ウォーターフォール解説③ ~SES契約とSES企業~
前提:開発手法と契約形態の基本的関係
ウォーターフォール開発では事前計画と順序だった進行が特徴であり、成果物に対する責任を負う請負契約との相性が良いとされています。一方、アジャイル開発は柔軟な変更対応が特徴で、作業遂行自体に重点を置く準委任契約との親和性が高いとされています。
SES契約とSES企業
SES(システムエンジニアリングサービス)契約は準委任契約の一形態として、法的に認められた契約形態です。以下の特徴があります。
- 業務委託としての性質: 発注者から受注者に対して業務が委託され、受注者が主体的に業務を遂行する
- プロジェクト単位での契約: 特定のプロジェクトや業務に対して契約を結ぶ
- 成果物ではなく作業に対する対価: 請負契約と異なり、作業遂行そのものに対して報酬が支払われる
このSES契約を用いて、実質的な派遣労働を行う企業は一般に「SES企業」と呼ばれています。これらの企業の多くは零細企業であり、派遣業の免許を持っていないことが多いです。そして、それゆえの労働者派遣法の規制を避けるために、準委任契約の形式を利用している実態があります。
SES企業の登場背景と問題点
小泉内閣による労働者派遣法の改正以前は、IT業界における外部人材活用の形態は限定的でした。改正後、以下の変化が生じました。
- 派遣対象の業種が拡大
- 派遣可能期間の延長
- IT業界などの知識労働者も派遣労働の対象に
この改正を背景に、IT人材の需要増加に伴いSES企業が増加していきました。SES企業は形式的には適法な準委任契約を結んでいますが、実務上では以下の問題が指摘されています。
- 偽装請負の問題: 発注者が受注者の従業員に対して直接指揮命令を行うなど、実質的な派遣労働関係が生じる
- 名ばかり準委任: 業務委託の形式を取りながら、実態は労働者派遣と変わらない働き方を強いられる
- 労務管理の曖昧さ: 勤務時間や休暇の管理が不明確になりやすく、長時間労働やサービス残業の温床となる
これらの問題により、2000年代初頭から2010年代中盤にかけて、ソフトウェア開発業界が「IT土方の巣窟」と呼ばれ、ブラック業界として認識される一因となりました。
開発現場の実態
準委任契約は本来、柔軟な変更対応が必要なアジャイル開発との親和性が高いとされています。しかし実際には、SES契約の従業員の多くがウォーターフォール開発に従事しています。この背景には以下のような理由があります。
- 開発体制の実態: 大手SIerが請負契約でユーザー企業からシステム開発を受注した際、その内部の開発チームの一員としてSES契約の従業員が組み込まれることが多い
- コスト重視の人材活用: SES企業は多くが零細企業であり、比較的低コストな人材を供給する傾向にある
- 作業の明確性: ウォーターフォール開発では工程が明確に分かれており、作業範囲が特定しやすいため、スキルレベルが高くない人材でも作業を進めやすい
このような状況では、SES契約の従業員は実質的に派遣社員として扱われ、本来の準委任契約が想定する主体的な業務遂行や柔軟な対応が失われています。これは準委任契約の本来の趣旨から外れ、労働者派遣法が定める諸規定の潜脱となる可能性があります。
業界の改善動向
ここまで述べた通りの実態が有る一方で、近年以下のような具体的な改善が進んでいます。
- 法的規制の強化
- 2015年の労働者派遣法改正による規制強化
- 2018年の働き方改革関連法施行に伴う労働時間管理の厳格化
- 大手SIerの取り組み
- 取引先との契約形態の総点検と是正
- 労働時間管理システムの導入と運用強化
- 協力会社を含めた責任体制の明確化
- プロジェクト管理体制の改善
- SES企業の変革
- 高度技術者の育成プログラムの充実
- 適切な労働環境整備(残業時間の管理、休暇取得の促進)
- アジャイル開発対応可能な人材育成
今後の展望
これらの変化により、業界の健全化が進んでいます。エンジニアの給与水準は上昇傾向にある一方で、人材に求められるスキル要求も上昇し、未経験者の参入障壁が高くなる傾向も見られます。
IT業界は法令遵守と適切な労働環境の整備を進めながら、高度人材の育成・活用という新たな段階に入りつつあります。今後は、適切な契約形態の下で、より高度な開発手法や技術力を活かせる環境づくりが求められています。
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