LLMは教育をどう変えるか:主要3社の「学習モード」比較考察
はじめに
近年、LLMの性能が向上し、さまざまな実ユースケースで使われ始めてから、学習の用途が一段と重要性を増すようになりました。学習は子供から大人までさまざまなニーズがあり、ただ答えを知るだけではなく、根底にある理由や例を示すことで理解を深めたり、興味を促進させて関連知識を同時に学習したりすることが求められています。
かくいうエンジニアの私も、最近は新しいプログラミング言語やそのベストプラクティスを調べるなど、もはやLLMなしでは新しい技術を学べないほどのヘビーユーザーです。
この流れを捉え、2025年に入ってから主要なAI企業は次々と学習に特化した新機能をリリースし始めました。本記事では、Anthropicの「Learning Mode」[1]、OpenAIの「Study Mode」[2]、Googleの「ガイド付き学習 (Guided Learning)」[3]の3つに焦点を当て、一人のLLMヘビーユーザーとしてその背景や技術的なアプローチ、研究動向を探りながら、学習モードが通常のChatモードとどう違うのかを比較していきます。
レスポンスの違い
まず、具体的な技術に入る前にどのようなレスポンスの違いがあるのか実際に触ってみたいと思います。
難易度が高めの内容として大学で習うフーリエ変換について聞いてみます。
- 時間領域における関数f(t)を次のように定義する。この関数は、独立変数tの絶対値が正の定数a以下の場合にf(t)=1をとり、tの絶対値がaより大きい場合にはf(t)=0をとるものとする。このf(t)に対応するフーリエ変換F(ω)を導出せよ。
まず、通常のChatモードのChatGPTだと、以下のように導出を行い回答を生成してくれます。
それぞれの学習モードの応答は以下の通りです。
Claude
ChatGPT
Gemini
どのChatbotも答えを一度に生成することなく、フーリエ変換の定義の確認やユーザーの理解度がどれくらいかを知るところから始めようとしており、根本的な目的はどうやら類似しているようです。個人的には、ChatGPTは定義を先に提供してしまっているところ(定義の理解はしている前提)と、Claudeは3つの質問を一度にしているところが少し改善の余地があるかなと感じました。それと比べて、Geminiは1つの質問に絞って聞いている点は高評価です。
でも正直、質問されて答えて...を繰り返すのは面倒なので、1回で全部教えてよ!って人は一定数いそうです。
そもそも教育AIは何を目指しているのか?
教育におけるLLMの活用法に関するサーベイ論文 "Large Language Models for Education: A Survey and Outlook" によると、その応用は大きく3つのカテゴリーに分類できます。
- 学習者支援 (Study Assisting): 生徒の質問に答えたり、作文の誤りを訂正したりと、学習を直接サポートする家庭教師的な役割
- 教師支援 (Teach Assisting): 練習問題の自動生成や、自由記述解答の自動採点、授業計画の作成支援など、教師の業務を効率化するアシスタント
- 適応学習 (Adaptive Learning): 生徒一人ひとりの理解度や進捗をもとに、問題やカリキュラムのレベルを調整することで、オーダーメイドの学習計画を作成
こうして見ると、先ほどの学習モードの応答は、適応学習による難易度調整機能と、問題を教える学習者支援の両方を考慮されたレスポンスであることがわかります。
各社の技術概要
次に、各社の学習モードの違いについて、公開されている範囲で技術的に比較してみます。
Claude: Learning Mode
2025年4月に「Claude for Education」の枠組みの中でLearning Modeを発表しました。技術的な詳細については不明ですが、以下の点を重視しているようです。
- 答えるよりもガイドする: 「あなたならまず何から始めますか?」のように問いかけ、学習者が自ら考えるステップを重視
- ソクラテス式対話: 「なぜその結論に至ったのですか?」といった質問を重ねることで、より本質的な理解へと導く
- 考え方の根幹を重視: 目の前の問題だけでなく、その背後にある根本的な原理やコンセプトが何であるかを強調
- テンプレートを提供: レポートの構成や学習計画の立て方など、フォーマットを提示して学習をサポート
OpenAI: Study Mode
OpenAIは2025年7月にStudy Modeをリリースしました。主な機能としては、こちらもソクラテス式問答法、ヒントや理解度チェック、そして整理された適切な文脈で適切な分量の情報を答えることに重点を置いています。
技術的には、以下のように記述[2:1]があり、システムプロンプトを変更することで実装されているようです。
Today, study mode is powered by custom system instructions.
