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人はなぜ寄付をするのか?〜JOB理論と心理学的視点で導き出す、支援者がプロダクトに求める真の報酬〜

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はじめに

この記事はREADYFORアドベントカレンダー2025の19日目の記事です。

こんにちは!UXデザイナーとして業務委託をしているわたなべです。
普段はUI作ったり、ユーザーインタビューをしたりしています!

この記事を書こうと思ったきっかけ

私たちは日々、クラウドファンディングという仕組みを通じて、多くの「善意」に触れています。日常的に触れているとそれが当たり前のように感じるかもしれませんが、本来、経済的な合理性だけで考えると、寄付は少し不思議な行動です。お金を払っても、手元に便利なモノが届くわけではありません。(特にREADYFORというプロダクトは他のクラウドファンディングサービスと比較して善意の側面が強いでしょう。)

今回はUXデザイナーの視点でこれらを捉え直すことで、改めて支援者のゴールの解像度を上げ、より良いユーザー体験を提供するためのヒントにできないかと考えました。
私がプロダクトに向き合う中で「これは納得感がある」と感じた3つの心理学的視点をご紹介します。

JOB理論とは?

記事の本題に入る前に、私がプロダクト設計で大切にしている「JOB理論」[1]について簡単に触れたいと思います。
JOB理論とは、クリステンセン教授が提唱した「顧客の行動原理」を解き明かすフレームワークです。一言でいうと、「人はモノを買っているのではない。自分の生活をより良く(進歩)させるために、その製品を『雇用』しているのだ」という考え方です。

「ドリル」の例で考えるJOB

有名な例えですが、ある人が「ドリル」を買ったとします。この時、その人はドリルという物体が欲しくてたまらないわけではありません。「壁に穴を開けたい」という用事を片付けたいから、ドリルを期間限定で雇用したのです。さらにその背景には「棚を作って部屋を片付けたい」「家族がリラックスできる空間を作りたい」という、より本質的な「進歩」への願いが隠れています。

では、私たちのサービスに置き換えて考えてみましょう。ユーザーはなぜ、金銭的なリターンもなく「寄付プロダクト」をあえて雇用するのでしょうか?そこには、非常にロジカルで心理学的な「報酬」が隠されています。私が個人的に納得感の強かった3つの視点から、その正体を紐解いてみます。

視点① 暖かな光(Warm Glow)理論

── 精神的な満足という「見えない報酬」を雇用する

まず挙げられるのが、経済学者ジェームズ・アンドレオーニが提唱した「暖かな光(Warm Glow)」[2]というモデルです。
これは、人は他者を助けるという行為そのものから、「温かい気持ち(満足感)」という報酬を得ているとする考え方です。厳密には、寄付者の満足度(効用)は、「相手が助かること」だけでなく「自分が寄付をしたという事実」そのものに直接依存すると定義されます。

身近な例:落とし物を届けた後の「晴れやかさ」

例えば、道で誰かが落とした財布を拾って交番に届けたときを想像してみてください。お礼を期待しているわけではなくても、帰り道に少しだけ心が軽くなったり、晴れやかな気分になったりしませんか?あの「温かい充足感」こそがWarm Glowの正体です。

JOB理論で言い換えると

  • 現状: 社会の課題に対して何もしない自分に、かすかな「後ろめたさ」や「冷たさ」を感じている状態。
  • 理想の進歩: 寄付を通じて「自分は良いことをした」という温かい充足感(報酬)を得て、晴れやかな気分になること。

UX設計のヒント

寄付が完了した瞬間の「ありがとう」のメッセージや、温かみのある演出は、単なるマナーではありません。ユーザーが対価として求めている「精神的な報酬」を確実に手元へ届けるための、重要なインターフェースだということを再認識したいです。

この視点自体は納得感はありましたが、抽象度が高い、もしくは人の本質すぎるせいか、もう少し解像度高く「どんな満足感を得ているのか?」を説明できるような視点はないか調べてみました。

視点② 自己効力感

──「無力感」から脱し、「影響力」を雇用する

次に、過去のユーザー調査でも非常に重要なキーワードとして挙がっていたのが「自己効力感」[3]です。主に動物保護などを中心に支援している支援者さんのペルソナ像を作成した時にこの視点は強く現れていました。
これは心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、「自分は状況に対して、何らかの影響を及ぼすことができる」という確信を指します。

