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なぜ、2025年以降「プロンプトエンジニアリング」という言葉は急速に廃れたのか?

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はじめに

2023年から2024年にかけて、「プロンプトエンジニアリング」という言葉は、生成AI時代の新しい職能として大きく注目を集めました。ChatGPTやClaude、Geminiなどの大規模言語モデル(LLM)が一般化する中で、「どんなプロンプトを与えれば、AIからより良い回答を引き出せるのか」が一種の技術のように語られ、SNSや書籍、セミナーでは“魔法の言葉づくり”が盛んに共有されました。
しかし、2025年に入るとこの言葉の勢いは急速に衰退し、ネット上でもほとんど見かけなくなりました。本稿では、その理由を技術的・心理的・社会的観点から整理し、なぜ「プロンプトエンジニアリング」が一時の流行にとどまったのかを考察します。

「プロンプトエンジニアリング」の誕生背景

プロンプトエンジニアリングという言葉が生まれた背景には、AIを“人間に近いが完全には理解できない存在”として扱わざるを得なかった黎明期の状況があります。
2023年当時、ChatGPTのような生成AIは驚異的な表現力を持つ一方で、出力の安定性や一貫性には課題がありました。同じ質問をしても答えが変わる、言葉遣いを少し変えるだけで精度が上がる――こうした現象を体験した多くのユーザーが、まるで呪文のような“最適な入力”を模索したのです。
この試行錯誤が「プロンプトエンジニアリング」という名で体系化され、「AIを操る技術」として脚光を浴びました。当時はAIの動作原理が一般には理解されておらず、“どんな言葉を投げるか”がすべてのように見えたのです。

幻想の終焉:「そんなものは無かった」

しかし時間が経つにつれ、ユーザーたちは徐々に気づいていきました。「良いプロンプト」とは、結局のところ “人間に対する良い指示”と同じ であるという事実にです。
プロンプトの巧拙を決めるのは、言葉の魔法ではなく、質問者の思考の明確さ、目的の具体性、そしてAIの得意・不得意を理解した上での設問設計でした。
つまり「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれていたものの正体は、特別なスキルではなく、人間としての基本的なコミュニケーション能力や論理構築力だったのです。
その結果、「プロンプトエンジニア」という職能が独立して存在するほどの新規性は無いと理解され、2024年後半以降は急速にこの言葉が冷めていきました。

AI理解の進展と文脈設計への移行

2024年後半には、AIの動作原理が一般的にも浸透し始めました。人々はAIがどのようにテキストを生成しているのか、確率的言語モデルとしての性質を理解し始めたのです。
この理解が進むと、「AIに命令する」から「AIと協働する」へと意識が変化しました。
ユーザーは、AIが得意とする作業――たとえば要約・検証・訂正・構造化――と、不得意な作業――新しいアイディア出し・価値判断・文脈をまたぐ推論――を区別し、AIの特性を踏まえて質問やタスク設計を行うようになりました。

結果として、「プロンプトを工夫する」ことよりも「AIが何を得意とするかを理解する」ことの方が重要だと認識されるようになりました。
プロンプトは“AIが理解しやすい文”ではなく、“人間が目的を明確にするための文”へと位置づけが変わったのです。

二極化するAIユーザー

2024年後半から2025年初頭にかけて、AIの使い方において明確な二極化が生まれました。
一方の層は、AIを思考の加速器として使い、自分の仮説や論理を検証し、文章やアイディアを洗練させるために利用します。彼らにとってAIは、自分の頭脳を映す鏡であり、補助的な推論装置です。
他方の層は、AIを思考の代行者として使い、答えや文章を自動生成してもらうことに満足します。彼らにとってAIは、考える手間を省くための“代筆者”に過ぎません。

前者はAIの限界と特性を理解した上で自らの思考を拡張し、後者はAIの出力に依存することで思考を停止してしまう。
こうして、同じLLMを使っていても“天才加速器”として使う人と“バカ加速器”として使う人とに分かれたのです。
この分岐こそ、プロンプトエンジニアリングという言葉が意味を失った象徴的な現象でした。なぜなら、その価値を決めるのはプロンプト文の巧拙ではなく、ユーザーの知的成熟度そのものだからです。

「プロンプト」から「ワークフロー設計」へ

もう一つの要因として、AIの利用形態が2023年から2025年にかけてどんどん多様化したことです。
個人が手でプロンプトを打ち込むよりも、業務やアプリケーションにAIを組み込む形が一般的になった一方で、個人利用では引き続き対話型の使用も根強く残りました。
RAG(Retrieval-Augmented Generation)やツール連携、ワークフロー自動化などが進み、AIは人間の“対話相手”であると同時に、“バックグラウンド機能”としても活用されるようになったのです。
こうなると、「どのようなプロンプトを打つか」よりも、「どのようにAIを業務プロセスに組み込み、人間と機械の役割を最適化するか」が中心課題となりました。
このフェーズでは、「プロンプトエンジニアリング」は単なるUI上の操作スキルに過ぎず、むしろAI設計・データ統合・倫理・ガバナンスなどを扱う広義の「コンテキスト設計(Context Engineering)」や「PromptOps」という概念が重視されるようになりました。

社会的成熟と“言葉の寿命”

社会的にも、AIという存在に対する「魔法的な幻想」が薄れていきました。
初期のAIブームでは、未知のものに名前をつけることで安心を得ようとする人間の心理が働きます。
しかし技術が普及し、日常化すると、その言葉は次第に意味を失います。
「インターネット・エンジニア」という言葉が消えたのと同じく、「プロンプトエンジニア」という肩書きもまた、社会の成熟とともに自然に淘汰されたのです。
言葉が消えるということは、その概念が当たり前になったということです。
つまり、プロンプトエンジニアリングという言葉の衰退は、AIリテラシーの進化そのものを示しています。

プロンプトとは人間の鏡である

最終的に、プロンプトはAIに向けた命令ではなく、人間自身の思考を整理するためのツールになりました。
AIに対して質問を構築する過程で、人間は自分の目的や前提、仮説を明確化します。
良いプロンプトとは、AIが理解しやすい文ではなく、人間が自分の考えを可視化する文なのです。
したがって、AI時代の“賢さ”とはプロンプトの言い回しの巧さではなく、自分の考えを構造化し、それを明快に表現できる力にあります。
この段階に達した社会では、もはや「プロンプトエンジニアリング」という言葉そのものが不要になるのは当然でした。

まとめ

2025年以降、「プロンプトエンジニアリング」という言葉が急速に廃れた理由は、それが技術ではなく常識だったと人々が理解したからです。
AIの特性が明らかになり、文脈設計やワークフロー設計へと関心が移る中で、“プロンプトを工夫する”こと自体が目的ではなくなりました。
良いプロンプトとは、結局のところ「自分の考えを明確に伝える力」であり、それはAI時代以前から普遍的に求められてきた人間の知的基礎能力です。
この言葉が消えたのは、社会がようやくAIを“特別な存在”ではなく“自分たちの思考を映す鏡”として扱い始めた証拠なのです。

プロンプトエンジニアリングの終焉は、AIブームの終わりではなく、AIとの本格的な共進化の始まりを意味しています。

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