データ専用MVNOで起こりうる音声優先端末が招く罠
この記事はBBSakuraNetworksアドベントカレンダー2025の10日目の記事です。
皆さんこんにちは。rkumakuraです。
去年に引き続き会社のアドベントカレンダー2025に参加しております。
今回の記事は「データ通信だけ提供するMVNOでも、音声優先端末の挙動をちゃんと理解しておかないと危ないよ」という話を書いてみます。
はじめに
スマートフォンやタブレット、USBドングルなど、さまざまな形態のモバイル通信端末で「データ専用SIM」を契約している人は多いと思います。音声通話やSMSは使わない前提なので、「データ通信さえできればOK」と捉えがちです。しかし「4Gの電波が一瞬立ったけど圏外になった」となる事態が起こり、思わぬ落とし穴に陥る可能性があります。
これは、端末の「音声優先(Voice-centric)」という設定や、ネットワーク側の音声サービス (VoLTE)非対応、あるいは設定不整合といった要因が絡み合うことで発生します。国内における多くの“データ専用MVNO + 音声優先端末”の組み合わせで、この現象は致命的な罠となります。
本記事では、「なぜ4Gで通信できなくなるのか」を技術的に分解。さらに、データ専用サービスを提供するMVNO事業者が注意すべき点、取るべき対策を整理してみます。
音声優先(Voice-centric)端末について
モバイルの世界で、技術仕様の標準を決めている3GPPという団体では、端末の接続モードを「UE usage setting」として定義[1]しています。4G端末はざっくり以下の2モードに分類されます。
音声通信優先モード(Voice centric)
「音声が必ず使えるネットワークに接続したい」というモード、スマートフォンのほとんどがこれ。スマホ以外にも端末によっては音声は使わないが音声優先という端末もあります。VoLTEかCSFBのどちらかが使えればOKです。
データ通信優先モード(Data centric)
タブレット/USBドングル/IoTモジュールなどがこちら。音声が不可でもデータが通ればOKです。
音声優先端末で起こる問題とは
問題は、音声優先(Voice centric)端末が4G網に接続したときに、VoLTEもCSFBも使えなかった場合の挙動です。
このとき端末は「ここでは音声ができない」と判断し、4Gとの接続を切って音声が使える別の網(3Gなど)を探しに行く動作をします。もし3Gが停波しているなら、延々「圏外」のままデータ通信すらできませんし、停波前でも4Gのみ対応しているサービスの場合は同じくデータ通信が不可になります。
端末の動きとしておかしいだろと思われるかもしれませんが、この動作は3GPPにもちゃんと定義されている動き[2]なのです。

端末が接続する動作(Attach)
もう少し詳しく動作を見ていきましょう。まず端末は4Gのネットワーク網に接続するときはAttachという処理を実施します。
音声優先端末の場合、Combined AttachというAttachの種類で接続していきます。これは以下二つの接続を同時に行う方式で、VoLTEがまだなかった時はこの方式を利用しデータ通信と音声通話を可能にしていました。
- PSドメイン(データ)
- CSドメイン(3G音声)
ここで3GPPで定義されている資料からCombined Attachの接続シーケンスを見ていきましょう。3GPPの用語が頻発しますが流れをざっくり解説していきます。

3GPP TS23.272 5.2 Attach procedureより
Step1
端末(UE)からMMEという4Gネットワークにおける端末の位置を管理するシステムに基地局を経由して接続要求(Combined Attach)が行われます。
Step2
認証処理や位置登録処理といった基本動作[3]が実施され、MMEはHSSというDBを担当するシステムから接続してきた加入者に関するサービスプロファイルをもらいます。その中にCombined Attachだった場合に、MMEから3Gネットワーク側に接続するかどうかの情報が含まれています。
その情報がNetwork Access modeというパラメータで、今回の問題に関わる値として以下があります。
- PACKET_AND_CIRCUIT(0)
- ONLY_PACKET(2)
Step4
PACKET_AND_CIRCUIT(0)の場合、3G側の音声機能を担当するMSC/VLRへ位置登録のための接続をします。ONLY_PACKET(2)はデータ通信のみのサービスになるため、3G側へは接続を実施しません。上記シーケンスではPACKET_AND_CIRCUIT(0)のケースを記載しています。
それ以降のStep
Stepは進み、Step8でネットワークから端末へ接続の結果が返ってきます。ここでは端末からのCombined Attachの要求によりPS/CS両方成功したのか?PS片方だけ成功したのか?そもそも全部失敗したのか?など様々なパラメータが返ってきますが、VoLTEに関わるフラグもあります。
それがIMS Voice over PS session indicator(IMS VoPS)(VoLTE利用可否を示すフラグ)です。
これは「この網ではVoLTEが使えるか?」と「この加入者はVoLTEが使えるか?」を端末側に教えるインジケータです。IMS VoPS が supported なら「VoLTE OK」、 not supported なら「VoLTE NG」と端末が判断します。
音声優先端末がCombined AttachによりVoLTEはNGで3G側の接続を利用するCSFBも使えないとなった場合、データ通信だけ契約しているユーザーでも音声を絶対救うという意志を持った端末は、3Gエリアや圏外エリアへ移動を試みてデータ通信が不能になるという流れになります。
音声優先端末のAttach結果とVoLTE可否による動作
今度は端末視点でCombined Attach結果とVoLTE可否で、どのように音声優先端末の動作が変わるか、図を交えて細かく解説していきます。
PS/CS両ドメイン成功

