排他制御のためだけに Redis 渋々使ってませんか?データベース単独でアドバイザリーロックできるよ!
トランザクション分離レベルについての教養があったほうがこの記事の内容を理解しやすいため,必要に応じてまず以下を参照されたい。
背景
以前, Qiita で以下の記事を投稿した。今回の議題に直接的な関係はないが,関連している部分があるため引用する。
MySQL/Postgres とも,
- MVCC アーキテクチャの恩恵で,
SELECT
とUPDATE
は基本的には競合しない。- 単一レコードのシンプルな
UPDATE
でも排他ロックされ,排他ロック中のレコードへのUPDATE
での変更操作は トランザクション分離レベルによらず ブロックされる。UPDATE
文に含まれるWHERE
句での検索もブロックされ,これはブロックされないSELECT
による検索とは別扱いになる。- 但し
UPDATE
文のWHERE
句上で,更新対象をサブクエリのSELECT
から自己参照している場合は例外。トランザクション分離レベルをREPEATABLE READ
以上にして,競合エラーからの復帰処理を書かなければならない。Postgres に関しては,
REPEATABLE READ
以上では, MySQL よりも積極的・予防的に競合エラーを起こすようになっている。上記のようにWHERE
句に含まれるサブクエリのSELECT
から自己参照が発生しない場合,READ COMMITTED
にしておくのが最適解。
両データベースとも,書き込み処理競合時, REPEATABLE READ
ではデッドロックを含むエラーが発生する前提の設計になっており,リトライすることが求められる。一方でエラーを絶対に回避したい場合は,
分離レベルを下げ、ギャップロックを無効化することでデッドロックを回避できたものの、
SELECT...FOR UPDATE
句の取得結果がNULL
であった場合にロックがかけられない(ロックする行がない)
とあるように, 更新時は READ COMMITTED
でロッキングリードしておくことで対応できるものの, 新規作成時には(先行者のコミット完了まで)ロックする行が存在しない ことで後続者が素通りしてしまう問題がある。
そこで,新規作成を考慮しなければならない操作対象のリソースの代わりに,存在が保証されている別のリソースをロックするルールにしよう,という戦略を取ることができる。これは アドバイザリーロック(勧告的ロック) と呼ばれている。
アドバイザリーロックの実装手段
引用した記事では, users
というユーザ情報を格納する汎用的なテーブルをアドバイザリーロックのために使用していた。ところがコメント欄でも指摘があるように,汎用的なテーブルをアドバイザリーロックに流用すると,アプリケーション実装者の
「とりあえず users
テーブルをロックしておこう!」
という愚行により, 「特定ユーザに関連してはいるものの内容的には全く関係のない処理」を無駄に待機させてしまう ことが起こるかもしれない。そのため,以下のような対応を取らなければならない。
- ロック専用テーブルを予め作っておく
- 新規作成してもアドバイザリーロックできる何らかの手段を使う
また,アドバイザリーロックのライフサイクルとして,以下の 2 つの場合があり得る。
- 単一のセッション・トランザクション内で完結する場合
- 複数のセッション・トランザクション上にまたがる場合
これらに着目しながら,各方式を検討していく。
データベース組み込みのアドバイザリーロック関数
観点 | 要求を満たすか |
---|---|
特定 ID を対象としたロック | ✅ |
耐障害性 | ✅ |
クライアントの分散 | ✅ |
セッションを超えての継続 | ❌ |
これが今回最もおすすめしたい方法。
Postgres の場合
関数 | ロックのスコープ | 競合時の挙動 |
---|---|---|
pg_advisory_lock |
セッション | 待機 |
pg_try_advisory_lock |
セッション | 失敗 |
pg_advisory_xact_lock |
トランザクション | 待機 |
pg_try_advisory_xact_lock |
トランザクション | 失敗 |
pg_try_advisory_xact_lock
は,トランザクション開始直後に使用し,解放はトランザクションの終了に任せるという使い方をする。
BEGIN;
-- ロックの可否を取得
SELECT pg_try_advisory_xact_lock(...);
-- true で成功したときだけ処理を続行
-- ...
-- ...
COMMIT;
以下の理由から,この中では pg_try_advisory_xact_lock
が最も使い勝手がよいと考えられる。
- トランザクションがコミットまたはロールバックされて消滅したとき,自動的にロックが解放されるのはありがたい。
- ロックを待機し続けるよりも,ロックに失敗したときに潔く諦めてエラーを返すほうが負荷がかかりにくい。
ところで,関数のシグネチャは以下のようになっている。
pg_try_advisory_xact_lock(key bigint): boolean
pg_try_advisory_xact_lock(key1 integer, key2 integer): boolean
「あれ…文字列渡したいんだけど…?」
文字列を受け取るようにし, Postgres 側がハッシュ化した値をキーにして管理してくれてもいいような気はするが,最小限と割り切ってこのような実装になっているのだろうか?
