無線をとことん使ってみた(プライベートLTE編)
はじめに
世の中には5Gなどのモバイル規格やTV放送、ETCなど電波を用いて無線で様々な情報を伝送する規格が存在します。前回記事では利用者が無線局免許を取得する必要なく電波発射が可能な無線規格であるWi-Fiを使ってみた結果をご紹介しています。ただし、Wi-Fiは無線局免許が無い利用を前提で策定された無線規格のため、その利用条件には制約が多く存在します。
一方で、5Gなどのモバイル規格は元々無線局免許を取得して電波を占有できる前提の無線規格のため、電波を有効利用できる様々な技術が取り込まれています。その中でも今回の記事で取り上げるプライベートLTE(LTE:Long Term Evolution 4Gやその前段階の3.9Gとも呼ばれているモバイル無線規格)は通信キャリアが提供しているLTEと同じ無線方式を用いて企業や個人が構築可能なモバイル無線規格で、無線局免許不要で利用できる規格も存在します。
本シリーズでは、電波法で許された範囲内で電波を有効利用するため、各種無線規格をとことん使ってみた結果をご紹介いたします。
無線をとことん使ってみた(Wi-Fi編)
https://zenn.dev/nttdata_tech/articles/1c6831e5db3d21
プライベートLTEとは(電波法編)
総務省や関連サイトにおいてプライベートLTEを明確に定義した記載はあまり存在しないため、今回は総務省の地方支分部局の一つである北海道総合通信局のサイトに掲載されている「スマート農業のための無線システム活用ハンドブック」を参照し、地域/⾃営等BWA(BWA:Broadband Wireless Access 広帯域移動無線アクセス)とsXGP(shared eXtended Global Platform)を国内で利用可能なプライベートLTEとして紹介いたします。
「スマート農業のための無線システム活用ハンドブック」 (改訂) より
https://www.soumu.go.jp/soutsu/hokkaido/R/wbbproject.html
地域/⾃営等BWA
電波法及び関連法令においてBWAとはFigure 1のとおり2.5GHz帯(2545 - 2645 MHz)を用いる広帯域移動無線アクセスシステムのことを示しています。この中で上部の50MHz(2595 - 2645 MHz)と下部の30MHz(2545 - 2575 MHz)はそれぞれ全国BWAサービスを提供する企業に割り当てられており、地域/⾃営等BWAはその中間周波数帯(2575 - 2595 MHz)を利用することとされています。また、BWAの運用には無線局免許が必要なため、各種手続きが無線局免許の不要なWi-Fiより難解な反面、Wi-Fiより電波的に安定した利用が可能です。
地域BWAは総務省の電波利用ポータルによると、
地域広帯域移動無線アクセス(地域BWA:Broadband Wireless Access)システムは、2.5GHz帯の周波数の電波を使用し、地域の公共サービスの向上やデジタル・ディバイド(条件不利地域)の解消等、地域の公共の福祉の増進に寄与することを目的とした電気通信業務用の無線システムです。
と紹介されており、サービス区域も1つの市町村の行政区域の全部又は一部、都道府県の行政区域の一部などを対象とするなど、主に地域の公共サービス向けに利用される規格とされています。
一方、自営等BWAはローカル5Gの法整備に合わせて利用可能とされた規格であり、電波的には地域BWAと同じ周波数帯で無線局免許を取得することが可能です。ただし、その利用条件として総務省の電波利用ポータルで
自営等BWAとは、工業地帯や農業地帯等の地域BWAが利用されていない場所又は近い将来利用する可能性が低い場所において、「自己の建物内」又は「自己の土地内」にて開設が可能な無線システムです。
と紹介されており、企業や個人が条件を満たせば利用可能ではあるものの、事実上地域BWAより自営等BWAの方が利用の優先度が低い規格であることを示しています。
Figure 1 BWAシステムの周波数

総務省 電波利用ポータル 地域広帯域移動無線アクセス(地域BWA)システム より
https://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/system/ml/area_bwa/
sXGP
sXGPは、BWAと異なり無線局免許不要で利用可能な1.9GHz帯を用いるプライベートLTEを示しています。1.9GHz帯は総務省における電波の割当上はデジタルコードレス電話用とされており、自営PHS(Personal Handy-phone System)やDECT(Digital Enhanced Cordless Telecommunications)などの無線規格が混在しています。このデジタルコードレス電話の1方式でもあるsXGPは、XGPフォーラムの発表によるとFigure 2のとおり1.9GHz帯の5MHz幅(1896.6~1901.6MHz)を使用するシステムとして策定され、後に制度の見直しにより5MHz幅×3波と10MHz幅×1波も利用可能となっています。ただし、1.9GHz帯は免許不要で複数無線規格が存在する周波数帯であることから、干渉抑制を目的としたキャリアセンスと呼ばれる機能によって、sXGPを含む一部無線規格は一時的な電波利用の停止や利用周波数帯の変更の可能性があるというデメリットも存在します。
XGPフォーラム sXGPとは より
https://www.xgpforum.com/new_XGP/ja/007/sxgp.htm
Figure 2 sXGPの周波数

