1. 波動の表現
本記事では,最も基本的な波である正弦波の表現について説明する.まず結論からいうと,1次元の正弦波は次のように表現される:
u(x,t) = A \sin(kx - \omega t).
また,3次元では次のように拡張される:
u(\bm{x},t) = A \sin(\bm{k} \cdot \bm{x} - \omega t).
これらは波としては最も単純な形の関数である.このような単純な形からもっと複雑な形まで色々あるわけだが,ぐちゃぐちゃと不規則に変化する波を扱うのは難しい.そこで,今回は波の中で最も単純なモデルである正弦波が,時間経過に伴って並進する場合を考える.波の減衰などは考えない.本記事では波の基本事項をおさらいしながら,これらの式を導出することを目的とする.
2. 正弦波の基本的な性質
2.1. 周期関数の定義
はじめに周期関数の定義を確認しておく.一般に,関数が
f(\theta + nP) = f(\theta), \quad n \in \mathbb{Z}
を満たすとき,関数 f を周期関数 といい,P を関数の周期 という.また,最小の周期( n = 1 のとき)のことを基本周期というのだが,慣例的に基本周期のことを周期と呼ぶことが多い.本記事でも,周期といえば基本周期を指すこととする.なお,周期的でない波もあるが,それは発展的な話になるので今回は扱わない.さて,教養の数学で習う最も単純な正弦波は次のように表される:
この関数 f(\theta) は次のような周期性をもつ:
f(\theta + 2\pi) = f(\theta).
したがって,正弦波は周期関数で,周期は 2\pi である.ただし,これでは使い勝手が限定されてしまうので,周期 2\pi 以外の波も扱えるようにしておきたい.
2.2. 任意の周期を持つ正弦波
次のような正弦波を考えてみよう:
f(\theta) = \sin \alpha \theta.
この関数の周期はいくらだろうか.次のように計算できる.
\begin{aligned}
f(\theta) &= \sin \alpha \theta \\
&= \sin \left(\alpha \theta + 2\pi\right) \\
&= \sin \alpha \left(\theta + \frac{2\pi}{\alpha}\right) \\
&= f\left(\theta + \frac{2\pi}{\alpha}\right).
\end{aligned}
ただし1行目から2行目では,正弦波の周期性 \sin \theta' = \sin \left(\theta' + 2\pi\right) を用いた( \theta' = \alpha \theta に相当).この結果から,\theta に係数 \alpha をかけると,周期は 2\pi / \alpha となることがわかった.逆に,周期を任意の定数 T としたければ係数を \alpha = 2\pi / T とすればよい.つまり,周期 T の正弦波は
f(\theta) = \sin \frac{2\pi}{T} \theta
で表される.
2.3. 振幅と位相
上で考えた正弦波の値域は
-1 \leq \sin \theta \leq 1
となる.値域を変更したければ任意の A をかけて
-A \leq A \sin \theta \leq A
とすればよい.このときの A を振幅 と呼ぶ.また,波を表す関数の引数のことを位相 と呼ぶ.よって,振幅 A ,位相 (2\pi/T)\,\theta の波は次式で表される:
f(\theta) = A \sin \frac{2\pi}{T} \theta.
3. 波を表す物理的パラメータ
物理では,時間と空間に依存する波を扱うことが多い.すなわち,波は時間 t と位置 x の多変数関数 u(t,x) で表される.この u(t,x) がどのような関数形になるかを調べるのが本記事の目標だが,いきなり多変数関数を考えるのは難しいので,1変数関数から順に考えていこう.
3.1. 時間に依存する波
まずは時間的に振動する関数 u(t) を考えてみる:
一般の周期 T を持つように拡張すると,
u(t) = \sin \frac{2\pi}{T} t
となる.これが時間に依存する波の一般的な記述である.ここで,周期 T が時間の次元を持っていることに注意しよう.先ほど,1章で定義した”周期”は数学的な定義である.単位を考える必要はなく,あくまで,波が繰り返されるときの最小区間という意味しかもたない.一方で,今考えているのは u(t) という時間の関数であるため,1周期分の区間というのは,t 軸上での長さを表すことになる.つまり,ここでいう"周期"は波が繰り返される時の最小間隔の時間幅という意味を持つ.ここで,
という量を導入してみよう.すると,
と書ける.\omega がどのような意味を持つ量か考えてみよう.波の位相を \theta と書くこととすると,\theta = \omega t である.よって
\omega = \frac{\theta}{t}
となり,\omega というのは位相 \theta を時間 t で割った値となる.つまり,\omega は単位時間あたりに位相が何 rad 変化したか,ということを表す量となる.このような意味合いから,\omega は角振動数,角周波数,角速度といった名前で呼ばれる.
