【読書ログ】ヒューマンエラー防止の心理学
「ヒューマンエラー防止の心理学」を読んだのでメモ。
概要
ヒューマンエラーによる事故を防止するには、安全な手順を作成・遵守する方法 (管理的安全)に加えて、想定外の事象に対応する(創造的安全)ことが望ましい。そのためにはテクニカルスキル(業務等の知識)の他、人間の行動特性に関する知識や、ノンテクニカルスキル(リーダーシップや意思決定など)の能力が必要。
ヒューマンエラーは、脳が意識的な処理(制御処理)を行うべきタイミングで必要な処理の実行に失敗した場合に発生する。様々な防止策があるが、どれも弱点があり完璧に防ぐことはできない。
事故発生後に原因を分析し対策を検討することは、将来の事故防止に有用である。原因分析にも様々な手法、分析モデルがある。
新規にチャレンジすることはヒューマンエラー発生のリスクを伴う。管理的安全と創造的安全のバランスを取るとともに、エラーを許容し、エラーから学ぶ社会文化が必要である。
第1章:これまでの安全/第2章:もう一つの安全
これまでの考え方「管理的安全」には欠点がある。
管理的安全をベースとして、「創造的安全」の考えを組み込む必要がある。
管理的安全とは
- 完璧に安全な手順を作り、それを順守することで安全を実現しようとする方法
- 問題点
- 完璧性:必ず想定外が存在する
- 効率性:完璧に近づけようとするほど作業効率が阻害され、効率性が低下する
創造的安全とは
- 想定外の事象に対してその場で新たな手順を想像して対応することで、安全に物事を実行しようとする方法
- レジリエンス・エンジニアリングのアプローチの一つ
- 創造的安全の実現に必要な力(創造的対応力)
- 想定外や効率性向上に関する要求をある程度事前に想定する力
- 想定外が発生したことに気付き、対応をシフトする力
- 想定外や効率性向上に関する創造的対応力
- 失敗を許容し、失敗から学ぶ態度が必要[1]
- 必要なスキル
- テクニカルスキル (仕事そのものや仕事を取り巻く環境、状況に関する知識)
- 人間の特性に関する知識
- ノンテクニカルスキル
- リーダーシップ:誰もがある程度リーダーシップの素養を持っている必要がある
- チームワーク
- 階層型ではなくチーミング[2](フラットで自律分散型の組織)が望ましい
- コミュニケーション
- Assertion (互いに尊重して自己主張する)
- 心理的安全
- 意思決定
- 状況認識
- ストレスマネジメント
- 疲労への対応
第3章:ヒューマンエラーのメカニズム
人間の脳の処理には「自動処理 (無意識に行う処理)」と「制御処理 (意識的に行う処理)」がある。
記憶、注意、または両方の問題で、制御処理を行うべきタイミングで必要な処理の実行に失敗した場合、ヒューマンエラーが発生する。
ヒューマンエラーを起こしやすい状況
- いつもと違うことをするとき
- 難しいことをするとき
- 同じような場面で直前に違うことをした後
- 紛らわしいものを扱うとき
- 後で~するとき
- 急いでいるとき
- 忙しいとき
- 緊張しているとき
- 注意を向け続けなければならないとき
第4章:ヒューマンエラーの防ぎ方を見直す
主なヒューマンエラー防止策
※本文中では、各方法でヒューマンエラーが軽減できる理屈および根拠となる研究結果等が示されているが、ここでは詳細を省く。
- 指さし呼称
- 注意を向ける、呼称による記憶促進など
- 作業者自身は効果を実感しにくく実行がおろそかになりがち
- 危険予知トレーニング (安全訓練)
- 客観的な研究成果は少ない
- 予測のバリエーションが多様化できれば有効な可能性があるが、多様化自体が難しい
- コメンタリー・オペレーション (見えたものや思ったことをぶつぶつ言いながら作業する[3])
- 発言により制御処理を喚起する
- 制御処理を実行するための注意量[4]が割かれるのがデメリット
- ダブルチェック
- 社会的手抜きの発生
- タイムアウト (作業前などに時間を取って確認を行う)
- チェックリストがよく用いられる
- ヒヤリハット報告
- ハインリッヒの法則 (1件の重大事故の裏には29件の小さな事故、300件のヒヤリハットがあるというあの有名なアレ)