プライベートLTEとは(規格編)
LTEとはモバイル無線規格の標準化団体である3GPP(3rd Generation Partnership Project)が策定した無線規格の一つであり、一般的には4Gやその前段階の3.9Gが該当しています。ここで、プライベートLTEは規格上3GPPの無線規格、またはそれに準拠した無線規格を採用していることが電波法及び関連法令での利用条件とされておりますが、総務省の電波利用ポータルなどにおいて地域BWAは 『LTE』と互換性のある方式、sXGPは3GPP国際標準に準拠したLTE方式をベース、というように記載されていることもあります。そのため、本記事でもプライベートLTEを規格上LTEと同一とは紹介できないものの、一般的には無線品質的にほぼ同一規格と言って差し支えない状況ではあります。ただし、例えばsXGPには前述のキャリアセンスのような追加要件があったり、無線局免許不要である条件として一般的なLTEより厳しい電力制限が課されたりするなど規格差分はあるため、実際にプライベートLTEを利用する際にはBWAやsXGP対応と明言されている機器を用いることを推奨いたします。
地域/⾃営等BWA
前述の電波利用ポータルではプライベートLTEに相当する地域BWAの無線規格として高度化システムの内、LTE準拠の無線規格が対象とされています。こちらの規格を採用した場合の理論上の通信速度は、割り当てられた20MHz幅全てを使用した場合に下り最大220Mbps/上り10Mbpsとされています。さらに、地域BWAは無線局免許が必要な無線規格であることから、免許不要なWi-FiやsXGPと比較して大電力の基地局を運用可能であり、Wi-Fiより広いエリアをカバーすることも可能です。また、自営等BWAでも同じ無線規格の機器を採用可能です。
総務省 電波利用ポータル 主な無線通信システムの紹介 より
https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/system/trunk/wimax/5ghz_migration/011.pdf
sXGP
sXGPは3GPP国際標準に準拠したLTE方式をベースにした無線規格とされていますが、割り当てられた1.9GHz帯の利用条件により他規格のような高速通信は難しく、電波利用ポータルの一例として理論上の通信速度は導入初期から利用可能であった5MHz幅を使用した場合に下り最大12Mbps/上り4Mbps程度とされています。また、sXGPは無線局免許が不要な無線規格のため地域BWAのような大電力での運用はできませんが、1.9GHz帯というWi-Fiより低い周波数の電波伝搬特性や、LTE方式をベースとした高度なアルゴリズムでの誤り訂正・再送処理によって、Wi-Fiより広いエリアをカバーすることも可能と言われています。
測定環境・結果表示手法紹介
今回の測定環境は、前回記事であるWi-Fi編と同じオフィス環境においてsXGP基地局と端末(sXGP子機)がお互いに直接見える環境とし、距離ごとに合計7か所でそれぞれ下り通信速度を複数回測定しました。また、LTE準拠規格の特徴でもある複数端末の同時通信時における安定性についても合わせて評価いたしました。
Wi-Fi編の再掲ですが、測定結果は総務省がガイドラインによって定めた、いわゆる5Gなどモバイル回線における実効速度の集計表示手法に準拠した「箱ひげ図」を採用しています。総務省によると、「箱ひげ図」は、ばらつきのあるデータを分かりやすく表現するための統計学的グラフであり、Figure 3のとおり上下の線でばらつきの最大値と最小値を表示するとともに、中央値に近い半数を四角形で表示することによって測定結果のばらつき具合を把握しやすいグラフとして利用されています。
Figure 3 箱ひげ図のイメージ

