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BLEビーコンを用いた視覚障害者の単独徒歩移動支援システム構築の検討
概要
以下の課題を解決するシステムは構築可能か検討しました。
- 近所に信号機がなく、車の往来が多い交差点がある。歩道と車道の高さが同じで完全に平らなので、地面の段差から歩道と車道の境界を判別できない。
- 普段は勘で適当に歩いている。可能ならば横断歩道の手前で立ち止まり、ゆっくりと渡りたい。
- 車の往来が多いものの幹線道路ではない。優先度が低いため、直近で点字ブロック設置の予定はないらしい。
実現したかったもの
Apple AirTagあるいは市販のBluetoothビーコンを用いて交差点に接近していることを判別するシステムの構築を検討しました。ビーコンは道路標識や電柱に設置する想定です。そのビーコンがハッスルアドバタイズ信号をスマートフォンで受信して、接近を通知します。
検討の結果、システムの実現は困難と判断しました。設置が許可されないといった社会的な理由ではなく、技術的な理由によるものです。
参考書籍
システム構築の検討にあたって、以下の書籍がとても参考になりましたので先に紹介します。
- ハードウェアの知識と電波利用に関連する法令の知識が不足していたため、こちらの書籍は参考になりました。特に実測データに基づいた説明はハードウェア剪定の指針として非常に参考になりました。
- 今回はシステムの構築を断念しましたが、実現の目処が立った場合は警察に指示を仰ぐ予定でした。普段は警察と全く関わりがない健全な人生を歩んでいるため、手がかりとして参考になりました。
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Apple AirTag Reverse Engineering - Adam Catley
- 書籍ではなくWebサイトですが、AirTagのハードウェア構成を知るのに参考になりました。市販のBluetoothタグと比較すると割高と思われがちですが、AirTagの性能と品質を考慮すると妥当な価格と感じるようになりました。
システム構築検討メモ
(案1)Apple AirTag
Apple AirTagを防水・防塵のケースに封入し、道路交通標識のポールに紐で巻き付けて設置する。
利点
- 市販品をそのまま利用するため、技術基準適合証明あるいは工事設計認証の認定が不要。
- Apple AirTagは2021年の発表以来安定して販売が継続している。設置後にトラブルが発生した場合も、交換機を容易に入手できるため安定した運用が期待できる。
- 通信にBluetoothではなくUWBを用いるため、目標地点までの距離がcm単位で正確に得られる。また、BLEビーコンと異なり電波が発信された方向も得られる。
- Bluetoothと比較するとUWBが使用する帯域の電波は雨や雪による反射・減衰が小さい。屋外の設置に適している。
欠点
- Appleが想定した使い方ではないため予期しない動作をする恐れがある。例えばAirTagを設置した場所の近くにApple製品のユーザーが住んでいる場合、不審なAirTag警告機能が働く恐れがある。
- 盗難の恐れがある。記事投稿時点でAirTagは単品で4,000円ほどの価値があり、設置されている装置の中身がAirTagと気づかれた場合に盗まれる恐れがある。
- AirTagのファームウェアを自由にカスタマイズできない。ブザー機能を切ったり、アドバタイズ信号の間隔を広げて電池寿命を伸ばしたり、といったカスタマイズは不可能。
- サードパーティー向けのAirTag APIが提供されていない。純正の探すアプリのように、距離と方向をリアルタイムに取得する手段がない。(Nearby Interactionフレームワークを利用すればiPhone同志のUWB通信は可能)
- AirTagはiCloudアカウントに紐付けしなければ利用できない。記事投稿時点で登録できるAirTagの個数は最大16個に制限されている。設置箇所を無制限に増やすことができない。
- 個人のiCloudアカウントに紐付けされるため、AirTagを複数人で共有できない。他の視覚障害者は設置されているAirTagを活用できない。
- AirTagのUWBはApple製品との連携しか考慮されていない。Androidスマートフォンでは利用できない。
(案2)市販のBluetoothビーコン
市販のBluetoothビーコンを防水・防塵のケースに封入し、道路交通標識のポールに紐で巻き付けて設置する。
利点
- 市販品をそのまま利用するため、技術基準適合証明あるいは工事設計認証の認定が不要である可能性が高い。
- 価格が安い。類似品が多く、価格競争にさらされているため足並みを揃えて一斉に値上がりする恐れがない。
- Bluetoothセントラルのアプリケーションを自由に開発できる。iOSであればCore Bluetoothフレームワークが提供されているため開発は比較的容易。
欠点
- 品質のばらつきが大きい。特に価格が安くなるほど電源すら入らない粗悪品が多く流通しているため、良品の剪定にコストがかかる。
- 適切な認証を受けていないモジュールが搭載されている恐れがある。電波法に触れるモジュールが搭載されている場合は利用できない。
- 公表されている仕様を満たさない、あるいは仕様が間違っているため期待した動作をしない製品がある。
- AirTagと比較すると動作保証温度の幅が狭い製品が多い。特に温度の下限は劣る場合が多く、凍結に弱いものと思われる。
- 製品の安定した供給が期待できない。ユーザーからの評価が高く、かつ同じ仕様で3年以上販売が継続している製品を見つけられなかった。
- Bluetoothビーコンは距離の測定に受信電波強度(RSSI)を用いる。反射波の影響でRSSIが変動する現象(マルチパスフェージング)が避けられないため、精度の高い距離測定が困難。
- セキュリティの考慮が必要になる。例えばBluetooth Device Addressが固定の場合、ビーコンを設置した場所とBDアドレスの対応表を作ることが可能。設置場所を増やすとストーカー行為などに悪用される恐れがある。
BLEビーコン今後の展望
新しい標準規格であるBluetooth 6.0で従来より高精度な距離の測定が可能になる仕組みが追加されました。ただし、あくまで技術仕様が承認された段階であり、アプリケーションに組み込んで安定した運用ができるようになるには時間を要するものと想定されます。
GPSではダメなのか?
目的地に接近しているか判別する方法として、スマートフォンに搭載されたGPSを利用する方法が考えられます。残念ながらBluetoothビーコンより精度は劣るため、判定には利用できません。
事例紹介
ビーコンを活用して視覚障害者を誘導する試みをいくつか紹介します。
- 点字ブロックにBLEビーコンを埋め込んだ製品。主に屋内に設置されることを想定している。
- おもしろいが個人で気軽に購入して設置できるものではない。そもそも点字ブロックを勝手に設置できるなら記事の冒頭で説明した課題は解決できる。
- 高度化PICS信号機とよばれる信号機がある。BLE通信を用いてスマートフォンに信号の状態をリアルタイムで通知する仕組み。
- 信号機を製造している日本信号が「信GO!」とよばれるアプリをiOSとAndroidに提供している。
- 興味深い取り組みではあるけれど、現時点では設置場所が少なく、全国に広がるとは思えない。特に記事の冒頭で紹介した交差点は元から信号機がないので、新しくPICS信号機が設置される可能性は低い。
iOSアプリ実装の参考資料
おわりに
今後も車に轢かれませんようにと心の中で祈りながら歩いて行きます。
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