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AI時代以降のエンジニアキャリア戦略 —「横に広げる」から「現場に潜る」へ

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こんにちは!
ourly株式会社 執行役員CTO(@tigers_loveng)の相澤です。

最近、生成AIによって採用要件や基準が大きく変わってきたなと実感する出来事がいくつかあり、これから先エンジニアがどのようにキャリアを積み上げていくと良いのかを、自分の経験と仮説を交えながら言語化してみます。

前提として、僕自身がすべてをうまくできているわけでも、大成功を収めているわけでもありません。ここに書くのは現時点の仮説で、試行錯誤の途中として読んでもらえるとうれしいです。

最初に結論を書いておくと、これからは自分が関わっているドメインに深く潜ることがいちばんコスパのいい投資だと考えています。技術の横展開をやめるわけではなく、ドメインから逆算して必要な横を最短距離で取りにいくイメージです。


少し前までの王道はT字型

ここ数年までの定番は、フロントエンドやバックエンド、インフラなど軸になる技術を一つ身につけてから周辺領域に染み出していくという感じでT字型にスキルを育てるやり方でした。僕自身もエンジニアキャリアのスタートはバックエンドから始まっており、途中途中でフロントエンドやインフラ領域も勉強して実務経験を積むことで染み出してきたという王道を歩んできています。

また、専門性の組み合わせで希少性をつくるというロジックとして「AとBでそれぞれ上位10%の実力があれば、掛け合わせで上位1%を目指せる」という発想もよく語られてきました。この考え方は、希少性を説明するロジックとして納得感があります。


生成AIで技術的ハードルが下がった

一方で、生成AIの普及で地形が少し変わったと感じています。ドキュメントを読み込んでゼロから実装していた作業が、プロンプトと少しの検証でかなりのところまで到達できるようになりました。

雛形の作成、型の設計、リファクタのあたり付け、テストコードのたたき台づくりなど、いわゆる最初の壁をAIが低くして技術的なハードルを下げてくれています。

ここらへんの話は別の文脈ですがnoteに書いた記事があるので、そちらもよければご覧いただけると幸いです。

https://note.com/kosuke_aizawa/n/nad8295ecd277

この変化の結果、かつて上位10%が持っていた手触りや知見が、今は30%〜50%くらいの人でも再現できる状況が増えてきました。

A×Bで希少性をつくるやり方も、AもBも多くの人が「そこそこ」まで到達しやすくなると、相対的に目立ちにくくなります。技術領域を横に広げること自体の難易度が下がり、差別化が難しくなってきた、というのが体感です。

実際にいろんな企業のCTOの方と話していると、フルサイクル化を前提としたエンジニア採用にシフトしたり、技術選定において、フロントエンドからバックエンドまでTypeScriptで統一する「Full TypeScript」のような選択肢を選んだりするところが増えている印象です。


差が出る場所はどこか——ドメインに潜る

ここからが本題です。これからの差は「何を解くべきかを見抜けるか」で生まれると考えています。だからこそ、自分が関わっているドメイン領域へDeepDiveするのが有効だと考えています。

  • 理論をもとに体型化された知識(ソリューションが理論に基づいているのか)
  • 顧客の文脈(どんな場面で困っているのか)
  • 現場の制約(制度、オペレーション、データの粒度)
  • 意思決定のロジック(なぜそれが選ばれているのか)
  • 成功と失敗の履歴(何を試し、どこでつまずいたか)

といった、業界特有の知識やプロダクトが存在する「現実」の総体を含んだものをドメインと定義しています。

ドメインは一次情報のかたまりですし、AIはこの一次情報を勝手に集めて意味づけしてはくれません。現場のノイズを拾い、仮説に変換し、仕組みに埋め込むところに、人が入る価値が残っています

また、生成AIによってアウトプットスピードを早められる分、仮説精度の高さが重要になってくると考えていますが、仮説の精度を上げる上で一番重要なのはやはりドメイン領域の解像度の高さだと思います。

これは生成AI時代の前から言われていたことではありますが、よりその重要度が増しているという風に捉えられます。


HRという現場で考えていること(ourly社での例)

僕が今関わっているのはHR領域で、もう少し細かく言うと「組織文化」や「エンゲージメント」です。会社員であれば誰しも当事者なので、なんとなく雰囲気や経験で話せる方は多い領域だと思います。ただ、理論や体系化された知識を土台に対話し、施策やプロダクトの設計に翻訳していくエンジニアは、そこまで多くないのではないかと思っています。

つまり、この領域にDeepDiveしていき、AIが拾えていない1次情報に多く触れることで掛け合わせの対象となる要素の特異性が増して独自性の高いキャリアになっていくと考えています。

また、特に「組織文化」「エンゲージメント」という抽象的な領域において、問題点を可視化するツールはたくさんありますが、精度の高いソリューションまで一緒に提供できているツールはそう多くないのが現状です。

