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技術者のための!かいつまみ哲学(その2)

2022/04/29に公開

中世の哲学

中世に哲学というのはイメージが湧かないかもしれませんが、キリスト教は前回紹介した哲学と組み合わされることで、教義と権威が強化されました。このキリスト教と哲学が融合した学問をスコラ学といいます。人間が神を模して造られたとされていましたから、人間にも神に似た理性が宿っており、理性によってこの世界を理解しようというわけです。

私は専門家ではないのですが中世の哲学は次の3点で特徴づけられるのかなと思います。
・スコラ哲学の方法論
・オッカムの剃刀
・書物からの引用

スコラ哲学の方法論

スコラ哲学者の間では次のような方法で研究がなされていたそうです。

1.講読(レクテイオ):適切な古典的文献を題材として選択し、講読する。
2.討論(デイスプタテイオ):
2.1.正確な定義によって、「問題」を文脈から抜き出す。
2.2.「問題」に対し、哲学的・神学的伝統の双方からの立論・反論を導く
2.3.あらゆる論理的・弁証論的方法を用いて問題の核心を理性的に解明し、明晰で言語的に、伝達可能な解決を導く。

定義をする、問題を明確にするというところは重要なことだと思いますが、2つの相反する理論から理性によって解決を導くというところは現代人の我々としては疑問符の付くところだと思います。

オッカムの剃刀

正確にはオッカムという場所のウィリアムという人が唱えたそうです。原書にアクセスが難しく、日本には正確なところが伝わっていないのですが、要は原理原則は重複しているよりも簡素で数が少ないほうがいいとする考え方です。採用する原理原則が少ないほうが覚えることも少なく、矛盾も起きにくいのではないでしょうか。

書物からの引用

日本では緩いのですが、欧米では書物からの引用は何ページの何行からなのかを明記したり、引用に関して厳しいルールがあるそうです。厳しい引用ルールが徹底されていることで、書物の権威も高まりますし、過去の書物を肯定的に、さらに別の視点で読むことにもつながります。

近代の哲学

近代の哲学は次の5つの点で特徴づけられるのかなと思います。
・科学の勃興
・ヒュームの懐疑論
・要素還元主義
・カントの純粋理性批判
・プラグマティズム

科学の勃興

さて唐突ですが科学とは何でしょうか。これは哲学者や科学者にとっても大きな問いなようです。
近代の科学についていえば次の4つの特徴があるそうです。
・機械論的自然観
 自然も生物もすべて物質からできた機械である。全ての物体は機械だから一つ一つの部品
 から成り立っている。分解して細かく調べれば、対象を完全に理解できるはずだ。
・実証主義
 実際に証明や検証ができることだけを研究するという態度
・因果関係の法則化
 実験の結果から原因を考え、その因果関係を法則とみなす方法論
・要素還元主義
 物事をそれ以上分けられない要素にまで細かく分けて(還元して)分析し、それらを再構成して
 対象を理解する。

さらに科学的方法論としては次の手順によって研究されます。
仮説演繹法(hypothetico-deductive method)
1.データを集める
2.データを説明する仮説、あるいはデータから一般化やアナロジーで言えそうな仮説を考える
3.仮説から予言を導く
4.予言が正しいかを実験や観察で検証する。
5.予言が正しければ仮説は正しそうだとされる。このとき仮説は検証されたとか確証されたという。
6.予言が正しくないことが確かめられれば、仮説は反証されたという。

ヒュームの懐疑論

ここまでは当然のように思うかもしれません。日本の高校ではここまでの哲学・科学教育で止まっている気がしています。哲学者ヒュームはこのように疑問を投げかけました。
・帰納的推論を論理的に正当化できない
・帰納を経験的に正当化できない
・帰納を自然の斉一性(uniformity of nature)の原理によって正当化することもできない

どんなにデータを集めても実験をしても、仮説が未来永劫、すべての場所で正しいことを何も保証しないということです。アリストテレス以降から近代まで人間は論理的に議論するために次の2つの武器を持っていました。
・演繹法 真理から出発して別の真理を導く
・枚挙的帰納法 いくつかのデータから真理を導く
アリストテレスの論理学で述べた通り、演繹法には限界があります。根っこの真理を演繹法では証明できないからです。我々技術者は論文や文献といった武器を持っていますが、すべての問題を演繹法で解決できません。時にはデータを集めて帰納法的な判断をしなければなりません。その際にはヒュームの懐疑論は非常に大きな壁として立ちはだかるのです。現代の科学者はこのヒュームの懐疑論に打ち勝って理論を確立しなければならず。大変な理論武装を要求されました。