身近な例:ニュースを見て感じる「モヤモヤ」

大きな災害や貧困のニュースに触れるとき、私たちは「自分一人では何もできない」という強い無力感に襲われます。これは心理的に非常に大きなストレスです。ユーザーは、この「何もできない自分」という不快な状況から脱し、「自分の一歩が世界に影響を与えた」という手応えを取り戻すことを目的として、寄付を雇用しています。

JOB理論で言い換えると

  • 現状: 課題の大きさを前に、何もできない自分に「無力感」を感じているストレスフルな状態。
  • 理想の進歩: 寄付という具体的なアクションを通じて、「自分の一歩が世界を変えた」という手応え(影響力)を取り戻すこと。

UX設計のヒント

「合計1,000万円集まりました」という大きな数字も大切ですが、「あなたの一歩で、一人の生活がこう変わった」という具体的な変化を見せることが、ユーザーの自己効力感を最大化すると考えます。「変化の可視化」こそが、プロダクトが提供すべき価値になりそうです。

視点③ 社会的アイデンティティ

── 「なりたい自分」としての定義を雇用する

最後は、社会心理学における「社会的アイデンティティ理論」[4]と、経済学の「シグナリング理論」[5]という視点です。
人は、「自分はこういう人間である(あるいは、ありたい)」というアイデンティティを確立・維持するために行動します。

こちらも過去の調査で「仲間・夢ドリブン」キーワードのペルソナを作成しており、彼らはセミナーなどを通じて共感し合う仲間と出会い、プロジェクトの進捗を自分の事のように熱心に応援をしていました。

身近な例:「地元産の食品」を優先して買う

例えば、外国産の安いお肉と地元産の高いお肉がスーパーで並んでいる時に、高くても地元産もお肉を購入する人が私の友人にもいたりします。安さは強力な意思決定材料ですが、それよりも「地元の経済を支え、郷土愛を持っている自分」というアイデンティティを、購買行動で肯定することに重きを置いている行動なのでしょう。

JOB理論で言い換えると

  • 現状: 自分の価値観(例:教育を支援したい)は持っているが、それを具体的に証明する手段がない状態。
  • 理想の進歩: 寄付を通じて、「自分は社会の課題に向き合う人間である」というアイデンティティを確立し、維持すること。

UX設計のヒント

クラウドファンディングの実行者さん描くプロジェクトの詳細や目指したい未来は、単に支援者さんに説明するためのものではないでしょう。
ユーザーが「このプロジェクトを支援している自分」を肯定できるか(アイデンティティを補強できているか)という、体験の質を左右する土台となります。
実行者さんが目指す熱意を持った未来に共感すること、言い換えれば実行者さんが支援者の代弁者となり、そこにあなた自身が帰属していることを伝えることが重要だと考えます。

おわりに:私たちが設計しているのは「善意の出口」

調べていて改めてよくわかりましたが、「人はなぜ寄付をするのか」という問いに、たった一つの正解はないのでしょう。
ある人は「温かい気持ち」になりたいのかもしれませんし、ある人は「無力感」を拭い去りたいのかもしれません。あるいは「自分らしくありたい」という願いかもしれません。また、それは一人の中でも時期によって変わるものかもしれません。

私たちプロダクトの提供者の役割は、世の中に溢れるこうした「誰かを助けたいというエネルギー」が迷子にならないよう、最も納得感のある形で届けるための「出口」を丁寧に設計することなのだと私は感じました。
今後も画面の向こう側にいる支援者の方々がどんな「進歩」を求めているのか、もっとユーザーへの理解を深め、考えていきたいと思います。

明日12月20日はフロントエンドのテックリードをしている@kotarella1110の担当です!
お楽しみに〜
https://qiita.com/advent-calendar/2025/readyfor

脚注
  1. 参考:クレイトン・M・クリステンセン他著『ジョブ理論 ―イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2017年) ↩︎

  2. 参考:[公益法人用語辞典] ウォームグロー、https://www.koueki.jp/dic/hieiri_050/ ↩︎

  3. 坪井 梨紗、自己効力感をもたらす活動が寄付行動に及ぼす影響、https://www.onolab.jp/persons20/20_tsuboi.pdf ↩︎

  4. Tajfel, H., & Turner, J. C. (1979). "An integrative theory of intergroup conflict." The social psychology of intergroup relations ↩︎

  5. Social Identity Theory In Psychology (Tajfel & Turner, 1979)https://www.simplypsychology.org/social-identity-theory.html ↩︎

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