また、さらに持続的に進化させていくために、スタンフォード大学と共同研究[4]を進めています。
Google: Guided Learning
Googleは2025年8月にGeminiアプリでガイド付き学習をリリースしています。ガイド付き学習は、「LearnLM[5]」というイニシアチブを活用し、Geminiを強化する形で実現されています。LearnLMは、学習専用に教育の専門家と共同で構築され、ファインチューニングされたモデルファミリーから構成されます。
根本的に目指している内容は、以下の5点です。
- アクティブラーニングの促進: タイムリーなフィードバックを与えながら、練習と健全な試行錯誤の機会を提供
- 認知的負荷の管理: 関連性が高く、よく整理された情報を、複数の形式で提示
- 学習者への適応: 関連教材に基づき、学習者の目標やニーズに合わせて動的に調整
- 好奇心の刺激: 学習を通してモチベーションを維持し、向上させるための主体的な参加を促進
- メタ認知を深める: 学習者が計画を立て、進捗をモニタリングし、振り返るのを支援
さらに、レスポンスはマルチモーダルに対応しており、画像、グラフ、動画といったものが生成されることがあるそうです。
深掘り: Google
Googleは実際に学習特化モデルを使い、モデルを訓練しており、さらに定期的にLearnLMに関する技術レポートを公開しているため、こちらに焦点を当てます。2025年5月に公開されたEvaluating Gemini in an Arena for Learning[6]について簡単にまとめると、
- 教育分野におけるAIモデルの性能を評価するために、「Arena for Learning」という、教育者や教育専門家による人手評価を行うフレームワークを提案。189人の教育者が学習者の役割でモデルと対話し、それを206人の教育専門家がどちらのモデルが優れているか評価した。
- 同じシステムプロンプトを使用し、Gemini 2.5 Pro、Claude 3.7 Sonnet、GPT-4o、ChatGPT-4o、OpenAI o3で比較した。
- その結果、Gemini 2.5 Proが総合的にトップの成績を収めた。さらに、テキストのレベル調整、短答式問題の採点、生徒の間違いの特定といった個別のタスクにおいても、最も高いパフォーマンスを発揮した。
- 良い回答の傾向としては、優れた家庭教師のように学習者を導き、自分で考えさせることが重要であるとされた。一方で、すぐに答えを与えすぎる傾向や、教育目標から脱線しやすい点は、教育的効果が低いと評価された。
また、プロンプトガイド[7]が公開されており、こちらも興味深かったです。ここではPARTSフレームワークを元にプロンプトを書くことを提案しており、
- P (Persona): 特定の役割やキャラクター
- A (Act): 実行してほしい具体的なタスク
- R (Recipient): 対象読者
- T (Theme): 応答の中心となる主題やトピック
- S (Structure): 最終的なアウトプットの形式や構成
という5つの側面を提示することが、ガイド付き学習での学習効果をより享受できるとされています。
例として挙げられているのは、高校生向けのDNAの授業を作ってください
というシンプルなプロンプトよりも、PARTSの考え方に沿って、次のようなプロンプトを定義することが重要だということです。
あなたは高校の生物の先生です。
高校1年生を対象に、DNAの構造と機能を紹介する授業をデザインしてください。
この授業は探究型の科学の授業に合うようにし、生徒が夢中になるような実験活動を盛り込み、
授業の最後には『主張・証拠・論証(CER)』に基づいたライティング課題を提出させてください。
実際に生成を行ってみた結果が以下です。さすがにPARTSに沿ったプロンプトの方が内容は濃いという前提はありますが、これだけの分量と質の差が出たので、実際に使う際にはPARTSをできるだけ意識した方が良さそうです。
左: シンプルなprompt | 右: PARTS prompt
PARTSプロンプトの全てのアウトプット
素晴らしいテーマですね!高校1年生が夢中になり、科学的な思考力を育むような探究型の授業をデザインしましょう。ここでは、50分授業2コマ(合計100分)を想定した授業案を提案します。生徒たちが「主役」になるような、ワクワクする授業を一緒に作っていきましょう!
