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グローバルゲームのマルチリージョン設計をはじめる方へ~基本の考え方とデータ同期編~

2024/12/20に公開

はじめに

「あれ?海外のプレイヤーの動きがカクカクする...」

こんな経験をしたことはありませんか?実は、東京のサーバーにニューヨークから接続すると200ミリ秒以上の遅延が発生します。アクションゲームならこれだけで致命的です。

この問題を解決するのが「マルチリージョン設計」。
世界の主要拠点にサーバーを配置し、全プレイヤーに快適な体験を届けます。ただし、その実現には深い技術的課題が待ち受けています。

本記事では、グローバルゲームを支えるマルチリージョン設計の基礎を解説します。以下のような方に特におすすめです

  • ゲーム開発に携わるバックエンドエンジニアの方
  • インフラ設計に興味があるゲーム開発者の方
  • グローバル展開を検討しているチームの方

サーバーサイド開発の経験があると理解が深まりますが、基礎から丁寧に説明していきますので、ご安心ください。

マルチリージョン設計が必要な理由

ゲームサーバーをマルチリージョンで展開する主な理由は以下の3つです。

  1. レイテンシの改善
  2. 可用性の向上
  3. 法令順守(データローカライゼーション要件)

特にアクションゲームやFPSでは、レイテンシが重要な要素となります。プレイヤーの入力から画面の更新までの遅延が100ミリ秒を超えると、ゲーム体験が著しく低下するとされています。

上の図のように、東京リージョンのみでサービスを提供すると、ニューヨークのプレイヤーは高いレイテンシに苦しむことになります。

基本的なマルチリージョン構成

最も基本的なマルチリージョン構成を見ていきましょう。ここではGoを使用して説明します。

リージョン間の連携構造

リージョン配置の考え方

グローバルなゲームサービスでは、リージョンの配置が非常に重要です。一般的な配置として以下の4つのリージョンが選ばれる理由を説明します。

リージョン配置の戦略的理由

  1. 人口密度とユーザー分布

    • 東京リージョン:日本、韓国、台湾などの東アジア地域をカバー
    • シンガポールリージョン:東南アジア、南アジアの人口密集地域をカバー
    • フランクフルトリージョン:ヨーロッパ全域をカバー
    • バージニアリージョン:北米、南米をカバー
  2. インターネットバックボーンへのアクセス

    • これらの地域は主要なインターネット回線が集中する場所
    • 海底ケーブルの主要接続ポイントに近い
    • データセンターの集積地として発展している
  3. 法規制とデータコンプライアンス

    • EUのGDPR対応(フランクフルト)
    • 中国のデータ規制への対応(東京/シンガポール)
    • 北米のデータ保護規制への対応(バージニア)

リージョン配置の技術的メリット

  1. レイテンシの最適化

    • 各リージョンから主要都市までの通信遅延が50ms以内に収まる
    • ゲームプレイに重要な100ms以下のレイテンシを確保できる
  2. 災害対策(DR)とバックアップ

    • 地理的に分散することで自然災害のリスクを分散
    • リージョン間でのバックアップと相互フェイルオーバーが可能
  3. トラフィック分散

    • 時差を利用した負荷分散が可能
    • リージョン間でのトラフィック融通が容易

基本的なサーバーコード構造

マルチリージョン構成のゲームサーバーでは、各リージョンが独立して動作しながらも、全体として一貫性のあるゲーム体験を提供する必要があります。以下に、その基本構造を示します。

// 各リージョンのゲームサーバーを表す主要な構造体
type GameServer struct {
    Region     string
    Players    map[string]*Player        // アクティブプレイヤーの管理
    Sessions   map[string]*GameSession   // 進行中のゲームセッション
    SyncClient *RegionSyncClient         // リージョン間同期用クライアント
}

// Playerはプレイヤーの基本情報のみを管理
type Player struct {
    ID            string    // プレイヤーの一意識別子
    Region        string    // プレイヤーの所属リージョン
    LastActive    time.Time // 最終アクティブ時刻
}

// 接続状態を管理
type PlayerConnection struct {
    PlayerID      string
    ConnectionID  string    // 接続の一意識別子
    Status        string    // 接続状態("connected", "disconnected"など)
    ConnectedAt   time.Time // 接続開始時刻
}

