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IEEE Quantum Week 2025 参加レポート

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0. はじめに

こんにちは!
大阪大学QIQB量子ソフトウェア研究拠点(QSRH)にてコンソーシアム担当をしています小平です。

今回は2025/8/31-9/5にアメリカのアルバカーキで開催されたIEEE Quantum Week 2025に参加してきましたので、こちらの参加レポートを書いてみようと思います。
https://qce.quantum.ieee.org/2025/

1. IEEE Quantum Week 2025 概要

IEEE Quantum Weekとは何か

  • 主催・目的
     IEEE Quantum Week (QCE: Quantum Computing and Engineering Conference を含む)は、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)が主催する、量子コンピューティングおよび量子工学の最先端研究と実践の議論を行う国際会議週間です。学界、産業界、政府機関、スタートアップ、教育機関など、多様なステークホルダーが一堂に会し、「理論」「アーキテクチャ・技術」「応用」「教育・標準化」など複数の領域を跨ぐプログラムが設けられています。

  • 歴史的な経緯
     このイベントは数年前から毎年開催されており、回を重ねるごとに参加者数、展示者数、発表数が増加しています。過去の開催地にはモントリオール(2024年)などがあり、学術的成果だけでなく産業界との接点・ネットワーク形成、教育プログラムが充実してきているのが特色です。

IEEE Quantum Week 2025 の概要

  • 日時・場所
     2025年8月31日〜9月5日、米国ニューメキシコ州アルバカーキ(Albuquerque Convention Center)での開催。現地参加が主体ですが、オンラインでの参加オプションも提供されています。


アルバカーキ・コンベンションセンター

  • 規模と構成
     2025年版(QCE25)は以下のような特徴があります。

    • プログラム 件数
      基調講演(keynote) 9件
      チュートリアル 37件
      ワークショップ 41件
      パネルセッション 13件
      技術トラック論文 261件
      ワークショップ技術論文 68件
      ポスター発表 146件
      Birds-of-a-Feather 3件
    • 出展企業・スポンサー/協賛者が80以上。産業界・スタートアップ・研究所・大学など多様なプレーヤーが参加しています。

    • キャリアフェア、学生メンターシップ制度、起業支援/スタートアップクリニックなど、教育・人材育成や産業応用を意識したプログラムも含まれています。

  • 主なテーマおよび焦点領域

    • 量子システムソフトウェア/ハードウェアの設計
    • ハイブリッド量子-古典コンピューティング
    • 分散量子コンピューティング、量子ネットワーキング
    • 量子誤り訂正 & 誤差緩和(error correction / mitigation)
    • 量子アプリケーション(化学、物理、シミュレーション、AI/機械学習、最適化など)
    • 標準化、ソフトウェア開発ツール、トランスパイラ/コンパイラ、ワークフロー設計など。

2. 会場の雰囲気と特徴

IEEE Quantum Week 2025 の会場は、研究と産業が融合する「量子の見本市」といった雰囲気でした。アルバカーキ・コンベンションセンターの広大なホールを活用し、展示、ポスター、セッションが一体化して配置され、常に人の流れと議論が絶えませんでした。


Exhibitionのエントランス

  • レイアウトと空気感

雰囲気:
全体にオープンでカジュアル、研究者や企業担当者がフラットに議論できる空気が形成されていました。各企業ブース間も広めに設計してあり、人だかりができても通行の邪魔にならないようになっており、気を遣うことなく担当者と会話が行えました。

導線設計:
入口から企業展示 → ポスター展示 → 奥に食事・交流スペースという配置で、自然と来場者がブースに立ち寄る動線になっていました。会場ホールの両サイドにドリンク・軽食スタンドも設置されており、休憩がてらにブースを見学することも可能でした。

にぎわい:
レセプションも含めてランチやブレイクの時間は来場者は基本的に会場ホールに集まっている印象でした。そのため、展示ブースには常に来場者が集まり、「交流と体験の場」を感じられました。


