[詳解] NTN(非地上ネットワーク) - デバイス直接通信編(1) - 用語・分類・基礎知識
はじめに
この記事では、何回かに分けてNTN(Non-Terrestrial Network)の解説を詳しくしていきたいと思います。既に3GPPの仕様解説は多くの方に読んでいただけていますが、内容は高度で専門的なため、今回は一般の方(といっても通信技術の基礎知識がある方)を想定した解説記事にしたいと思います。
初回は、デバイス直接通信についてです。最近、NTNという用語をよく見かけるようになりました。NTNは日本語では「非地上ネットワーク」と言われます。これまでの衛星通信では小型の専用デバイスを使った狭帯域通信や比較的大きなアンテナを使ったVSAT(Very Small Aparture Terminal)を地上端末として設置してその配下にWi-FiやEthernetで手元の端末がつながる広帯域通信という方式が主流でした。最近よく見かけるNTNは、手元にあるスマートフォンやIoT端末など、VSATよりはるかに小さな端末から直接衛星と通信するという文脈で使われます。なお、この方式はいろいろな呼ばれ方がされており一意に定まった用語がないのですが、ここではデバイス直接通信と呼ぶことにします。
この記事では、先ずデバイス直接通信に関係する用語の整理をしてから、技術動向・企業動向・製品動向を理解する上での前提となるデバイス直接通信の分類を解説します。次に、技術動向として3GPPにおけるRel-17/18の概要、企業動向としてデバイス直接通信の主要プレイヤーたちのこれまでの活動と戦略について、製品動向として、実際に製品化されているモジュールや端末を紹介します。最後に、デバイス直接通信は確かに革新的な技術ではありますが、一般からの期待度が高すぎると感じることからその制約と限界も解説します。
用語
デバイス直接通信にはいろいろな呼ばれ方があるので、他の記事を読むときの参考として用語を紹介しておきます。
- D2D(Direct to Decive): デバイスへの直接通信という意味で、本記事のニュアンスに一番近いものになります。ただし、D2D(Device to Device)と同じ用語が通信業界で使われているため混乱を招くことがよくあります。海外のニュース記事でよく見かけます。なお、この派生としてDirect to SmartphoneやDirect to Handheldなども見かけます(なんでもありですね)。
- DTC(Direct to Cellular): モバイル通信のセルに直接届くという意味です。個人的にはCell(phone)のようにphoneが省略されてると考えるとしっくりきます。アカデミック界隈では好んで使う人が一定数います。また、SpaceXも"Direct to Cell"を好んで使っているようです。
- Direct Access:ダイレクトアクセス、そのまんまです。分かりやすいですが、何から何への直接通信なのかが不明瞭でハイコンテクストな用語になっており、使う際には注意が必要です。
- SCS(Supplemental Coverage From Space): 米国政府や米国FCCで使われている用語です。地上カバレッジを宇宙から補完するという意味になります。米国企業も使う傾向にあります。
- Space Mobile: 楽天グループが出資するAST Space Mobileや楽天が自身のサービスを表現するときに使っています。他ではあまり見かけません。
改めて書き出してみると、今現在はデバイス直接通信のサービスが群雄割拠する戦国時代のようにも思えますね(笑)個人的には、どれもしっくりきていないので私はなるべくこれらの用語を使うことを避けています。
私の場合、3GPPで用語が定義されている「NTN」と、3GPPでの仕様上の分類を表す「NR NTN」と「IoT NTN」を好んで使います。(ただ、周りに「ダイレクトアクセス」を使う人が多いいので私もよく使います)NR NTNやIoT NTNの中身はこの記事でも後から解説します。
それでは、本番に移りましょう。
デバイス直接通信の概要と分類
デバイス直接通信の技術動向や企業動向を見る前に、デバイス直接通信の分類から話をしなければなりません。これがわかっていないと技術動向・企業動向ともに本質を見失います。逆に、ここを理解しておけば、今後あなたがデバイス直接通信関係のニュースや話を聞いた際にその情報を正しく理解し何らかの洞察を得られることでしょう。
何かを分類するにはどのような基準で分類するかが大事です。デバイス直接通信はNTNの一分野ですのでNTNを語る上で不可欠な「高度による分類」を先ず紹介します。次に、デバイス直接通信の理解の解像度を大きく高める「周波数と技術による分類」を紹介します。
高度(軌道)による分類
