🗺

有機金属触媒の解析のためのMAP化する論文を読んでみた

2023/04/21に公開

0. 論文情報

Building a Toolbox for the Analysis and Prediction of Ligand and Catalyst Effects in Organometallic Catalysis
https://doi.org/10.1021/acs.accounts.0c00807

1. 論文の概要

遷移金属を用いた有機金属触媒は、高い触媒活性と選択性を兼ね備えているため価値が高い。しかし、様々な触媒や基質が存在する広大な化学空間における、遷移金属触媒の反応機構は十分に解明されておらず、現在のリソースではこのような解明は不可能である。
このような触媒はDFT計算(1)により、立体的及び電子的記述子(2)のデータベースを構築することが可能である。本文では、それを触媒の反応性や特性のマッピング、解釈、予測にどのように利用できるかを要約する。著者らの研究の動機は、合成化学者が計算によるアプローチを行うにあたって、これらのデータベースを便利な形で提供することである。

2. 問題設定と解決した点(先行研究と比べてどこが凄い?)

計算された記述子と実験データ、多変量線形回帰(MLR)(3)や機械学習などの統計技術を組み合わせることで、触媒空間の決められた領域内での反応結果を予測することに成功することが示されている。例えば、過去の事例で Buchwald-Hartwigクロスカップリング、求核芳香族置換、アルケンエセノリシスなどの反応結果を予測に成功している。
しかし、筆者らの研究では有機金属化学に広く適用でき、触媒特性の微妙な変化にも対応できるように設計されたツールを化学者に提供し、この分野における大規模なマッピングと予測モデリングのためのプラットフォームを提供することによって、予測の問題にアプローチしている。これは、配位子間の類似性を調査することに役立ち、将来、配位子設計を行う際にターゲット領域を絞り込むために有用である。例えば、良い触媒作用を示すある配位子があった際、それにマップ上で近接する別の配位子も良い触媒作用を示すのではないかといった提案が可能になる。

3. 技術や手法のキモ

様々な種類の配位子について構造及び電子的記述子を計算した。(表1参照)単座リン(Ⅲ)配位子の場合、σ供与特性を探るためにプロトン化配位子([HL]+)、ボラン付加体([H3B-L])を用いた。また、配位子のσ結合とπ結合の両方の特性をカバーする記述子を算出するため、 [Pt(PH3)3L] と [Pd(Cl)3L] も用いた。配位子のかさ高さの指標となる配位子円錐角(4)は自動計算が困難であるためデータベースには含めず、その代わりとして新しい立体パラメータであるHe8_steric(5)を開発した。これはリン(Ⅲ)配位子と8個のヘリウム原子から成る環との相互作用エネルギーである。他にもカルベン配位子や二座リン配位子なども記述子の計算を行っているが、それぞれそれらの特性を大きく反映できるような記述子を選択し、データベースを構築した。
また、以下は単座リン(Ⅲ)配位子のデータベースを構築する際にとった手法であるが、各記述子をデータベースに含めるべきかを、それぞれ平均値、標準偏差、範囲、頻度分布を用いて評価した。例えば、値の範囲が非常に大きい、もしくは小さい記述子は除外した。また、不要な記述子を削減するために、記述子のペア間でピアソン相関係数を算出し相関関係が見出された記述子は削除した。
このように構築したデータベースをPCAを用いて二次元マップ上に記述することで、配位子間の類似点と相違点を可視化した。

表1:有機金属触媒に関する公開された知識ベースの概要

4. 主張の有効性検証

二次元マップが、有機金属触媒空間を上手く反映しているかを予測誤差を算出するなどして検証している。また、PCAを用いた際には寄与率(6)を算出しており、それらは概ね50〜65%の範囲内にある。
LKB-Pを用いた単座リン(Ⅲ)配位子の二次元マップは、そこから読み取れる情報から、産業界で用いられている配位子と同等の活性を有する3種の配位子を発見した。このように実験を通して得られた結果からも、マップの妥当性が検証できる。

図1:引用文献より

5. 議論すべき点

コンピューターによるモデル性能の評価が良くても、それが実際の化学空間を反映していると断定することはできないので、実験による検証は不可欠であると思う。本文では、LKB-Cを用いて、カルベン配位子を一重項カルベン、三重項カルベン、及び関連する中性単座Cドナーに分類してマップ化したが、実験結果によるテストがされていないので課題であると思う。

6. 次に読むべき論文は?

LKB-Pを構築する過程について述べられている

https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/chem.200500891

7. 参考文献

図1のような新規配位子を見つけ出す過程について述べられている

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201105954

LKB-PP(二座リン配位子の記述子データベース)の構築とその分析について述べられている

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/om700840h

LKB-C(カルベン配位子の記述子データベース)を構築する過程について述べられている

https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2009/DT/b909229c

8. 補足(Appendix)

(1)DFT計算では、電子軌道内を運動する電子を、電子の密度分布で表現する。この電子密度と個々の電子間に働く引力・斥力相互作用を考慮することで、系内に存在する全ての電子間の相互作用を評価できるため、各原子・分子の安定構造を計算することが可能である。この方法は、金属イオンと有機分子によって形成される錯体の安定構造を予測するための強力な方法として幅広く利用されている。

(2)LKB-Pに用いられている電子記述子としてはHOMO、LUMO、NBO charge(自然結合軌道の電荷)などが使われていた。自然結合軌道とは電子密度が最大となるように計算された結合性軌道のこと。

(3)多変量線形回帰(MLR)とは量的データの結果変数を複数の説明変数で予測すること。

(4)配位円周角

図2:引用文献より

(5)He8_steric

図3:引用文献より

(6)寄与率はある主成分が表す情報が、データのすべての情報の中でどのくらいの割合を示すかを表す。変数全体の分散の合計に占める、その主成分の分散構成比を意味する。すなわち、データの持っている情報がどのくらいマップ上で説明できているかの指標となります。

Discussion