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確率積分をpathwiseに計算する

2023/02/08に公開

はじめに

拡散過程の統計解析では,尤度関数が観測されたパスに対する確率積分で与えられる.例えば,

X_t = \int_{0}^{t}b(X_s,\vartheta)\,ds + W_t,\quad 0\le t\le T

というパラメータ\varthetaを持つ拡散過程に対し,観測されたパスをX^Tとすれば,尤度関数は

L(X^T,\vartheta) = \exp\left\{\int_{0}^{T}b(X_s,\vartheta)\,dX_s -\frac{1}{2}\int_{0}^{T}b(X_s,\vartheta)^2\,dt\right\}

と表せる.この確率積分は観測されたパスX^Tから計算する必要があるが,確率解析を少し学んだことのある方であれば,確率積分はBrown運動が2次変分を持つ[1]のでLebesgue-Stieltjes積分のように

\int_{0}^{T}f(t)\,dW_t \overset{?}{=} \int_{0}^{T}f(t)\frac{dW_t}{dt}\,dt

と計算できないことをよく知っているだろう.実は,驚くべきことに(?)右連続かつ左極限を持つ(càdlàg)確率過程に対してpathwiseに確率積分を計算できることが知られている.本記事では確率積分の定義を確認し,pathwiseな確率積分の計算を解説する.

pathwiseな確率積分へのモチベーションとしてここでは拡散過程の統計解析を例に挙げたが,これは数理ファイナンスにおいても重要な話題のようである.筆者はまだ理解していないが,興味がある方は例えば
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0304414994901287
を参照してほしい.

ちなみに,fが有界変動であれば部分積分によってBrown運動の”微分”をfに押し付けて,

\int_{0}^{T}f(t)\,dW_t = f(t)W_t - \int_{0}^{T}W_t\,df(t)

と計算できるので,fの性質が良ければBrown運動の2次変分の影響を受けることなくpathwiseに確率積分を定義できることは比較的イメージがしやすい.

確率積分の定義

(W_t)_{t\ge 0}を確率空間(\Omega,\mathcal{F},\mathbb{P})上のBrown運動とし,それに対応するフィルトレーションを(\mathcal{F}_t)_{t\ge 0}とする.L_a^2([0,T]\times\Omega)を次をみたす確率過程(f(t,\omega))_{0 \le t\le T}の集合とする.

  • (f(t,\omega))_{0 \le t\le T}\mathcal{F}_t-適合である.
  • 任意のBorel集合B\in\mathcal{B}(\mathbb{R})に対し,
\{(s,\omega);s<t,f(t,\omega)\in B\}\in \mathcal{B}(\mathbb{R})\otimes\mathcal{F}_t

    が成り立つ[2]

  • \displaystyle \mathbb{E}\int_{0}^{T}f(t,\omega)^2\,dt<\inftyが成り立つ.

可測性の周辺が数学的にデリケートなので細かく書いてしまったが,本記事のメインではないのであまり気にしなくても大丈夫である.\mathcal{E}([0,T]\times\Omega)F_{t_i}-可測かつ2乗可積分な確率変数F_iを用いて

f(t) = \sum_{i=1}^{n}F_i \mathbf{1}_{(t_i,t_{i+1}]}(t)

と表せる確率過程の集合とする.これを単過程といい,\mathcal{E}([0,T]\times\Omega)L_a^2([0,T]\times\Omega)の稠密な部分集合となる.単過程f\in\mathcal{E}([0,T]\times\Omega)に対し,伊藤積分

\int_{0}^{T}f(t)\,dW_t := \sum_{i=1}^{n}F_i(W_{t_{i+1}}-W_{t_i})

と定めれば,稠密性によってf\in L_a^2([0,T]\times\Omega)に対しても伊藤積分を定義することができる[3].単過程を経由した確率積分の定義はLebesgue積分の場合と非常に似ているため,測度論を学んだことがあれば理解しやすい.稠密性もLebesgue積分の場合と同様に”区分的に定数である関数による近似”のアイデアで示すことができる.