デバイス直接通信はNTNの一分野です。NTNは非地上ネットワークと言われる通り、地上の固定通信やモバイル通信以外の通信を指しています。通信衛星は、一般的に高度が高い軌道順にGEO、MEO、LEOと分類されます。さらに、NTNには従来からの通信衛星だけでなくHAPSも含まれ、より低い高度である成層圏(高度20km程度)を飛行します。
図:Ericsson Using 3GPP technology for satellite communicationより引用
GEO(Geostationary Earth Orbit):高度3万6000km
地球の自転スピードに合わせて移動するので、地表面から常に同じ位置に留まっているように見えることから一般に静止軌道と言われます("Geostationary"はまさに「静止した」という意味があります)。従来から、気象観測、放送、データ通信などに利用されています。
最近では、データ通信に特化してスループットを大幅に増したHTS(High Throughput Satellite)が徐々に浸透してきています。3万6000kmを光速で割ると120msになります。つまり、地上-衛星-地上の片道遅延は最小240msになります。静止衛星の遅延でよく500msといわれるのは、この往復遅延を指しています。HTSの出現で大容量通信には向いていますが、音声通話などインタラクティブな通信には不向きです。世界的にモバイル通信用のバックホール回線としてよく用いられています。光ファイバーが全国的に普及している日本でさえ過疎地域や山岳地方でのモバイル通信のバックホール回線にGEO衛星が利用されています。なお、TCP通信の場合、一般的にスループットは遅延時間と共に低下するためアクセラレーターを並行して使われることもります。
GEOによるデバイス直接通信は、リンクバジェットが厳しくても駆動するIoT向けの規格が利用される傾向にあります。
MEO(Medium Earth Orbit):高度5000~20000km
歴史的にGPS(Global Positioning System)など多くのGNSS(Global Navigation Satellite System)はMEO衛星として運用されてきました。地球全体へのサービス展開のためには複数機によるMEOコンステレーションの構築が必要となります。MEOによるデバイス直接通信は、Appleが提携しているGlobalstarなどがあります。
最近では、SES O3bなどデータ通信に利用されるMEOコンステレーションも出てきています。(中途半端な存在という意見もありますが)遅延に関して多くの日常的に使うアプリケーションの要求はクリアできつつ、LEOよりも圧倒的に少ない機数で地球全体をカバーできることから経済合理性があると考える人もいるようです。また、地球観測用(EO(Earth Observation)とも言われる)のLEOで撮像したデータをリレーする衛星としてGEOとともに検討されています。
LEO(Low Earth Orbit):高度300~1200km
ここ数年SpaceXのStarlinkで一気に有名になった軌道です。衛星から地表へのビームのフットプリントが50~100km程度と非常に小さく、断続なく地球全体をカバーするには数千機もの大量の衛星が必要になります。最近、ロケットの打ち上げ能力の向上とコスト低下と、衛星の大量生産技術・自動生産技術などの向上により現実のものとなりました。多数の衛星を一体的に連携させることからLEOコンステレーションと呼ばれます。データ通信用の衛星においてはSpaceXのStarlinkの他にEutelsatのOneWebやAmazonのKuiperが有名です(他にも多数あり)。
官公庁・安全保障・法人向けに利用されることが多いGEO/MEOに対して、Starlinkなどは一般ユーザ(コンシューマ)向けもターゲットとしており、シンプルなセットアップや洗練された端末デザインとUXと、従来の衛星通信サービスとは一線を画しており身近に感じられるものになりました。なお、LEOコンステレーションは地上局の設置できない海上では通信ができないという弱点がありましたが、最近は衛星間リンク、ISL(Inter Satellite Link)を搭載することによりあるLEO衛星が地上局と通信できない場合でも他のLEO衛星を経由して地上との通信を行うことが可能となってきています。データ通信以外では、低軌道なことを活かして高解像度のデータ取得が可能なため地球観測(EO)に利用されることが多いようです。
日本では、独自の大規模LEOコンステレーションを構築するという計画は発表されていませんが、KDDIはSpaceX/Starlinkと、NTTグループとスカパーJSATはAmazon/Kuiperとパートナーシップを結んでおり、より一般に普及していくことが予想されます。
注意)MEOとLEOの高度に関してはあくまで目安です。
