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3項間漸化式と量子力学と表現論(雰囲気だけでも ver.)

2023/12/18に公開

日曜数学 Advent Calendar 2023 18日目の記事です.

突然ですがみなさん,3項間漸化式は知っていますか?

高校で習ったという方も多いと思いますが,たとえば Fibonacci 数列

a_{n + 2} = a_{n + 1} + a_n

のように,数列 (a_n)_{n \in \mathbb Z} を定義するための漸化式の一種です.
ここでは特に正規形かつ線形斉次,つまり

a_{n + 2} = c_1 a_{n + 1} + c_0 a_n \quad (c_0, c_1 \in \mathbb C)

という形の3項間漸化式に限って話をします.

実はこの漸化式の解法を調べていくと,表現論や量子力学と深く関わっていることが分かります!

この記事ではそんな雰囲気を掴んでもらおうという目論見です.
もう少し詳しい解説は表現論 Advent Calendar の記事でもしているので,表現論に慣れている方はそちらもお読みください.

さて,最初に高校数学の復習をしましょう.上の形の漸化式は,特性多項式 (characteristic polynomial)

\chi (t) := t^2 - c_1 t - c_0 \in \mathbb C [t]

と呼ばれる多項式を考えることから始まります.この多項式の根を \lambda_1, \lambda_2 \in \mathbb C と置くと,

  1. 重根を持たない(\lambda_1 \neq \lambda_2)とき \lambda_1^n\lambda_2^n
  2. 重根を持つ(\lambda_1 = \lambda_2)とき \lambda_1^nn \lambda_1^n

の線型結合として一般解が書けます.
あとは初期条件 a_0, a_1 から線型結合の係数が求まるので,無事に3項間漸化式を解くことができます.

これは d 項間漸化式

a_{n + d - 1} = c_{d - 2} a_{n + d - 2} + \dotsb + c_0 a_n \quad (c_0, \dotsc c_{d - 2} \in \mathbb C)

に一般化することができ,特性多項式

\chi (t) := t^{d - 1} - c_{d - 2} t^{d - 2} - \dotsb - c_0 \in \mathbb C [t]

の相異なる根を \lambda_1, \dotsc, \lambda_k,それぞれの重複度を m_1, \dotsc, m_k とするとき n^j \lambda_i^n (0 \leqslant j \leqslant m_i - 1, 1 \leqslant i \leqslant k) の線型結合で一般解が書けます.

この解法をもう少し整理するために,数列に対する二つの演算子 p, q を導入しましょう.

まず数列全体のなす空間を S := \mathrm{Map} (\mathbb Z, \mathbb C) と置きます.
その上の線形演算子 p : S \to S

p (a_n)_{n \in \mathbb Z} := (a_{n + 1})_{n \in \mathbb Z}

で,q : S \to S

q (a_n)_{n \in \mathbb Z} := (n a_{n - 1})_{n \in \mathbb Z}

で定義します.つまり p は添字を 1 だけずらす演算子,qn 倍する(かつ添字を -1 ずらす)演算子です.

こうするとき,漸化式は

p^{d - 1} a - c_{d - 2} p^{d - 2} a - \dotsb - c_0 a = 0 \quad (a \in S)

という S の中の方程式として考えることができます.

これを書き換えると

\chi (p) a = 0,

あるいは

(p - \lambda_1)^{m_1} \dotsm (p - \lambda_k)^{m_k} a = 0

となります.

そして,この解が

q^j \Lambda_i \quad (0 \leqslant j \leqslant m_i - 1, 1 \leqslant i \leqslant k), \\ \Lambda_i := (\lambda_i^n)_{n \in \mathbb Z} \in S

の線型結合で書けるというわけです.

以上の解法を考えるとき,当然として思い浮かぶ疑問は

  1. q とは?? なぜ n^j が出てくるの?
  2. なぜこれらの線型結合で書ける?
  3. 線型結合の係数はちゃんと求まる? つまり q^j \Lambda_i は線形独立?

などがありますが,1. に関しては量子力学的な観点で正当化でき,2-3. は Heisenberg 代数の表現論を用いることで綺麗(= 行列を使わず)に証明できます.

q^j, n^j の由来

下でも説明しますが,q 演算子は p q - q p = \mathrm{id} という性質しか使いません.
それが Lie 代数の表現論だからです.

なので,q 演算子の由来は "p q - q p = \mathrm{id} が成り立つような q を見つけよ" という問題に還元されます.

この手の問題で思い出すのは量子力学ですね.量子力学では,まず p 演算子の固有状態 | p \rangle に対する平行移動

T (\Delta p) : | p \rangle \mapsto | p + \Delta p \rangle

を考えます.変位 \Delta p = \mathrm d p が微小のとき,\mathrm d p の一次まで展開して

T (\mathrm d p) | p \rangle = | p \rangle + \mathrm d p \frac{\partial}{\partial p} \, | p \rangle

と書けるので,q | p \rangle := \frac{\partial}{\partial p} \, | p \rangle と置けば p q - q p = \mathrm{id} が成り立つ,という流れでした.(pq を入れ替えても同様です.)

