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ディジタル回路における電源供給線の略号

2024/11/24に公開

ディジタル回路の電源ラインの回路上の表記

電源(供給源)はふつう1か所にあるのに対して電源入力を必要とするデバイスが多いため、回路上では線を引き回したくない事情、また電源端子のやり取りをいちいち詳細に書くと回路の本筋が分かりにくくなるから、回路記号など回路表現上の約束事がいろいろとある。…のだが、歴史的な経緯やら文化やらが暗黙知になっているせいでネット上の説明も混乱しているように見える。

そこにさらに混乱を助長する説明を加えてみる。
主に問題になるのは直流電源の略号とグランドの図記号である。

本稿に関係しそうな標準規格

標準規格番号 2024年現在の有効性 名称
IEEE Std. 255 廃番 IEEE Standard Letter Symbols for Semiconductor Devices
IEC 60148 IEC 60748-1 に Supersede Letter symbols for semiconductor devices and integrated microcircuits
IEC 60748-1 2002年版が現行 Semiconductor devices - Integrated circuits - Part 1: General
ANSI Y14.15 IEEE 991 に supersede Electrical and Electronics Diagrams
ANSI/IEEE Std. 991 休止 IEEE Standard for Logic Circuit Diagrams
JEDEC Standard No. 77D D版が現行 Terms, Definitions, and Letter Symbols for Discrete Semiconductor and Optoelectronic Devices
JIS C 0450 2004年版が現行 (IEC 61175:1993 の邦訳) 電気及び関連分野−信号指定及び接続指定
IEC 61175-1 2015年版が現行 Industrial systems, installations and equipment and industrial products - Designation of signals - Part 1: Basic rules
MIL-STD-15-1 ANSI Y32.2 に supersede Graphic Symbols for Electrical and Electronics Diagrams
ANSI Y32.2 IEEE 315 に supersede Graphic Symbols for Electrical and Electronics Diagrams
IEEE Std. 315 休止 Graphic Symbols for Electrical and Electronics Diagrams
JIS C 0301 廃止/JIS C 0617 に移行 電気用図記号
JIS C 0617 2011年版が現行 (IEC 60617 の電気関係についての 2008年時点のデータベースの邦訳) 電気用図記号 (13部構成)
IEC 60617 IEC データベース上のものが最新 Graphical symbols for diagrams
ISO 7000 / IEC 60417 IEC データベース上のものが最新 Graphical symbols for use on equipment

文字表示に関する標準規格の内容解説

電源供給を示すものに関しては、IEEE Std. 255 (現在はこの規格は廃盤になっていて、同種の規格が IEC 60148 → IEC 60748-1:2002 にあるらしいが中身を見ていないので現行の規格の表現が不明) がある。

1.1.2 に

Maximum (peak), average (direct-current), and
root-meaii-square values of current, voltage, and power are
represented by the upper-case letter of the appropriate
symbol.

Examples : I , V , P

1.2.1 に

Direct-current values and instantaneous total
values are indicated by upper-case subscripts.

Examples : i_c, I_C , v_{EB}, V_{EB}, p_c, P_c

1.3.2 に

Supply voltage may be indicated by repeating the terminal subscript. The reference terminal may then be designated by the third subscript.

Examples : V_{EE}, V_{CC}, V_{BB}, V_{EEB}, V_{CCB}, V_{BBC}, V_{KK}

とある。1.3.2 については may なので強制力はないが、つまり直流電源供給は V の後ろに端子名を示すアルファベットを2つを重ねるのが原則(3文字目に別の文字を入れてもよい)。

また同様に、JEDEC Standard No.77D (2024年現在現行の規格) の 1.2.6 にも

The supply voltage to a terminal shall be indicated by repeating the terminal subscript, such as V_{BB}, V_{CC}, V_{EE}

とある。こちらは shall なので半導体デバイスを製品にするなら従わねばならない規則といえる。

なのでこれらの規則によれば \text{V}_{\text{CC}} が Common Correct の略という類の「2単語からなる略語由来」説は基本的には誤りであることがわかる (偶然そういう略語が由来になる可能性はある)。

