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なぜ、最近はSNS上でのウォーターフォールvsアジャイル炎上事件が減ったのか?

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はじめに

ここ数年、ソフトウェア開発における「ウォーターフォール開発」と「アジャイル開発」の対立構図は、大きな関心を集めてきました。特にSNS、なかでもX(旧Twitter)上では、両者の優劣をめぐる論争が頻繁に炎上に発展し、多くの人々の目に触れる状況が続いていました。ところが、2022年ごろをピークに、こうした“水掛け論的炎上”は徐々に影を潜め、2025年現在ではほとんど話題に上らなくなっています。

本稿では、なぜこのような変化が生じたのかを、①ウォーターフォール擁護者の減少、②アジャイル誤解者の淘汰、③AI普及による知識アクセスの変化、④両者の位置づけの成熟化、の四つの観点から考察していきます。

ウォーターフォール擁護者の減少

まず大きいのは、ウォーターフォールを唯一絶対の手法として擁護する層が減ったことです。過去には「アジャイルは現場を知らない人間のスノビズムに過ぎない」という断定的な批判が頻繁に投げかけられていました。しかし、こうした主張の多くはアジャイルそのものへの理解不足から生じていたものでした。

2020年代に入ってからは、クラウド開発やSaaSビジネスの普及に伴い、ウォーターフォール単独で進められる大規模案件は相対的に減少しました。もちろん官公庁や一部インフラ系の領域ではウォーターフォール的アプローチは依然として有効ですが、それが唯一無二の正解だと主張すること自体が現実離れしてしまったのです。結果として、「アジャイルを無条件に攻撃するウォーターフォール信奉者」は目立たなくなり、議論の燃料が一つ失われました。

アジャイル誤解者の淘汰

一方で、アジャイル側にも問題がありました。特に炎上の火種となっていたのは、アジャイルを正しく理解せずに推進する層です。彼らは「アジャイル=計画不要」「アジャイル=スピード優先」「アジャイル=ドキュメント無用」といった極端な解釈を持ち込み、プロジェクトを混乱させることが少なくありませんでした。

こうした誤解に基づく推進の結果、現場での失敗事例が生まれ、ウォーターフォール擁護派に格好の攻撃材料を与えてきました。つまり「アジャイル=現場を崩壊させる危険な思想」というイメージは、この層の活動が大きく影響していたのです。

しかし、この3年でそうした“誤解アジャイル推進派”は淘汰されました。原因としては、書籍や事例共有を通じて正しい知識が普及したこと、また失敗したチームが社内で影響力を失ったことが挙げられます。誤解者がいなくなれば炎上の燃料も減り、自然と対立構造が目立たなくなったのです。

LLM AIの普及による影響

もう一つ見逃せないのは、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)の普及です。かつては、「アジャイル=無計画で場当たり的」という雑な理解や、「ウォーターフォール=必ず仕様を完全に固めてから始める」という極端な理解が横行していました。誤解を誤解のまま放置しても、検証するコストが高く、反論の材料を持つ人も少なかったのです。

しかしLLMが普及したことで、誰でも瞬時にアジャイルマニフェストの原文を確認したり、ウォーターフォールを最初に提唱した論文を調べたりできるようになりました。さらに成功・失敗事例を横断的に比較することも容易になり、雑なレッテル貼りや誤情報は即座にファクトチェックされる環境が整いました。

結果として、「アジャイルはこうだ」「ウォーターフォールはこうだ」という根拠のない言説が力を失い、誤解に基づいた炎上が成立しにくくなったのです。AIが“誤解の安全地帯”を破壊したと表現してもよいでしょう。

両者の位置づけの成熟化

最後に、実務の中でウォーターフォールとアジャイルがそれぞれの役割を持つという認識が広まったことも大きな要因です。アジャイルは変化に適応しやすい領域、ウォーターフォールは要件や規制が厳格に定まった領域に適している、という現実的な使い分けが浸透しました。

つまり「どちらが優れているか」ではなく「どちらをどの状況で選択するか」が問われるようになったのです。この視点のシフトによって、両者の単純比較自体が不毛なものとみなされ、論争が起こりにくくなりました。SNS上の炎上が減った背景には、この“当たり前化”も強く影響しています。

まとめ

以上を総合すると、SNS上での「ウォーターフォールvsアジャイル炎上事件」が減った理由は、両者が歩み寄ったからではありません。むしろ、炎上を引き起こしていた二種類の誤解者――ウォーターフォールを絶対視してアジャイルを攻撃していた層と、アジャイルを誤解したまま推進して現場を混乱させていた層――が同時に姿を消したことが最大の要因です。

さらに、LLM AIの普及によって誤解を誤解のままにしておくことが難しくなり、根拠のない言説は簡単に検証されるようになりました。その結果、議論は炎上しにくくなり、ウォーターフォールもアジャイルも現場に応じて選択される“道具の一つ”として認識されるようになったのです。

つまり、炎上が減ったのは「どちらかが勝利した」からではなく、「誤解が淘汰された」からであり、現場そのものは何も変わらずに両者を使い分け続けています。これはSNSの議論が成熟した証拠であり、今後は「アジャイルかウォーターフォールか」ではなく、AIや新しい開発様式とどう共存していくかが、次の論点になると考えられます。

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