総務省 移動系通信事業者が提供するインターネット接続サービスの実効速度計測手法及び利用者への情報提供手法等に関するガイドライン より
https://www.soumu.go.jp/main_content/000371346.pdf
結果及び考察
sXGP 端末1台測定
まず基本データとして、sXGP導入初期から利用可能であった1.9GHz帯の5MHz幅(1896.6~1901.6MHz)を用いて測定を実施しました。Figure 4の通り、どの測定場所においても下り通信の規格上限値に近い12Mbps弱の通信速度となっていること、及び全ての測定結果が0.5Mbpsの範囲内(11.1-11.6Mbps)に集中するほどの安定度であることが確認できました。
この安定度はsXGPが3GPP国際標準に準拠した無線規格準拠であり、Wi-Fiと比較して通信の安定度を実現可能な無線規格であることと、測定エリアでの1.9GHz干渉が測定できた範囲内では確認されていないことが要因と考えられます。あくまで参考情報ではありますが、前回記事のWi-Fi編でも同じ測定点での結果を掲載していますので、特に良い結果が得られた6m地点と、最も悪い結果となった39m地点での結果をFigure 5にて併記してみました。なお、2.4GHz Wi-Fi 4の混雑環境での結果は測定不可だったため、Figure 5から除外しています。また、規格ごとの通信速度の差は無線規格や利用している電波の帯域幅にも影響されるため、安定度のみに着目して縦軸を60Mbpsまで表示しているFigure 5を見てみると、Wi-Fiでは測定結果のばらつきを示すひげの部分が各結果で明確に確認できるのに対し、sXGPではひげの部分も箱の範囲内に含まれてしまい、目視ではひげの確認すらできない安定度でした。なお、Wi-Fiも閑散時間帯であれば電波干渉も抑制されているため安定度の改善が見られますが、現状のWi-Fiの利用者数や利用環境を鑑みると複数ユーザが電波利用するオフィス環境などではここまでの安定度を確保することは難しいと言えます。
以上より、無線区間の安定度を重視するならsXGPは選択肢の一つとして有用と考えられます。ただし、sXGPは国内で利用可能な電波の帯域幅が少ないことから、数10Mbps以上の高速通信を必要とするユースケースには対応しきれないという無線規格上の課題もあります。そのため、高速通信と安定度の両立が必要なユースケースに対応するためには無線局免許が必要な地域/⾃営等BWAやローカル5Gといった無線規格の検討が必要と言えます。
Figure 4 sXGP 5MHzでの下り通信測定結果

Figure 5 前回記事(Wi-Fi編)の測定結果との並列表記図

sXGP 端末6台同時測定
次に、LTE方式の特徴の一つでもある複数台同時通信時の安定度を見るため、sXGP対応端末をsXGP基地局の周辺6m以内に6台配置し、6台同時に下り通信を行った際の通信速度を測定しました。
Figure 6がsXGPでの測定結果を全て表示した結果ですが、端末ごとの通信速度のばらつきがほとんど確認できないだけでなく、6台の端末全ての結果がほぼ2Mbps前後(1.92-2.13Mbps)に集中していることが確認できます。ここで注目すべき点としては、今回の試験構成では6台全てのsXGP端末が単体接続時に本測定系での理論上の上限通信速度に張り付くレベルで無線品質が良いことと、周辺で1.9GHz帯を用いる他の無線規格が確認されないくらい干渉が無い環境であることから、6台の端末全てが無線の観点で理想的な環境で通信ができていることが挙げられます。この場合、電波リソースの使い方に長けたLTE準拠の無線規格であれば、理論上は6台程度の同時通信時に通信速度もきれいに6等分できる見込みでしたが、実際にグラフ上で端末間の差分がほぼ見えないレベルの結果となることが実機で確認できました。
ここで、参考情報ではありますが前回Wi-Fi試験で利用した機器でもsXGPと同様の配置で6台同時に下り通信を行った際の通信速度を測定しました。
それぞれ単体での通信速度でもばらつきが確認できるのですが、今回注目した点は端末ごとの通信速度そのものにもばらつきが生じたことです。Figure 7は2.4GHz Wi-Fi 4(繁忙時間帯)での測定結果ですが、端末2と6は中央値でそれぞれ1Mbpsを超える通信速度を記録したのに対し、残りの4端末は端末2と6の半分以下の通信速度しか記録されませんでした。また、Figure 8は5GHz Wi-Fi 5での測定結果ですが、こちらは端末3と4が比較的近い傾向となった以外は全て異なる傾向が確認されており、特に端末5は単体試験では60Mbps近くの通信速度を記録できるにもかかわらず、6台同時通信時はその6分の1をかなり下回る通信速度しか記録されませんでした。この結果はWi-FiがsXGPと異なり元々単体試験でもある程度のばらつきが確認できる無線環境であったことと、周辺にも他のWi-Fi機器が存在することによる干渉影響が考えられるため起こりえる結果ではありますが、全ての接続端末に対して一定以上の通信速度を保証したいユースケースの場合、Wi-Fi利用時には課題となることが予想されます。また、Wi-Fiでも新しい規格で機能向上が実現されていますので、例えばWi-Fi 6で採用されたOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access 直交周波数分割多元接続)により複数の端末が同時接続したときの安定度は向上すると言われています。
Figure 6 sXGP 5MHz 端末6台での下り通信測定結果