こちらの回答に従って, 2 つの使い方を示す。
SELECT pg_try_advisory_xact_lock(hashtext('任意の文字列'));
SELECT pg_try_advisory_xact_lock('テーブル名'::regclass::integer, 主キーの整数);
-
hashtext()
で 任意文字列に対応する符号付き 64 ビット整数 が取得できるため,必要な情報を全て文字列内に含ませてからハッシュ化した結果を引数として取ることができる。- 汎用性が高いが,衝突が発生する可能性がある。しかし,衝突が発生してもロック取得に失敗する程度であるため,エラー対応処理が書かれていればさほど問題はない。
-
::regclass::integer
で テーブルに対応する一意な符号なし 32 ビット整数 が取得できるため,これをそのまま第 1 引数に取ることができる。
総評: 唯一,セッション・トランザクション内でしかロックを維持できないという欠点を持つが,その範囲の実装でよければ最も優れた選択肢となる。
MySQL の場合
Postgres の特権だと思われたが,なんと MySQL にも存在していた。バージョン 5.7 から使えるようだ。
関数 | ロックのスコープ | 競合時の挙動 |
---|---|---|
GET_LOCK |
セッション | 指定秒数待機 タイムアウトで失敗 |
// 成功時に 1, タイムアウトで 0, エラーで NULL
GET_LOCK(str text, timeout integer): ?integer
最初から文字列を受け取れるぶん Postgres より利便性は高い。しかし, トランザクション終了時に自動解放する手段が無い ため, RELEASE_LOCK()
による明示的なロック開放処理を忘れてはならない。また文字列長が 64 文字 に制限されていることに注意。
Redis
観点 | 要求を満たすか |
---|---|
特定 ID を対象としたロック | ✅ |
耐障害性 | 🔺 プロセスが落ちると消える レプリカがあっても伝播にリスクあり 分散ロックアルゴリズムが必要 |
クライアントの分散 | ✅ |
セッションを超えての継続 | ✅ |
排他制御といえば Redis!
…筆者もそう思っていたが,ここにきて認識が揺らいでいる。今まで Redis が落ちない前提で SET
を使った処理を書いていたが,どうやらそこまで安全とは言えないようだ。
まず最もオーソドックスな,シンプルに SET
命令を使う方法を解説する。既に紹介したデータベースのアドバイザリーロック関数を使う方法と異なり, 有効期限を設定してセッションを超えた継続 が可能になっている点がポイント。
オプション | 解説 |
---|---|
NX |
存在しない場合のみ作成 を実現できる。返り値は作成した場合は "OK" ,しなかった場合は (nil) となるので,この結果を見ることでロックを取得出来たかどうかの区別ができる。 |
EX |
タイムアウトを設定できる。クライアントが意図せずクラッシュしたときのため,一定時間経過で自動回復出来るようにしておいたほうが無難。 |
// 新規ロック取得時
SET キー "所有者" NX EX タイムアウト秒数
// 復帰時 (取得後, 所有者が自分かどうか確認する)
GET キー
// 終了時
DEL キー
Redis において非常によく見られる使い方ではある。しかしこれで万端かと思いきや, レプリカへの伝播失敗でロック情報が消失するケースがある という。
対処法として RedLock という,複数ノードを用いた分散ロックアルゴリズムが紹介されている。自前で書くのは骨が折れるため,ライブラリを使いたいところ。
総評: 汎用性が高いが,厳密に安全性を考えると RedLock などのアルゴリズムに基づいた冗長化が必要になり,ややコストが高い。但し,AWS の場合は ElastiCache の代わりに MemoryDB を使えば解決する。また,将来的に RedisRaft が正式導入されればオープンソースな Redis でも解決できるようになる可能性がある。
OS のファイルロック
観点 | 要求を満たすか |
---|---|
特定 ID を対象としたロック | 🔺 クリーンアップにダウンタイムを設ける必要あり |
耐障害性 | 🔺 ストレージが 1 箇所 |
クライアントの分散 | ❌ ストレージが 1 箇所 |
セッションを超えての継続 | ✅ |
古くからよく使われていた手法であるが,ファイルを 1 箇所で管理する都合上,クライアントを分散できないため,あまり商業案件での実用性は無い。個人の VPS で分散させずに小規模に運用する場合には依然として使える場合もある。
ファイルのロックに使う flock
関数はまさにアドバイザリーロックを提供するものであり,ファイルの編集以外にも流用することができる。更に,ファイルの更新日時やファイルの中身を追加の情報ソースとして利用でき,有効期限等も設定することができるため,自由度は高い部分もある。但し,ダウンタイム無しの ファイルのクリーンアップ処理が難しい という大きな欠点を持つ。そのため,クリーンアップ処理が不要な,特定の ID に依存しない排他制御にしか適用が困難である。
総評: 過去の遺物
ロック専用テーブル
観点 | 要求を満たすか |
---|---|
特定 ID を対象としたロック | 🔺 排他制御したい単位の個数分のインサートが必要 |
耐障害性 | ✅ |
クライアントの分散 | ✅ |
セッションを超えての継続 | ✅ |
CREATE TABLE mutex(
key varchar(64) PRIMARY KEY
);
-- ユーザ 1 人ごとに, 注文操作は重複してできないようにする
INSERT INTO users(id, name) VALUES ('U1', 'Bob'), ('U2', 'Alice');
INSERT INTO mutex(key) VALUES ('user:U1:order'), ('user:U2:order');
