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【情報処理安全確保支援士】過去問解説: SHA-512/256の衝突耐性について解説

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令和7年春期 午前II 問3 に対する疑問

情報処理安全確保支援士の取得を目指す皆様、お疲れ様です。
早速ですが表題の問題について紹介します。

SHA-512/256は、SHA-512と同じアルゴリズムを用いるが、(中略) 得られたハッシュ値の左端から256ビットを取り出したものをハッシュ値とする。

(出典: 平成27年春期 午前Ⅱ 問3、https://www.sc-siken.com/kakomon/07_haru/am2_3.html )

これを読んだ瞬間、頭に浮かんだのは素朴な疑問です。
「単純に出力を短く切り詰めるだけ? それでは衝突のリスクが高まってしまうのではないか?」
この直感的な懸念は、ハッシュ関数の信頼性を評価する上で、実は非常に的を射ています。この記事では、この試験勉強で生まれた疑問を起点に、SHA-512/256の衝突耐性がなぜ「安全」だと断言できるのか、その技術的な根拠を丁寧に解き明かしていきます。

結論:SHA-512/256は「SHA-256と同等の安全性」を持つよう設計されている

過去問の記述だけを読めば、SHA-512の出力を切り詰めただけで、衝突耐性を損なっているのではないかと印象を受けるかもしれません。しかし、結論から言えば、SHA-512/256の衝突耐性は十分に強力です。

その理由は、このハッシュ関数が単なる「出力の切り捨て」ではない、という点にあります。SHA-512/256は、計算を開始する際の初期値(Initial Value, IV)が、SHA-512とは全く異なる専用の値に設定されているのです。

初期値は、ハッシュ計算全体の出発点です。ここが異なれば、たとえ計算プロセスが同じでも、最終的に得られる結果は全くの別物になります。これにより、SHA-512/256はSHA-512とは独立したハッシュ関数として振る舞います。そして、その衝突耐性レベルは、暗号学の世界で広く信頼されているSHA-256と完全に同等になるよう、意図的に設計されているのです。

大前提: なぜ「ハッシュの衝突」は致命的なリスクなのか

ここで、「衝突」がなぜセキュリティ上、致命的な問題となるのかを簡潔に再確認しておきましょう。「衝突」とは、異なる入力データから、全く同一のハッシュ値が生成されてしまう現象を指します。

攻撃者がこの衝突を意図的に生成できると、デジタル署名の偽造が可能になります。例えば、無害な契約書に署名させ、後から同じハッシュ値を持つ不正な契約書にその署名を使い回す、といった攻撃が成立します。

このように、衝突耐性の欠如は、データの完全性や認証といったセキュリティの根幹を揺るがしかねない、重大な脆弱性なのです。

安全性の物差し:「誕生日攻撃」と「2^{n/2}の壁」

ハッシュ関数の衝突耐性は、どのような物差しで測られるのでしょうか。その基準となるのが誕生日攻撃です。

これは確率論の「誕生日問題」に由来する考え方で、nビットの出力を持つハッシュ関数の衝突を発見するには、約2^{n/2}回の計算試行で50%以上の確率で成功するという理論です。

この「2n/2」という計算量が、事実上、そのハッシュ関数の安全限界を示します。この計算量が天文学的な数値となり、現実世界のいかなる計算機でも実行不可能であれば、そのハッシュ関数は「衝突耐性を有する」と評価されるのです。

各種SHA-2関数の衝突耐性を比較する

それでは、この「2^{n/2}の壁」を基準に、主要なSHA-2ハッシュ関数の安全性を比較してみましょう。

  • SHA-512
    • 出力長 (n): 512ビット
    • 衝突耐性レベル: 2512/2=2256
    • 2^{256}回の天文学的な計算量となっており十分に安全といえます。
  • SHA-256
    • 出力長 (n): 256ビット
    • 衝突耐性レベル: 2256/2=2128
    • 2^{128}という数値もまた、現代のコンピュータ技術では到達不可能な計算量です。TLS/SSLやブロックチェーン技術の根幹を支える、現在の「標準的な安全レベル」とされています。
  • SHA-512/256
    • 出力長 (n): 256ビット
    • 衝突耐性レベル: 2256/2=2128
    • こちらが本題です。試験の記述から懸念された通り、SHA-512/256の衝突耐性はSHA-512よりは劣ります。しかし、そのレベルはSHA-256と同等です。

この比較から、SHA-512/256は「SHA-512を弱体化させたもの」ではなく、「SHA-256と同等の安全性を、別のアプローチで実現したもの」と理解するのが極めて重要です。

そもそもSHA-512/256はなぜ必要なのか?

SHA-256と同等の安全性なら、なぜSHA-512/256が必要なのでしょうか。その答えは、パフォーマンスにあります。両者の違いは、内部計算で扱うデータ単位です。

  • SHA-256: 32ビット単位で計算

  • SHA-512 / SHA-512/256: 64ビット単位で計算

このアーキテクチャの違いにより、現代の主流である64ビットCPU環境では、64ビット単位の計算を得意とするSHA-512/256が、SHA-256よりも高速に動作する場合があるのです。

つまりSHA-512/256の目的には「SHA-256と同等のセキュリティを、64ビット環境でより高速に提供する」というものがあります。

まとめ

情報処理安全確保支援士試験の一文から始まった今回の深堀り調査ですが、当初抱いた「衝突しやすくなるのでは?」という懸念は、半分は正しく、もう半分は設計思想への理解不足でした。

  • 正しかった点: 出力ビット長が短くなるため、理論上の衝突耐性はSHA-512より低下するのは事実。
  • 重要な理解: その耐性レベルはSHA-256と同等で十分に安全である。そして、異なる初期値(IV)を用いることで、単なる切り捨てではない独立した安全性を確保している。

SHA-512/256は、SHA-256と同等の堅牢なセキュリティを確保しつつ、特に64ビットCPU環境でより高いパフォーマンスを発揮することを目的とした、非常に合理的な規格です。
過去問で目にした一見単純な記述の裏には、こうした深い設計思想が隠されていました。

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