docomoテクニカルジャーナルVol.23 No.3より
4G(PS)/3G(CS)両方提供し、Combined Attachの応答は成功として端末に返ります。
VoLTE利用可能
- 端末はIMS VoPSはsupported(VoLTE OK)のため、データはLTEで利用、音声はVoLTEを利用
VoLTE利用不可
- 端末はIMS VoPSはnot supported(VoLTE NG)のため、データはLTEで利用、音声はCombined Attach成功により3G側のCSシステムを利用
VoLTEがOKのため、音声は問題ないです。もしVoLTEがNGでもCombined AttachがPS/CS成功しているため、CSFBにより音声は救われることになり、LTEエリアに留まり続ける挙動になります。
PSドメインのみ成功

docomoテクニカルジャーナルVol.23 No.3より
ネットワーク側は3G(CSドメイン)を提供しておらず、Combined Attachの応答には以下のNetwork Access modeの設定値別に原因を示すCauseパラメータが設定されてきます。
- ONLY_PACKET(2) :Cause #18 CS domain not available
- PACKET_AND_CIRCUIT(0):Cause #17 Network failure
VoLTE利用可能
- Cause #18 CS domain not available
端末はIMS VoPSはsupported(VoLTE OK)のため、データはLTEで利用、音声はVoLTEを利用 - Cause #17 Network failure
端末にとって両ドメイン失敗扱いと同等になり、端末は最大5回までAttachを試み、それでもダメならLTE機能を切って3Gへ移動
ここでは#18の場合「3Gは無いけどVoLTEがあるから音声的には問題ない」と判断し、LTEに留まり続ける挙動になります。
VoLTE利用不可
- Cause #18 CS domain not available
端末はIMS VoPSはnot supported(VoLTE NG)のため、データはLTEで利用可能だが、音声が3G(CS)側も利用できない場合、LTE機能を切って3Gへ移動 - Cause #17 Network failure
端末にとって両ドメイン失敗扱いと同等になり、端末は最大5回までAttachを試み、それでもダメならLTE機能を切って3Gへ移動
音声優先端末から見ると、「ここはデータしかできない、音声が一切使えない網」になります。
この場合、端末はLTE機能を無効化して、音声が使える3Gを探しに行く動作を取ります。4Gネットワーク側から見ると4Gのエリアから移動しているのでデータ通信ができなくなります。
データしか提供しないMVNOにも降りかかる問題
「うちはデータ通信しか提供しないMVNOだし、音声はやってないから関係ないでしょ?」と考えたくなるのですが、ここまで説明してきた通り残念ながらそうはいきません...
つまり、たとえユーザが「データSIMだから電話しなくていいや」と思っていても、端末自身は 「音声が使えない網なら切り替える/逃げる」という前提で動くわけです。
これはまさに「データしか提供していないMVNOが、音声優先端末から“ダメな網”認定されてしまう」状態です。
ユーザから見ると「アンテナは立つけど圏外になり、通信できないMVNO」と見えてしまいます。