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## 授業案:生命の設計図を解き明かせ! DNA探究ラボ 🧬
### 授業の概要
この授業では、生徒たちが身近な食材であるブロッコリーから自分たちの手でDNAを抽出し、その正体を探ります。実験とモデル作りを通して、DNAが「生命の設計図」として機能する仕組みを体験的に学び、最後に科学的な文章作成スキル(CER)を養うことを目指します。
**学習目標:**
* DNAが生命の基本的な分子であることを説明できる。
* DNA抽出の実験を安全に行い、その原理を説明できる。
* DNAの二重らせん構造と、塩基の相補性をモデルを使って表現できる。
* DNAの遺伝情報がタンパク質合成につながるセントラルドグマの基本的な流れを説明できる。
* 実験結果に基づき、主張・証拠・論証(CER)のフレームワークを使って科学的な説明を記述できる。
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### 【1時間目】 DNAとの対面:見て、さわって、感じよう!
#### 導入(5分):身近にひそむ「生命の設計図」
まずは生徒たちの興味を引くところから始めましょう!
「みんな、ニュースで『DNA鑑定で犯人がわかった!』なんて話を聞いたことないかな? あるいは、親子が似ているのは『遺伝』だよね。この全てのカギを握っているのが、今日探究していく『**DNA**』なんだ。実はこれ、特別なものじゃなくて、君たちの中にも、そしてこれから使うこのブロッコリーの中にも入っている、生命の設計図なんだよ。今日の大きな問いはこれだ! **『DNAは、どのようにして生物の形や性質を決めているのだろう?』** この謎を解き明かす旅に出よう!」
#### 探究活動①(40分):ブロッコリーからDNAを取り出そう!
いよいよメインイベントです。生徒たちに「科学者」になってもらい、五感を使ってDNAの存在を確かめてもらいます。
**準備するもの(班ごと):**
* ブロッコリー(穂先の部分)、乳鉢、乳棒
* 水、食塩、中性洗剤(食器用洗剤)
* ガーゼ、ビーカー、試験管
* 冷やしたエタノール(無水)
* 竹串やガラス棒
**実験ステップ:**
1. **細胞をバラバラに:** ブロッコリーを乳鉢に入れ、少量の水と食塩を加えてドロドロになるまですりつぶします。(物理的に細胞壁を壊す)
2. **膜を溶かす:** 中性洗剤を数滴加え、静かに混ぜ合わせます。(洗剤の界面活性剤が、細胞膜や核膜を溶かす)
3. **DNAをこし取る:** ガーゼでビーカーにこし、細胞の破片などを取り除きます。
4. **DNAの姿を現す:** こした液体を試験管に静かに移し、冷えたエタノールを壁面に沿ってそっと注ぎ入れます。
5. **観察:** 液体とエタノールの境界面に注目!白いモヤモヤっとした綿のようなものが見えてきます。これがDNAです!竹串などでそっと巻き取ってみましょう。
**先生の役割:**
* 各ステップで「なぜこの操作をするんだろう?」と問いかけ、生徒の思考を促します。(例:「なぜ洗剤を入れると、DNAが出てきやすくなると思う?」)
* 机を回り、驚きや発見の声を拾い上げ、全体で共有します。
#### まとめ(5分):今日の発見と次への宿題
「みんな、自分の手でDNAを取り出すことができたね!どうだったかな? 見えた白いモヤモヤ、本当にこれが生命の設計図なのだろうか? 次の時間は、この正体をさらに詳しく探っていくよ!」
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### 【2時間目】 設計図の解読:構造から機能へ
#### 導入(5分):前回の振り返り
「前回、僕たちはブロッコリーからDNAを取り出した。でも、あのモヤモヤした糸のどこに『設計図』としての情報が隠されているんだろう?今日はその謎に迫るため、DNAのミクロの世界をのぞいてみよう!」