2024年現在よく使われる直流電源供給の文字表記

  • \text{GND} (グランド)
    • 信号ground (Signal Ground = ±0 V) あるいは電源のリターンパス
    • 回路内での基準電位になる (ほかの電圧は GND からの相対電位になる)
    • 地球にアース (earth) されているかどうかは問わない
      • 日本語だとどちらの意味でも「接地」というし、英語も ground は両方の意味がある
      • 同様に筐体接地 (Frame Ground) であるかどうかも問わない
    • 大雑把に言えば電源のマイナス側につながる
    • GND という文字列ではなく図記号のみで書かれていることも
    • 「接地」の意味になる英単語として earth はイギリス英語、 ground はアメリカ英語だそうで、用途による単語の違いがあるわけではなく日本と同様に本当に大地に接地しているかどうかはわからない。
    • 問題は GND という、電圧系にもかかわらず、Vで始まらない上に大文字3文字という固有文字列表記を正当化する標準規格がなさそうなところである。メモリ IC とか I/F 規格とかデバイス個別とか試験手順仕様など、個々には定められていることが多いけれど (例: JEDEC Standard No.21C)、GND はデファクトスタンダードでしかないのかもしれない (アメリカ英語由来だから欧州から反対されそうでもある)。一応 JIS C 0450 (=IEC 61175 の邦訳) には以下のように書かれている。

      接地接続は,0V 又は GND と命名してもよい。

  • \text{V}_{\text{CC}}
    • ディジタル回路のプラスの直流電源供給線
    • 暗黙の裡に +5V であることがある
      • 特に TTL IC もしくは TTL に接続できる回路であればこれを使う
      • JIS C 0450 (IEC 61175) 5.2.1 には以下の記述がある:

        TTL 供給電圧接続は,+5V 又は VCC と命名してもよい。

    • CC は大文字下付き(\text{V}_{\text{CC}})で書くが、下付きでなく小文字(\text{Vcc})と書かれる場合もある
  • \text{V}_{\text{DD}}
    • ディジタル回路のプラスの直流電源供給線
    • 特に CMOS IC の電源供給線で使われる
    • +5V ではないことを明示したいケースでも使うかも
    • 下付き文字が使えない場合やメモ書き程度だと \text{Vdd} と小文字で書くこともある
  • \text{V}_{\text{SS}}
    • GND と同じ
    • 特に \text{V}_{\text{DD}} に対応するグランドである場合は GND よりもこちらを使うことが主流

上記以外の電源は仕様書に用途が明記されると思うが、電源供給である場合は IEEE Std. 255 に従いアルファベット大文字を下付きで2つ重ねる(例: \text{V}_{\text{PP}})ことでほかの電位表示ではなく電源供給ラインであることを明示する。

0V 電位(基準電位)を表現する図記号の問題

GND Symbol variation

直流電源の正極側図記号はほぼ選択の余地がないのでよいのだが、負極につながる信号グランドの図記号表記方法が国際規格上もどうなってんだこれ状態。
なお、上記図の寸法は各規格の規定を厳密には守れていない (特にIEC/新JIS記号)