3G停波による追い打ち — 逃げ場を失った端末の末路
2026年3月末でNTT docomoの3G(FOMA)が終了する、という話はだいぶ知られるようになってきました。3Gが止まれば、当然3G専用端末は使えなくなります。
こちらのIIJのレポートでもその話題に触れており、先に3G停波を実施しているauやSoftbankに続き、いよいよ日本で3Gが使えなくなる日が近づいてきています。
VoLTEが普及する前は、LTEの音声手段のひとつとしてCSFB (Circuit Switched Fallback) が使われていました。つまり、3Gシステムを提供していた事業者の場合、端末がLTEに接続後、音声通話は3G(CS網)に戻して処理 → 音声優先端末でもデータ通信が維持する形になっていました。
しかし現在、多くのキャリアで3G停波が進み、CSFBの恩恵はなくなりつつあります。
つまり、音声利用という観点ではVoLTEを使わない(あるいは使えない)環境では、端末にとって「音声もデータも使えない=圏外」という判定しか残らないことになります。
誰が、何を対応する? — MVNOの視点から対策を考える
フルMVNO(コア網を自前で持つ)の場合
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可能であればVoLTEのサポートを検討
フルMVNOであれば自前のコアシステムとしてEPC/IMSを技術的に整えやすいかと思います。
たとえ「データ専用SIM」であっても、端末のVoice-centric設定を考慮し、「VoLTEあり」と見せることで、端末によるLTE切断を防げる可能性があります。
ただしIMS VoPS = supportedを返すには、接続しているMNO側のシステムも関連するため、協議/調整が必要になります。
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Combined Attach PS/CS成功に見せる
3G側のCSシステムに対応し、Combined Attachの応答をPSのみ成功のパターンにならないようにして、端末が“この網は使えない”と判断させなくする方法です。
特にVoLTEに対応していない古い音声優先端末に対してや、IMS VoPS = supportedを許可できないMNOに対して有効な手段と言えます。
3G停波後、MNOはCombined Attachに対する対応は実施すると予想できるため、その動作含め協議/検討の上、対応するかどうかを判断する必要があります。
回線卸型MVNO(コア網を自前で持たない)の場合
コア網まで自前で持たないMVNOでは、ネットワーク側で制御する余地は限られます。そのため、以下のような対策が現実的です。
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ユーザ向け注意喚起と端末選定ガイド
音声優先(Voice centric)端末では3G移動/圏外によりデータ通信不可になる可能性を示し、推奨端末リストや動作確認済み端末リストを公開するのがベターかと思います、また接続MNO側が既に問題対応していることがわかっていればその旨明記した方がいいと思います。 -
サポート/FAQ の整備
「アンテナは立ったのに通信できない」「再起動しても圏外」のような問い合わせに対し、VoLTE/UE usage settingの観点から説明できるように準備すると良さそうです。
おわりに
音声優先端末はデータ通信のみ扱うMVNOにとって大きな問題になる可能性があります。それには端末の設計思想 (音声優先か/データ優先か)、ネットワーク(VoLTE/CSFB)の提供有無を合わせて問われる、大きな設計課題です。
“自分たちは音声を想定していないから大丈夫”という楽観は、“アンテナは立ってすぐ圏外・通信不能”という厳しい現実に転ぶ可能性があり――それを避けるには、様々な対策が必要になります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。今後も引き続きモバイルに関わる記事が書ければいいなと思っております。良かったら2025年アドベントカレンダーの他の記事も読んでみてください🙂
💁 おまけ
本記事のメインは端末とネットワークの動作に着目して課題や対応策を記載していましたが、実は他にも端末の内部処理側で課題が見えており、iPhone端末やAndroid端末で、VoLTEを利用して音声優先端末の問題をクリアするのが困難なケースがあったりします。
その原因がはっきり確定したわけではないですが、このおまけ部分ではそこをざっくりご紹介します。特にここでは自社でSIMを提供しているフルMVNO向けの情報になります。
端末内部に目を向けてみる
iPhoneやAndroidの端末の中には、ネットワーク側からVoLTE許可されているのに接続動作をせず、LTEに留まらずに3G/圏外になってしまう端末がいます。
iPhone(iOS)の場合
キャリアバンドルというApple側が該当の通信事業者に対して専用プロファイルを用意するものがあり、そこから漏れる事業者はVoLTEがうまく動作しないようです。
Androidの場合
iPhoneのキャリアバンドルのような事業者別に設定するコンフィグが端末側にあり、必要な設定がされていない事業者はやはりVoLTEがうまく動作しないようです。
解決できるかも? - GSMA NSX(Network Settings Exchange)について
GSMAが提供しているNSXは、通信事業者(MNO/MVNO)が端末ベンダー側へ自分たちのネットワークの設定情報を共有し、それを考慮した端末動作にしてもらう仕組みになっています。
APNの設定やVoLTE可否、Attach Typeなど様々な設定情報を与えることができます。
上記iPhoneやAndroidの端末の課題で取り上げた端末向けの設定を、NSXを通じて各ベンダーが取得し、例えばiPhoneならキャリアバンドルなどに対応してもらうことでVoLTEを接続するようになったり、Combined AttachをやめてPS OnlyのAttachにすることで、PSドメインだけ成功するパターンでもデータ通信を継続できる可能性があるようです。
またAndroidの場合は別にGoogle側へ自社の事業者ID発行を依頼し、それに関連するコンフィグ設定を追加/修正登録後、それを端末側に含める形でVoLTEを利用可能になる方法もあるそうです。
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