マスク回折パターンシミュレータ「Maskulator」を使ってみた
天体写真の撮影準備の際、フォーカスを合わせる目的でバーティノフマスクをレンズに装着しています。この回折像を事前にシミュレートできる Maskulator の使用方法の紹介です。
バーティノフマスクについて
バーティノフマスク (Bahtinov mask) は天体望遠鏡やカメラのフォーカスを合わせるための道具です。形状はレンズの対物側に装着するものです。レンズカバーのようにレンズの口径に合わせて装着するタイプのものから、レンズフィルタのように覆うタイプのものがあります。
バーティノフマスクを使う理由
マスクをレンズに装着することで、カメラにはその回折像(フラウンホーファー回折)が写ります。バーティノフマスクの場合、点光源にフォーカスが合うと3本の光芒(スパイク)が正しい位置に出現します。逆に言うと、バーティノフマスクを装着して3本の光芒が正しい位置に出現しているのならばフォーカスが合っているということです。
現代のほとんどのデジタル式カメラとレンズにはオートフォーカス機構が内蔵されており、撮影者がシャッターボタンを軽く押すだけで自動的に合焦処理が行われます。しかし天体写真のように極端に露出が低い被写体に対してはオートフォーカスはうまく機能しません。その場合はマニュアルフォーカスに切り替えて撮影者が手動でフォーカスを合わせる必要があります。
もちろん、マスクなしでフォーカスを合わせることも可能です。しかしこのフォーカス合わせをより簡単に、フォーカスが合っていることを視覚的に確認できるようにするための道具がバーティノフマスクなのです。
バーティノフマスクを装着し、オリオン大星雲付近を実際に試写した画像が上記になります。天体の光から光芒が伸びていますが、光芒の中央がやや右にずれているため、フォーカスもまたわずかにずれているのがわかります。
ちなみに、バーティノフマスク以外にもフォーカスを合わせる目的で使われる著名なマスクに キャリーマスク と ハルトマンマスク があります。
Maskulator
マスク回折パターンをシミュレートするソフトウェアが Maskulator です。バーティノフマスクはもちろん、その他様々なマスクについてシミュレートができ、細かな設定ができることが特徴です。
64bit環境での動作について
Maskulator は64bit環境でも動作しますが、同梱されているDLLが64bitに対応しておらず、うまくプログラムが動作しません。以下の方法で 64bit 対応のDLLを導入してください。
- ftp://ftp.fftw.org/pub/fftw/fftw-3.2.2-dll64.zip をダウンロードする
- zipファイルに入っている libfftw3f-3.dll を、Maskulator のプログラム(fresnel.exe)と同じフォルダにある libfftw3f-3.dll に上書きする
使い方
「Load mask」ボタンでシミュレート対称のマスク画像を選択します。「calculate」ボタンを押すと計算が開始されてシミュレート結果が表示されます。
シミュレート結果の保存は「save」ボタン、フォーカスを連続で変えて動画として保存する場合は「save as AVI」ボタンを押します。
残念ながらこのプログラムはマルチスレッドには対応しておらず、動画の出力には時間がかかります。気長にお待ちください。
各設定項目について
設定項目を上から順番に解説していきます。
表示名 | 説明 |
---|---|
annotation | シミュレート結果画像に各種設定値のテキストを載せるか |
matrix size N | シミュレートに使う行列のサイズ。この数値は画像の縦横サイズ(px)と同じになります。256 以上の数字で 2 のべき乗以外も指定可 |
aperture D | レンズの口径。単位はメートル(m) |
focal length f | レンズの焦点距離。単位はメートル(m) |
Barlow magnification | バローレンズの倍率。この倍率と focal length f の値の乗算値が最終的にシミュレートで使われる焦点距離になる。範囲は 0.3 ~ 10.0 |
Wavelengths | シミュレート範囲の波長。単位はナノメートル(nm)。start から stop までの波長を steps の数だけ分割してシミュレートを行う。steps の数が多いほど結果の品質が上がる |
Defocus | フォーカスがどれだけずれているか。単位はマイクロメートル(μm) |
Brightness | 結果画像の明るさ |
以下は動画の設定項目です。
表示名 | 説明 |
---|---|
number of AVI frames | 出力する際の画像の枚数 |
frame rate | フレームレート。単位は fps |
Defocus | フォーカスのずれの開始値と終了値 |
マスク画像の生成
シミュレートに使えるマスク画像は正方形かつ白黒2値の画像です。より簡単にマスク画像を生成するプログラムも公開されています。参考にしてください。
- AstroJargon Mask Generator
https://github.com/FarmerDave/AstroJargon
余談: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の撮像画像の再現
2021年末に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡ですが、2022年3月17日(現地時刻)に NASA が主鏡のアライメント評価のために撮影された画像を公開しました[1]。
この画像には中央の天体から伸びる特徴的な光芒が写っており、おそらく副鏡の支持アームが主鏡に映った像がマスク画像のような役割を果たして回折を起こしているのだろうと推測しました。
そこで、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が「自撮り」した画像[1:1]から Maskulator で読み込めるマスク画像を作り、読み込んでシミュレートしてみます。アライメント評価の画像を見ると遠方の銀河が確認できるため、フォーカスはひとまず合っていると仮定します。
シミュレート結果が上記になります。左の元画像に対し、右のシミュレート結果では特徴的な6本の大きな光芒、そして水平に伸びる細い光芒の再現ができました。
追記: 公式による解説
2022年7月7日(EDT)に光芒が生じる理由の公式解説画像が公開されました。上記では「副鏡の支持アームが主鏡に映った像」と書きましたが、実際にはそれに加えて主鏡のハニカム形状も影響しています。シミュレート画像にはどちらも反映されています。
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NASA’s Webb Reaches Alignment Milestone, Optics Working Successfully https://www.nasa.gov/press-release/nasa-s-webb-reaches-alignment-milestone-optics-working-successfully ↩︎ ↩︎
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