重要な確率過程のクラスとして,

X_t = X_0 + \int_{0}^{t}b(s,\omega)\,ds + \int_{0}^{t}\sigma(s,\omega)\,dW_s, \quad 0\le t\le T

と表せる伊藤過程がある.(有名な伊藤の公式より,伊藤過程は滑らかな(2回連続微分可能な)変換に対して閉じていることが分かる.一見すると拡散過程の定義と似ているが,拡散過程は滑らかな変換に対して閉じていない[4].)
伊藤過程に関する積分を

\int_{0}^{T}f(t)\,dX_t := \int_{0}^{T}f(t)b(t)\,dt + \int_{0}^{T}f(t)\sigma(t)\,dW_t

と定める.ここではfに関する条件には深入りしないことにしよう.

pathwiseな確率積分

(X_t)_{0\le t\le T}を伊藤過程とし,(f(t))_{0 \le t\le T}を右連続かつ左極限を持つ確率過程とする.n\in\mathbb{N}に対し,(\tau_i^n)_{i=0}^{\infty}

\tau_0^n = 0,\quad \tau_{i+1}^n=\inf\{t\ge \tau_i^n;|f(t)-f(\tau_i^n)|\ge 2^{-n}\},\quad i=0,1,\dots

と定める.この(\tau_i^n)_{i=0}^{\infty}に対し,(f_n(t))_{0 \le t\le T}f_n(t):=f(\tau_k^n),\ \tau_k^n<t \le\tau_{k+1}^nと定める.
\displaystyle \int_{0}^{t}f(s)\,dX_sの近似列として

I_t(f_n) := f(0)X_0 + \sum_{i=0}^{k-1}f(\tau_i^n)(X_{\tau_{i+1}^n}-X_{\tau_i^n}) + f(\tau_k^n)(X_t - X_{\tau_k^n})

を考えることができる.Doobの不等式より,

\mathbb{E}\left(\sup_{0\le t\le T}\left|\int_{0}^{t}f(s)\,dX_s - I_t(f_n)\right|^2\right)\le \frac{T}{4^{n-1}}

が成り立つ.よって,

Y_n = \sup_{0\le t\le T}\left|\int_{0}^{t}f(s)\,dX_s - I_t(f_n)\right|

とすれば,\mathbb{E}Y_n\le \sqrt{T}2^{-(n-1)}となる.従って,

\mathbb{E}\sum_{n=1}^{\infty}Y_n = \sum_{n=1}^{\infty}\mathbb{E}Y_n\le \sqrt{T}\sum_{n=1}^{\infty}2^{-(n-1)} <\infty

となり,\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}Y_n<\infty\quad\mathrm{a.s.}となる.ゆえに,

\sup_{0\le t\le T}\left|\int_{0}^{t}f(s)\,dX_s - I_t(f_n)\right|\to 0\quad \mathrm{a.s.},\quad n\to\infty

が成り立つ.

参考文献

  1. David Nualart: The Malliavin Calculus and Related Topics, Springer-Verlag, 2006.
  2. Ioannis Karazas, Steven E. Shreve: Brownian Motion and Stochastic Calculus, Springer-Verlag, 1998.
  3. Rajeeva L. Karandikar: On pathwise stochastic integration, Stochastic Processes and their Applications, Vol. 57, pages 11-18, 1995.
  4. Yury A. Kutoyants: Statistical Inference for Ergotic Diffusion Processes, Springer-Verlag, 2004.
脚注
  1. Brown運動のサンプルパスは連続だがほとんど至るところ微分不可能である.Brown運動は有限な2次変分を持つのでそれに関する積分を定義できるとも考えられる.また,より一般にセミマルチンゲールに関する積分を定義することもできる. ↩︎

  2. このときfは発展的可測であるという. ↩︎

  3. 厳密には単過程の近似列を具体的に構成することで稠密性を示し,単過程の伊藤積分のlocal propertyを用いてf\in L_a^2([0,T]\times\Omega)に対する伊藤積分を定義することになる. ↩︎

  4. このように伊藤過程と拡散過程は全く異なるが,どのような場合に伊藤過程が拡散過程になるのかは少し込み入った議論が必要になる. ↩︎

Discussion