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フォントでつながった文字を表現する(その 1)—文脈に依存した字形変化とは?

2023/11/10に公開

はじめに

株式会社モリサワにおいて、2017 年に「みちくさ」というフォントをリリースしました(参考: 筆のまにまに。言葉によって形が変わるフォント「みちくさ」)。また、2021 年には「澄月」というフォントもリリースされました(参考: デザイナーとエンジニアの綿密な連携で実現。流れるように文字がつながる筆書体「澄月」【2021年新書体】)。

コンセプトが異なるのでこれらのフォントを一緒に扱うことは乱暴ですが、一方で技術的には共通点もあります。それは文字入力に合わせて形状の繋がった文字—連綿体—を表現できることです。本記事では連綿体を表現するフォントの技術的側面について、そのエッセンスをご紹介できればと思います。

使用フォント

Google Fonts で提供されているモリサワのフォントに BIZ UD明朝 があります。ライセンス形態としては SIL Open Font License, Version 1.1 にてご提供させていただいております。

内容構成

内容はやや長くなりますので、記事を分割したいと思います。下記を予定しておりまして、今回はその第 1 回目になります。構想としては 3 回程度を計画しています。

  1. 日本の書とアラビア文字とのある類似性に着目!?
  2. 文字入力に応じて字形を変える(予定)
  3. 連綿体フォントの仕組み(予定)

最後の記事に合わせて、技術サンプルとしてのフォントも OSS の形でモリサワの GitHub リポジトリで公開できればと思います。

日本の書とアラビア文字とのある類似性に着目!?

日本の書の印刷における表現について、たとえば、かつての嵯峨本で、活字として連綿体を表現するスマートな仕組みが用意されていたことは、よく知られるところです。これを現代のフォント技術で再実装するには、どうしたら良いのでしょうか?

こちらにつきましては、連綿体をフォントとして実装した事例[1] は以前から存在しますが、端的には特定の文字の組み合わせが来た場合に連綿体の合字 (リガチャ) に置き換えるというもので、嵯峨本の活字技術のデジタル化に相当すると考えられます。合字 (リガチャ) については次回の記事で詳細に触れたいと思います。

さて、「みちくさ」ではもう 1 つ別の特徴を組み込んでいます。それまでのフォントは「特定の文字の組み合わせ」を連綿体に置き換えていましたが、加えてその文中の位置に応じて最適な字形にするというものです。嵯峨本にも見られますように、同じ「し」でも豊かな表情を見せています。こういった、文字入力に合わせて字形が変わり、なおかつ文中の位置に応じて字形に差異をもたせる仕組みはアラビア語向けの機能にヒントを得ています。とは言え、私はアラビア語に詳しくありませんので、少し Wikipedia を眺めてみましょう。

アラビア文字のアルファベット順によりますと、以下がアラビア語のいろは歌またはアルファベット順となるようです。Noto Naskh Arabic で表示すると以下のようになります。

発音については、Abjad_numerals によると、ʾabjad hawwaz ḥuṭṭī kalaman saʿfaṣ qarashat thakhadh ḍaẓagh と読むらしいですが、うまく表示されますでしょうか?

この最後の ḍaẓagh に注目してみましょう(アラビア語は右から左に読むので、最後の単語は左端に表示されています)。

アラビア語の文字はそれが単語の中に出現する位置によって、語頭形、語中形、語尾形、そして独立形の 4 種類の字形を取りうるそうです。上段では語頭形、語中形、語尾形になっているものをスペースを入れることで強制的に独立形にしたものが下段になります。

どうでしょうか?例えば水色で囲んだ文字に注目してみても、結構字形が変化しているのではないでしょうか。

モリサワのフォントの連綿体の実現は、この字形変化と、それを実現するアプリケーションの機能にヒントを得る形で、語頭形、語中形、語尾形を「文頭形」、「文中形」、「文末形」と読み替えています。但し、Noto Naskh Arabic で使われている方法をそのままは利用できません。このフォントで使われている仕組みは、主にアラビア語の組版環境などで有効になるものを利用していますので、日本語の組版環境では通常は利用できないのです。このため、日本語組版環境でも利用できるような仕組みを使ってエミュレートしてあげる必要があります。実現のために必要な「文字入力に応じて字形を変える」技術について次回で触れてみたいと思います。

まとめ

モリサワのフォントの連綿体の実現においては、日本の書とアラビア語の組版の機能にヒントを得ていることについて駆け足でご説明させていただきました。

また、次回で触れますようなフォントの機能を用いることで、日本語組版環境でも文字入力に応じて、文字の登場位置に応じた字形変化を実現できます。これによって冒頭に掲載した図に見られる流れるような文字のつながりを表現できます。

脚注
  1. Adobe の かづらき、字游工房の協力のもと試作された 嵯峨本フォントプロトタイプ、東京TDC賞2014受賞の こうぜい など、先行する解法が存在します。技術的な詳細としてはかづらきの Special-Purpose OpenType Japanese Font Tutorial: Kazuraki も面白いと思います。 ↩︎

モリサワ Tech Blog

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