// ゲーム内でのプレイヤーの状態を管理
type PlayerState struct {
    PlayerID      string
    Position      Vector3   // ゲーム内での位置情報
    CurrentHealth int       // 現在のHP
    Status        string    // ゲーム内状態("active", "dead", "respawning"など)
}

// 進行中のゲームインスタンスを表現
type GameSession struct {
    ID            string                     // セッションの一意識別子
    Players       map[string]*PlayerState    // セッション参加者の状態
    State         GameState                  // 現在のゲーム状態
    Connections   map[string]*PlayerConnection // 接続情報の管理
}

// NetworkStatsはネットワーク品質の統計情報を管理
type NetworkStats struct {
    PlayerID      string
    Latency       int       // 現在の通信遅延(ミリ秒)
    PacketLoss    float64   // パケットロス率
    UpdatedAt     time.Time // 最終更新時刻
}

構造体の役割と設計思想

  1. GameServer構造体

    • リージョンごとの独立性を保ちながら、グローバルな一貫性も確保
    • Playersマップで瞬時のプレイヤー検索を実現(O(1)のアクセス)
    • Sessionsマップでゲームセッションの効率的な管理を実現
    • SyncClientを通じて他リージョンとの連携を維持
  2. Player構造体

    • IDによる一意識別でクロスリージョンでの整合性を確保
    • Regionフィールドで所属リージョンを追跡し、適切なサーバー割り当てを実現
    • Latencyの監視でプレイヤー体験の品質を確保
    • Position情報でリアルタイムな位置同期を実現
  3. GameSession構造体

    • 複数プレイヤーの協調プレイをセッション単位で管理
    • 状態管理により一貫性のあるゲーム進行を保証
    • プレイヤーリストで参加者の追跡と管理を実現

リージョン間のデータ同期

マルチリージョン環境では、データの同期が重要な課題となります。以下に、効率的なデータ同期の実装方法を示します。

同期が必要なデータの種類と特徴

  1. プレイヤーデータ

    • アカウント情報:低頻度更新、高整合性要求
    • インベントリ:中頻度更新、トランザクション要求
    • 進行状況:中頻度更新、順序性保証必要
  2. ゲームステート

    • マッチング情報:高頻度更新、低レイテンシ要求
    • リアルタイム対戦データ:超高頻度更新、即時性重視
    • ワールド状態:中頻度更新、一貫性要求

データ同期の基本実装

// リージョン間のデータ同期を管理
type RegionSyncClient struct {
    OtherRegions []string        // 同期対象のリージョンリスト
    SyncQueue    chan SyncEvent  // 同期イベントのキュー
}

// 同期が必要なイベントを表現
type SyncEvent struct {
    Type      string      // イベントの種類(例:プレイヤー移動、アイテム取得)
    Data      interface{} // 同期するデータ本体
    Timestamp time.Time   // イベント発生時刻(順序性の保証に使用)
    Region    string      // イベント発生元のリージョン
}

// 他リージョンへのデータ同期を実行
func (c *RegionSyncClient) SyncToOtherRegions(event SyncEvent) error {
    // 各リージョンへの非同期送信
    for _, region := range c.OtherRegions {
        go c.sendEventToRegion(region, event)
    }
    return nil
}

同期処理の設計ポイント

世界中でゲームを楽しんでもらうために、各地域(リージョン)のサーバー間でデータを同期する必要があります。まずは基本的な考え方から見ていきましょう。

  1. 非同期処理について

まず、「非同期処理」とは何かを説明します。

たとえば、以下のような状況を想像してください

  • 東京のプレイヤーがアイテムを拾った
  • このデータを世界中の4つのリージョンに伝える必要がある
  • 各リージョンへの通信に1秒かかるとする

同期処理(従来の方法)の場合

1. まず東京→シンガポール(1秒)
2. 次にシンガポール→フランクフルト(1秒)
3. 次にフランクフルト→バージニア(1秒)
4. 最後にバージニア→東京(1秒)
合計:4秒かかる

非同期処理の場合

東京から同時に
→シンガポール(1秒)
→フランクフルト(1秒)
→バージニア(1秒)
→東京(1秒)
合計:約1秒で完了

これを実現するコードを見てみましょう

// 従来の方法(同期処理)
func 順番に送信する(データ) {
    シンガポールに送信()  // 1秒待つ
    フランクフルトに送信()  // さらに1秒待つ
    バージニアに送信()    // さらに1秒待つ
}