  1. 電源供給側は黒点の有無のバリエーションがあるくらいでたいていこれ。IEC 60617 (JIS C 0617-2) の定義(IEC:S01410, JIS:02-15-08) では機能等電位結合(きのう・とうでんい・けつごう: Functional equipotential bonding)である。
    • 縦線のみ(断線しているように見えるような状態)という記載方法が IEEE Std. 315 (ANSI Y32.2, MIL-STD-15-1) による規定。 いわゆるMIL記号規格 MIL-STD-806B なんかで使われている。
    • 上向き矢印(↑)の記号を使っている回路図を見たことがあるが有名どころの標準規格で規定されていなさそう(DINあたりにあったのかもな)
  2. IEC 60617 (JIS C 0617-2) スタイルその1。電流の向きの都合で上下反転しているだけで (0) と同じ。いちいち GND とか Vss と書くのが目障りでもある。
  3. トラ技で IEC/IEEE/旧JIS(C 0301) スタイルの信号グランド記号と紹介されがちなのだが原規格にあたっても見つからない(C 0301は見ていない)。なお(4)とは三角形がつぶれているところが違うことに注意。
  4. 斜線は3本であり横棒の両端と中央から斜線を書く図記号
    • IEC 60417 (ISO7000) の定義 (5020) は Frame or chassis つまり筐体接地の記号であり、単なる信号グランドではないのだがこの規格は diagram …図記号に使ってはならない (アイコン的なものの規格) とあるので回路図を書く際の参考にはならない。
    • IEEE Std. 315 およびその前身の ANSI Y32.2 では(3.9.2) Chassis or frame connection, equivalent chassis connnection とあるので筐体接地であり信号グランドではない。元をたどれば MIL-STD-15-1 (13.3)
    • IEC 60617 (JIS C 0617-2) の定義(IEC:S01409, JIS:02-15-07) では、機能等電位結合、である…つまり (0) と同じであるから信号グランドに使えるのである。歴史的にはかつて筐体接地記号だったがいったん廃止されて信号グランド用途に定義されなおした、らしい。
    • IEC 60617 (JIS C 0617-2) スタイルその2 と言いたいのだが、定義(IEC:S00204, JIS:02-15-05) は「保護等電位結合」なので、筐体接地など何らかの電気的保護措置がなされている必要があるので、単なる信号グランドには使えない。正三角形で書かないといけない (Equilateral triangle)
    • IEEE Std.315 (ANSI Y32.2) 3.9.3.2 だと common return connection として定義されており、まさに信号グランド用途に使える。なおこの時 GND など文字や数字を記入したい場合は三角形の中に書くことになっているので三角形の外に書くのは誤り。こちらは例示図形は正三角形に見えるが、正三角形と明記されていないので(2)のような二等辺三角形でもよいのかもしれない。
  5. 日本でのみ用いられているガラパゴス記号らしい。(3)との違いは斜線が横棒の端から書かれているのではなく、横棒が突き出た形であること。斜線の数もいくつが正しいのかわからない (たいてい3本か4本)。2000年以前の電子回路の本ではこれがよく使われていた (少なくともCQと技評で確認)。JIS C 0301 (1999年廃止) で定義されていたのかもしれない。
  6. アース(接地)記号。信号グランドとしては使わない。1960年代の文献だとまだ信号グランド用の記号がなかったと思われ、これが信号グランドにも使われている。実際、MIL-STD-15-1 (13.1) では(A)アースの定義のほかに(B)としてアースではないような接地という定義があるので筐体接地ないし信号グランドとしても使えていたよう (ANSI Y32.2に移行した時点でこの定義は消滅)。なお、横線の数はどの規格でも一貫して3本である。

ディジタル回路でよくある組み合わせ

正極 負極/接地 補足
\text{V}_{\text{CC}} \text{GND} 標準的な組み合わせ
\text{V}_{\text{CC}} \text{V}_{\text{SS}} PGA パッケージなどの大きな LSI など、電源供給ラインや電源-グランドパターンを特別に考慮して設計してほしい場合に使われやすい
\text{V}_{\text{DD}} \text{V}_{\text{SS}} 標準的な組み合わせ

由来・歴史的経緯 (独自調査)

どういう意味で名付けた、と明示されている文献は皆無なので推測だらけになる。由来はIC黎明期である1960年代に遡る。
それより昔だと、コネクタ類は AC 電源を除くと 1950年代からようやく登場 (それ以前ははんだ直付け) であり、規格化に至ってはもっと後という感じでほぼ IC と同期なので調べる気が起きない。基板のシルクとかはもっと調査が難しそう…というわけで調査の限界が今のところこの辺り。

  • \text{V}_{\text{CC}}
    • 回路 (Circuit) の電源供給線、またはバイポーラトランジスタ回路のコレクタ端子に供給する電源線 (ECL)
      • ECL 回路の場合 \text{V}_{\text{CC}} はたいていグランド電位に等しく、電源供給線はエミッタ端子につながる \text{V}_{\text{EE}} (-5Vくらい) である。
      • TTL 汎用IC の定番である 74シリーズでは最初から \text{V}_{\text{CC}} - \text{GND} 対で使われている…どころかその前身の DTL IC から使われている
        • TTL IC の定格電圧である +5V を TTL レベルと通称し、TTL IC でなくても TTL レベル互換であれば \text{V}_{\text{CC}} を IC の電源供給ラインとされるように
    • 現在の LSI は CMOS 全盛なので、バイポーラトランジスタが存在せずコレクタ端子につながっていない場合がほとんどだが、\text{V}_{\text{CC}} は電源供給ライン名として用いられている。すなわち Circuit の電源。
  • \text{V}_{\text{DD}}
    • P-MOS(FET) 回路のドレイン端子に供給する電源線。この用途の場合、P-MOS の特性から \text{V}_{\text{SS}} よりも電位が低い。歴史的には CMOS 以前から使われている。
    • CMOS の場合 \text{V}_{\text{DD}} は p型 MOSFET のソース端子につながるのでドレインが由来ではない。どうやら直流電源 (Direct Current) ということのようだ (Device という説もあるが直接示唆する資料は未発見)。CMOS 汎用IC の定番である 4000シリーズでも最初から \text{V}_{\text{DD}} - \text{V}_{\text{SS}} 対が使われている
  • \text{V}_{\text{SS}}
    • P-MOS(FET) 回路のソース端子(S)に供給する電源線。
    • 上記以外の場合、どうやら基板(Substrate)電位、ということのようだ。Silicon die の基板のことか、PCB等の回路基板のことかは不明。
      • CMOS の場合は \text{V}_{\text{SS}} はn型 MOSFET のソース端子につながってはいるが、\text{V}_{\text{DD}} との対なのでソース端子の意味ではないかもしれない。かといって初期の CMOS は今と異なり p型の上に n型を形成つまり die の基板電位は\text{V}_{\text{DD}} だったはずなので Die の substrate とも言い難く、CMOS における \text{V}_{\text{SS}} 名の真の由来は謎である。単に pMOS 回路の電源名を援用しただけかもしれない。現代の CMOS であれば Die の substrate であっておかしくない。