このように準備しておいた上で,以下のように SELECT ... FOR UPDATE
を利用する。この際ロックタイムアウトを適切に設定するか,あるいは即時失敗で十分な場合は以下のように NOWAIT
を設定するとよい。
BEGIN;
-- ロックの可否を取得
SELECT * FROM mutex WHERE key = 'user:U1:order' FOR UPDATE NOWAIT;
-- ロックレコードを取得成功したときだけ処理を続行
-- ...
-- ...
COMMIT;
ロックしたい単位でレコードを事前準備しておく必要性がある点以外は取り立てて問題はない。また応用として,以下のようにセッションを超えた継続を実現することもできる。
-- Postgres
CREATE TABLE mutex(
key varchar(64) PRIMARY KEY,
owner varchar(64) NOT NULL, -- 所有者
expires_at TIMESTAMPTZ NOT NULL DEFAULT '1970-01-01 00:00:00' -- ロックの有効期限
);
-- MySQL
CREATE TABLE mutex(
`key` varchar(64) PRIMARY KEY,
owner varchar(64) NOT NULL, -- 所有者
expires_at datetime NOT NULL DEFAULT '1970-01-01 00:00:00' -- ロックの有効期限
);
BEGIN;
-- ロックの可否を取得
-- 取得できた場合, expires_at を更新
WITH m AS (
SELECT key FROM mutex
WHERE key = 'user:U1:order'
AND (
owner = '所有者' -- 所有者自身による引き継ぎ
OR expires_at < NOW() -- ロックの有効期限が切れた
)
FOR UPDATE NOWAIT
)
UPDATE mutex SET owner = '所有者', expires_at = ...
WHERE key = (SELECT key FROM m);
-- UPDATE が作用したときだけ処理を続行
-- ...
-- ...
COMMIT;
総評: 最も堅実な手段ではあるが,ロック用のレコードを予め据えておくのがとにかく億劫。
応用集
Postgres でロックタイムアウトを利用する
Postgres は MySQL のようにアドバイザリーロック関数上で直接ロックタイムアウトを設定する手段を提供していないが,以下のようなラッパー関数を作ることで対応可能となる。 lock_timeout
という汎用的な設定値があるが,これは アドバイザリーロックのタイムアウト制御にも作用する。
CREATE OR REPLACE FUNCTION pg_try_advisory_lock_with_timeout(key bigint, lock_timeout_value text) RETURNS boolean
SET lock_timeout FROM CURRENT
AS $$
BEGIN
EXECUTE format('SET lock_timeout TO %L;', lock_timeout_value);
PERFORM pg_advisory_lock(key);
RETURN true;
EXCEPTION
WHEN lock_not_available OR deadlock_detected THEN RETURN false;
END;
$$ LANGUAGE plpgsql;
CREATE OR REPLACE FUNCTION pg_try_advisory_xact_lock_with_timeout(key bigint, lock_timeout_value text) RETURNS boolean
SET lock_timeout FROM CURRENT
AS $$
BEGIN
EXECUTE format('SET LOCAL lock_timeout TO %L;', lock_timeout_value);
PERFORM pg_advisory_xact_lock(key);
RETURN true;
EXCEPTION
WHEN lock_not_available OR deadlock_detected THEN RETURN false;
END;
$$ LANGUAGE plpgsql;
なおプログラム上から一時的な関数として作成したい場合は, このように pg_temp
スキーマ上に作るとよい。
アドバイザリーロック関数 + テーブルでのロック情報保持
- アドバイザリーロック関数の「セッション越えを出来ない」という弱点
- ロック専用テーブルの「予めレコードを用意しておく必要がある」という弱点
を両方とも克服する手法。 以下に Postgres を想定して記述するが, MySQL でもほぼ同様である。
BEGIN;
-- 空振りを防ぐためのアドバイザリーロック
-- 成功したときだけ続行
SELECT pg_try_advisory_xact_lock('user:U1:order');
WITH
m_all AS (
SELECT * FROM mutex
WHERE key = 'user:U1:order'
FOR UPDATE NOWAIT -- アドバイザリーロックをしているので必須ではないが,一応付けておく
),
-- 「古いロック」または「引き継ぎ可能なロック」に該当するもの
m_stale AS (
SELECT * FROM m_all
WHERE (
owner = '所有者' -- 所有者自身による引き継ぎ
OR expires_at < NOW() -- ロックの有効期限が切れた
)
)
INSERT mutex(key, owner, expires_at)
SELECT 'user:U1:order', '所有者', ...