// 新しい方法(非同期処理)
// ※Go言語のgoキーワードは、その後に続く関数(または無名関数)が非同期で実行されます
func 同時に送信する(データ) {
    go シンガポールに送信()    // 待たずに次へ
    go フランクフルトに送信()  // 待たずに次へ
    go バージニアに送信()      // 待たずに次へ
}
  1. データの整合性を保つ

次に、データの順序が正しく保たれるようにする方法を見ていきます。

例えば、プレイヤーが以下の行動をした場合

  1. 宝箱を開ける
  2. アイテムを取得する
  3. アイテムを使用する

この順序は絶対に守らなければいけません。これを実現するために、タイムスタンプ(時刻)を使います

// イベントを記録する形
type ゲームイベント struct {
    発生時刻    時刻情報
    イベントの種類 文字列  // "宝箱を開ける", "アイテム取得" など
    データ内容    データ
}

// 処理例
イベント1 := ゲームイベント{
    発生時刻: 130000,
    イベントの種類: "宝箱を開ける"
}
イベント2 := ゲームイベント{
    発生時刻: 130001,
    イベントの種類: "アイテム取得"
}
  1. 効率良く処理する工夫

最後に、システムの負荷を減らすための工夫を見ていきます。

バッチ処理(まとめて送る)の例

悪い例:
- プレイヤーAの移動を送信(1回の通信)
- プレイヤーBの移動を送信(1回の通信)
- プレイヤーCの移動を送信(1回の通信)
合計:3回の通信

良い例:
- プレイヤーA,B,Cの移動をまとめて送信(1回の通信)
合計:1回の通信

これをコードで表現すると

// イベントをまとめて処理するための構造
type まとめ送信機 struct {
    溜まったイベント []ゲームイベント
    最大サイズ      int
}

func (m *まとめ送信機) イベントを追加(イベント ゲームイベント) {
    // イベントを追加
    m.溜まったイベント = append(m.溜まったイベント, イベント)
    
    // 一定数たまったら送信
    if len(m.溜まったイベント) >= m.最大サイズ {
        まとめて送信する(m.溜まったイベント)
        m.溜まったイベント = nil  // 送信後はクリア
    }
}

優先順位付けの例

ゲーム内のイベントには重要度の違いがあります

  1. 最重要(すぐに送る)

    • 戦闘アクション
    • アイテムの使用
  2. 重要(少し待ってもOK)

    • プレイヤーの移動
    • ステータス変更
  3. あまり重要でない(まとめて送ってOK)

    • チャットメッセージ
    • 統計情報の更新

これらの考え方を組み合わせることで、世界中のプレイヤーが快適に遊べるゲームを作ることができます。

ポイントをまとめると

  1. 非同期処理で素早く情報を伝える
  2. タイムスタンプで順序を守る
  3. まとめて送信して効率化する
  4. 重要度に応じて優先順位をつける

これらの基本的な考え方を理解した上で、必要に応じて詳細な実装を検討していくことをお勧めします。

まとめ

ここまで長々と説明してきましたが、正直なところ、マルチリージョン設計は奥が深いです。私自身、実装を重ねるたびに新しい発見があります。

本記事で紹介した内容を簡単にまとめてみましょう

やりたかったこと

『地球の裏側にいるプレイヤーでも、ご近所さんと遊んでいるかのように快適にゲームを楽しんでもらうこと。』これに尽きます。

実現のために考えたこと

  • まずは世界の主要な場所にサーバーを置く(リージョン配置)
  • データをいかに素早く、正しく同期するか(非同期処理とデータ整合性)
  • システムに優しく、でも体験は損なわない(効率化と優先順位付け)

正直ベースの話

実は、ここで紹介した内容はあくまで基本的な考え方です。実際の開発では

  • 予期せぬ問題が次々と発生する
  • リージョンが増えるほど複雑になっていく
  • 各国の法令対応で頭を悩ませる

など、様々な課題に直面します。

とはいえ、基本的な考え方をしっかり押さえておけば、問題に直面したときも「なぜそうなるのか」「どう対処すべきか」を考える土台になります。

この記事が、グローバルゲーム開発に挑戦する方の第一歩になれば幸いです。
そして、もし「こうするともっと良くなるよ!」というアドバイスがありましたら、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。

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