- ヒヤリハット報告を実施/利用する場合、①原因の記載 ②「自分も起こすかも」と感じられる内容 ③統計情報より個別の具体的な記述 がより高いヒューマンエラー防止効果をもたらす
- ヒヤリハットを防止しようとするあまり、注意散漫になったり隠蔽が発生したりするリスクがある
- フールプルーフ、フェールセーフ思想
- 設計により事故・事故の影響を防止する
ヒューマンエラーを防ぐ基本的な考え方
- 効率を下げる
- 複雑さ、柔軟性を下げる
- 完璧な対策はないことを理解する
第5章:ヒューマンエラーの原因を突き止める
事後に原因を分析して学ぶことが重要。
事故原因分析の手法
3つの種類がある。
- 事象を記述することや、直接的な原因(逸脱事象やエラー)の解明を目的とするもの
- バリエーションツリー分析 (Variation Tree Analysis, VTA, 関係者/モノや発生した事象の一つ一つを時系列に図式化して分析する方法) などが用いられる
- 直接原因を引き起こした間接的な原因 (背景要因)の解明を目的とするもの
- 事象から分析する方法:Fault Tree Analysys (FTA), なぜなぜ分析, 特性要因図 (いわゆるフィッシュボーンチャート) などが用いられる
- ヒューマンエラーの発生メカニズムから分析する方法:以下のような認知心理学のモデルが用いられる
- Activation-TriggeriSchema System (ATSシステム)
- 包括的エラーモデリングシステム (Generic Error-Modeling System, GEMS)のSRK (Skill, Rule, Knowledge)モデル:ヒューマンエラーをSRKに分類して分析するもの
- PICHE-COM (ヒューマンエラーの原因同定手法):
- ヒューマンエラーが「想定したことが生じなかった」「想定したことと違うことが生じた」のいずれであるかを分析する
- 1の原因を分析する
- 上記2つを組み合わせたもの (統合分析手法)
原因と対策
- 原因分析と対策の検討は別の問題である
- 多様な原因が結びついて大事故が発生する [5]
- 有効な分析にするために:
- (前向きな) 分析態度
- どの分析手法を選択するかよりも、原因を明らかにしようという分析態度によって得られる結果(の深さ)が異なる [6]
- 本来の手順との比較
- 本来の想定手順、実態の(実際に日常的に行われている)手順、事故時の手順を比較する
- 具体的な事象描写
- 「~~が不十分だった」という分析はNG
- (前向きな) 分析態度
第6章:ヒューマンエラーのススメ
結論として、ヒューマンエラー防止の基本的な考え方は以下のとおりである。
- 多くのヒューマンエラー防止対策は一定の意味があるが、欠点も多く完璧ではない
- ヒューマンエラーを防ぐには、効率と柔軟性を低下させるのが基本的な考え方である
- ヒューマンエラーを防ぐには、システムを大局的にとらえ、リスクバランスを取る必要がある
- ヒューマンエラーを防ぐには、普段から作業者が創造性を求められる環境に置かれなければならない [7]
成功にはチャレンジが必要であり、チャレンジとはすなわちヒューマンエラーのリスクが高まることを意味する。エラーを許容し、エラーから学ぶ世の中にしなければならない。
感想
「~にはa, b, cがある」と述べた後の小見出しの章立てが「a, b, d, c, 2, 4, e」のようになっているなど、全体的に構成の分かりづらい本だった。ただし参考文献リストがしっかりとしているため、この本を足掛かりに興味のある分野の論文を探すのはよさそう。
原因分析が甘いと感じることは実際にたくさんある。個人的には、本書で紹介されていたような様々な分析モデルに一度素直に従って、実際に適当な事例を分析してみることが良い習得方法だと思っている。フィッシュボーンとかなぜなぜとか。今回は最近仕事で起こった事象をPICHE-COM (ヒューマンエラーの原因同定手法)にはめてみた。まあエンジニアでありたいので「ヒューマンエラー防止のためには極力ヒューマンの作業を減らす」という心持ちでいきたいけれど、そうもいかないことも実際多いので、こうやって分析手法をふむふむと頭に引っかけておくことで役に立つことがあるだろうと思う。
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