辞書順サマリ

略号 初期の用法 想定由来単語 現代の用法例
\text{V}_{\text{AA}} Amplified, Anode 昇圧した電源 (Amplified) という用例あり
\text{V}_{\text{BB}} バイポーラTrのベースに接続される電源。ECL ではベースに接続されているのだが論理機能上の解釈では論理しきい値[1]を定めるためのバイアス (Biased) 電源ともとらえられる Base, Bias, Backgate FinFET に移行する前リーク電力が問題になったころ、CMOS トランジスタの Backgate バイアス電圧を制御 (調整) することでリーク電流を抑える省電力技術が存在したがその電源を表現するケースがあったよう
\text{V}_{\text{CC}} バイポーラトランジスタのコレクタに接続される電源、転じて TTL レベル電源 = +5V Collecor, Circuit 一般的なデジタル回路用直流電源
\text{V}_{\text{DD}} pMOS のドレインに接続される電源 Drain, DirectCurrent, Device, Digital 一般的な CMOS デジタル回路用直流電源
\text{V}_{\text{EE}} バイポーラトランジスタのエミッタに接続される電源、特にエミッタフォロワ回路で構成される ECL で用いられた Emitter オペアンプの負電源(内部回路のエミッタにつながる電源でもある)である。\text{-V}_{\text{CC}} 相当の電位であることが多いため、転じてB級パワーアンプの負電源(この場合はエミッタにつながらないが)としても使われることがある。マイナス記号込みの名前は SPICE シミュレーションの際に演算子や符号と解釈されてしまいそのまま使えないので用途に近しい代用名を探した結果と考えられる。
\text{V}_{\text{FF}} VFF ケーブル (家庭用電源の延長コードがこれ) と誤認識するので使用しない
\text{V}_{\text{GG}} FET のゲートに接続される電源 Gate パワーMOSFETの電源回路で使われているはず
\text{V}_{\text{HH}} High 電位が高い状態であることを示す \text{V}_\text{H} と誤認するので電源としては使いづらい。特に \text{V}_\text{H} のなかでも高い側の電位という意味で \text{V}_\text{HH} という用例もある
\text{V}_{\text{II}} I は電流で使うので紛らわしく使用しない
\text{V}_{\text{JJ}} (見かけない)
\text{V}_{\text{KK}} Kathode (Cathode) Micron の特許文献の中で負電源として使われていた。おそらくカソード。
\text{V}_{\text{LL}} Low, Logic 電圧が低い状態であることを示す \text{V}_\text{L} と誤認するので電源としては使いづらい。特に \text{V}_\text{L} のなかでも低い側の電位という意味で \text{V}_\text{LL} という用例や、アナログICでのロジック部 (=非アナログ回路部) 電源という用例もある
\text{V}_{\text{MM}} Motor ステッピングモーターに与える電源電圧としての用例あり
\text{V}_{\text{NN}} Negative \text{V}_\text{PP} と対で負電源 (Negative) を意味する用例あり
\text{V}_{\text{OO}} O は 0 と誤認識しやすいので使用しない
\text{V}_{\text{PP}} EPROM の書き込み (Programming) 時に与える電圧 Program, Positive, Precharge フラッシュメモリの初期でも消去書き換え時の電圧として使われた (今でも内部回路的にはそうなっているが表には見えない)。同様に PIC マイコンのプログラム書き込み時の制御信号としてもつかわれる。 また\text{V}_\text{NN} と対で正電源 (Positive) を意味する用例あり。また DDR4/DDR5 SDRAM のワード線ブースト用電源の用例あり(おそらく precharge)
\text{V}_{\text{QQ}} (見かけない)
\text{V}_{\text{RR}} \text{R} は抵抗なので誤認識しやすいので使用しない。なお、\text{V}_\text{RRM} という、ダイオードのピーク繰り返し逆電圧の最大定格電圧を指す用例がある
\text{V}_{\text{SS}} MOSFET のソースに接続される電源 Source, Substrate 一般的なディジタル回路における信号グランド
\text{V}_{\text{TT}} ECL の論理しきい値電圧源 Threshold, Terminate DDR-DRAM 回路でアクティブ終端(Terminator)のための終端制御用の供給電源
\text{V}_{\text{UU}} 三相交流のU相あるいはブラシレス3相モータのU相電源で使うかもしれない
\text{V}_{\text{VV}} 三相交流のV相あるいはブラシレス3相モータのV相電源で使うかもしれない
\text{V}_{\text{WW}} 三相交流のW相あるいはブラシレス3相モータのW相電源で使うかもしれない
\text{V}_{\text{XX}} (見かけない)
\text{V}_{\text{YY}} (見かけない)
\text{V}_{\text{ZZ}} (見かけない)

