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AI時代の「モノ書き術」

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はじめに

かつて「批評家は要らぬ。実践者が重要」と言われた時代がありました。これは、創作や執筆の世界で、口先だけの批評よりも実際に作品を作り上げる力こそが価値であるという思想を示しています。

しかし、大規模言語モデル(LLM)をはじめとする生成AIの普及によって、この前提は大きく揺らいでいます。文章の執筆、構成の組み立て、資料作成、イラスト制作など、かつて時間をかけて行ってきた作業はAIが一瞬で“それらしい形”に仕上げられるようになりました。その結果、人間の役割は「ゼロから書く人」から「発想と監修を担う人」へと移りつつあります。

本稿では、AI時代の物書きがどのように変わり、どのような発想や方法で成果物を生み出すべきかを解説します。

AIが変えた物書きの地図

従来、物書きはアイデア出しから文章化、推敲、最終仕上げまでを自分で行うか、ゴーストライターなど人的リソースを活用する形が一般的でした。堀江貴文氏のように、自分の発想を口述し、それを文章化させて監修するスタイルは、一部の人だけが可能な方法でした。

AIの登場で、この流れは誰でも再現可能になりました。発想をAIに入力すれば、骨格の整った文章が即座に出てきます。しかし、そのままでは既視感が強く、経済学用語で言うと限界効用が逓減し切った内容になりがちです。ここで必要になるのが人間の監修力です。

「批評家不要論」が崩れた理由

批評家不要論は、批評は誰でもできるという前提のもと、実際に創作できる人を高く評価してきました。しかしAI時代、創作そのものは容易になり、本当に価値があるのは「批評=検証=品質保証」の力となりました。

ここで言う批評は単なる感想や揚げ足取りではなく、以下のような行為を指します。

  • AIが生成した文章や図版に違和感を覚える
  • その違和感の正体を言語化する
  • 何をどう調べれば解消できるかの方針を立てる

知識や経験がない人は、違和感に気づくことすらできません。仮に気づけても、次の調査・修正の指針が立てられないため、品質を上げることができません。AI時代の「批評家」は、もはや高度な実践者と言える存在になったのです。

違和感を感じ取る力の育て方

違和感を感じ取る力は特別な才能ではなく、以下の三本柱で育ちます。

  1. クリティカルシンキング(批判的思考)
     常に「本当にそうか?」と前提や因果を問い直す習慣。
  2. ネットワーク記憶
     知識を点で覚えず、既存の知識ネットワークに結びつけて記憶する。ネットワークに合わない情報が違和感として浮かび上がる。
  3. 好奇心
     分からないことを放置せず、楽しみながら調べる姿勢。

この三要素を備えた人は、AIの出力から即座にズレや誤情報を検出し、的確な修正方針を立てられます。

原案と監修が主戦場になる

AIは新しいアイデアを生み出すのが苦手です。過去のデータから無難な結果を導くため、意外性や鮮度を持つ発想は人間が担う必要があります。原案ではテーマや視点、組み合わせ、制約条件を設計し、AIに渡す“タネ”を用意します。

監修では、AIの草稿を精査し、事実、論理、表現の適切さを確認します。すべてに納得できた場合だけ成果物を世に出します。この二つの工程こそ、これからの物書きが注力すべき主戦場です。

AIを平均解から脱出させる方法

AIの出力を平凡にしないためには、事前に強いタネを注入する必要があります。意外な組み合わせ、未解決の問い、特殊な制約条件、他分野からの持ち込みなどが有効です。

さらに有効なのが、直前チェーン質問法です。最終的に執筆を依頼する前に、複数の質問を連続して投げ、背景知識や論点をあらかじめAIの文脈に注入します。まずテーマに関連する背景や論点を掘り下げ、次に「この切り口で」「この文体で」「この要素を含める」と条件を設定します。そして「ここまでの議論を踏まえてまとめてください」と指示します。この手順を踏むと、AIは積み上げられた文脈を踏まえ、一貫性があり尖ったアウトプットを返します。まるで優秀なゴーストライターに事前打ち合わせをしてから執筆を依頼するような感覚です。

歴史的な類似例

産業革命では、熟練職人の手仕事が機械に置き換わりました。その後、品質管理者という新しい職能が生まれました。現在は知的分野で同じ現象が起きています。AIが知的生産の肉体労働部分を肩代わりし、人間は品質の守護者へと役割を変えています。

実践ステップ

まず自分の関心や専門領域に新しい切り口を加えてテーマを設定します。次に意外な要素や制約条件を組み込み、AIに投げるタネを設計します。背景や論点を連続質問で刷り込み、AIの前提を限定します。その後AIに草稿を作らせ、違和感を検出して修正方針を策定します。最後にすべて納得できたら公開します。

  1. テーマ設定
     – 自分の関心や専門領域に新しい切り口を加える
  2. タネの設計
     – 意外な要素や制約条件を組み込み、AIに投げる
  3. チェーン質問で土壌づくり
     – 背景・論点を連続質問で刷り込み、AIの前提を限定
  4. 一次生成
     – AIに草稿を作らせる
  5. 監修・改訂
     – 違和感の検出と修正方針の策定
  6. 最終リリース
     – すべて納得できたら公開

まとめ

AI時代の物書きは、ゼロから書く人ではなく、原案と監修を担う人へと進化します。AIは高速で形を作りますが、鮮度や意外性を与えるのは人間の役割です。違和感を察知し、修正の方向を決める力こそ新時代の実践者の資質です。批評家不要論は終わり、方針を立てられる批評家=品質保証型実践者の時代が始まりました。AIと人間が役割を分担し、人間は知的生産の最終責任者として発想と監修に力を注ぐべきです。

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