Quantum Week 2025:量子技術の最前線 in アルバカーキ(前編)
2025年8月31日から9月5日にかけて、量子コンピューティングに関する世界最大級のイベント、IEEE Quantum Week 2025が米国ニューメキシコ州アルバカーキで開催された。IEEE Quantum Week(以下、Quantum Week)は、正式には IEEE International Conference on Quantum Computing and Engineering (QCE)と呼ばれる国際会議[1]で、米国電気電子学会(IEEE)により主催されており、今年で6年目を迎える。
ハイゼンベルグによる量子力学の定式化から100周年にあたる今年は、国連が定めた「国際量子科学技術年(International Year of Quantum Science and Technology (IYQ))」[2] であり、例年にも増して量子コンピュータ技術の進展に寄せる熱気が高まっていた。
Quantum Weekはその規模に比べ、現地の様子を書いた記事が少ないように思われる。かくいう著者も3年ほど前に同僚から知ったばかりであり、実地での盛り上がりを知る機会もそれまでにあまりなかったのだ。このブログポストでは、参加を検討している方や量子コンピューティングに興味がある方に向けて、Quantum Weekがどのようなイベントなのかを、具体的な体験談を交えながら紹介していきたい。
本稿では、この一週間で得られた技術的な知見、現地の雰囲気、そして量子技術の未来を形作るコミュニティの動向について2回にわけてレポートする。
はじめに
著者はQIQB(大阪大学 量子情報・量子生命研究センター)[3]に所属している。今回のQuantum Weekへの参加はカナダ・モントリオールで開催された去年に続き二回目となる。著者は去年も今年も一週間を通して参加したが、会期がおおよそ一週間と長いため、途中参加や途中帰国する人も多い。
ニューメキシコ州アルバカーキ
ニューメキシコ州アルバカーキはアメリカ中西部に位置しており日本からの直行便はない。行きはロスアンゼルス、帰りはダラスを経由して到着した。トランジット含めて15時間程度。悪天候のダラスで半日以上足止めを食らったQIQBメンバーもいた。
山岳部夏時間(Mountain Daylight Time(MDT))が使われており、日本との時差は15時間。人にもよるだろうが、著者も含め最終日まで時差ボケに悩まされている参加者も。
標高は1600mと主要都市にしては高く、砂漠気候でサボテン、セージなどがポツポツ生えている。乾燥しており、気温は高いが(酷暑の日本よりは低いのだが)湿度が低く汗をかかない。雄大な砂漠を見る時間はなかったが、飛行機からは垣間見ることができた。
空港から中心部へはUberを使った。バスもあるみたいだが10分ほどの距離なので複数人で乗り合いするならUberが楽だろう。
レストランやバー、コーヒーショップでもチップ文化であるが、すべてキャッシャレスで対応可能。現金は基本的に必要ない。
街で目につくのはハーレー・ダビッドソン。走っているバイクの8割がハーレーだったように思う。ちなみにノーヘルである(ニューメキシコ州では18歳以下のみヘルメット着用義務があるらしい)。
アルバカーキの中心地にあるAlbuquerque Convention Center[4]でQuantum Week2025は開かれている。ここで目立つのは、地元の英雄(?)ブレイキング・バッドの主要キャラクターの銅像(1)[5]。とても精巧で大きく、記念写真を撮っている研究者が多かった。現在、アルバカーキは「ブレイキング・バッドの街」となっており、オールドタウンと呼ばれる地区にはブレイキング・バッド専門のお土産屋があるほど。
(1)ブレイキング・バッドの主要キャラクター、ウォルター・ホワイトとジェシー・ピンクマンの銅像。屋内にあるので状態は綺麗。
食べものについては後述するとして、 飲み物ではビールの醸造所が多い。会議の運営が出しているシャトルでブリュワリーツアーがあるぐらいだ。著者はMarble Brewery[6]という醸造所の二階屋上でIPAを楽しんだ(2,3)。ホテル近くのローカルなスーパーにもMarble Breweryの缶ビールが並んでいた。
(2) Marble Brewery。
(3) 屋上のテーブルから。
世界最大級の量子コンピューティングカンファレンス
Quantum Week 2025は、1700人以上の研究者、エンジニア、企業関係者が一堂に会する、量子コンピューティング分野における世界最大級の国際会議である。IEEEが主催のためか開催場所は基本的には米国内だったが、去年はカナダのモントリオール、来年もカナダのトロントと、近年は北米内が候補地のようだ。