HAPS(High Altitude Platform Station):高度20km程度(成層圏)
成層圏は比較的風が穏やかなことから長期間の安定した飛行に向いています。上記のGEO/MEO/LEOと異なり成層圏は宇宙空間ではないので衛星通信とは言えませんがNTNに含まれます。HAPSには気球型が航空機型など様々なタイプがあります。
GEO/MEO/LEOより高度が十分に低いことから、本記事のテーマであるデバイス直接通信に用いられることが想定されています。HAPSを高高度に位置するモバイル通信用の基地局として利用する方式はHIBS(HAPS as IMT Base Station)と呼ばれます。
日本では、NTTとスカパーJSATのジョイントベンチャーであるSpace Compassとソフトバンクがそれぞれ開発に取り組んでおり、早期の実用化が期待されています。
両社ともNICTのBeyond 5G基金の研究開発に採択されるなど、R&Dに力を入れているようです。
多層ネットワーク
さて、これまで見てきたように、NTNを構成するGEO/MEO/LEOやHAPSは、カバレッジ、コスト、遅延、リンクバジェットなどの特徴に違いがあり、利用シーンやアプリケーションによって望ましいNTNのインフラは異なることがあります。また、災害対策や安全保障の側面では複数の軌道にアクセスし冗長性や抗堪性を持たせたいという要望もあります。そこでGEO/MEO/LEOやHAPSを多層的に組み合わせて利用することも多方面で研究開発や実用化が進んでいます。
例えば、NICTが「衛星通信と5G/Beyond 5Gの連携に関する検討会」の実施を通じて2020年にまとめた報告書では、Beyond 5Gにおける通信ネットワークの概念として多層的ネットワークが描かれています。
出典:衛星通信と5G/Beyond 5Gの連携に関する検討会 報告書より引用
距離の物差し
以下、余談になりますが、高度については、日常生活で使う距離の値より大きくてピンときていない方も多いかもしれません。少なくとも私はそうでした。いくつかの数字は暗記して自分の中で物差しを作っていくしかないと思います。
GEOの3万6000kmは途方もなく大きな距離に感じられます。地球の外周が4万kmなので、それに匹敵するくらいの距離ですね。なお歴史的には、地球の外周を基準にメートルという単位が作られたのでキリの良い値になっています。今では光速基準に見直されています。有名な話なのでこれも覚えておくとよいでしょう。また地球から月までの距離は38万kmなので、月までの距離の1/10程度とも覚えておくと感覚がつかめそうです。
人工衛星の構想の生みの親はSF作家で有名なアーサーCクラークと言われています。「2001年宇宙の旅」(1968年)はあまりにも有名ですね。下図のように1945年には3機の人工衛星で地球全体をほぼカーバーできることを提案しています。ユースケースも通信と放送で現在まさに実現されており、すごい先見性を持った方です!さらに、彼は軌道エレベーターの構想もSF小説で描いています。
出典:Sir Arthur C. Clarke — space age visionaryより引用
LEOの高度は、国際宇宙ステーション(ISS)の高度400kmとセットで覚えておくとよいです。国際宇宙ステーションからの地球の眺めはよく見ますし、イメージがつきやすいのではないでしょうか。ISSは条件が良ければ肉眼でも見ることができます。代表的なLEOコンステのStarlinkも肉眼で見ることができます。打ち上げ直後の衛星がまた連なっている状況はStarlink trainと言われることもあり、運がよければこれからも観測することができるかもしれません。
HAPSの20kmに関しては、大型旅客機が飛行する高度約3万3000フィート = 約1万m = 約10kmの2倍の高度と覚えておくと良いでしょう。
周波数と技術による分類
さて、デバイス直接通信の高度と軌道による分類が理解できたので、あまり一般の記事では触れられることのない周波数と技術による分類を解説していきます。
以下に分類の表をいくつかの特徴(無線技術、3GPPリリース、衛星タイプ、周波数、想定オペレータ、商用実現時期、端末対応)で整理してみました。表の作成の際には、MediaTekのWhite paper: 6G Satellite and Terrestrial Network ConvergenceとGSOAの3GPPへのリエゾンであるRP-232732 3GPP NTN Based Satellite Networks - Deployment Considerationsや、その他企業の公開情報を参考にしました。
表:周波数と技術によるデバイス直接通信の分類(著者が独自作成)
1. MSS独自技術 | 2. 3GPP基地局独自拡張 | 3. IoT-NTN(GEO) | 3'. IoT-NTN(NGSO) | 4. NR-NTN | |