3.2. 空間に依存する波
次に,空間的に振動する関数 v(x) を考えてみる:
一般の周期 \lambda を持つように拡張すると,
v(x) = \sin \frac{2\pi}{\lambda} x
となる.これが時間に依存する波の一般的な記述である.周期を T ではなく \lambda と書いたのはミスではない.先ほど,時間的な波の周期は時間の次元をもつことを説明した.それと同様に,空間的な波の周期は空間,すなわち長さの次元をもつ.つまり,波の長さを表しているのだ.このことから,空間的な波の周期は波長と呼ばれ,慣例的に \lambda で表される.ここでも,先ほどと同様に
k := \frac{2\pi}{\lambda}
という量を導入してみよう.すると
となる.波の位相は \theta = kx と書けるから
となる.つまり k は単位長さあたりに位相が何 rad 変化するかを表す量であり,波数と呼ばれる.どうしてそのように呼ばれるかというと,例えば, k = 2\pi なら単位長さの中に波長 2\pi の正弦波が1個入る,k = 4\pi なら単位長さの中に正弦波が2個入る,...といった具合に,k が単位長さの中に入る波の数を表していると言えなくもないからである.ただ正直,この理由づけは無理くりだ.これを 2\pi で割った値,すなわち 1 / \lambda のほうが波数というネーミングにはふさわしい.実際,分野によっては 1 / \lambda の方を波数と定義していたりもするため,この辺の表記揺れには注意しておこう.
4. 波のパラメータまとめ
ここまで色々なパラメータを導入した.波を表現するパラメータはその種類と関係式の数が多く,混乱しがちなので,ここで一度整理しておこうと思う.
4.1. 周期と波長
周期 T と波長 \lambda が最も基本的なパラメータである.
数学的な"周期"が時間の単位を持つか,長さの単位を持つかで区別される.言い換えると,時間的な周期を「周期」,空間的な周期を「波長」と呼んでいる.どちらも波の間隔を表すパラメータという意味では周期である.物理では,時間の方に「周期」という名前を割り当てている.(空間の方の名前を「波長」に変えた,とも言える.)
4.2. 角振動数と波数
周期の逆数,波長の逆数に 2\pi を乗じたものはそれぞれ角振動数,波数と呼ばれ,次のように定義される.
!
波数: 単位長さあたりの位相変化量
k := \frac{2\pi}{\lambda}
なお,周期の逆数は特別に振動数(または周波数)と呼ばれており,次のように定義される.
また,この定義から明らかに,振動数と角振動数の間には次の関係がある:
空間的な波においてこれに対応する量は波長の逆数となるのだが,特別に名前は付けられていない.
4.3. 速度と分散関係
3.1節の定義より,波長 \lambda は波が1回繰り返すために必要な距離を,周期 T はそれにかかる時間を表すことがわかる.よって,時間と空間の両方に依存する波があったとき,その波の速度 v は次のように定義される.
!
波の速度
v := \frac{\lambda}{T} = f \lambda
また,角振動数を波数の関数として表した式を分散関係という.
4.4. パラメータの関係一覧
最後に,これまでのまとめとしてパラメータの対応関係を表にしておこう.
時間的
空間的
周期 T
波長 \lambda
振動数
波長の逆数
角振動数
波数
また,波の速度は次のように表せる:
v = f \lambda = \frac{\omega}{k}.
5. 時間と空間に依存する波
ここまで波に関する基礎的な事項をおさらいしてきた.表題の正弦波の導出に必要な準備は整ったので,あとはこれまでの内容を組み合わせながら説明していきたい.以下で導出について見ていこう.
5.1. 1次元の波
時間と空間の両方に依存する波を考えよう.まず,時刻 t=0 のとき,波が空間的に
で分布しているとする.さて,この波が時間経過に伴って速度 v で動くと関数の形はどうなるだろうか.時間 t が経過すると波は vt だけ進むことになるから,関数は初期位置から vt だけ並行移動(並進)することになる.したがって,正弦波は時刻 t のとき,
と表せる.
関数の並行移動
一般に,関数を \alpha だけ並行移動させると,関数形は次のような変更を受ける:
分散関係 \omega = vk より,波の式は
u(t,x) = \sin(kx - \omega t)
と書ける.これに任意の振幅 A を持たせてやれば,
u(x,t) = A \sin(kx - \omega t)
となり,目的であった正弦波の式が導出される.