会場の様子:ブース間が広く設計されており、歩きやすい

  • 印象に残った企業展示

IBM:
最新機「IBM Quantum System Two」の実機モデルと Qiskit SDK デモを展示。ブースは文字情報を最小限に抑え、照明演出と実機で来場者を惹きつける設計でした。

Microsoft:
Azure Quantum と Q# SDK を中心に紹介。製品紹介というより「会話を通じた体験型展示」を重視し、担当者との対話を促す構成でした。


Microsoft ブース

Shenzhen SpinQ
低価格・ポータブルな NMR 量子コンピュータを前面に打ち出すビジネス寄りのブース。量子技術を教育や実用デバイスとして広めようとする姿勢がユニークでした。

  • 全体の傾向

体験型展示が主流:
単なる説明パネルより、実機モデルやデモを用い、来場者が触れたり質問したりすることで対話を誘発するスタイルが目立ちました。特にIBMやMicrosoftといった量子業界を牽引する企業ブースでは顕著でした。

ハードウェア中心:
ソフトウェア系は論文・ワークショップでの発表が多く、展示はハードウェアや周辺部品をアピールする企業が中心となっていました。

海外 vs 国内:
海外勢はすでに商用化・販売を前提としたブースが多いのに対し、日本企業は研究成果や連携を重視した展示が中心でした。

3. ネットワーキング活動

ネットワーキングを通じて

IEEE Quantum Week 2025 で特に意識したのは、国内外の研究者や企業とのネットワークづくりでした。会場では展示やセッションが連日行われていましたが、廊下や休憩スペースでも自然に会話が始まり、短い時間でも新しいつながりをつくることができました。コンソーシアム担当としては、研究成果の技術的な細部を語るよりも「どのような方向性で連携できそうか」を確認することを重視しました。

  • 海外企業との交流

まず印象的だったのは、IBM Quantum のブースです。Qiskit の最新チュートリアルを体験する機会があり、実際にどのように開発者がアクセスできるのかを説明してもらいました。あわせて、グローバル戦略の担当者とも意見交換し、日本市場でも量子コンピュータの実機IBM Quantum System Oneを置いていることから注目度が高いことを教えてもらいました。また、ブース全体として、単に研究成果を紹介するだけでなく、「いかに国内外で実際のユーザーコミュニティを広げていくか」という視点が強く感じられました。

IQM からは、オンプレミス型フルスタック量子コンピュータの取り組みについて説明を受けました。クラウド提供が一般的になりつつある中で、「自前で持てる量子計算環境」というアプローチは、研究機関や企業にとって魅力的な提案だと感じました。

さらに Q-CTRL では、イギリス運輸省が鉄道ダイヤの編成問題に量子技術を応用している事例を紹介されました。この取り組みにより、解決可能な問題規模が従来比の6倍となり、実用的な量子優位性の達成時期が約3年も前倒しになったと教えられました。量子コンピューティングが社会課題の解決に具体的に使われている姿を聞き、未来の応用可能性が一気に現実的に思えました。

  • 国内企業・研究者との交流

会場では海外勢だけでなく、日本からの参加者ともさまざまな形で交流がありました。研究機関や通信・IT系の企業担当者と意見交換する機会があり、分散量子計算の実証実験やクラウドサービスとの連携といったテーマが国内でも注目されていることを再確認しました。各担当者は、本イベント参加の目的は様々で、研究者として他の研究の視察や自分の研究成果の発表をする方だけでなく、業界の動向を把握するため企業から派遣されている方も多く、決して量子の専門人材のみが参加しているとは限らないことに面白さを感じました。

QSRHとしては、国内の量子分野におけるメインテーマは「産学官連携」であることを認識しており、その認識は企業や他教育機関の方々も同じ方向を向いていると実感しました。

日本の関係者との交流を通じて、「国際的なトレンドをどのように国内の研究・開発に接続していくか」という課題意識が共有されているように思えました。こちらに関しては、QSRHの活動ももちろんのこと、他組織との連携・情報共有をより密にして、日本の世界におけるプレゼンスをあげることを意識した活動や戦略を組む必要性を感じました。