WHERE NOT EXISTS(SELECT * FROM m_all) -- ロックが存在せず新規作成される場合
OR EXISTS(SELECT * FROM m_stale) -- 古いロックまたは引き継ぎ可能なロックが残っている場合
ON CONFLICT(key) DO UPDATE
SET owner = EXCLUDED.owner, expires_at = EXCLUDED.expires_at
RETURNING *;
-- INSERT または UPDATE が作用したときだけ処理を続行
-- ...
-- ...
COMMIT;
INSERT
+ テーブルでのロック情報保持
空打ちでエラー回避できる -- Postgres
INSERT INTO mutex(`key`, owner, expires_at)
VALUES ('user:U1:order', '所有者', ...)
ON CONFLICT(key) DO NOTHING;
-- MySQL
INSERT INTO mutex(`key`, owner, expires_at)
VALUES ('user:U1:order', '所有者', ...)
ON DUPLICATE KEY UPDATE `key` = VALUES(`key`);
こちらで紹介されているテクニック。一見 MySQL 専用かと思いきや, Postgres は INSERT IGNORE
よりもお行儀のいい ON CONFLICT(key) DO NOTHING
を備えているため,バッドノウハウっぽい書き方をしなくても達成できる。
大きな欠点として, INSERT
でブロッキングが発生する 点が挙げられる。そのため,後続の SELECT ... FOR UPDATE
に NOWAIT
をつけても意味がない。ノンブロッキングに処理できないため,この方法はあまり推奨されない。
以下は MySQL の例
BEGIN;
-- ON DUPLICATE KEY UPDATE で意味のない更新を書くバッドノウハウ
INSERT INTO mutex(`key`, owner, expires_at)
VALUES ('user:U1:order', '所有者', ...)
ON DUPLICATE KEY UPDATE `key` = VALUES(`key`);
-- ロックの可否を取得
-- 取得できた場合, expires_at を更新
WITH m AS (
SELECT `key` FROM mutex
WHERE `key` = 'user:U1:order'
AND (
owner = '所有者' -- 所有者自身による引き継ぎ
OR expires_at < NOW() -- ロックの有効期限が切れた
)
FOR UPDATE
)
UPDATE mutex SET owner = '所有者', expires_at = ...
WHERE `key` = (SELECT `key` FROM m);
-- UPDATE が作用したときだけ処理を続行
-- ...
-- ...
COMMIT;
まとめ
基本はアドバイザリーロック関数で済ませるとよい
それぞれの関数には癖があるので,特性を再確認しておく。
-- Postgres
SELECT pg_try_advisory_xact_lock(hashtext('任意の文字列'));
-- MySQL
SELECT GET_LOCK('任意の文字列', タイムアウト);
セッションを越えてロックを保持したければ,ロック用テーブルを使う
まだレコードが存在していないときの空振り対策として,以下のいずれかを選択する。
- あらかじめレコードを埋めておく
- アドバイザリーロック関数を併用する
但し AWS の場合は, MemoryDB の採用を検討してもよい。
従来の Redis では満たせなかった強整合性・耐障害性を担保できているため,予算さえ許せば優秀な選択肢であると考えられる。
Discussion
↑だそうです!後ほど追記します
追記しました
作りました
後ほど記事訂正させていただきます