Open2

霧虎(キリコ)

Nakohama80Nakohama80

➖霧虎(キリコ)➖

深い森の奥に、一頭の虎がいた。その虎は黄金色の美しい毛皮を持ち、青く光る瞳で闇の中でも獲物を正確に捉えた。しかし、その虎には一つだけ、他の虎とは異なる特徴があった。それは、自分の姿を自由に変えることができるという能力だった。

その虎は、自分の姿をまるで霧のように揺らがせ、影のように消えてみせた。森に住む他の動物たちは、その虎を畏れ敬い、「霧虎(キリコ)」と呼んでいた。霧虎(キリコ)は、自らの姿を変え、まるで何も存在しないかのように振る舞うことで、獲物を油断させて捕らえていたのだった。

ある日、霧虎(キリコ)は、ふと森の外を訪れることを思い立った。森の向こうには、人々が住む小さな村があった。霧虎(キリコ)は姿を隠しながら村をうかがい、その様子を観察した。そこで見つけたのは、一人の若者だった。若者は村の広場で、何やら黄金色に輝く紙切れのようなものを手にしていた。それは村中の人々に注目され、若者が手に持つ度に人々は目を輝かせ、その紙切れを欲しがるように手を伸ばした。

若者がその紙切れを高く掲げるたびに、村人たちの目が奪われ、判断を失ったかのように手元の財産を差し出してしまう光景を見て、霧虎(キリコ)は奇妙な感覚を覚えた。彼らはその黄金色の紙切れに価値があると信じて疑わず、自分たちの生活に必要なものを次々と差し出していった。その様子が、霧虎(キリコ)には、まるで自分が霧のように消えた姿に動物たちが惑わされるときと似ているように思えた。

霧虎(キリコ)は、その「黄金色の紙切れ」が何を意味するのか理解しなかったが、人々がその紙切れに対してなぜこれほどまでに執着するのかに強い興味を抱いた。そして、自分の毛皮と似た色合いを持つその紙に魅了された霧虎(キリコ)は、その黄金色の紙切れに変化して村の人々の間に紛れ込んだ。村人たちは、霧虎(キリコ)の化けた金色の紙切れを手に入れ、とても喜んだ。

ある日、その霧虎(キリコ)の化けた紙切れが村の市場で取引される場面が訪れた。出来心からか複数の人々が同時に紙切れを掴み取ろうとした。そして、その争奪戦は次第に激しさを増していった。この混乱の中で、紙切れは村人たちによって引っ張られ、破れ、最終的には完全に引き裂かれてしまった。

そして、黄金色の紙切れが引き裂かれる瞬間、獣が出した悲痛な咆哮が聞こえたかと思うと、たちまち霧散して山の方へと飛んで行ったのを村人は見聞した。村人たちは突然の出来事に混乱し、何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていた。彼らの手に残されたのは、数本の虎の毛だけ。それぞれの手に握られた虎の毛からは、かつての輝きは消え、もはや無価値なただの糸くずのようであった。