グローバルゲームのマルチリージョン設計をはじめる方へ~基本の考え方とデータ同期編~
はじめに
「あれ?海外のプレイヤーの動きがカクカクする...」
こんな経験をしたことはありませんか?実は、東京のサーバーにニューヨークから接続すると200ミリ秒以上の遅延が発生します。アクションゲームならこれだけで致命的です。
この問題を解決するのが「マルチリージョン設計」。
世界の主要拠点にサーバーを配置し、全プレイヤーに快適な体験を届けます。ただし、その実現には深い技術的課題が待ち受けています。
本記事では、グローバルゲームを支えるマルチリージョン設計の基礎を解説します。以下のような方に特におすすめです
- ゲーム開発に携わるバックエンドエンジニアの方
- インフラ設計に興味があるゲーム開発者の方
- グローバル展開を検討しているチームの方
サーバーサイド開発の経験があると理解が深まりますが、基礎から丁寧に説明していきますので、ご安心ください。
マルチリージョン設計が必要な理由
ゲームサーバーをマルチリージョンで展開する主な理由は以下の3つです。
- レイテンシの改善
- 可用性の向上
- 法令順守(データローカライゼーション要件)
特にアクションゲームやFPSでは、レイテンシが重要な要素となります。プレイヤーの入力から画面の更新までの遅延が100ミリ秒を超えると、ゲーム体験が著しく低下するとされています。
上の図のように、東京リージョンのみでサービスを提供すると、ニューヨークのプレイヤーは高いレイテンシに苦しむことになります。
基本的なマルチリージョン構成
最も基本的なマルチリージョン構成を見ていきましょう。ここではGoを使用して説明します。
リージョン間の連携構造
リージョン配置の考え方
グローバルなゲームサービスでは、リージョンの配置が非常に重要です。一般的な配置として以下の4つのリージョンが選ばれる理由を説明します。
リージョン配置の戦略的理由
-
人口密度とユーザー分布
- 東京リージョン:日本、韓国、台湾などの東アジア地域をカバー
- シンガポールリージョン:東南アジア、南アジアの人口密集地域をカバー
- フランクフルトリージョン:ヨーロッパ全域をカバー
- バージニアリージョン:北米、南米をカバー
-
インターネットバックボーンへのアクセス
- これらの地域は主要なインターネット回線が集中する場所
- 海底ケーブルの主要接続ポイントに近い
- データセンターの集積地として発展している
-
法規制とデータコンプライアンス
- EUのGDPR対応(フランクフルト)
- 中国のデータ規制への対応(東京/シンガポール)
- 北米のデータ保護規制への対応(バージニア)
リージョン配置の技術的メリット
-
レイテンシの最適化
- 各リージョンから主要都市までの通信遅延が50ms以内に収まる
- ゲームプレイに重要な100ms以下のレイテンシを確保できる
-
災害対策(DR)とバックアップ
- 地理的に分散することで自然災害のリスクを分散
- リージョン間でのバックアップと相互フェイルオーバーが可能
-
トラフィック分散
- 時差を利用した負荷分散が可能
- リージョン間でのトラフィック融通が容易
基本的なサーバーコード構造
マルチリージョン構成のゲームサーバーでは、各リージョンが独立して動作しながらも、全体として一貫性のあるゲーム体験を提供する必要があります。以下に、その基本構造を示します。
// 各リージョンのゲームサーバーを表す主要な構造体
type GameServer struct {
Region string
Players map[string]*Player // アクティブプレイヤーの管理
Sessions map[string]*GameSession // 進行中のゲームセッション
SyncClient *RegionSyncClient // リージョン間同期用クライアント
}
// Playerはプレイヤーの基本情報のみを管理
type Player struct {
ID string // プレイヤーの一意識別子
Region string // プレイヤーの所属リージョン
LastActive time.Time // 最終アクティブ時刻
}
// 接続状態を管理
type PlayerConnection struct {
PlayerID string
ConnectionID string // 接続の一意識別子
Status string // 接続状態("connected", "disconnected"など)
ConnectedAt time.Time // 接続開始時刻
}
// ゲーム内でのプレイヤーの状態を管理
type PlayerState struct {