5.2. 2次元の波
さらに,波の式を2次元に拡張しよう.空間次元が1つ増えるため,波はx, t の関数から,x, y, t の関数になることに注意しておこう.この記事ではベクトルを太字で表す.
u(x,t) \to u(x,y,t) = u(\bm{x}, t)
ここで,太字はベクトルを表し,\bm{x} = (x,y) という意味である.
今,xy 座標系の上で波の進行方向が角度 \theta だけ傾いているとしよう.このとき座標軸を \theta 傾けて,新しい座標軸を取り直し,この新しい座標を x'y' 座標系とする.すると,波は x' 軸方向に振動する1次元の波として考えることができるようになり,波の式は
u(\bm{x'},t) = A \sin(kx' - \omega t)
で記述されることになる.この x'y' 座標系は xy 座標系から座標軸を \theta だけ回転させた座標系であるため,座標変換は
\begin{pmatrix}
x' \\
y' \\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
\cos \theta & \sin \theta \\
-\sin \theta & \cos \theta \\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y \\
\end{pmatrix}
によって表される.(これは座標系の基底を変換するための式である.今後解説記事を書く予定.)
この式が元々の xy 座標系ではどのように表されるかを考えれば良い.座標変換の公式を代入し,x' を x と y で書き直せば
\begin{aligned}
u(\bm{x},t) &= A \sin(kx' - \omega t) \\
&= A \sin(k(x\cos \theta + y\sin \theta) - \omega t) \\
&= A \sin(k\cos \theta \; x + k\sin \theta \; y - \omega t) \\
&= A \sin(k_x x + k_y y - \omega t) \\
&= A \sin(\bm{k} \cdot \bm{x} - \omega t)
\end{aligned}
と表せる.ただし,ここで
\bm{k} =
\begin{pmatrix}
k_x \\
k_y \\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
k \cos \theta \\
k \sin \theta \\
\end{pmatrix}
を導入した.この結果は我々に新しい見方を与えてくれる.2次元の波は,座標軸を回転させて1次元の波の式から変数変換することによって得られた.しかし,今得られた結果は,1次元の波の式の kx という項をそのままベクトルの内積に拡張し,\bm{k} \cdot \bm{x} とすれば良いと言っている.実は波数というのはベクトル量で,波数ベクトルと位置ベクトルの内積で空間部分の波を表現できる,という見方ができるようになったというわけである.
もう少し噛み砕いて説明する.今.波の方向を表す変数であるxを座標変換に伴って \bm{x} \to \bm{x'} と動かし,このとき波の固有パラメータである波数は座標変換で不変だろうと考え,k \to k' = k としたわけだ(座標を張り直したら波数が変わった,というのはなんか不自然だと感じるため).しかし実際はむしろ波数自体が方向を持ったベクトル量で,これと位置ベクトル \bm{x} の内積が波の方向と解釈できたわけである.すなわち,これは波数ベクトル方向を向いた波の式とも言える.
5.3. 3次元の波
3次元に拡張する場合でも議論は2次元の場合と同様に行える.今,xyz 座標系の上で波の進行方向が角度 \theta, \phi 方向を向いているとしよう.新しい座標系として x'y'z' 座標系を取り直し,波はその方向に向かって振動する1次元の波として考える.波は
u(\bm{x'},t) = A \sin(kx' - \omega t)
で記述される.xyz 座標系から x'y'z' 座標系への座標変換は
\begin{pmatrix}
x' \\
y' \\
z' \\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
\sin \theta \cos \phi & \sin \theta \sin \phi & \cos \theta \\
\cos \theta \cos \phi & \cos \theta \sin \phi & -\sin \theta \\
-\sin \phi & \cos \phi & 0 \\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y \\
z \\
\end{pmatrix}
で表される.計算過程は省略するが,波数ベクトル
\bm{k} =
\begin{pmatrix}
k_x \\
k_y \\
k_z \\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
k \sin \theta \cos \phi \\
k \sin \theta \sin \phi \\
k \cos \theta \\
\end{pmatrix}
を導入し,変数変換の式を代入するとうまい具合に
\begin{aligned}
u(\bm{x},t) &= A \sin(kx' - \omega t) \\
&= A \sin(\bm{k} \cdot \bm{x} - \omega t)
\end{aligned}
となる.以上によって3次元の正弦波の式が導出された.
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