🫶

アジャイルが育む心理的資本

に公開

はじめに

こんにちは。業務共通開発部の中田です。
アジャイルの価値と聞くと、多くの方がまず思い浮かべるのは「真に必要なものを作れること」や「動くものを早く届けられること」ではないでしょうか。もちろんそれらはアジャイルの大きなメリットです。ただ今回はもう少し別の側面について記述していこうと思います。

アジャイルがもたらす価値のもう一つの側面は、人とチームに前向きに挑戦し続ける力が備わり、より成長を加速させることができることです。新しい挑戦を恐れずに取り組み、失敗から学び、次に活かせる力をチームが獲得していく。ここにも、アジャイルを行う意味があります。その成長を支えるキーワードが「心理的資本(Psychological Capital)」です。

心理的資本とは

心理的資本は一言でまとめると「人が前向きに挑み続ける力」です。米国ネブラスカ大学名誉教授で、経営学の研究者としても知られるフレッド・ルーサンス氏(Fred Luthans) を中心に2002年ごろに提唱されたものです。[1]

心理的資本は以下の4つの要素で構成されており、その頭文字をとって「HERO」と呼ばれたりもしています。
以下はHEROの各要素を要約したものです。[1:1]

  • Hope(意志と経路の力):目標を実現したいという意志と、それを達成する道筋を描ける力
  • Efficacy(自信と信頼の力):自分にはできるという自己効力感と、自分を信じて行動できる力
  • Resilience(乗り越える力):困難やストレスから立ち直り、挑み続ける力
  • Optimism(柔軟な楽観力):現実を前向きに受け止め、柔軟に捉え直し未来を肯定できる力

特徴としてこれらは先天性の性格的な資質ではなく、実践の中で高めたり鍛えたりできる資源とされています。つまりアジャイルのプラクティスを通じて、チームはこれらを日々の活動の中で育んでいくことができるということです。

心理的資本が注目されている背景

心理的資本という考え方は、もともとポジティブ心理学の流れを受けて生まれました。人は単に「欠点を改善する存在」ではなく、「強みやポジティブな資源を活かすことでより成果を発揮できる」という視点です。この考え方は経営学や組織開発の分野にも広がり、「成果を出し続ける人やチームの特徴は何か」という問いに対する答えの一つとして研究されてきました。[2]

そうした流れの中で、人材マネジメントの領域でも「資本」という言葉で人や組織を捉えるアプローチが進んできています。

  • 1 人的資本(Human Capital)
    • 知識・スキル・経験といった、個人が持つ能力
  • 2 社会的資本(Social Capital)
    • 信頼・ネットワーク・人とのつながり
  • 3 心理的資本(Psychological Capital)
    • 希望や自信、回復力、楽観性といった、前向きに挑み続けるための内面的な力[2:1]

つまり、知識やスキル(人的資本)やつながり(社会的資本)があっても、本人が「できる」「やれる」「また挑戦できる」と思えなければ力は発揮されません。その意味で、心理的資本は現代の不確実性の高い社会において特に重要視されてきています。

私自身、このテーマを考えるきっかけとなったのは、市谷聡啓さんによる「なぜ、アジャイルなのか?」をテーマにしたセミナーでした。そこで語られた「アジャイルのプラクティスが心理的資本を生み出す」という視点に強く共感し、自分たちの現場に当てはめて考えてみようと思いました。

アジャイルのプラクティスと心理的資本

では実際にアジャイルのプラクティスと心理的資本が生み出される過程を見ていきます。

Hope(意志と経路の力)

スプリントゴールを自分たちで設定し、そこに向けてチームでコミットする過程にHopeは生まれているのではないかと思います。
短いサイクルでのゴール設定なので、より具体的な目標を描くことができ、小さな成果を積み重ねることで「確かに前に進んでいる」という実感が得られます。これはチームの推進力にもつながります。
さらに、そのゴールを自分たち自身の意思で決めているという点も重要です。他者から与えられた目標ではなく、自分たちで設定した目標だからこそ、たとえ壁に直面しても「どうすれば乗り越えられるか」を考える主体性が生まれます。その姿勢こそがHopeを強め、チームが次の一歩を踏み出す力になります。

Efficacy(自信と信頼の力)