開催場所は前述したAlbuquerque Convention Center。道路を跨いだUpper Level、Main Level、地下のLower Levelで構成される巨大会場で 、迷うこともしばしば。
実に600時間以上、18のパラレルトラックで展開される大規模な会議で、その内容は、261件の査読付きテクニカルペーパー発表、41件のコミュニティ形成を目的としたワークショップ、37件のチュートリアル、13件のパネルディスカッション、そして9つの基調講演(キーノート)から構成される。146件のポスター発表も随時行われており、その全容を把握するのすら困難である。
参加者は大小の会議室で自身が関心のある特定の研究領域のセッションを中心として聴講し、 周辺分野やフラッと入ったセッションやキーノートで知見を深めているようだ。大きなホールでは企業ブースとポスターがずらりと並んでいて圧巻である。朝には2000人以上が収容される講堂でキーノートがあり、業界の主要なトピックが取り上げられる。
今年は日本からの参加者、発表者が多いように見受けられた。これまで量子コンピュータに触れてこなかった日本企業の海外支社の方からも声をかけられ、関心、そして投資対象としての魅力の高まりを感じる。
会期中の9月1日は米国の祝日、レイバーデイ(労働者の日)にあたり外では集会が行われていた。会期の最後には「来年のQuantum Weekにレイバーデイは含まれません」と発表されていた。米国人にとっては避けてほしい大事な祝日なのだ。
昼食は毎日、会議場のホールで提供されるので安心してほしい。日本のようにいつでもコンビニ等で食事がすませられない海外では、短時間で栄養補給ができないことも多い。去年と同じく今回もビュッフェスタイルでならんで皿にとるスタイル(4)。タコスやナチョスなどメキシコ料理が多かった(5)。食後にはかなり甘いデザートもある。
(4)参加者が一堂に会するのはキーノート以外はランチだけ。圧巻の人数。
(5)ランチはメキシコ料理が中心。ビーフ、ポーク、豆の他、ベジタリアン食も用意されている。
会議の間には30分の休憩があり、コーヒー、紅茶が飲める。タイミングによってはレッドブル、コーラが配られている。会期の終盤にはアイスクリームも配られる。これは去年もあったので、最後まで会議にいた参加者へのご褒美なのかもしれない。
会期の中盤にはポスター発表のホールで夜にレセプション、終盤には野外でのバンケットがあった(5)。バンケットではアルバカーキ名物である気球が(10月には気球フェスティバルがある)膨らんでいて(離陸はせず)(6)、この地を統治していたスペインの文化であるフラメンコ(7)が楽しめた。
一見、長過ぎるように思えるこうした発表以外の時間は世界の研究者や企業人たちの重要な情報交換の場となっている。また、著者の古くからいる「業界人」と旧交を温めることもしばしばでネットワーキングとリコネクティングの場にも。「顔を合わす」ことがいかに大切かがわかる。
(5)ローストビーフ・カットサービス。
(6)地上にとどまり続けていた気球。
(7)アルバカーキ名物のフラメンコ。ニューメキシコの旧宗主国はスペインであり、メキシコ領となった後、アメリカに割譲された。
ほぼ一週間にわたり続く会議であるため、イベントや観光への案内も用意されている。
毎日、全セッションの終了後、運営からはシャトルバスが複数ライン提供され、街の主要な場所へ連れて行ってくれる(8)[7]。先述したブリュワリーや、ノブ・ヒル、オールド・タウン(9)、アップ・タウン、ソーミル・マーケット(10)などが行き先で、帰りも待っていればシャトルバスが来てくれる。いつ来るかわからないのでなかなか不安ではあるが。
ノブ・ヒルは小さいながらもレストランなどが並んでいる地域。著者は中華料理を食べた。オールド・タウンは日干しレンガの建築が美しく、ぶらぶら歩いているだけで楽しい。土産物屋も多い。中心にあるカトリック教会がなんとも目立つ。
ソーミル・マーケットはオールド・タウンから徒歩で移動可能。フードコートなのだが、なんともおしゃれな店が入っている。ビール・タップが並ぶバーではニューメキシコ各地のブリュワリーのビールが頼めた。
(8)シャトルバス。目立つラッピングがあるものもあるが、そうでないものもあって見分けがつきにくい。
(9)オールドタウンの噴水。プエブロ様式と呼ばれる日干しレンガの外壁による建物群は見るものの目を楽しませる。
(10)ソーミル・マーケット。おしゃれなフードコート。ここでもビールを飲んだ。
次回につづく
本稿では、IEEE Quantum Week 2025の全体像と、開催地アルバカーキの雰囲気を伝えることに焦点を当てた。次回はトロント、今後も北米大陸で行われるであろう会議なので、おそらくその開催方法に大きな違いはないはず。海外での会議参加に躊躇している方には是非、参考にしてもらいたい。
さて、次回のポストでは、膨大なセッションの中から特に著者が気になったトピックを中心に会議の具体的な内容について述べていきたい。
Discussion