用例集と補足コメント

1960年代

TI SN502
Texas Instruments, SN502 Datasheet, 1960?, (出典: Computer History Museum)
IC の最初期のもので、\text{GND} は確認できるが電源側は \text{V}_{\text{CC}} はまだ登場せず。

Motorola MECL
Motorola, MC300 series datasheet, 1963?, (出典: DatasheetCatalog.com)
ECL IC のデータシート中の回路図で、電源端子として \text{V}_{\text{EE}} (-5.2V), \text{V}_{\text{BB}} (-1.15V), \text{V}_{\text{CC}} (GND) が確認できる。\text{V}_{\text{EE}} はエミッタと考えられるが、\text{V}_{\text{BB}} はベースというよりはバイアスであるようだ。\text{V}_{\text{CC}} はコレクタである (GND 接続期待なのだから Circuit ということはないだろう)。

μA702 op-amp Fairchild, μA702の設計者Widlerによる解説記事, 1965 (出典: Computer History Museum)
μA702 は 1963年に製品化されたオペアンプ IC。電源ラインは \text{V}_{\text{+}}\text{V}_{-}\text{GND} であり \text{V}_{\text{CC}}\text{V}_{\text{EE}} は見られない。

TI SN5400/7400
Texas Instruments, IC Catalog, 1965 (出典: bitsavers.org)
74シリーズ TTL-IC。\text{V}_{\text{CC}} (5V) - \text{GND}。TTL なので \text{V}_{\text{CC}} はコレクタにつながっている。またエミッタ接地回路なので \text{V}_{\text{EE}} は使わずに \text{GND}、なのだろう。74シリーズ最初期のものなのでまだ \text{V}_{\text{CC}} - \text{GND} が 14番-7番ピン配置ではない。

TI DTL-IC SN341A schematic TI DTL-IC SN341A package
Texas Instruments, IC Catalog, 1965 (出典: bitsavers.org)
同じカタログから DTL IC である SN341A の回路図。最終段増幅トランジスタのベースにつながるというか入力 Wired-OR (Diode の Anode端) のプルアップ/プルダウン電源 (+6V, -3V) にもかかわらず \text{V}_{\text{CC}} である。これは Circuit 電源という意味でしか解釈できそうにない。

GI PMOS-IC MEM3012SP
General Instrument Co., MOS IC Datasheet, 1966, (出典:Internet Archive)
PMOS-IC。\text{V}_{\text{dd}} (-27V) - \text{Ground}\text{V}_{\text{dd}} (小文字の添え字だ) は Drain 電圧と明記してある。MOS-FET 系IC でこれより古いもので数字直接ではない記述の文献は見つけられなかった。

