アジャイル解説④ ~アジャイルのルーツ~
はじめに
アジャイル開発の思想的基盤は、日本のカイゼン文化、アメリカのソフトウェア開発手法、そしてイギリスの経験論とプラグマティズムという三つの大きな源流から形成されています。これらの異なる文化や考え方が融合することで、現代のアジャイル開発手法が確立されました。本レポートでは、アジャイルの本質を理解するため、その思想的ルーツを探ります。
イギリス経験論とプラグマティズム
イギリスの経験論が、アジャイルの重要な思想的基盤を提供しています。フランシス・ベーコンの帰納法的アプローチや、ジョン・ロックの経験主義哲学は、実践的な知識の重要性を強調し、後のプラグマティズムの発展に大きな影響を与えました。イギリスがカトリックから早期に離脱し、経験論の発展を経て産業革命に至った影響が大きく、効率と実用性を重視するプラグマティズムの流れに繋がります。このプラグマティズムが、最終的にアジャイルに通じる考え方の下地を形成しました。
日本的組織文化の影響
日本において、大野耐一が発展させたトヨタ生産方式と「カイゼン」の思想は、製造業での効率と品質の向上を追求するもので、野中郁次郎の「知識創造企業」などで言及される組織的知識創造と自己改善の考え方にも影響を与えました。この「カイゼン」やトヨタの生産方式は、エドワーズ・デミングと石川馨らによる品質管理の手法と共鳴し、結果として日本のリーン思想にも深く関わりました。特に、野中郁次郎は「スクラム」という言葉を用いて、柔軟なチーム協力の形を強調しており、彼の著書でラグビーの「スクラム」になぞらえた組織の在り方がスクラムの語源となっています。
ブルックスとボームの提言
アメリカでは、1970年代にウィンストン・ロイスが提唱したウォーターフォールモデルが、ソフトウェア開発の基本として受け入れられましたが、その硬直的な性質が次第に問題視されるようになりました。フレデリック・ブルックスは「銀の弾丸はない」と述べ、ウォーターフォールが万能の解決策ではないと指摘しています。さらに、バリー・ボームのスパイラルモデルが1980年代に登場し、反復的かつリスク管理を重視する開発手法としてアジャイルの発展に大きく寄与しました。
アジャイルプラクティスの誕生
アメリカでケント・ベックのエクストリーム・プログラミング(XP)やジェフ・サザーランドのスクラムが開発された背景には、効率と実用性を重視する思想の影響があります。XPやスクラムは、固定化された計画に従うよりも、柔軟に顧客価値を高めることを目的としており、日本のカイゼンやリーン思想と共通点を持っています。2001年に策定された「アジャイルソフトウェア開発宣言」は、これらの様々な源流から得られた知見を、「プロセスやツールよりも個人と対話を」「包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを」といった具体的な価値観として結実させました。
まとめ
アジャイルの源流には、イギリスの経験論やプラグマティズムという思想的基盤、日本の「カイゼン」やトヨタ生産方式が示した実践的な改善の方法論、そしてアメリカのソフトウェア開発における試行錯誤という三つの大きな流れが存在します。これらの異なる文化や考え方が融合することで、継続的な改善と適応を重視する現代のアジャイル開発手法が確立されたのです。アジャイルマニフェストの価値観は、これらの多様な源流を統合し、新しい開発パラダイムとして結実させました。
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