要素還元主義

要素還元主義は英語ではreductionismといいます。洋書の技術書や科学書では非常によく登場する考え方ですが、あまり和書では取り上げられません。
要素還元主義はデカルトによってはじめられたとされています。
次の3つの原則が正しいとして対象を研究します。
・部分に分割しても、調査している現象は変形しない
・1つずつ検討するときと全体の一部分としての役割を果たすときとで構成要素は変わらない。
・各要素を集めて全体を構成するときの原則は単純である。
これは日本語でいう分析の方法論と同じだと思います。要素還元主義という言葉ですが、対象を要素に分解して研究してわかったことと、全体を全体として研究して分かったことに違いはないという前提について批判するために使われることがあります。技術者は分析する際要素還元主義の批判される点について陥らないように注意しないといけないです。この点については現代の哲学でまた触れたいと思います。

カントの純粋理性批判

カントはカント以前に蔓延していた似非哲学・似非科学をねじ伏せたと評される点で無視できません。皆さんも一度は宇宙の始まりや、宇宙の外、超次元の世界について考えたことがあるのではないでしょうか。カントは純粋理性批判という本の中でそれらのすべての言説に対し理論的に論破しました。
純粋理性批判の詳細については別の機会で述べたいと思いますが、ここではカントが現象と物自体を区別したことを挙げたいと思います。
現象 :我々が感覚器官から得られるセンサデータからなる世界のことです。
    今意識の前に広がる世界のことです。
物自体:我々が居なくても存在するであろうこの世界を意味します。
    感覚器官がセンサデータを得られない情報も含むことを想定しています。
カントは我々は感覚器官によって得られるデータをもとにしか、世界について述べることができないのに、感覚器官を超えた物自体について述べるべきではないと言いました。カントは我々の理性は時々経験を超えたことについて考えてしまうことについて理性の暴走と呼びました。我々の理性は暴走する傾向があるとのことです。
私も理性が暴走しないようにカントの戒めを胸に刻みたいと思っています。

プラグマティズム

これまでの哲学が欧州で生まれたのに対しプラグマティズムはアメリカで生まれました。欧州では依然としてデカルトからはじまる理性主義が強かったのですが、数学者パースはこれを疑問視しました。デカルトは理論を展開する際に、絶対の真理から出発しようということを述べました。しかし、パースはそんなものはないと否定します。パースにとって真理とは次のようなものでした。
パースの真理観
 "命題Pが真理であるのは、仮にPを確立するために必要なすべての事実が、研究者の
 十分に大きなグループによって無制限に探究されていたとすれば、この探求がPとい
 う永久に固定された信念を結果として得ていたであろうとき、そしてその時に限る。"
これまでの哲学が絶対的な真理に基づこうとしたことを考えると大胆な考えではないでしょうか。

パースはまた人類の議論の武器に仮説推論を追加したことも知られています。
・演繹法 真理から出発して別の真理を導く
・枚挙的帰納法 いくつかのデータから真理を導く
・仮説推論
  1.ある驚くべき事実Bが観察される。
  2.もしAが事実なら、Bは当然のこととして説明される。
  3.したがって、Aが事実ではないかと疑う根拠がある
仮説推論はアブダプションとも言われ、大きなくくりとしては帰納法とされています。

パースはまた記号論を作りました。
記号とは次の3つがそろって初めて成り立つことを明らかにしました。
・記号そのもの
・解釈
・対象
我々技術者は常に書物やメールや会話を通じて記号のやり取りをしていますが、
パースの記号論によれば、記号そのもの、解釈、対象が双方で一致しているか
を気にすべきということがわかります。

パースはまた概念をより理解する3段階を明らかにしました。
ある概念を理解するためには次の3つの段階を意識するべきだそうです。簡単に書くと次のようなものです。
1.概念がそれだとわかり、他と違うとわかる段階
2.概念を構成している要素に分解できる段階
3.概念が指し示す対象がどんな効果を持っているか知っている段階
これは勉強でも開発でも役に立ちそうな概念です。この3つ目の段階には名前がついており、プラグマティズムの格率と言われます。

プラグマティズムの格率
実際的な影響を持つと考えられるどのような効果をその概念の対象が持つと我々は考えているのかを考察せよ。その時それらの効果の概念がその対象に対して我々が持つ概念のすべてである。

例えばハンマーという概念が何を意味するのか他人に説明するとき、3つ目の段階でそれは手で持って一点に対し物理的な衝撃を与えることができるものと説明できるわけです。

技術者であれば、システムやソフトウェアの挙動について説明する際にプラグマティズムの格率は役に立つ考え方だと思います。プラグマティズムはつまるところ何の役に立つのかに重きを置いていると言われるのはこのプラグマティズムの格率にあるのかもしれません。

今回は中世と近代の哲学についてまとめてみました。
古代の哲学と違い、ここまででも十分新しいことばかりだったのではないでしょうか。
次はいよいよ現代の哲学についてまとめたいと思います。

参考文献

中世の哲学
[1] 中世思想史 クラウス・リーゼンフーバー
[2] トマス・アクィナス肯定の哲学 慶應義塾大学出版会
近代の哲学
[1] 現代キーワード読解
[2] セーフウェア
[3] 方法序説
[4] カント入門, ちくま新書
[5] プラグマティズム入門, ちくま新書
[6] パースの哲学について本当のことを知りたい人のために

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