日本 vs 海外 AI活用事例調査:現場起点と基盤先行
はじめに
はじめまして、松尾研究所にデータサイエンティストとして入社した勇川です。
本記事は、過去のAI関連のニュースや公式資料をもとに過去3年(2023–2025)のAI実装を日本と海外で並べて比較したメモとなります。業種ごとの過去3年間のAI活用の推移を比較した上で、業種横断で日本と海外におけるAI活用の違いを整理しました。
結論
- 起点の違いがスケール差に直結。 日本は現場起点、海外は基盤先行。この傾向は IPA『DX動向2025』が示す"部分最適 vs 全体最適"とも整合している。
- 潮流は“生成AI × 既存システム統合”。 2023→2025で検索/要約/Copilotの業務システムへの組み込みが加速。海外はプラットフォーム前提で展開し、日本は現場で当てて横展開する傾向。
- 日本におけるAI活用の課題はサイロ化、強みは現場適合。 最小共通基盤+標準部品(CoE)とKPIツリーで“測る・つなぐ”を併走させるべき。
業種別の比較
AI関連のニュースや公式資料の事例をもとに、各業種の ① 過去3年間の事例 を整理して、 ② 差異(日本 vs 海外) を明らかにします。
製造
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- NEC×住友商事グループ:自動車部品工場に AI 外観検査を導入し、不良検出の自動化でライン停止時間を低減。
- FANUC:AI による熱変位補正で工作機械の加工精度を向上。工程条件の自動補正により安定生産を支援。
- AGC×ALGO ARTIS(Planium):生産計画の AI 最適化 PoC を開始。計画・スケジューリングを高頻度に引き直す取り組み。
海外
- BMW×NVIDIA(Omniverse):工場デジタルツインでレイアウトや工程を統合最適化。
- Siemens×Microsoft(Industrial Copilot):設計〜現場のアプリにCopilotを組込み、指示・文書化・設計支援を横串化。
② 差異(日本 vs 海外)
日本は外観検査や条件補正など、既存ラインの精度・安定性を高める現場むけ実装が中心。海外はデジタルツインやCopilotを前提に、PLM(製品ライフサイクル管理)/ERP(統合期間業務システム)/OT(運用技術)とつないで設計〜製造までを一体で最適化する傾向が強い。
医療
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- Ubie:生成 AI による要約などで、問診〜記録作成の負担を軽減。
- 富士通×名古屋大×岐阜大:生成 AI で診療データを構造化し、治験候補者の抽出・選定を効率化。
海外
- Nuance DAX Copilot(EHR 組込み):診察会話から EHR(電子健康記録) へ臨床記録を自動生成。
- Google(Vertex AI Search for Healthcare / MedLM):医療向け検索・要約や LLM を基盤サービスとして提供。
- NHS:AI 画像診断の広域導入を資金支援し、AI 乳がん読影の大規模試験も開始。
② 差異(日本 vs 海外)
日本は記録・要約など現場負荷を下げる導入から始め、施設内で着実に広げる動きが目立つ。一方、海外は EHR連携や公的スキームを起点に、最初から広域・大規模に回す設計が多い。
物流
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- オプティマインド「Loogia」:途中集荷(PDP)まで考慮した配送ルート最適化で、距離・時間・現場負荷を削減。
- 佐川急便×Google Cloud/Maps:地図×AI による集配エリア最適化などの DX 連携を推進。
海外
- Amazon:フルフィルメントセンター ロボット×AI:フルフィルメントセンターで在庫認識・ピッキングを大規模自動化。
- DHL(Americas):生成AI/最適化を運用プラットフォームとして横展開(音声 Bot や業務最適化を統合)。
② 差異(日本 vs 海外)
日本はルート最適化など現場オペレーションの改善が中心。海外はフルフィルメントセンター自動化や運用プラットフォームを土台に、倉庫群・路線単位で一気にスケールする。
建設
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- 清水建設「SYMPREST」:初期設計の構造検討 AI で、プラン変更時の検討時間を圧縮。
- 鹿島建設:画像 AI による技能者数・作業時間の自動推定で、出来高と連携した歩掛の把握を高度化。
- 大林組(耐火被覆スプレーロボット):ロボット×AI による自動施工で品質・生産性を両立。
海外
- Procore AI/Agents:要約・起票・照合を共通プラットフォームで提供。
- Buildots:映像×BIM 照合で進捗トラッキングを自動化。
② 差異(日本 vs 海外)
日本は設計レビューや現場推定、施工ロボットなど工程ごとの高度化が中心。海外はBIM/現場アプリとつながる共通プラットフォームで、プロジェクト全体を一体管理する色合いが強い。
金融
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- みずほフィナンシャルグループ「Wiz Chat」:社内 生成AI による検索・要約・ドラフトを、閉域・監査前提で運用。