PlayerID string
Position Vector3 // ゲーム内での位置情報
CurrentHealth int // 現在のHP
Status string // ゲーム内状態("active", "dead", "respawning"など)
}
// 進行中のゲームインスタンスを表現
type GameSession struct {
ID string // セッションの一意識別子
Players map[string]*PlayerState // セッション参加者の状態
State GameState // 現在のゲーム状態
Connections map[string]*PlayerConnection // 接続情報の管理
}
// NetworkStatsはネットワーク品質の統計情報を管理
type NetworkStats struct {
PlayerID string
Latency int // 現在の通信遅延(ミリ秒)
PacketLoss float64 // パケットロス率
UpdatedAt time.Time // 最終更新時刻
}
構造体の役割と設計思想
-
GameServer構造体
- リージョンごとの独立性を保ちながら、グローバルな一貫性も確保
- Playersマップで瞬時のプレイヤー検索を実現(O(1)のアクセス)
- Sessionsマップでゲームセッションの効率的な管理を実現
- SyncClientを通じて他リージョンとの連携を維持
-
Player構造体
- IDによる一意識別でクロスリージョンでの整合性を確保
- Regionフィールドで所属リージョンを追跡し、適切なサーバー割り当てを実現
- Latencyの監視でプレイヤー体験の品質を確保
- Position情報でリアルタイムな位置同期を実現
-
GameSession構造体
- 複数プレイヤーの協調プレイをセッション単位で管理
- 状態管理により一貫性のあるゲーム進行を保証
- プレイヤーリストで参加者の追跡と管理を実現
リージョン間のデータ同期
マルチリージョン環境では、データの同期が重要な課題となります。以下に、効率的なデータ同期の実装方法を示します。
同期が必要なデータの種類と特徴
-
プレイヤーデータ
- アカウント情報:低頻度更新、高整合性要求
- インベントリ:中頻度更新、トランザクション要求
- 進行状況:中頻度更新、順序性保証必要
-
ゲームステート
- マッチング情報:高頻度更新、低レイテンシ要求
- リアルタイム対戦データ:超高頻度更新、即時性重視
- ワールド状態:中頻度更新、一貫性要求
データ同期の基本実装
// リージョン間のデータ同期を管理
type RegionSyncClient struct {
OtherRegions []string // 同期対象のリージョンリスト
SyncQueue chan SyncEvent // 同期イベントのキュー
}
// 同期が必要なイベントを表現
type SyncEvent struct {
Type string // イベントの種類(例:プレイヤー移動、アイテム取得)
Data interface{} // 同期するデータ本体
Timestamp time.Time // イベント発生時刻(順序性の保証に使用)
Region string // イベント発生元のリージョン
}
// 他リージョンへのデータ同期を実行
func (c *RegionSyncClient) SyncToOtherRegions(event SyncEvent) error {
// 各リージョンへの非同期送信
for _, region := range c.OtherRegions {
go c.sendEventToRegion(region, event)
}
return nil
}
同期処理の設計ポイント
世界中でゲームを楽しんでもらうために、各地域(リージョン)のサーバー間でデータを同期する必要があります。まずは基本的な考え方から見ていきましょう。
- 非同期処理について
まず、「非同期処理」とは何かを説明します。
たとえば、以下のような状況を想像してください
- 東京のプレイヤーがアイテムを拾った
- このデータを世界中の4つのリージョンに伝える必要がある
- 各リージョンへの通信に1秒かかるとする
同期処理(従来の方法)の場合
1. まず東京→シンガポール(1秒)
2. 次にシンガポール→フランクフルト(1秒)
3. 次にフランクフルト→バージニア(1秒)
4. 最後にバージニア→東京(1秒)
合計:4秒かかる
非同期処理の場合
東京から同時に
→シンガポール(1秒)
→フランクフルト(1秒)
→バージニア(1秒)
