なぜ我々はそれを測るのか?Evidence-Based Managementを活用した価値指標の見つけ方
アジャイル開発を進めるなかで、私たちは日々、さまざまな数値やメトリクスに囲まれて仕事をしています。
コード行数、GitリポジトリへのPull Requestの数、ベロシティ、バーンダウンチャート、NPS、従業員満足度などなど。
しかし、ふと立ち止まったときに、こんな問いが浮かぶことはないでしょうか。
「なぜ、我々はそれを測るのか?」
本記事では、Scrum.org™が提唱する「Evidence-Based Management(EBM)」の概念を紹介しながら、お客様の組織におけるアジャイル変革のCenter of Excellenceチーム(以下、Agile CoEチーム)にて実施した「Measuring Outcome」の実践例を通じて、自分たちにとって意味のある指標を見つけるまでのプロセスをご紹介します。
なぜ、我々はそれを測るのか?
アジャイルなプロダクト開発において、「計測」は重要な活動のひとつです。
生産性を測るため、成果を可視化するために、何らかのKPIやメトリクスを設定しているチームも多いことと思います。
一方で、私たちはときに立ち止まって問い直す必要があるのではないでしょうか。
「この指標は、なぜ測っているのか?」
「誰のどんな意思決定を支えるために必要なのか?」
現場でよく見かけるのは、「測れるから測っている」指標や、「他チームでも使っているから」と取り入れた数値が、形だけの定点観測になってしまっているケースです。
たとえばベロシティやスループットなど、一般的によく使われる生産性指標を追ってはいても、それが顧客価値とつながっていなければ、意味のあるフィードバックループにはなりません。
こうした“測ることの目的化”は、変化に適応すべきチームの柔軟性を損なうおそれがあります。
こういった課題感に対応するために役立つ考え方が、EBM(Evidence-Based Management)です。
Evidence-Based Managementとは
EBMは、アジャイルな組織が継続的に価値を届けるための意思決定を、エビデンスに基づいて行うためのフレームワークです。
「何を測るか」よりも、「なぜ測るのか」「それがどのように価値創出につながるのか」に焦点を当てます。
EBMでは、価値提供に関する観点を次の4つの重要価値領域(KVA、Key Value Area)として定義しています。
- 現在価値(CV、Current Value)
- 未実現価値(UV、Unrealized Value)
- 市場投入までの時間(T2M、Time to Market)
- イノベーション能力(A2I、Ability to Innovate)
さらに、これらのKVAを活用する際には、戦略的ゴール → 中間ゴール → 戦術的ゴールという3階層の構造を意識し、日々の行動とビジネス価値を接続していく視座が求められます。
ここで重要なのは、KVA自体が「問いのフレームワーク」であって、答えではないという点です。
本当に測るべきものは、チームや組織が自身の文脈の中で見出していく必要があるとしています。
指標は“測る”ためではなく、“問い直す”ためにある
EBMでは、指標を単なる管理の道具としてではなく、チームが何を重視し、どのような価値を提供したいのかを明確にするためのきっかけと捉えます。
たとえば「従業員満足度」という指標。スコアを定点的に追いかけることはできますが、その数字が何を示しているのかをチームで解釈し、次のアクションにつなげなければ、指標は意味のある情報にはなりません。
このような背景のもとで注目されるのが、重要価値指標(以下KVM、Key Value Measures)です。
KVMは、KVAそれぞれの領域において、自分たちの状況や目的に応じて選定・合意される“意味のある指標”を指します。
KVMは、単にテンプレート的に決めるものではなく、「なぜそれを測るのか」「何を判断したいのか」といった問いを通じて、チームが対話しながら見つけていくものです。
こうしたプロセスを通じて指標が設定されることで、単なるモニタリングの手段としてではなく、チームの認識を揃えたり、行動や学習の起点になったりする役割を果たすようになります。
指標を「測る対象」ではなく、「問い直す手段」として位置づける視点は、価値ベースで意思決定する組織文化の基盤にもなり得ます。
Measuring Outcomeの実践から見えたこと
Agile CoEチームにおいて、KVMを探索するための対話の場としてMeasuring Outcomeワークショップを実施しました。
2時間のセッションでは、まずKVAの4領域にメトリクスカードを分類し、その上で参加者同士が「なぜそれを測るべきと考えるのか?」「それは誰の意思決定に寄与するのか?」を話し合いました。
結果として挙がったKVAごとのKVMは次のとおりとなりました。
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現在価値:従業員満足度
- Agile CoEの活動により従業員満足度向上に寄与したか
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未実現価値:市場占有率
- 社内のプロジェクトの何割がアジャイル型のプロジェクトとなったか
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市場投入までの時間:リードタイム
- Agile CoEとしてのタスク(プロダクトバックログ)のリードタイム
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イノベーション能力:オンプロダクト指標
- 全業務時間のうち、Agile CoEとしてのタスク遂行にどの程度の時間を割くことができているか
ワークショップでは、「数値化しやすさではなく、問いとして意味があるか」「複数の指標を組み合わせる必要があるのでは」といった議論が自然に生まれました。
その結果、指標が“仮説”として機能するという感覚を得ることができました。
また、「イノベーション能力の可視化は難しいが、議論しなければ曖昧なままになる」「測ることには覚悟と合意が要る」といった内省も共有され、チームが何を重視していくのか、どのような価値提供をしていくのかを改めて問い直すきっかけとなりました。
自分たちにとって意味のある指標を見つける
指標は、チームや組織の価値観と行動をつなぎます。
だからこそ、「世の中でよく使われているから」「測りやすいから」という理由だけで決めてしまうことは、価値提供の本質を見失ってしまいかねません。
今回の実践を通じて、あらためて、指標を選ぶことは答えを出すことではなく、問いを共有することだと実感しました。
あなたのチームや組織では、何を“成果”と呼びますか?
その指標は、誰と、どんな対話を経て決めたものでしょうか?
Evidence-Based Managementは、こうした問いに向き合うためのガイドになります。
そして、Measuring Outcomeは、チームの共通理解を生み実践を始めるためのきっかけになるはずです。
ぜひ、一度試してみていただければ幸いです。
参考リンク
Scrum.org「Evidence-Based Management Guide」
ScrumFacilitators「Measuring Outcome - Japanese translation (日本語版)」
※KVAやKVMの考え方、活用方法は上記ガイドをもとにしています。
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