📘

なぜ、アジャイルよりも、ウォーターフォールの方がメトリクスにこだわるのか?

に公開

はじめに

ソフトウェア開発やプロジェクトマネジメントにおいて、「メトリクス」という言葉は頻繁に登場します。進捗率や品質指標、工数消化率といった数値は、経営層や顧客に安心感を与えると同時に、組織内部の統制手段としても用いられます。しかし不思議なことに、事実を直視することを旨とするアジャイル開発よりも、計画を前提とするウォーターフォール型開発の方が、はるかにメトリクスにこだわる傾向があります。

一見すると逆説的に思えます。なぜならアジャイルは「動くソフトウェアこそが進捗を示す唯一の尺度である」と定義し、事実を重視して進めていくからです。対してウォーターフォールは計画を守ることを第一に掲げ、現実が計画から乖離しても数字で覆い隠す傾向を持っています。ではなぜ、ウォーターフォールの方がメトリクスにこだわるのでしょうか。本稿ではその背景を掘り下げて論じます。

ウォーターフォールにおけるメトリクスの役割

ウォーターフォール型開発は「要件定義→設計→実装→テスト→リリース」という直線的な工程を前提とします。各工程は計画によって定義され、順序を守って進めることが前提になります。このとき必要となるのが「計画が順調に進んでいることの証拠」であり、それを数字で示すためにメトリクスが活用されます。

ウォーターフォールにおける典型的なメトリクスには以下のようなものがあります。

  • 進捗率(タスク完了数 / 全タスク数)
  • 工数消化率(投入工数 / 見積もり工数)
  • バグ検出率や修正率
  • 成果物レビューの通過率

これらは必ずしも事実を正確に反映するわけではありません。進捗率が90%と報告されていても、残り10%の中に致命的な課題が潜んでいることもあります。それでも数字が重視されるのは、メトリクスが「科学的に見える権威」を持つからです。経営層や顧客は数値で示されると安心し、報告者も説明責任を果たしたかのように見えるのです。

権威としてのメトリクス

ウォーターフォールにおけるメトリクスは単なる測定手段ではなく、権威付けの道具として機能します。数字は客観性や科学性を装い、報告に説得力を与えます。たとえば「プロジェクトは順調です」と伝えるよりも、「進捗率90%、予算消化率88%」と報告すれば、聞き手は安心します。

数字を伴わない報告は感覚的で信頼に欠けると見なされがちです。そのため、メトリクスは「事実を映す鏡」ではなく「権威を装う証拠」として用いられることが少なくありません。これこそがウォーターフォールがメトリクスに強く依存する理由のひとつです。

免責としてのメトリクス

ウォーターフォールの組織において、メトリクスは「免責の盾」としても機能します。プロジェクトが失敗したとき、担当者は「正しいメトリクスを管理していた」と示すことで責任を回避できます。

「進捗率は常に80%を超えていました」「テスト項目は計画通りに実施しました」と報告すれば、少なくとも自分はやるべきことをやった、という主張が可能です。つまりメトリクスは失敗の責任を和らげる防具として利用されるのです。

この背景には、責任回避を重視する官僚的な文化があります。事実を改善することよりも「説明責任を果たしているように見えること」が優先される文化では、数字が免罪符となります。こうしてメトリクスは本来の意味から逸脱し、権威と免責の道具になってしまいます。

アジャイルにおけるメトリクスの位置づけ

一方でアジャイルは「無理なメトリクスを求めない」という特徴を持っています。アジャイルが重視するのは「事実そのもの」であり、数字で飾る必要がないからです。

アジャイルの基本原則には「動くソフトウェアが進捗を示す唯一の尺度である」という文言があります。つまり進捗を測るのは抽象的な数値ではなく、実際に動く機能そのものです。これはユーザーが触れることのできる成果であり、最も具体的で確実な事実です。

アジャイルでもバーンダウンチャートやベロシティといったメトリクスは存在しますが、それらはチームが自律的に判断を行うための観測装置にすぎません。権威付けや免責のための数字ではなく、改善や学びのために利用されます。

正直ベースとスポンサーの胆力・信頼

アジャイルが成り立つためには「正直ベース」で進める文化が不可欠です。不確実性を隠さず、わからないことは「わからない」と明示することが前提になります。その上で一歩ずつ改善していくのがアジャイルの特徴です。

このとき求められるのは、無理に数字を作ることではなく、スポンサーの胆力とメンバーへの信頼です。

  • スポンサーの胆力とは、不確実性を受け入れ、短期的な数字に安心を求めず、価値創出を信じる勇気です。
  • メンバーへの信頼とは、現場が事実に最も近いことを認め、判断を尊重する姿勢です。

スポンサーが胆力を持ち、現場に信頼を置くことで、わからなかったものが少しずつ「わかるもの」へと変化していきます。これがアジャイルの健全な進め方です。

なぜウォーターフォールはメトリクスにこだわるのか

ここまでの内容を踏まえると、ウォーターフォールがメトリクスにこだわる理由は次のように整理できます。

  1. 計画を前提にしているため、計画が正しいことを数字で証明する必要がある。
  2. 数字が権威付けの道具として機能し、報告に説得力を持たせる。
  3. 数字が免責の盾となり、失敗時の責任を回避できる。
  4. 現場やメンバーを信頼できない組織では、数字という代用品に依存せざるを得ない。

このようにウォーターフォールのメトリクスは、真実を映す鏡ではなく、権威と免責の鎧として利用されているのです。だからこそウォーターフォールはメトリクスに強くこだわるのです。

おわりに

アジャイルは事実を重視するからこそ、無理なメトリクスを求めません。動くソフトウェアやユーザーからのフィードバックといった確実な事実が存在し、それ以上に飾りの数字を必要としないからです。

ウォーターフォールは逆に、事実よりも計画や責任回避を優先します。そのため、数字を権威や免責のために利用し、過剰にこだわることになります。

結局のところ、メトリクスへのこだわりは「組織が事実を信じているか、それとも数字を免罪符として欲しているか」を映す鏡です。数字を信じるのか、人を信じるのか。その選択がアジャイルとウォーターフォールを分ける最大の違いなのです。

Discussion