→東京(1秒)
合計:約1秒で完了
これを実現するコードを見てみましょう
// 従来の方法(同期処理)
func 順番に送信する(データ) {
シンガポールに送信() // 1秒待つ
フランクフルトに送信() // さらに1秒待つ
バージニアに送信() // さらに1秒待つ
}
// 新しい方法(非同期処理)
// ※Go言語のgoキーワードは、その後に続く関数(または無名関数)が非同期で実行されます
func 同時に送信する(データ) {
go シンガポールに送信() // 待たずに次へ
go フランクフルトに送信() // 待たずに次へ
go バージニアに送信() // 待たずに次へ
}
- データの整合性を保つ
次に、データの順序が正しく保たれるようにする方法を見ていきます。
例えば、プレイヤーが以下の行動をした場合
- 宝箱を開ける
- アイテムを取得する
- アイテムを使用する
この順序は絶対に守らなければいけません。これを実現するために、タイムスタンプ(時刻)を使います
// イベントを記録する形
type ゲームイベント struct {
発生時刻 時刻情報
イベントの種類 文字列 // "宝箱を開ける", "アイテム取得" など
データ内容 データ
}
// 処理例
イベント1 := ゲームイベント{
発生時刻: 13時00分00秒,
イベントの種類: "宝箱を開ける"
}
イベント2 := ゲームイベント{
発生時刻: 13時00分01秒,
イベントの種類: "アイテム取得"
}
- 効率良く処理する工夫
最後に、システムの負荷を減らすための工夫を見ていきます。
バッチ処理(まとめて送る)の例
悪い例:
- プレイヤーAの移動を送信(1回の通信)
- プレイヤーBの移動を送信(1回の通信)
- プレイヤーCの移動を送信(1回の通信)
合計:3回の通信
良い例:
- プレイヤーA,B,Cの移動をまとめて送信(1回の通信)
合計:1回の通信
これをコードで表現すると
// イベントをまとめて処理するための構造
type まとめ送信機 struct {
溜まったイベント []ゲームイベント
最大サイズ int
}
func (m *まとめ送信機) イベントを追加(イベント ゲームイベント) {
// イベントを追加
m.溜まったイベント = append(m.溜まったイベント, イベント)
// 一定数たまったら送信
if len(m.溜まったイベント) >= m.最大サイズ {
まとめて送信する(m.溜まったイベント)
m.溜まったイベント = nil // 送信後はクリア
}
}
優先順位付けの例
ゲーム内のイベントには重要度の違いがあります
-
最重要(すぐに送る)
- 戦闘アクション
- アイテムの使用
-
重要(少し待ってもOK)
- プレイヤーの移動
- ステータス変更
-
あまり重要でない(まとめて送ってOK)
- チャットメッセージ
- 統計情報の更新
これらの考え方を組み合わせることで、世界中のプレイヤーが快適に遊べるゲームを作ることができます。
ポイントをまとめると
- 非同期処理で素早く情報を伝える
- タイムスタンプで順序を守る
- まとめて送信して効率化する
- 重要度に応じて優先順位をつける
これらの基本的な考え方を理解した上で、必要に応じて詳細な実装を検討していくことをお勧めします。
まとめ
ここまで長々と説明してきましたが、正直なところ、マルチリージョン設計は奥が深いです。私自身、実装を重ねるたびに新しい発見があります。
本記事で紹介した内容を簡単にまとめてみましょう
やりたかったこと
『地球の裏側にいるプレイヤーでも、ご近所さんと遊んでいるかのように快適にゲームを楽しんでもらうこと。』これに尽きます。
実現のために考えたこと
- まずは世界の主要な場所にサーバーを置く(リージョン配置)
- データをいかに素早く、正しく同期するか(非同期処理とデータ整合性)
- システムに優しく、でも体験は損なわない(効率化と優先順位付け)
正直ベースの話
実は、ここで紹介した内容はあくまで基本的な考え方です。実際の開発では
- 予期せぬ問題が次々と発生する
- リージョンが増えるほど複雑になっていく
- 各国の法令対応で頭を悩ませる
など、様々な課題に直面します。
とはいえ、基本的な考え方をしっかり押さえておけば、問題に直面したときも「なぜそうなるのか」「どう対処すべきか」を考える土台になります。
この記事が、グローバルゲーム開発に挑戦する方の第一歩になれば幸いです。
そして、もし「こうするともっと良くなるよ!」というアドバイスがありましたら、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。
Discussion