TI differential amp SN723
Texas Instruments, 1968, (出典: bitsavers.org)
TI の差動アンプ IC。\text{V}_{\text{+}} / \text{V}_{-} でも \text{V}_{\text{CC}}/\text{V}_{\text{EE}} でもなく \text{V}_{\text{CC1}}/\text{V}_{\text{CC2}} である。負極側はエミッタにつながっている以上、\text{V}_{\text{CC2}} の由来がコレクタと解釈することはできないのでこれは Circuit の略と考えるしかなさそう。

CMOS RS-FF
専門雑誌 Electronic Design Vol.15 No.19 より RS-FF 回路図, 1967, (出典: World Radio History)
CMOS の RS FlipFlop 回路。NMOS側に \text{V}_{\text{0}} (負電源), PMOS 側が GND 記号。この当時 PMOS logic 主流だったのに NMOS 基準の回路になっているよう (この \text{V}_{\text{0}}\text{V}_{\text{SS}} にあたる位置)。なので CMOS の設計者の感覚としては \text{V}_{\text{SS}} は NMOS Source の意味なのかもしれない。なお同一号の後ろのほうのページで TA5361 (次項) の回路に関する記事が出てくるが \text{V}_{\text{DD}}- \text{GRD} である (\text{GND} ではなく \text{GRD} と書いてある)。

RCA COS/MOS Development sample
RCA, COS/MOS IC(CMOS) TA5361=CD4000の開発中品 , 1968, (出典: Wojtek SP7WK)
\text{V}_{\text{DD}} (10V) - \text{V}_{\text{SS}}。4000シリーズCMOS IC のプロトタイプ製品。\text{V}_{\text{DD}} は Drain につながってはおらず \text{V}_{\text{DD}}\text{V}_{\text{SS}} も MOSFET の Source 側 (\text{V}_{\text{DD}} が PMOS-Source, \text{V}_{\text{SS}} が NMOS-Source) につながる。この当時だと PMOS のほうが性能がはるかに良くて NMOS 側はおまけだったことを考えると、PMOS Source 側に \text{V}_{\text{DD}} を与えているからには \text{V}_{\text{SS}} がソースという意味とは考えづらいし \text{V}_{\text{DD}} は何なんだということになる。D は Device か DC電源か。S は Substrate か Sink か。

RCA Engineer Vol.17-1, p.41
RCA, RCA Engineer 1971/6-7月号より CMOS インバータ回路図, 1971, (出典: World Radio History)
COS/MOS の技術解説記事だが \text{V}_{\text{DD}} (+3~+15V) - GND 記号となっており \text{V}_{\text{DD}} が主役である。これでは \text{V}_{\text{SS}} がソース電源端子なんて言えない。記事中も 0V signal = ground = Logic 0, \text{V}_{\text{DD}} = Logic 1 とまで言っている。

RCA CD4000A Datasheet
RCA, CD4000A Datasheet, 1969??, (出典: Silicon-Ark)
RCA CD4000A のデータシートより \text{V}_{\text{DD}} の記述。DC 電源が由来であるような気になってくる表現である。なお現代でも CD4001 互換である製品例で同様の表記:
Toshiba TC4001BP
東芝, TC4001BP データシート, 2016, (出典: 東芝デバイス&ストレージ)

1970年代

intel 1103 DRAM-IC intel 1103 DRAM-IC
Intel, Memory Design Handbook より DRAM IC 1103, 1973, (出典: bitsavers.org)
1k-bit DRAM、製品は 1970年発売。PMOSで作られているので \text{V}_{\text{SS}} (-16V) - \text{V}_{\text{DD}} (GND) は PMOS-FET の Source-Drain。加えて \text{V}_{\text{BB}} 電源端子 (\text{V}_{\text{SS}} - 3V = -19V) があるが資料の説明文に substrate bias と出てくるので Bias の b であろう (backgateにつながっているともいえるが backgate bias とは書いていない)。

intel 4004 pin-assign
Intel, 4004 CPU Datasheet, 1971, (出典: Chipdb.org)
PMOS なので \text{V}_{\text{DD}} より \text{V}_{\text{SS}} のほうが電位が高く、通常は \text{V}_{\text{SS}} を GND とし \text{V}_{\text{DD}} に -15V 程度を給電する使い方をする。したがって \text{V}_{\text{SS}} は pMOS ソース端子なのか Substrate なのかどちらとも解釈できそうだし、\text{V}_{\text{DD}} も pMOS ドレイン端子とも、デバイス/直流電源端子とも解釈できる。