---|---|---|---|---|---|
無線技術 | 独自プロトコル | LTE | NB-IoT/LTE-M | NB-IoT/LTE-M | NR |
3GPPリリース | 無関係 | 任意のLTEリリース | Rel-17以降 | Rel-17以降 | Rel-17以降 |
衛星タイプ | GEO/NGEO | LEO | GEO | NGSO | LEO |
周波数 | L/Sバンド | IMTバンド | L/Sバンド(b25x) | L/Sバンド(b25x) | L/Sバンド(n25x) |
想定オペレータ | Globalstar(iPhone) Iridium |
Starlink&T-Mobile, KDDI AST&楽天 |
EchoStar Viasat/Inmarst TerreStar |
EchoStar OmniSpace Viasat/Inmarsat Sateliot |
EchoStar OmniSpace Viasat/Inmarsat SES OneWeb |
商用実現時期 | 2022年~ | 2024年~ | 2023年~ | 2024年~ | 2026年~ |
端末対応 | 独自対応端末 | 既存端末で対応可能(基地局側で補償) | 対応チップセットが必要 | 対応チップセットが必要 | 対応チップセットが必要 |
衛星通信で使われる周波数
通信業界の経験がある方でもLバンド、Sバンドという用語は聞き慣れないと思います。これらはIEEEで定義されている周波数帯の呼び方です。
出典:WikipediaIEEE標準での周波数バンドの割当
以下の図も参考になります。
出典:スカパーJSAT統合報告書
この内、デバイス直接通信で使われるのがLバンドとSバンドになります。Lバンドは利用できる帯域は極めて狭いものの回り込みは良く、衛星ではInmarsatなどのMSS(後述)やGPSなどで使われています。一方、Sバンドは、地上モバイルや無線LANでも使われている周波数帯で、日本ではドコモの衛星電話サービス「ワイドスター」などで使われています。
それでは、一つずつ分類の詳細を見ていきましょう。
分類1. MSS独自技術
衛星通信の世界では従来からMSS(Mobile Satellite Service)とFSS(Fixed Satellite Service)という2つの分類があります。日本語では、移動衛星業務、固定衛星業務と言われます。MSSは移動する地上端末へのサービスであり、一般には持ち運びが可能な小型端末を想定します。一方、FSSは地上に固定された端末へのサービスであり、パラボラアンテナなど比較的大きな端末を想定します。MSSでは前述のLバンド、Sバンドが用いられ、FSSではより高い周波数のバンドが用いられます。周波数の特性上、降雨減衰の影響を受けてしまうMSSのKu/Kaバンドと異なりL/Sバンドはその影響がほとんどありません。一方、帯域が小さいため少量のデータ通信や音声通話に用途は限定されます。
以下は、左からInmarsat、iridium、ThurayaのMSS端末です。Lバンドを使います。
出典:Wikipedia Mobile-satellite serviceより
これらは、独自技術を使った独自端末で衛星への直接通信が可能ですが、最近、デバイス直接通信で注目されているのが、iPhoneのような主要スマートフォンでのMSSのサポートです。
Appleは2022年9月にiPhone 14から直接衛星経由でSOS発信をする機能を発表しました。この機能は2022年11月からアメリカとカナダで開始して、その後、フランス、ドイツ、アイルランド、イギリスに範囲を拡大しています。
出典:AppleのプレスリリースEmergency SOS via satellite available today on the iPhone 14 lineup in the US and Canadaより
この衛星SOS発信に利用する通信衛星はAppleのものではなく、GlobalstarのMEO衛星を利用しています。Globalstarは高度1400kmにThales Alenia Space製のMEO衛星を所有しています。Globalstarが所有する周波数はMSSのSバンド(2.4GHz帯)であり、衛星通信に使われているプロトコルやチップ、機能は3GPPなどの標準ベースの実装ではなく独自実装と考えられます。
このようなデバイス直接通信を本記事では「分類1. MSS独自技術」と位置付けています。
Apple以外では、Huaweiが2022年9月(Appleの発表とほぼ同じ時期)に、中国が2012年から運用する北斗衛星(BeiDou)を利用した衛星接続対応のMate 50/50 Proを発表しています。こちらはあまり情報がないですが、ショートメッセージを送信するサービスで、中国国内でのみのサービス展開になると思われます。