アジャイルのチームは自己組織化を前提とし、自分たちで計画を立て、意思決定を行い、実際に成果を出すことを目指します。少しHopeと似ていますがこの「自分たちで決めて、自分たちでやり遂げた」という経験の積み重ねこそがEfficacyを育むと思います。
小さなタスクの完了やスプリントごとの成果が「自分たちはやれる」という確かな感覚につながり、次の挑戦に向かう自信となります。さらに、仲間の働きを間近で見ることで「このチームならできる」という信頼も強まります。

Resilience(乗り越える力)

どんなチームも計画どおりにいかない瞬間、障害や失敗に直面します。しかしアジャイルには、そうした出来事を学びに変える仕組みとしてレトロスペクティブ(振り返り)が組み込まれています。
レトロスペクティブでは、失敗を「誰かを責める材料」ではなく「次の改善の種」として扱います。また成功の要因を具体化し、更なる成長へと繋げます。そのプロセスの中で、チームは困難を前向きに受け止め、立ち直る力(Resilience)を養えるのではないかと思います。
さらに短いスプリントサイクルのおかげで、失敗から次の試みに移るスピードが速いのも特徴です。「失敗してもすぐまた次がある」という安心感が、挑戦を続けるハードルを下げてくれます。たとえば、半年~一年といった長期的な取り組みで失敗した場合、「もう一度同じ規模の挑戦をする」には大きなエネルギーが必要になります。一方でスプリントのような短いサイクルであれば、失敗を振り返り、すぐに次のアクションへと繋げることはそれほど難しくありません。振り返りと改善の距離が近いことで、失敗が「大きな挫折」ではなく「次の改善への材料」として扱えるようになります。

Optimism(柔軟な楽観力)

アジャイルにおけるOptimismは、起きた出来事をポジティブに捉え直す柔軟さを養うことで生まれてくると思います。
例えば、計画変更や方向転換が必要になったとき、それを「失敗」とみなすのではなく「適応のチャンス」と捉えるようになります。この思考習慣を繰り返すことで、変化を恐れるのではなく前向きに受け入れられるようになります。またResilience同様にレトロスペクティブの場で、課題や反省を「次の改善の種」として扱います。
こうした積み重ねによって「たとえ課題があっても必ず改善できる」「次はもっと良くなる」という健全な楽観性がチームに根づいていきます。

ここでは4つの力をそれぞれ個別のプラクティスに結びつけて説明しましたが、実際にはこれらは複雑に関係し合いながら育まれるものです。そして、それは特定のイベントや活動に限られるのではなく、日々のあらゆる実践の積み重ねの中で醸成されていくのだと考えています。

心理的資本はアジャイルの成果である

前半で示した通り、心理的資本は先天的に決まっている性格ではなく、実践を通じて鍛えたり高めたりできる資源です。ただし、一朝一夕に意図的に作り上げられるものではありません。アジャイルのプロセスを継続的に回し続けることで、チームの中に蓄積されていくことができます。
これは単なる副産物ではなく、アジャイルを実践することによって得られる重要な成果の一つではないかと私は考えています。心理的資本が高まることで、個人・チームがより成長し、それが組織に波及していくのではないでしょうか。

まとめ

心理的資本は、知識やスキルといった人的資本や、人とのつながりである社会的資本を活かすための土台となる力です。そして、アジャイルのプラクティスを通じてそれを育みやすい環境をつくることができます。

Hope・Efficacy・Resilience・Optimism、これらがチームの中に積み重なっていくことで、人もチームも組織も持続的に成長できるのではないでしょうか。アジャイルの本当の価値は、プロダクトの成果にとどまらず、こうした「人の成長」を支える点にもあると感じています。

脚注
  1. Luthans, Fred; Luthans, Kyle W.; Luthans, Brett C. “Positive psychological capital: Beyond human and social capital.” Business Horizons. 2004. DigitalCommons@University of Nebraska – Lincoln. https://digitalcommons.unl.edu/managementfacpub/145/, 参照:2025-09-19. ↩︎ ↩︎

  2. 日本能率協会マネジメントセンター編集部.“心理的資本とは?4つの要素「HERO」や効果を解説!”.JMAM コラム.2024-12-04.https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0091-shinriteki-shihon.html, 参照:2025-09-29. ↩︎ ↩︎

Discussion