intel 8008 pin-assign intel 8008 DC requirement
Intel, 8008 CPU Datasheet, 1972?, (出典: bitsavers.org)
intel 4004 と同じ PMOS プロセスだが電源端子は \text{V}_{\text{DD}} (-9V)と \text{V}_{\text{CC}} (+5V)。Power Requirement の記述にある通り \text{V}_{\text{CC}} はどうみても TTL レベルを意味しているものであり、TTL の電位に合わせるために内部を本来の PMOS より 5V バイアスしている。電卓専用品として開発された 4004 と、汎用品で他社 IC との接続を考慮する必要のある 8008 の違いともいえる。

intel 8008 Vcc(3D) intel 8008 Vcc(vertical) intel 8008 Vcc(horizontal)
Intel, 8008 CPU Datasheet, 1972?, (出典: bitsavers.org)
同じく 8008 のデータシートより 8008 の外付け回路に書かれている \text{V}_{\text{CC}} / \text{GND} の回路図記号 3 種。\text{GND} はどれもアース記号だが \text{V}_{\text{CC}} 側は斜め、縦、横とある。

TMS-1000 TTL-MOS interfacing
Texas Instruments, TMS-1000 Manual, 1976, (出典: WikiChip)
4bit CPU TMS-1000 のマニュアルから外部インタフェースの取り方を示した図。内部は PMOS ロジックで TTL 非互換なので、TTL レベルの外部 IC との接続方法例が出てくる。

Motorola MC6800 pin-assign
Motorola, M6800 Systems reference and data sheet より MC6800, 1975, (出典: The Vintage Technology Digital Archive)
Motorola 6800 MPU。1975年版の資料。NMOS であるが \text{V}_{\text{CC}} (+5V) - \text{V}_{\text{SS}} (GND) の TTL 互換単一電源の最初のものと言われる。NMOS なので内部的には \text{V}_{\text{SS}} がソース電源である。この当時の NMOS は電位差 5V では動作せず、-12V が必要だったが、MC6800 は内部で電圧を反転して倍増する回路が仕込まれていたという。したがって \text{V}_{\text{SS}} は直接 NMOS-FET の Source につながっていたわけではないだろうが、NMOS のソースに由来する電源であるには違いない。

intel 8080A pin-assign
Intel, 8080A CPU Datasheet, 1975, (出典: Datasheet4U)
図は位置を加工済。8080Aそのものは1973年出荷開始。NMOSになったのでVDDのほうがVSSより高い。\text{V}_{\text{DD}} (+12V) - \text{V}_{\text{SS}} (GND) がおそらく NMOS ロジック本来の電源電圧系、それに加えて \text{V}_{\text{CC}} (+5V = TTL レベル), \text{V}_{\text{BB}} (-5V Substrate Bias電圧) があり、外部入出力信号を TTL レベル (\text{V}_{\text{CC}} - \text{GND}) にするために入出力回路だけ \text{V}_{\text{BB}} 電圧を使ってレベルシフトを行っていると思われる。\text{V}_{\text{BB}} は記入されている通りバイアス由来でありベースではなく、また \text{V}_{\text{CC}} はコレクタではなく TTL 互換電圧 5V の意味と考えられる。\text{V}_{\text{SS}} はソースではなく Substrate である可能性が高そう (その場合 Die の Substrate)

intel 8085A pin-assign
Intel, 8085A CPU Datasheet, 1976, (出典: Datasheet4U)
図は位置を加工済。NMOS (HMOS)。\text{V}_{\text{CC}} (+5V) - \text{V}_{\text{SS}}。これ以降 intel は \text{V}_{\text{CC}} - \text{GND} もしくは \text{V}_{\text{CC}} - \text{V}_{\text{SS}} のどちらかになっている。

Motorola MC10800 ECL-MCU
Motorola, MC10800 ECL 4bit ALU, 1977? (出典: 6502.org)
モトローラの 4bit 演算器、ECL であり、\text{V}_{\text{CC}} (GND), \text{V}_{\text{EE}} (-5.2V)。しきい値電源 (-2.0V) は \text{V}_{\text{BB}} ではなく \text{V}_{\text{TT}} (Threshold) になっている。

Fujitsu MB8843 Datasheet
富士通, MB8840 series CPU Datasheet, 1978, (出典: SharpMZ)
引用ドキュメントは1987年版。NMOS。\text{V}_{\text{CC}} (+5V) - \text{V}_{\text{SS}}。回路図で日本型斜線 GND 記号が使われている。なお MB8843 は SHARP MZ-40K に使われたマイコン。