この議論を数列に対してイイカンジに適用すれば,q 演算子を得ることができます.(形式的な超関数 = 母関数を使います.)
どのように適用するかは本記事の範囲を逸脱するため,ここでこのお話は終わりにします.

漸化式の解について

この q 演算子を用いて漸化式の解を表すわけですが,まず特性多項式の根が一つだけのとき,つまり

\chi (t) = (t - \lambda)^m

のときから始めます.

すでに指摘した通り p q - q p = \mathrm{id} が成り立つので,p 演算子を \lambda だけずらして (p - \lambda) q - q (p - \lambda) = \mathrm{id} もまた成り立ちます.
そこで新しく \bar p := p - \lambda と置くと,漸化式は \bar p^m a = 0 と書くことができます.

これが,Heisenberg 代数の表現論を用いることで実は多項式環上の微分方程式

\frac{\mathrm d^m}{\mathrm d x^m} a (x) = 0 \quad (a (x) \in \mathbb C [x])

と同一視できるのです.

1 自由度の)Heisenberg 代数とは I, P, Q の三つの元で生成されるベクトル空間 \mathfrak h := \mathbb C I \oplus \mathbb C P \oplus \mathbb C Q に対して,交換関係

[P, Q] = I, \quad [I, P] = [I, Q] = 0

を定義して Lie 代数としたもののことです.
数列空間 S 上の演算子 \mathrm{id}, \bar p, q も同様の交換関係 [\bar p, q] = \mathrm{id} etc. を満たすため,

I \mapsto \mathrm{id}, \quad P \mapsto \bar p, \quad Q \mapsto q

という対応により S が Heisenberg 代数の表現となるのです.

そしてそれは多項式環も同様です.

I \mapsto \mathrm{id}, \quad P \mapsto \frac{\mathrm d}{\mathrm d x}, \quad Q \mapsto x

という対応で \mathbb C [x] は Heisenberg 代数の表現となります.

この状況で,表現論によれば,さらに S\mathbb C [x] との間に

  • \Lambda = (\lambda^n)_{n \in \mathbb Z} \in S1 \in \mathbb C [x]
  • \bar p \in \mathrm{End} \, S\mathrm d / \mathrm d x
  • q \in \mathrm{End} \, Sx

という対応が導かれます.

そして微分方程式 \mathrm d^m a (x) / \mathrm d x^m = 0 の解が 1, \dotsc, x^{m - 1} の線型結合で書けることから,漸化式 \bar p^m a = 0 の解も \Lambda, \dotsc, q^{m - 1} \Lambda の線型結合で書けることが従います.
また,これらの解の線形独立性も,多項式環において 1, \dotsc, x^{m - 1} が線形独立なため従います.

一般の場合

\chi (t) = (t - \lambda_1)^{m_1} \dotsm (t - \lambda_k)^{m_k}

も,多項式環の微分演算子をよく観察することで,

  • q^j \Lambda_i が解であること,
  • これらが線形独立であること,
  • これらしか解がないこと

が分かります.

3項間の場合

d = 3 の場合

(p - \lambda) (p - \mu) a = 0

で試してみましょう.

まず重根を持つ \lambda = \mu のときを考えます.

b := (p - \lambda) a と置くと (p - \lambda) b = 0,つまり b_{n + 1} = \lambda b_n という漸化式となるので,この解は \Lambda = (\lambda^n)_{n \in \mathbb Z} のスカラー倍になります.
これを b = c' \Lambda と書きましょう.

\bar p q - q \bar p = \mathrm{id}\bar p \Lambda = 0 に注意すると,

c' \Lambda = c' \bar p q \Lambda - c' q \bar p \Lambda = c' \bar p q \Lambda

と書き直せるので,\bar p (a - c' q \Lambda) = 0 が従います.

ここで先程と同様に a - c' q \Lambda\Lambda のスカラー倍 c'' \Lambda で書けるので,結局 a = c' q \Lambda + c'' \Lambda となって,3項間漸化式の解が求まります.

次に重根を持たない \lambda \neq \mu のときを考えます.

b := (p - \mu) a と置けば,\lambda = \mu のときと同様に b = c' \Lambda と書くことができます.
一方で今度は

\Lambda = \frac{1}{\lambda - \mu} (\bar p + (\lambda - \mu)) \Lambda = \frac{1}{\lambda - \mu} (p - \mu) \Lambda

と変形すれば,(p - \mu) (a - (c' / \lambda- \mu) \Lambda) = 0 を得,適当なスカラー c'' を用いて

a = \frac{c'}{\lambda - \mu} \Lambda + c'' M, \quad M := (\mu^n)_{n \in \mathbb Z}

と表すことができました.

これらの式変形は,多項式環でも確かめてみてください.

おわりに

(正規形線形斉次)漸化式は,多項式環の微分演算子によって完全に記述することができます.

これは,多項式環が Heisenberg 代数の Verma 表現と呼ばれる表現の既約成分であることに由来する,一般的な現象です.
漸化式に限らず,問題を Verma 表現の既約成分に帰着できることは結構多くあります.

みなさんもぜひ表現論を活用して遊んでみてください.

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