ビジネス論評①:日本の技術のガラパゴス化の要因
はじめに
日本の技術や規格が世界市場から孤立する「ガラパゴス化」は、FeliCaの失敗を例に語られることが多いです。FeliCaはSuicaやEdyなど交通・決済のインフラとして国内では圧倒的な普及に成功しましたが、海外ではNFC Type A/Bが主流となり、事実上国際標準の地位を獲得できませんでした。この原因を探ると、独仏のように自国のルールを世界へ巧みに押し付ける手腕や、アメリカの巨大資本を背景とした投資の豪胆さと対照的に、日本企業は慎重すぎる姿勢をとりやすいことが浮かび上がります。さらに、プラザ合意(1985年)による急激な円高とバブル崩壊(1992年)が日本の経営を守りに転じさせた点も大きく作用しており、そこに日本語環境がもたらす英語の苦手意識や、自然災害が多い国土で育まれた種族的臆病さが相まって、ガラパゴス化の構造を後押ししているのです。本稿では、こうした複数の要因を横断的に整理し、日本が国際標準を獲得できない背景を明らかにします。
FeliCaの失敗の背景
まずFeliCaの失敗について考えると、技術的には海外のNFC規格を上回る要素も存在しました。しかし、ソニーが国内市場に特化したビジネスモデルを選び、その特許を囲い込む方針をとったために、国際標準化会議で他企業を巻き込むインセンティブが弱まったとされています。日本市場の規模と購買力は十分に高く、国内完結でも採算が合うという判断が働いたためです。その結果、FeliCaは日本独自の進化を遂げつつも、世界的にはマイナーな規格にとどまってしまいました。独仏は自国規格をISOやIEC、EUの基準に採用させることで世界のルールを握り、一方アメリカは莫大な投資を通じて市場を先に確保し、後から標準を事実上成立させる戦略を取っています。その両方の面で日本は及ばず、海外での競争力を発揮しきれない構図が浮かび上がります。
独仏のルールメイキング戦略
独仏のルールメイキングの巧みさは、国際会議やEUの規格策定プロセスに深く関与し、自国企業に有利な仕組みを作り上げる点にあります。ドイツはDIN規格をISOやIECへ取り込み、フランスはTGVや航空分野でEU標準を押し広げてきました。こうした動きは単なる技術力というよりも、政治・外交力やロビー活動の成果でもあり、国策として「どう世界を自国ルールに合わせるか」が重視されています。
アメリカの投資による市場支配
一方、アメリカはシリコンバレーのベンチャーキャピタル文化を背景に、失敗を恐れずに潤沢な資金を投下し、ベンチャー企業を急成長させる仕組みを整えてきました。技術が未成熟でも市場シェアを奪取できれば、標準は後から追認されるのです。この流れがIT業界から自動車、エネルギー分野まで広がり、GAFAやTeslaが世界規模でのリーダー企業となっています。
プラザ合意とバブル崩壊による日本の投資萎縮
日本も1980年代までは半導体や自動車などの分野で世界を席巻し、大規模な研究開発投資を惜しまない雰囲気がありました。しかし1985年のプラザ合意による急激な円高で輸出を基盤とする企業が大打撃を受け、さらに1992年のバブル崩壊によって金融機関が不良債権の処理に追われるようになると、企業は大きなリスクを取る投資を極度に避け始めました。
日本の改善好きと慎重すぎる投資姿勢
とはいえ、日本企業がまったく挑戦精神を欠いているわけではありません。低コストで試せる領域では世界一ともいえる試行錯誤の文化が存在し、漫画、ラーメン、ゲームソフトなど、小さな投資で大きな成果を生む事例は枚挙にいとまがありません。しかし、大規模な資本が必要になる分野では慎重な姿勢が強まり、国際標準を積極的に狙う機会を逃しやすいのです。
英語の壁と国際標準化会議での弱さ
さらに言語面での課題も大きいです。日本語が極めて独自の言語体系を持つことから、英語によるコミュニケーション能力で欧米や新興国のエリート層に劣る傾向があり、国際標準化会議や海外でのビジネス交渉で十分な存在感を出せません。FeliCaの国際展開においても、技術力の高さを効果的にアピールする戦略や海外企業との協力体制を築く段階で英語の壁が大きく作用しました。
まとめ
FeliCaは日本国内では優秀な技術と高い利便性を誇りながら、世界標準になれずに終わったガラパゴス化の代表例といえます。その背景には、独仏のように国際会議や政治交渉の場でルールを押し付ける能力も、アメリカのように投資で市場そのものを押さえる豪胆さも、日本企業が十分に行使できなかった現実があります。また、日本人の種族的臆病さは自然災害の多い環境の中で培われた安全策の重視を助長し、低コストであれば果敢に試行錯誤する一方、大きなリスクには極度に慎重になる文化を育みました。今後、日本が世界の標準化競争で主導権を得るためには、高度な技術力だけでなく、ルールメイキングや大胆な投資戦略、さらには国際的なコミュニケーション能力の向上を意識的に追求する必要があるでしょう。例えば、FeliCaが本当に世界標準を獲得するためには、当初からソニーが国際標準化機関と連携し、海外企業と特許やライセンスの相互供与を積極的に行う必要があったかもしれません。こうした状況を打破するには、日本の改善好きという強みを世界レベルの取り組みに転換し、投資や交渉で積極果敢な姿勢を見せる新たな企業文化を醸成することが不可欠だと私は考えます。
Discussion