iPhoneの衛星SOSの利用方法が知りたい方はこのあたりを参考にどうぞ。
MSSについてより詳しく知りたい方は、ITU-Rの資料を確認するとよいでしょう。(ただし、今から勉強するのであれば、MSSより3GPPベースのNTNをおすすめしますが…)
分類2. 3GPP基地局独自拡張
次の分類「3GPP基地局独自拡張」の最大の特徴は、地上のモバイル通信で利用されている周波数であるIMTバンド(具体的にはLTEのバンド)を衛星とのデバイス直接通信に用いることです。LTEに対応している端末であれば、特別な機能や拡張なしに、そのまま地上の基地局と通信するかのごとく衛星と直接通信することができる、というコンセプトになります。
ここは少しわかりにくいですが、「3GPP基地局独自拡張」はデバイス側に特別な機能や拡張がいらない代わりに、地上の基地局側(eNodeB)に独自拡張を入れるという意味です。
スマートフォンなどのデバイスは基地局と通信するために非常に高い精度で時刻的な同期を取り合っています。これが衛星通信、特にLEO衛星との通信となると、LEO衛星は毎秒8km近い速度で飛行していることからデバイスとLEO衛星間の距離が大きく変化していきます。また距離の変化量も一定ではありません。このような環境下ではデバイスと基地局間で同期を取ることが困難です。さらに、ドップラーシフト(ドップラー効果)によって波長も変化していきます。後で見ていくように3GPPではこの問題を解決するために3GPPの標準技術としてデバイスと基地局が衛星の軌道情報(エフェメリス)を使いながら同期を取りドップラーシフトも補償する技術を開発しました。しかし、既存のデバイスにはこのような機能が入っていません。そこで、この分類「3GPP基地局独自拡張」ではこの問題を解決するために基地局側に独自技術を入れて全てを頑張る(補償する)という手段をとっています。
これは、スペースセルラー検討タスクグループの報告書でも楽天モバイルの提出資料に記載されています。
出典:スペースセルラー検討タスクグループの報告書
この分類の代表的な例はSpaceXのStarlinkとAST Space Mobileです。
SpaceXは2022年8月に、T-Mobileと連携して米国でスマートフォンのデバイス直接通信を可能とする計画を発表しました。Starlinkの次世代衛星に6m級の大型アンテナを搭載することで、単なる緊急SOSだけでなくSMS、MMSなどのメッセージアプリを利用可能とし、将来的には音声通話やデータ通信も目指すというものでした。その後、2023年2月には、T-MobileのPCS Gブロック周波数帯を"Direct-to-Cellular"事業用に使用する認可申請を含む提携サービスの詳細を欧州委員会に申請しています。T-MobileのPCS Gブロック周波数は、LTEではバンド25(UL:1910~1915MHz、DL:1990~1995MHz)に相当します。
出典:STARLINK DIRECT TO CELL
既存のスマートフォンが拡張なしでデバイス直接通信に対応できることから、「3GPP基地局独自拡張」に対応するとしました。
さらに、Starlinkの公式ホームページに"Starlink satellites with Direct to Cell capability have an advanced eNodeB modem onboard that acts like a cellphone tower in space, allowing network integration similar to a standard roaming partner."という記載もあることから、Direct to Cell対応のLEO衛星は再生中継衛星で、eNodeBを搭載していることがわかります。
2024年1月3日には2024年のSpaceXの最初の打ち上げでDirect to Cell対応のLEO衛星を打ち上げており、近々サービスインすることが予想されます。
楽天グループが出資しているAST Space Mobileも同じような方式を採用していると思われます。なお、楽天はデバイス直接通信のことを「スペースモバイル」と呼んでいるようです。
出典:楽天モバイル公式ブログより
スペースモバイルの通信方式については、以下のように説明されています。
「スペースモバイル」は通常の携帯電話と通信しますので、特殊な通信方式は使用しません。「スペースモバイル」のサービス開始当初に日本で提供するサービスでは4Gの通信方式を予定しています。衛星と通信する際にはドップラーシフト(注)や遅延が発生するので、これらを地上設備で補正し、無線基地局(eNodeB)での処理にも修正を加えることで、携帯電話から地上の基地局と通信しているかのように衛星と通信することができます。地上設備を更新するだけで5G等の通信方式にも対応可能です。
