AI活用推進プロジェクトを休止します 〜大規模サービスを支える技術の本質〜
はじめに
ネクスタのプロダクト開発部 チームマネージャーの則村です。
世間がAIブームに沸くなか、わたしたちはDev・Bizの両サイドでAI活用推進プロジェクトを進めてきました。
その名も「NOBITA」プロジェクト。
立ち上がりの経緯は後程お話しますが、私たちはこのプロジェクト」を土台にCursor、Devin、Claude Code...と、最新のAI開発ツールを次々に試してきました。
しかしこの9月、その活動を「戦略的に休止する」ことを決めました。
「AIブームなのに、なぜ?」
「乗り遅れてしまうのでは?」
そう思われるかもしれません。でも、これは後ろ向きな話ではありません。むしろ、私たちが本気でAIを活用するために、一度立ち止まって、足元を固める、そんな意思決定の話です。
前回の記事では、AI導入後に訪れた「生産性1.5倍の壁」について、データ分析を通じて原因を探り、3つの打ち手を検討していることをお伝えしました。
その後、現場からの声を起点に、組織全体で一つの大きな方針転換を決断しました。
本記事では、データ分析から決断に至るまでのプロセス、そして大規模サービスを扱う開発組織として、私たちが今後どのような技術戦略を取るのかについてお話しします。
NOBITAプロジェクト始動:AI活用を全社に広げる
今年5月、私たちはCursorを開発チームに導入し、順調なスタートを切りました。開発生産性は5月に1.2倍、6月には1.4倍へと着実に向上。
そして7月、開発チームのCursor活用とは別軸で、ネクスタは全社的なAI活用推進を決断。「NOBITAプロジェクト」が立ち上がりました。
「NOBITAプロジェクト」のミッションは、全社的なAI活用文化の醸成。「のび太マインド」、つまり「AIに頼って楽をする、効率化することを当たり前化していく」という思想を組織全体に根付かせることです。ビジネスサイドと開発サイドでは活用方法が大きく異なるため、会議体を分けて運用してきました。
AI活用の「幅」を広げる:様々なツールと手法への挑戦
NOBITAプロジェクトの開発サイドでは、さらなる生産性向上を目指し、Windsurf、Devin、Claude Codeといった最新のAIツールや、仕様駆動開発ツール(Kiro、Spec等)、標準プレイブック開発など、様々な手法を積極的に検証していました。
チーム全員がCursorやGeminiを日常的に使いこなすようになり、AI活用の「浸透」は確かに達成されました。
しかし同時に、多くの施策が「既存コードの品質」という根本的な壁に阻まれていることも、徐々に見えてきたのです。
データが示した厳しい現実:「幅」では解決できない壁
NOBITAプロジェクトで様々な施策を試していく中、生産性のデータはその「壁」の正体を明確に示しました。
7月:1.45倍(高止まり)
それまでの順調な伸び(5月1.2倍→6月1.4倍)が、7月は1.45倍に。成長の鈍化が見え始めました。
8月-9月:横ばいが継続
その後も状況は変わらず、生産性は横ばいのまま。様々なツールや手法を試しても、壁を越えられませんでした。
なぜ、これほど積極的に取り組んでも、成長が止まってしまったのか?
この問いに答えるため、私たちはエンジニア全員にアンケートを実施し、データを徹底的に分析しました。その結果、意外な事実が明らかになったのです。
AIはあくまで既存の構造をベースに思考します。土台そのものが複雑で見通しが悪ければ、AIも迷う。
実際、チーム内ではこんな課題が明確になっていました。
こうした経験から、現場では「既存機能に対してはAIを信用しきれない」という声が上がっていました。
決断:AI活用の「幅」から「土台」へ舵を切る
7月から9月まで、様々な施策を試しても生産性が横ばいのまま。この状況を見たNOBITAに参加していた現場メンバーから、明確な声が上がってきました。
「このまま新しいツールを試し続けても、生産性は上がらない。既存コードの品質という『土台』に集中すべきでは?」
データが示していたのも同じ事実でした:
- 様々なAIツールを試しても、技術的負債が足かせになっている
- 新ツール探索(「幅」を広げる)よりも、品質改善(「土台」を整える)が先決
- 「技術的負債の返済は、AI活用の有無に関わらず必要だ」
この現場の声とデータを踏まえ、「NOBITAの開発サイド会議体を休止し、品質改善に舵を切る」という選択に至りました。
中途半端に「幅」を広げ続けるより、今は「土台」の改善に集中し、それが整った段階で改めてAIの可能性を最大化する。この方針に、組織全体が合意したのです。
「幅」から「土台」へ:具体的に何を止め、何を加速させるのか
誤解のないように明確にしておきます。私たちが休止するのは、「NOBITAプロジェクト」の開発サイド会議体(新ツール探索や情報共有のための定例会)であり、AI活用そのものではありません。
全社プロジェクトとしてのNOBITAは継続し、ビジネスサイドの活動も継続します。開発サイドだけが、データに基づいて「幅」から「土台」へ方針転換を決断したのです。
なぜ休止できるのか?それは、NOBITAプロジェクトの目的の一つである「AI活用の日常化」が既に達成されたからです。CursorやGeminiは、もはや開発者の「当たり前の武器」として定着しています。新ツール探索の会議体がなくとも、AI活用は継続されます。
次に必要なのは、新しいツールの探索ではなく、今あるツールの効果を最大化するための「土台」づくりです。
📌 加速させること(「土台」の強化)
既存コード品質改善への集中投資
前回の記事で検討した3つの戦略を実行に移します:
- AIが迷わないコードベースの構築(技術的負債の返済)
- プロンプトの「型」化によるチームスキルの標準化
- 自発的リファクタリングを促す組織づくり
🛑 一旦停止すること(「幅」の探索)
新規AIツールの探索活動
「次の新しいツールを試そう」という活動は一旦停止。まずは土台を整え、今あるツールの効果を最大化することに集中します。
私たちの次なる挑戦:挑戦的でありながら、地に足をつけて
NOBITAプロジェクトでは、私たちは最新AIツールの検証とデータ分析を重ねて、「いま本当に必要なこと何か」を見極めてきました。
その結論が、「大規模サービスの技術的負債(=土台)の課題に真正面から取り組みつつ、AI活用を続ける」という方針です。
NOBITAプロジェクト自体は役目を終えて一旦休止しますが、これはAI活用をやめるのではなく、地に足をつけて本質課題を解決し、AIの力を最大化するステージに進みます。
Discussion