性能が低下する
- 加齢によりタンパク質摂取量が減り、血中アミノ酸濃度が不十分なため筋肉細胞内でタンパク質合成が誘導されにくくなる
- アミノ酸に対するmTOR活性化反応は高齢者で低下しており、アミノ酸が十分でもタンパク質同化反応が鈍くなる(タンパク質同化抵抗性)
- 加齢による成長ホルモン等のホルモン分泌低下
- 加齢筋のオートファジーやマイトファジー機能の不全のため、細胞内の正常なホメオスタシスが保持できなくなる[12][13][14]
サルコペニア関連疾患
以下にサルコペニア関連疾患と、よく混同するフレイル、ロコモをメモしておきます。
[15]
サルコペニア肥満サルコペニアの人の中には体重減少を伴わずに骨格筋量が低下する人がいます。つまり、減った筋肉と同等かそれ以上の体脂肪が身体についた状態です。骨格筋量が低下し(サルコペニア)、かつ体脂肪が多い(肥満)病態を「サルコペニア肥満」と呼びます(現状で統一した定義、診断基準などはありません)。サルコペニア肥満の人には高血圧や脂質異常症、メタボリックシンドローム、血糖値が高い人が多いことが知られています。また単なる肥満のと比べてADL低下、フレイル、転倒、死亡を来しやすいと言われています。
[16]
呼吸サルコペニアサルコペニアによって生命維持に欠くことのできない機能である呼吸筋力の低下と呼吸筋量が低下した病態。呼吸サルコペニアは,呼吸機能,身体能力,ADL,および予後を悪化させる可能性があります。
フレイル
フレイルとは、もともと「か弱さ」や「もろさ」を意味する英単語「Frailty」の訳語で、健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下などが見られる状態のことを指します。サルコペニアが主に筋肉量の低下を伴う筋力の低下もしくは身体機能の低下であるのに対し、フレイルは筋力低下などの身体的問題だけでなく、認知症やうつなど精神・心理的問題と独居や閉じこもりなど社会的問題も含んでいます。
ロコモティブシンドローム(ロコモ)
ロコモティブシンドロームでは骨や関節、靭帯、筋肉や腱、神経などまで含む運動器全般の機能低下を指します。
まとめ
今回はサルコペニアの定義や診断基準についての変遷をざっくりとまとめてみました。サルコペニアはふらつきや転倒、更にはフレイルや要介護状態のリスクとなり、また様々な疾患の重症化や生存期間にも影響するため、早期発見と早期対応が必要不可欠であると感じました。最近、足腰が弱ってきたかな?と見受けられるご両親やご親族が身近にいる方は、まずはスクリーニングとして下腿周囲長を測ってみたり、「指わっかテスト」をやってみるのも良いかも知れません。
サルコペニアは独立した疾患として国際的に認めれてまだ10年も経っておらず、予防法や治療法については現状で十分なエビデンスは得られているとは言えません。 今後、さらなるサルコペニア関連研究が進み、予防法や治療法が確立されることを期待しています(明日は我が身)。
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葛谷雅文 日老医誌 2015, 52: 343-349. ↩︎
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葛谷雅文 日老医誌 2009, 46: 279-285. ↩︎
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Flakoll, Paul et al. “Effect of beta-hydroxy-beta-methylbutyrate, arginine, and lysine supplementation on strength, functionality, body composition, and protein metabolism in elderly women.” Nutrition (Burbank, Los Angeles County, Calif.) vol. 20,5 (2004): 445-51. ↩︎
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Baier, Shawn et al. “Year-long changes in protein metabolism in elderly men and women supplemented with a nutrition cocktail of beta-hydroxy-beta-methylbutyrate (HMB), L-arginine, and L-lysine.” JPEN. Journal of parenteral and enteral nutrition vol. 33,1 (2009): 71-82. ↩︎
-
Rosenberg, Irwin H.. “Summary comments : Epidemiological and methodological problem in determining nutritional status of older persons.” The American Journal of Clinical Nutrition 50 (1989): 1231-1233. ↩︎
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Rosenberg, I H. “Sarcopenia: origins and clinical relevance.” The Journal of nutrition vol. 127,5 Suppl (1997): 990S-991S. ↩︎
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Cruz-Jentoft, Alfonso J et al. “Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People.” Age and ageing vol. 39,4 (2010): 412-23. ↩︎
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Anker, Stefan D et al. “Welcome to the ICD-10 code for sarcopenia.” Journal of cachexia, sarcopenia and muscle vol. 7,5 (2016): 512-514. ↩︎
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Chen, Liang-Kung et al. “Sarcopenia in Asia: consensus report of the Asian Working Group for Sarcopenia.” Journal of the American Medical Directors Association vol. 15,2 (2014): 95-101. ↩︎
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Cruz-Jentoft, Alfonso J et al. “Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis.” Age and ageing vol. 48,1 (2019): 16-31. ↩︎
-
Chen, Liang-Kung et al. “Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 Consensus Update on Sarcopenia Diagnosis and Treatment.” Journal of the American Medical Directors Association vol. 21,3 (2020): 300-307.e2. ↩︎
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江崎淳二ら 日老医誌 2011;48:606―612 ↩︎
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Sakuma, Kunihiro et al. “p62/SQSTM1 but not LC3 is accumulated in sarcopenic muscle of mice.” Journal of cachexia,
sarcopenia and muscle vol. 7,2 (2016): 204-12. ↩︎ -
Sasaki, Tsuyoshi et al. "Role of Fyn and the interleukin-6-STAT-3-autophagy axis in sarcopenia" iScience, Volume 26, Issue 10, 107717 ↩︎
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Hidetaka Wakabayashi, "Sarcopenic Obesity" Jpn J Rehabil Med 2021;58:627-632 ↩︎
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呼吸理学療法学/3巻 (2023-2024) 1号 ↩︎
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