分類3. IoT-NTN
「分類3. IoT-NTN」と「分類4. NR NTN」は3GPPのリリース17で標準化されている技術を使ったデバイス直接通信です。もともとMSS用に割り当てられているSバンドとLバンドを3GPPで定義して利用します(地上モバイル通信に割り当てられている周波数を使うのではないことに注意!)。これらを実現するには、標準化されたNTN関連機能がデバイスと基地局側(eNB/gNB側)の両方に必要になります。
「分類2. 3GPP基地局独自拡張」では、既存のデバイスで利用できるという大きなメリットがあるにも関わらず、なぜデバイス影響がある技術を標準化したのでしょうか?ドップラーシフトへの補償や変動する遅延への対応を基地局側で行うだけでは不十分なのでしょうか?著者は「デバイス影響なしには効率的で実用的な真のNTNが実現はできない」つまり「不十分」と考える事業者が多かったから、デバイスも含む機能拡張がなされたと考えています。
さて、少々脱線してしまいましたが「分類3. IoT-NTN」に話を戻します。3GPPにおいてIoT-NTNは、eMTC/LTE-M又はNB-IoTをベースにNTN向けに拡張した技術になります。
ここでは詳細は省きますが、以下の資料にあるように、「繰り返し送信」「省電力モード(PSM)の追加」「送受信タイミングの分離」「受信の間隔の拡張(eDRX)」などが技術的特徴として挙げられます。
デバイスと基地局相当の衛星間との距離が桁外れに大きなNTNでは、パスロス(自由空間損失)が非常に大きくなるため、IoT向けに作られたカバレッジ拡張のための繰り返し送信(Repetition)などの機能が特に有効になります。
出典:総務省[eMTC及びNB-IoTの技術概要・共用検討]の資料より抜粋(https://www.soumu.go.jp/main_content/000458171.pdf)
eMTCとNB-IoTの比較に関しては以下の表が参考になります。
出典:総務省[eMTC及びNB-IoTの技術概要・共用検討]の資料より抜粋(https://www.soumu.go.jp/main_content/000458171.pdf)
既に商品化されているIoT-NTN対応のスマートフォンとしてはBullittの端末などがあります。GEO衛星に対応しています。MediaTekのMT6825チップセットを利用しています。
出典:MediaTek
MediaTekのチップセットを利用した端末は2023年7月時点で、Cat S75のほかに、motorola defy 2 smartphoneやmotorola defy satellite linkなどがあるようです。
分類4. NR NTN
最後の分類はNR NTNです。無線規格には5GのNR(New Radio)が採用されており高スループットに対応します。IoT-NTNはカバレッジ拡張技術によりNGSOだけでなくGEOでも利用することを想定していましたが、NR NTNでのデバイス直接通信では十分なリンクバジェットを確保するため分類2と同じく大型のアンテナを搭載したLEO衛星で提供することが想定されています。
周波数は地上モバイルの周波数を使うのではなく、衛星通信で使われてきたMSSの周波数を3GPPでNTN用に定義して使っています。そのため、地上のモバイル通信と干渉を起こす心配は基本的にありません(ただし、隣接する周波数に影響を与えないように考慮は必要ですが)。
NR NTNは2022年に3GPPでRel-17の仕様が完成しているものの、Rel-18、Rel-19と継続して機能拡張がなされています。IoT-NTNより機能が複雑で性能要件も高いことから2024年1月現在、NR NTNに対応した製品は商用化されていません。EchoStar、OmniSpace、Viasat/Inmarsat、SES、OneWeb(第2世代)などの衛星オペレータは、2026年頃のサービス開始を狙って開発を進めているものと思われます。
NR NTNでは分類2で抱える課題を解決するためにデバイス側への影響も込みで様々な新技術が投入されています。これについては、後編で詳しく見ていきたいと思います(私の好きな技術分野です!)。
NR NTNの仕様の詳細はこちらで解説していますので合わせて御覧ください。
これにてデバイス直接通信の前編は以上になります。後編では、技術動向として3GPPでのNTNを少し掘り下げるとともに、企業動向や製品動向などマーケットの動向も見て、今後のデバイス直接通信がどのように発展していくかを考察していきたいと思いますので、ご期待下さい!
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