そこを科学してシステム思考でソリューションに落とし込むことは、ある意味では前例がなく不確実性が高い領域ですが、だからこそAIが入り込めない領域なのかなと思います。

ちなみにプロダクトリリース後、4年の月日を経てようやくプロダクトとして追うべきKPI(ノーススターメトリクス)がなんなのかが見えてきたのが最近です。


「ドメイン特化って、汎用性が落ちませんか?」という不安について

成長意欲が高い人ほど、自分自身のスキルや知見、知識が汎用性の高いものであるかを気にしている気がします。
領域を深めるほど、別の業界に移った時にレバレッジが効きにくいのでは、と感じますよね。ここはホリゾンタルとバーティカルの再定義で考えると整理しやすいです。

  • ホリゾンタル(横断) は技術だけではありません。一次情報の集め方→モデル化→施策化→検証、という “深め方の型” も横断スキルです。この型はどのドメインでも使える可能性が高いと感じています。
  • バーティカル(縦) で得た洞察は、別の領域でも使える問いとして残ります。たとえば「この文脈で人が動く条件は何か」「成果を阻む摩擦はどこか」といった観察は、フィールドが変わっても有効です。

つまり、深めること自体が再現可能なメタスキルになります。特化して終わりではなく、深め方の再利用性を意識することで不安は小さくなると感じています。


事業価値の観点でも、ドメインの解像度が効きます

個人の市場価値という意味だけではなく、自社プロダクトで価値を出すためにもドメインの理解は重要です。ベン図で考えると分かりやすいのですが、

  • 営業やCSは、職種独自の領域が相対的に小さく、共有領域(=ドメイン)での会話の質が勝負になりやすいです。
  • エンジニアやマーケは、これまで職種独自の専門性が太かったので、共有領域が細くても成立していた面がありました。
  • ただ、AI時代は職種独自の領域が相対的に細くなる傾向があります。結果的に、すべての職種が共有領域(=ドメイン)の割合を広げることが重要になっていくはずです。

エンジニアがドメインを深めることは、他職種との解像度をそろえ、意思決定の速度と質を上げることに直結します。ここは効きやすいと感じています。

ここら辺の思考に辿り着いてから僕自身が始めたこととしては以下のようなものがあります。

  • HR系の学術論文をChatGPTのタスク機能で紹介させて、中身をNotebookLMでポッドキャスト化したものを通勤時に聴く
  • 古典的名著や最近のドメイン領域のビジネス書を読んでみる
  • カスタマーサクセスのメンバーが録画してくれているクライアントとの定例動画を後追いで見てみる

小さな一歩でも良いのでまずは踏み出してみると、自分自身が開発していたプロダクトの見え方が途端に変わってくることが実感できると思います。


技術の横展開は「後追い最適化」で十分(かも?)

「横を広げない」という話ではありません。むしろ、ドメインから逆算して“必要な横”を最短で取りにいくほうが効率的だと感じています。AIを使って学習と実装のラグを詰めれば、T字の横棒は“必要なときに必要な長さだけ伸ばす伸縮式”にできます。

  • 解きたい課題が明確になる → その課題に効くFE/BE/インフラをAIでブースト → 現場で検証、という流れをイメージしています。
  • 技術選定の基準は、抽象度の高さではなく、クライアントの現場の摩擦をどれだけ減らせるかに置くようにしています。

3つのキャリアシナリオで考える

  • 自社プロダクトのエンジニア:ロードマップをドメイン課題の優先度で語れるかを意識します。KPIの動きと運用の“痛点地図”をリンクさせて提案できると強みになりやすいと思います。
  • 受託/エージェンシー:特定インダストリに“勝ち筋テンプレ”を持てると見積もりの早さと要件の先読みで差がつきやすいと思います。
  • キャリアチェンジ期:1領域をやり切ってから隣接領域へスライドします。深め方の型を“持ち運べる資産”にしておくイメージです。

反証も置いておきます

もちろん、技術そのもののフロンティア(コンパイラ、分散DB、低レイヤ、基盤MLなど)には、今も高い崖が残っています。そこに情熱を燃やせる方は引き続き圧倒的に強いです。ただ、大多数のプロダクト開発の現場では、差がつきやすいのは現実の摩擦をほどく力だと感じています。ここで勝ちにいく準備をしておくと選択肢が広がる可能性があります。僕自身もまだ試行錯誤の途中なので、違う見方や反例があればぜひ教えてください。


まとめ

  • AIで“横の技術”は平地化が進みます。差は現場文脈、つまりドメインで生まれます。
  • 一次情報→モデル化→施策→検証という深め方の型は横断スキルで、どの領域でも再利用できます。
  • すべての職種が共有領域(=ドメイン)を太らせる時代です。エンジニアも同じ解像度で語れるように準備しておくと、意思決定の速度と質が上がります。

それでは今回はこのへんで。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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