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GHC 9.8の新機能

2023/08/16に公開

GHC 9.8.1が2023年10月10日にリリースされました。

この記事では、GHC 9.8の新機能を確認していきます。過去の類似の記事は

です。

この記事は網羅的な紹介記事とはなっていません。是非、公式のリリースノート類も参照してください:

GHC 9.8に入る機能

ExtendedLiterals拡張

サイズ指定されたプリミティブ型(Int8# みたいなやつ)のリテラルを書けるようになります:

ghci> :set -XExtendedLiterals
ghci> :m + GHC.Exts
ghci> :t 42#Int8
42#Int8 :: Int8#

TypeAbstractions拡張:型宣言における不可視の束縛

現在のHaskellでは、多相なカインドを持つ型の宣言で、カインド変数を宣言せずに使うことができます。

class Foo (a :: k)
type family Bar (a :: k)

参考までに、これらのカインドは次のようになります。

type Foo :: forall k. k -> Constraint
type Bar :: forall k. k -> Type

TypeAbstractions 拡張では、forall k. のカインド変数を型定義中で束縛できるようになります。構文は型適用(カインド適用)のものを流用して、

type Foo :: forall k. k -> Constraint
class Foo @k (a :: k)

type Bar :: forall k. k -> Type
type family Bar @k (a :: k)

となります。

GHC Proposalには書かれていませんが、実際に実装されたものはstandalone kind signatureの使用が必要なようです。詳しくは実装の際の議論

を参照してください。

Unsatisfiable クラス

ライブラリーが独自の型エラーを出す方法としては、TypeError 型族がありました。しかし、TypeError は型族として実装されていることによる使いづらさがありました。詳しくはProposalを読んでください。

次の型クラスと関数が追加されます:

module GHC.TypeError where

type Unsatisfiable :: ErrorMessage -> Constraint
class Unsatisfiable msg

unsatisfiable :: Unsatisfiable msg => a
-- 正確には forall {rep} msg (a :: TYPE rep). Unsatisfiable msg => a

並列ビルドの改善:-jsem オプション

依存パッケージが大量にある大きなHaskellプロジェクトのビルド時間が短縮するかもしれません。

これまでは、Haskellプロジェクトをビルドする際の並列化は、

  • パッケージ単位の並列化(cabalの -j オプション)
  • モジュール単位の並列化(GHCの -j オプション)

がありました。パッケージ単位の並列化は多数の依存パッケージをビルドする際に有益で、モジュール単位の並列化は多数のモジュールを含むパッケージをビルドする際に有益です。

では、多数のパッケージに依存し、それ自身も多数のモジュールを含むパッケージのビルドでCPUコアを使い切るにはどうしたら良いでしょうか?cabalだけに -j を渡すとメインのパッケージのビルドが並列化されません。GHCだけに -j を渡すと多数の依存パッケージのビルドが並列化されません。cabalとGHCの両方に -j オプションを指定すると、依存パッケージのビルドの際に並列度が過剰になってしまいます。

今回GHCに実装された -jsem オプションでは、複数のGHCプロセスが協調してうまく並列度を調整できるようになります。これにはビルドツール側での対応も必要で、cabalは3.12で対応するようです。対応したGHCとcabalでは

cabal build -j --semaphore

でCPUコアをいい感じに使い切れるようになるでしょう(将来的には --semaphore オプションがデフォルトになるかもしれません)。

書き換え規則の強化

書き換え規則である種の高階マッチングができるようになります。例えば、次の書き換え規則が使えるようになります:

foo :: (Int -> Int -> Int) -> Int
foo f = f 42 44 + 1
{-# NOINLINE foo #-}
{-# RULES
"foo" forall f. foo (\x y -> f y x) = 777
 #-}

main = do
  print $ foo (\x y -> x + 2 * y)
  print $ foo (\x y -> 2 * x + y)

Fused multiply-add

最近のCPUは融合積和 (fused multiply-add; FMA) を計算する命令を持つものが多いです。FMAについては前に書いた記事

を参照してください。

これまでGHCにFMA命令を出力させる方法はなく、FFIを使うしかありませんでしたが、今回FMA命令に対応するプリミティブ関数が追加されました。追加されたのは以下の8つです:

module GHC.Exts where

fmaddFloat# :: Float# -> Float# -> Float# -> Float# -- x * y + z
fmsubFloat# :: Float# -> Float# -> Float# -> Float# -- x * y - z
fnmaddFloat# :: Float# -> Float# -> Float# -> Float# -- - x * y + z
fnmsubFloat# :: Float# -> Float# -> Float# -> Float# -- - x * y - z

fmaddDouble# :: Double# -> Double# -> Double# -> Double# -- x * y + z
fmsubDouble# :: Double# -> Double# -> Double# -> Double# -- x * y - z
fnmaddDouble# :: Double# -> Double# -> Double# -> Double# -- - x * y + z
fnmsubDouble# :: Double# -> Double# -> Double# -> Double# -- - x * y - z

注意点として、FMAがサポートされているとは限らないアーキテクチャーではlibcの fma 関数を呼び出すため、libcのFMAがバグっているプラットフォーム(具体的にはx86系のWindows)では正しい答えが計算できない場合があります。

私の作っているパッケージfp-ieeeでは以前からFMAを提供していますが、GHC 9.8以降でFMAがバグっていない環境であればFMAのプリミティブを使うようにしてみようかと思っています。

head / tail に警告が出る

部分関数として悪名高い head/tail を使った際に警告が出るようになります。

ghci> head "foo"

<interactive>:1:1: warning: [GHC-63394] [-Wx-partial]
    In the use of ‘head’
    (imported from Prelude, but defined in Just GHC.List):
    "This is a partial function, it throws an error on empty lists. Use pattern matching or Data.List.uncons instead. Consider refactoring to use Data.List.NonEmpty."
'f'
ghci> tail "foo"

<interactive>:2:1: warning: [GHC-63394] [-Wx-partial]
    In the use of ‘tail’
    (imported from Prelude, but defined in Just GHC.List):
    "This is a partial function, it throws an error on empty lists. Replace it with drop 1, or use pattern matching or Data.List.uncons instead. Consider refactoring to use Data.List.NonEmpty."
"oo"

この警告は -Wno-x-partial オプションで抑制できます。

一方、同様に部分関数である init / last には警告は出ないようです。

純粋関数原理主義者には喜ばしい変更かもしれませんが、個人的にはそこまでする必要ある?と思います。

その他のライブラリーの機能追加

Data.List.!? :: [a] -> Int -> Maybe a
Data.List.unsnoc :: [a] -> Maybe ([a], a)
Data.Tuple.getSolo :: Solo a -> a
Data.Functor.unzip :: Functor f => f (a, b) -> (f a, f b)

Data.List.!? は安全な !! です。要素が範囲外の場合は Nothing を返します。

Data.List.unsnocinitlast を同時に計算してくれるやつです。

Data.Tuple.getSolo は1要素タプル(Solo 型)の要素を取り出すやつです。

Data.Functor.unzipData.List.unzip を一般化したやつです。

その他

  • -Wterm-variable-capture: 将来導入される RequiredTypeArguments 拡張では、型変数と同名の項レベルの変数があった時、暗黙の量化が起こりません。-Wterm-variable-capture は、型変数の暗黙の量化が起こるときに同名の項レベルの変数があったら警告を発します。
  • AArch64向けのLLVMバックエンドで、128ビット幅のSIMDプリミティブが使えるようになりました(私の貢献です)。

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