1980年代~

NEC V30 pin assign
NEC, V30 CPU Datasheet, 1983?, (出典: Chipdb.org)
CMOS。珍しい \text{V}_{\text{DD}} (+5V) - \text{GND} の組み合わせ。V30 は intel 8086 互換 CPU だが PC-9800 シリーズで使われていたので国内では有名なもの。8086 とピン互換なのに \text{V}_{\text{CC}} ではなく \text{V}_{\text{DD}} であるところも何かこだわりがあるのかもしれない。

Intel Technology Journal
Intel, Technology Journal Q3-1998, 1998 (出典: Intel)
Intel の技術記事より。CMOS 回路なのに \text{V}_{\text{CC}} 電源であるのが特徴。ひょっとして CMOS の C (Complementary) が由来だったりするのか (Intel は NMOS ロジックの時も電源は \text{V}_{\text{CC}} だったので違うはずだが)。\text{V}_{\text{SS}} は Substrate 由来であると思わせる記述あり。

現代

DDR4 SDRAM
Samsung, DDR4-SDRAM datasheet, 2018 より4.PIN DESCRIPTION の一部, (出典: Samsung)
本来は JEDEC の本家仕様を引用すべきでしょうが孫引き。\text{V}_{\text{DD}} - \text{V}_{\text{SS}} のほかに \text{V}_{\text{PP}} ピン(WL-Boost 用電源) と \text{V}_{\text{TT}} ピン (Terminate 用電源) の存在が確認できる。

PIC Debugger ICD3
Microchip Technology, ICD3 User Guide より ICD3 6pin Socket, 2015, (出典: Microchip Technology)
\text{V}_{\text{PP}} は PIC の EPROM への書き込み用電源でおそらく Programming の略。

LCD module SG16080A
Sunlike, Graphic LCD Module SG16080A, (出典: Sunlike)
LCD モジュールのピン仕様。\text{V}_{\text{DD}} / \text{V}_{\text{SS}} のほかに液晶駆動電源 \text{V}_{\text{EE}} (のおそらく残骸端子)。\text{V}_{\text{EE}} は CD4054 CMOS LCD ドライバ IC が使っていたのが由来で \text{V}_{\text{DD}} - \text{V}_{\text{EE}} で液晶駆動用の電圧約 18V になるようバイアスしていた。現代はコントラスト調整ピンが LCD 電源を兼ねている (\text{V}_{\text{LCD}} という名前でも見る) でまとめているため \text{V}_{\text{EE}} はほとんど見かけなくなった。バックライト電源端子は直接 LED につながっているらしくVなんとかではなくアノード・カソードと直接的。

Rohm bipolar opamp
ローム, オペアンプ BA3472/4 より等価回路図, 2012 (出典: Rohm)
\text{V}_{\text{CC}} - \text{V}_{\text{EE}}。わかりやすくコレクタ/エミッタに接続している。

TI LM96551
Texas Instruments, LM96551 datasheet, 2011 (出典: DigiKey)
超音波パルサーIC。高圧に \text{V}_{\text{PP}} / \text{V}_{\text{NN}}、デジタル回路用に \text{V}_{\text{LL}}、アナログ回路/レベルシフト電源に \text{V}_{\text{DD}} となっている (他社の同類 IC もそうなっているようだ)。

Class-B Amplifier
CQ出版社, CQ-Connect サイト記事より B級アンプ回路の出題図, (出典: CQ-connect)
B級アンプ回路。\text{V}_{\text{CC}} - \text{V}_{\text{EE}} になっているのはこれに限らずいっぱい引っかかる。
マイナス記号を使わずに \text{V}_{\text{CC}} と対になる -\text{V}_{\text{CC}} 相当の負電源の名前を付けようと思うと、こうなるのだろう。


初版公開日: 2024/11/24

脚注
  1. 電気系特有表現四天王の1。漢字では「閾値」と書くが、理学系の人がこれを読むと「いきち」になる。電気系は Threshold にあたる語を「しきいち」と呼び、漢字では「閾値」と書く。「敷居値」と書くことはない。なお、四天王の残りの3つは「伝搬」「分布定数回路」「虚数単位j」である。勝手に決めた。 ↩︎

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