  • 気づきと学び

こうした交流を通して強く感じたのは、海外勢のスピード感と顧客志向です。IBM や Q-CTRL などは、すでに販売可能なサービスやユースケースを提示しており、「研究」から「実装」へと視線を移しています。一方で、日本企業は産学連携や国際標準化活動に力を入れており、国際社会での基盤づくりに貢献している姿が印象的でした。

また、展示規模としては日本企業はやや控えめだったものの、ポスター発表に参加していた日本の学生や研究者の姿は目立ち、量子分野に対する国内の意識の高まりを感じました。

コンソーシアム担当としての視点では、ハードウェア主体の展示が多い中で、ソフトウェア拠点としての QSRH の役割はむしろ目立つ可能性があると実感しました。国際標準化やクラウド連携といったテーマで、今後さらに存在感を出していく余地があると考えています。


キャリアフェアもあり、就職活動やビジットの相談も可能

なぜ我々が参加するのか(コンソーシアム担当としての視点)

IEEE Quantum Week は、量子分野の研究から産業応用までが一堂に会する、数少ない国際イベントです。世界中の論文発表、最新のデモ展示、企業の戦略発表が同じ空間で行われるため、技術の細かい知識がなくても「今どんな方向性が注目されているのか」「どのプレーヤーが存在感を高めているのか」を直接感じ取ることができます。

もうひとつの大きな魅力は、ネットワーキングの場としての側面です。セッションの合間や展示ブースでの会話から、共同研究や教育プログラム、標準化の議論が始まることもしばしばあります。現場での偶発的な対話が、次の国際的な連携につながるのです。

そして何より重要なのは、日本からのプロジェクトや研究活動を国際的な舞台で発信できることです。展示や発表を通じて「どんな研究が進んでいるのか」「どんな活動をしているのか」を紹介することで、国内外に存在感を示す貴重な機会となっています。

4. セッションや基調講演から得た示唆

セッションを通じて

今回の IEEE Quantum Week では、基調講演から個別セッションに至るまで、いくつかの共通したキーワードが強く印象に残りました。

  • 分散化とネットワーク化
    複数の基調講演で繰り返し語られていたのは、分散量子コンピューティングの重要性です。単一の巨大な量子プロセッサではなく、小型ノードをネットワークで接続し、拡張性を確保するという考え方です。これによりスケーラブルで現実的な量子システムを構築できる道筋が示されていました。

  • ソフトウェアとオープン化
    ソフトウェア面では、オープンソースによる協働が大きな流れとなっています。クラウドベースの実行環境やオープンスタックの発表が相次ぎ、研究者や企業が共同で改善しながら進化させていく仕組みが広がりつつあることを実感しました。

  • ハイブリッド量子計算
    産業応用に関するセッションでは、古典計算と量子計算を組み合わせる「ハイブリッド型」が現実的な選択肢として注目されていました。交通や化学分野などの事例紹介を通じて、「量子コンピュータ単体での活用」ではなく「既存HPCと組み合わせた実用化」が進んでいることが強調されていました。

  • 標準化と国際連携
    また、量子ネットワークAPIやクラウドアクセス規格といった標準化活動も具体的に議論されており、今後の産業実装を支える基盤づくりが加速している印象を受けました。標準化は単なる技術仕様の統一にとどまらず、国際的なエコシステム形成の要として位置づけられています。


基調講演のホール

こうしたセッションを通じて見えてきたのは、「量子コンピューティングはもはや研究室の中のテーマではなく、社会実装を前提に動き始めている」ということです。ハードウェアの進化に加え、ソフトウェア・ネットワーク・標準化といった周辺の取り組みが同時並行で進むことで、量子技術が産業界に浸透していく未来がリアルに感じられました。専門的な細部までは踏み込めませんでしたが、世界の研究開発の方向性を理解する上で有意義でした。