#### 探究活動②(20分):DNAの構造モデルを作ろう!
抽出したDNAの正体、つまりその「構造」を理解するために、手を動かしてモデルを作ります。
**準備するもの(班ごと):**
* DNAモデルキット、あるいはグミ(4色)、つまようじ、テープなど身近な材料
**活動内容:**
1. まず、DNAが「**ヌクレオチド**」という基本単位からできていることを教えます。(糖・リン酸・塩基の3点セット)
2. そして、塩基にはA (アデニン)、T (チミン)、G (グアニン)、C (シトシン)の4種類があり、必ず **AとT**、**GとC** がペアになるという「**相補性**」のルールを伝えます。
3. このルールに従って、ヌクレオチドをつなぎ合わせ、二重らせん構造のモデルを組み立てさせます。
**先生の役割:**
* 「なぜAはTとしかくっつけないんだろう?」など、構造のルールに関する問いを投げかけます。
* ワトソンとクリックだけでなく、ロザリンド・フランクリンの功績にも触れ、科学の発見が多くの人々の協力で成り立っていることを伝えます。
#### 講義と演習(10分):設計図からタンパク質ができるまで
構造がわかったら、次はその「機能」です。生命の中心的原理である「**セントラルドグマ** (DNA → RNA → タンパク質)」を、工場に例えて分かりやすく説明します。
* **DNA:** 工場に保管された「設計図の原本」
* **転写 (RNAへ):** 設計図をコピー機で「写し(コピー)」をとる作業
* **翻訳 (タンパク質へ):** コピーを見ながら、職人たちが「製品(タンパク質)」を組み立てる作業
ここで、塩基配列からアミノ酸を特定する「コドン表」を使った簡単な解読ゲームを行うと、生徒はより主体的に学べます。
#### 課題(15分):科学的に説明するライティング(CER)
授業の総仕上げとして、科学的な思考力と表現力を鍛えるためのライティング課題に取り組みます。
**お題:**
* **問い (Question):** 「1時間目の実験でブロッコリーから抽出した白い物質は、本当にDNAだったのだろうか?」
**課題シートに、以下の3つの要素を盛り込んで説明を完成させよう!**
1. **主張 (Claim):** あなたの結論を一言で述べなさい。(例:あの白い物質はDNAである。)
2. **証拠 (Evidence):** なぜそう言えるのか?授業での観察や学んだ事実を具体的に書きなさい。(例:実験で、細胞膜を壊す洗剤を入れ、エタノールを加えたら白い物質が現れた。授業で、DNAは細胞の核にあり、エタノールに溶けにくい性質だと学んだ。)
3. **論証 (Reasoning):** その証拠が、なぜ主張を支持するのか、論理的なつながりを説明しなさい。(例:洗剤で細胞膜や核膜が壊れたことで、核の中身が出てきた。そこにエタノールを加えると、DNAが溶けずに姿を現したと考えられる。この一連の現象は、DNAの性質と一致するため、あの白い物質はDNAだと結論できる。)
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この授業案が、先生の素晴らしい授業作りの一助となれば幸いです。生徒たちが科学の面白さに目覚める、最高の授業になることを応援しています!
まとめ
さて、ここまで各社の学習モードを比較し、その背景にある公開情報や動向を見てきました。
結局のところ、「通常のChatモードと学習モードのどちらがいいのか?」は、「教科書と家庭教師のどちらが欲しいのか?」という問いに似ているのではないかと思います。通常のChatモードは一度に構造化された内容が生成されるので、教科書のように体系的な理解が進みます。一方、学習モードはそれぞれの理解度や理解方法に沿った回答やカリキュラムが得られ、家庭教師と共に勉強するような体験ができます。
自発的な学習ができ、自分がどれだけわかっているかのメタ認知や目標設定ができる人なら、通常のChatモードが合っていると思います。しかし、そうした部分を家庭教師に任せて、自分のペースで学んでいきたいという場合は、学習モードが適していそうです。
最後に、学習モードが音声対話として提供されるようになれば、リアルタイムで対話しながら独自のカリキュラムに沿った学習が進むことで、かなりの爆発力が期待でき、将来性のある分野だと思います!
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