Figure 7 2.4GHz Wi-Fi 4 20MHz(繁忙時間帯) 端末6台での下り通信測定結果

Figure 8 5GHz Wi-Fi 5 20MHz 端末6台での下り通信測定結果

sXGP 上り通信
最後にsXGPの上り通信でも同様の結果となるのか評価するため、下り通信と同様の試験構成で端末1台測定と端末6台同時測定をそれぞれ実施しました。
Figure 9では端末1台での上り通信結果を示していますが、19m以内の近距離においては全体的には下り通信と同程度の安定度が確認できています。ただし、6m地点で1回だけ測定結果が理論値の半分程度に落ち込んだため、ひげが下方向にかなり伸びています。また、27mより先の遠距離では本測定系での通信の規格上限値から多少とはいえ通信速度劣化が確認されており、安定度も下り通信よりやや悪い結果でした。次にFigure 10では6台同時に上り通信を行った際の通信速度を全て表示した結果ですが、下り通信と同レベルで通信速度のばらつきがほとんど確認できないだけでなく、6台の端末全ての結果がほぼ0.5Mbps前後(0.49-0.52Mbps)に集中していることが確認できます。このようにsXGPでは複数端末が同時通信しても下りと上りの双方向でリソースをうまく配分できることがわかります。ただし、sXGP 5MHzの上り通信は端末1台だけでも理論値で4Mbps程度、本測定系では3Mbps程度なので、例え安定度に優れていたとしても複数端末から映像伝送させるユースケースなどにおいては通信速度の観点で容量不足となる可能性が高くなります。そのため、より高画質な映像伝送を求めるユースケースでは、sXGP 10MHzを採用したり、sXGPより規格上の通信速度に優れた無線規格を採用したりするなどの対応が必要と言えます。
Figure 9 sXGP 5MHzでの上り通信測定結果

Figure 10 sXGP 5MHz 端末6台での上り通信測定結果

今後の予定
今回はプライベートLTEの中で、無線局免許が不要なため一般ユーザでも比較的利用しやすいsXGPで測定しました。一方で、無線局免許が必要な各種BWAやローカル5Gも過去と比較して導入しやすくなるよう電波法及び関連法令の法整備が進められています。
今後は無線局免許の取得によってさらなる性能向上と様々なユースケースへの適用が可能となったローカル5Gを活用して、より高速通信にも対応した無線特性を評価する予定です。
用語集
今回の記事では無線通信の規格名を多数記載しておりますので、それぞれの無線規格の概要について本記事での扱いを示す用語集として以下に記載いたします。
| 規格名 | 本記事での概要 |
|---|---|
| Wi-Fi | 世界標準として広く使われている無線規格であり、利用者が無線局免許を取得する必要なく電波発射が可能。 |
| LTE | モバイル無線規格の標準化団体である3GPPが策定した無線規格の一つ。 |
| 3.9G | 本記事では商用導入初期のLTEと同義とする。 |
| 4G | 本記事ではLTEを高度化したLTE-Advancedと同義とする。 |
| 5G | 本記事では総務省が定義する第5世代移動通信システムとする。なお、5Gに相当する3GPP規格はNR(New Radio)と呼ばれている。 |
| プライベートLTE | LTEと同じ無線方式を用いて企業や個人が構築可能なモバイル無線規格。 |
| 地域BWA | 2.5GHz帯の周波数の電波を使用し、地域の公共サービスの向上やデジタル・ディバイド(条件不利地域)の解消等、地域の公共の福祉の増進に寄与することを目的とした電気通信業務用の無線システム。 |
| ⾃営等BWA | 工業地帯や農業地帯等の地域BWAが利用されていない場所又は近い将来利用する可能性が低い場所において、「自己の建物内」又は「自己の土地内」にて開設が可能な無線システム。 |
| sXGP | 無線局免許不要で利用可能な1.9GHz帯を用いるプライベートLTE。 |
| 自営PHS | デジタルコードレス電話の規格の一つであり、全国サービスとして提供されていたPHSではなく、企業や個人が内線電話などでの利用を目的として自営で構築したPHSが対象。 |
| DECT | デジタルコードレス電話の規格の一つであり、固定電話の子機やベビーモニターの一部で採用されている無線規格。 |
一緒に働く仲間を募集しています!
NTTデータ セキュリティ&ネットワーク事業部では以下の職種を募集しています。
NTT DATA公式アカウントです。 技術を愛するNTT DATAの技術者が、気軽に楽しく発信していきます。 当社のサービスなどについてのお問い合わせは、 お問い合わせフォーム nttdata.com/jp/ja/contact-us/ へお願いします。