New Mexico エコシステム

New Mexico Partnership の担当者からは、ニューメキシコ州が推進する量子エコシステム構築のロードマップについて聞くことができました。具体的には、ニューメキシコ州とDARPA(米国防高等研究計画局)が、「量子フロンティアプロジェクト(Quantum Frontier Project)」について合意書を締結したことです。これは同州が進める 3億1,500万ドル の量子コンピューティング構想の一部であり、量子技術の研究・実用化・商業化を加速させることを目的としています。地域レベルで大学、政府、企業を巻き込んだ取り組みは、日本の地域戦略を考える上でも参考になりそうです。

  • 目的・内容

    • 目的:
      州内の大学、研究機関、ベンチャー企業を含めた量子研究・技術のエコシステムを強化し、商業応用を目指しています。
    • 対象:
      量子コンピューティング関連企業、大学など教育機関、国立研究所(ロスアラモス国立研究所サンディア国立研究所)など。
    • 支援プログラム:
      • 民間ベンチャーキャピタルへの投資(州政府系ファンドから1億8,500万ドル)
      • 実証プログラム:
        商業的実現性を検証するため、4年間で州とDARPAがそれぞれ最大6,000万ドルを提供。
      • ベンチャースタジオへの追加投資(ロードランナーベンチャースタジオが科学者と起業家を結びつける役割)として2,500万ドル。
  • インフラとスケジュール

    • 拠点:
      アルバカーキを中心ハブとし、量子ネットワークを構築します。その間、大学・企業・国立研究所間の協力を促進します。
    • 運用開始:
      量子ネットワークなどのインフラは、2026年半ばまでに稼働を始める見込みです。
    • 長期的な目標:
      DARPAの「量子ベンチマーキング・イニシアティブ(QBI)」のミッションの一環として、「2033年までに実用規模の量子コンピューティングを実現」することが目標です。
  • 意義・位置づけ

    • アメリカにおいて、ニューメキシコ州は、イリノイ州・メリーランド州に続いて、DARPAのQBIとのパートナーシップを組む州となりました。
    • 国家安全保障および技術競争力を維持・強化するため、先端研究基盤を活用して量子コンピューティング産業・技術の育成を目指しています。


New Mexico Partnership

5. まとめ

IEEE Quantum Week 2025 は、「研究最前線」と「産業実装」が同じ温度感で交わる、いまの量子分野を象徴する場でした。会場設計そのものが対話を促すつくりで、展示・セッション・ポスターの境界が曖昧になるほど交流が活発。外から見える潮流として、以下の3点が際立っていました。

  • 社会実装を見据えた方向性が主流に
    分散量子コンピューティング、ハイブリッド(量子×古典)、標準化・API といった「つなぐ技術」が議論の中心に。単一の装置の性能競争から、つなげて拡張し、運用で価値を出す段階へと舵が切られている印象です。

  • ソフトウェアとオープンな協働の重要度が上昇
    クラウド実行基盤やオープンソースの発表が目立ち、コミュニティ駆動で改善を重ねる開発スタイルが定着しつつあります。ツール群・ワークフロー・教育資源まで、エコシステム全体を前提にした議論が増えていました。

  • 「見せ方」と「つながり方」の進化
    ブースは情報量を絞り、実機モデルや短いデモで会話を引き出す設計が主流。偶発的な出会いから具体的な連携の芽が生まれる。そんな人起点の設計が、イベント成功の鍵になっていました。

今回の現地参加を通じて、量子は「できる/できない」を巡る技術論だけでなく、誰と、どの文脈で、どう実装するかという実務的な視点がより強くなっていることを実感しました。次回以降も、国際的な場での発信と対話を通じて、国内外のコミュニティと歩調を合わせながら、現実解に近いユースケースをどう積み上げるかを継続的に追っていきたいと思います。この記事を読んだみなさんにとっても、量子を「遠い未来の研究」ではなく、既存の計算資源・業務プロセスと並走させる選択肢として捉えるヒントになれば幸いです。

最後に、膨大な準備時間を割いて、素晴らしいトークをしてくださったスピーカーの方々、場を設けてくださった運営の方々、参加を実現してくださった会社の方々、とても貴重な経験をありがとうございました!

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