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「ドメイン駆動設計をはじめよう」を読んでわかったこと:複雑な業務に立ち向かうための指針

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ソフトウェア開発における設計手法として 「ドメイン駆動設計(DDD)」 は非常に注目されています。DDDは、エリック・エヴァンス氏によって提唱され、ソフトウェアが解決すべき「事業活動(ドメイン)」に焦点を当て、ビジネス価値の最大化を目指す手法です。

しかし、従来のエヴァンス本は難解な部分があり、途中で挫折した経験がある方もいるかもしれません。

今回ご紹介する 『ドメイン駆動設計をはじめよう』 は、そうした方々やDDD初学者にとって、現時点でベストな入門書だと強く推奨されています。本書は、最新の技術トレンドを取り入れつつ、基本概念と実践方法をシンプルかつ実践的に解説しており、過去に挫折した人でも最後まで読むことができたという感想があります。

難解な概念を「わかりやすい言葉」で再定義

本書の最も大きな特徴の一つは、訳語が従来のDDD書籍とは異なり、非常にわかりやすくなっている点です。これは、著者の許可を得て大胆な意訳を行った成果です。
特に注目すべき訳語は以下の通りです。

原語 従来の訳語 本書の訳語
Domain ドメイン 事業活動または事業領域
Ubiquitous Language ユビキタス言語 同じ言葉
Bounded Context 境界づけられたコンテキスト 区切られた文脈
Domain Event ドメインイベント 業務イベント

これらの訳語によって、読者は変なつまずきを覚えることなく、自然な感覚で内容理解に集中できるようになりました。

DDDの本質は「事業活動」で設計を駆動すること

本書を通じて一貫して強調されているのは、DDDの本質です。それは、「ソフトウェアの『設計』判断を『事業活動』で駆動する」 ということです。

  • 競争優位性を持つ「中核の業務領域」を見極める:
    • 本書は第1章で、競合他社との差別化を図る事業戦略の核心となる 「中核の業務領域(Core Subdomain)」 の重要性を解説しています。競争優位性を生み出すのは、この中核の業務領域だけです。
    • 設計者は、価値のある部分(中核の業務領域)を識別し、その価値が向上するように開発投資することが重要だと述べられています。
    • 中核の業務領域を基盤として理解することで、「同じ言葉」や「区切られた文脈」といった後続の概念も理解しやすくなっています。
  • 業務ロジックを中心に据える:
    • 技術的な関心事に着目しがちなエンジニアであっても、業務ロジックに焦点を合わせることを徹底する必要があります。
    • 迷ったときは、「業務を意識すること」 という基本的な原則に立ち返って判断することが重要です。

鍵は「対話」と「同じ言葉」の徹底

DDDは技術的な開発手法という側面もありますが、その最大の価値は ドメインエキスパート(業務エキスパート)との「対話」 を通じて、ビジネスの本質を発見し、それをモデルに取り込んでいくアプローチにあると評されています。

  • コミュニケーションの重要性:
    • 設計者や開発者が全ての業務を完全に理解するのは難しいため、業務エキスパートと密にコミュニケーションをとり、本来の意図を漏れなく汲み取ることが最も重要となります。
    • プロジェクト全体を通して「同じ言葉」を徹底して使うことで、意思の伝達と知識の共有が進み、業務知識の発見につながります。これは、エンジニアが技術思考に陥りがちな中で、常にユーザー目線を意識するために不可欠です。
    • この「同じ言葉」は、エンジニアがコードで使う用語と、ビジネスサイドが会話で使う言葉を一致させることを目指します。
  • モデリング手法の活用:
    • 業務プロセスをモデリングするためのワークショップである 「イベントストーミング」 の枠組みを活用することで、すべての利害関係者が自分事として業務を分析し、同じ言葉を用いて共通の理解を得ることができると解説されています。この手法はDDDに限らず幅広い場面で有用であると期待されています。

複雑さに応じた設計の使い分け

ドメイン駆動設計というと全てを複雑なパターンで実装すると思われがちですが、本書では設計におけるトレードオフの考え方が示されています。

  • 単純なロジックへの対応:
    • 単純な業務ロジック(CRUD処理など)に対してドメインモデルを無理に適用するのではなく、シンプルに 「トランザクションスクリプト」や「アクティブレコード」といった手続き型の手法で実装することも戦略の一つとして紹介されています。これらは主に、競争優位性がない補完的な業務領域 に向いています。
    • 単純な処理であっても、一貫性を含むデータの品質をどのように担保するかは、設計上の重要な課題となります。
  • 複雑なロジックへの対応:
    • 複雑な業務ロジックに立ち向かうためには、「ドメインモデル」 の実装が必要です。
    • 具体的には、エンティティ (Entity)、値オブジェクト (ValueObject)、集約 (Aggregate) といった設計要素の役割と使い方が解説されています。特に集約(Aggregate)は、一貫性をどこまで保証するかという観点で、将来的な変更耐性やマイクロサービス分割にもつながる、難解だが重要な概念です。

DDDの考え方は幅広いアーキテクチャに応用可能

本書はDDDの基本概念だけでなく、他の設計技法や最新の技術トレンドとの関係性についても触れられています。

  • アーキテクチャへの応用:
    • 「レイヤードアーキテクチャ」や「ポートアダプター」、「コマンド・クエリ責任分離(CQRS)」といった技術方式が解説されており、その使いどころが学べます。
    • DDDの考え方は、マイクロサービスアーキテクチャ(適切な境界設計)やイベント駆動アーキテクチャ(イベントの定義と連携)にも適用できる、有用な指針となると感じられています。
    • さらに、データアーキテクチャの分野では、DDDの考え方をベースとした**「データメッシュ」** についても解説されています。データメッシュの構築においては、区切られた文脈の単位をデータプロダクトの単位とすることで、一貫性やオーナーシップを業務と一体化させることが可能となります。

まとめ

『ドメイン駆動設計をはじめよう』は、単なる設計パターン集ではなく、「複雑なビジネスをどう理解し、どうソフトウェアで支えるか」 という、開発の本質に迫る一冊です。

本書を繰り返し読むことで、「事業がどこに競争優位性を持っているのか?」「現場で使われている『言葉』とコードの『言葉』は一致しているか?」といった問いに真摯に向き合い続けることの重要性が再確認できます。

初めてDDDを学ぶ方、あるいは過去の書籍で挫折してしまった方にとって、ドメイン駆動設計の入門書として最もおすすめできる一冊です。複雑さに直面した際に立ち返るための基本的な原則(「ソフトウェアの『設計』判断を『事業活動』で駆動するのがドメイン駆動設計である」)を学ぶことができます。

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