- りそなホールディングス×SAS(AML):AI スコア+根拠提示で疑義取引の優先度付けを高度化。
- MUFG×OpenAI:Enterprise 連携により社内活用の基盤化を加速。
海外
- Citigroup:生成AI ツールを多国・多数社員に展開。
- BlackRock「Aladdin Copilot」:運用/リスクの Copilot をプラットフォームとして提供。
② 差異(日本 vs 海外)
金融に関しては、日本も海外も社内基盤の整備・展開など基盤先行の色合いが濃い。
小売
① 過去3年間の事例 (日本/海外)
日本
- ライフ×BIPROGY:生鮮まで含む AI 自動発注を全304店舗で稼働(先読み期間の拡張、日配/生鮮の両立)。
- ファミリーマート:AI レコメンド発注を500店に導入し、発注工数の削減と欠品抑制を両立。
- ソフトバンク「Vendy」(キリン導入):自販機の巡回計画・棚割・在庫を AI で最適化し、大規模台数へ展開中。
海外
- Walmart:社内 生成AI を 11 カ国に展開し、顧客/従業員の両面を横串化。
- Amazon「Rufus」:生成 AI ショッピング QA で顧客体験を会話化。
② 差異(日本 vs 海外)
日本は店舗・自販機といった現場の運用改善から入り、チェーン基盤として広げる動きが多い。海外は顧客接点の本格的 AI 化とオペレーション全体の最適化が進む。
業種横断で見るAI活用の違い
ここまでで明らかになったAI活用の違いを業種横断でまとめると下記の通りです。
1) 取りかかり方の違い
- 日本:まずは現場の改善から(例:製造=外観検査や制御最適化、医療=記録/要約、物流=ルート/エリア最適、建設=安全・自動化施工、小売=需要予測/自動発注)。
- 海外:最初から体験や業務の作り替えに踏み込む(例:製造=デジタルツイン×Copilot、医療=EHR連携の記録自動化、物流=FCロボ/長距離自動運転、建設=Project/Field Copilot、金融=大規模社員展開、 小売=買物アシスタント/チャネル統合)。
2) システム連携の深さ
- 日本:単一工程・単一システムの改善から隣接領域へ拡張する流れが中心。
- 海外:初期から基幹/現場システムと一体で進め、(製造の PLM/ERP/OT 連携、医療の EHR 連携、物流のフルフィルメントセンター+業務アプリなど)横断連携が前提。
3) 自動化の対象範囲
- 日本:現場粒度の最適化が主軸(特定の工程、特定エリア)。
- 海外:拠点/ネットワーク/全チャネルなど広い単位で自動化(例:倉庫全体のロボット運用、プロジェクト全体管理)。
4) 広げ方(スケール)の違い
- 日本:店舗・工場単位で段階的に横展開。
- 海外:多国・数万人・数百ユースケースといった一斉展開の事例が目立つ。
違いは"起点"と"スケール手段"に集約されると考えます。日本は"まず現場で確実に効かせる"、海外は"土台と連携を決めて一気に広げる"ことでAI活用を進めています。
日本におけるAI活用のポイント
日本型の“現場起点”は強力ですが、部門ごとに基盤やノウハウが分散し、サイロ化のリスクがあります。一方で、海外型の“基盤先行”をそのまま持ち込むとなかなか進みません。
だからこそ、現場での価値創出とスケール横串施策を並走させるのが現実的です。
DX先行調査との照合
これまで整理した"日本=現場起点"、"海外=基盤先行"という差は、DXの文脈でも同様に観測されています。IPAのレポート『DX動向2025』では、日本のDXが"内向き・部分最適"、米独は"外向き・全体最適"の傾向と明言し、目的も日本は"コスト削減・効率化"に偏り、米独は売上や市場シェアの向上に重心があると指摘しています。
さらに、レポートによると日本は成果を測る仕組みが弱いという調査結果も出ており、DX成果指標を設定している企業の割合は日本27.4%に対し、米国89.8%、独82.7%と大差があります。
DXに関する経営者・IT部門・業務部門の協調についてもポジティブな回答の割合が、日本が約40.4%であるのに対して、米国が77.0%、ドイツが65.5%と大きな差があります。
以上から、本記事で示した"起点"と"スケール手段"の違いは、DX領域で既に確認されてきた構造的な差と地続きであると考えられます。したがって、AI活用の文脈においても現場で効かせるだけでなく、測れるようにする・つなげられるようにする という“横串の取り組み”を併走させる必要があります。
AI活用スケールのための打ち手
『DX動向2025』の調査結果も加味するとAI活用を全社でスケールさせるには下記の観点が重要となります。
-
評価:まず"測れるようにする"
ユースケース開始時点で、成果のKPIは、現場に閉じたものではなく、全社KPIにも繋がるものを置いて、部署に閉じた部分最適を避ける。 -
共通基盤:現場実装と同時に“横展開できる形”で作る
権限管理/ログ/評価テンプレを最小構成で先行整備し、当たった案件は共通基盤に載せる。 -
データ連携:サイロを減らす
部門横断のカタログ化(メタデータ・品質基準・再利用可否)。 -
CoE(横断チーム):伴走・共通部品化により現場展開を加速
プロンプト、評価チェックリスト、ワークフロー雛形をCoEで整備して共通部品化。
まとめ:DXに関する調査で示された"内向き・部分最適"から"外向き・全体最適"への転換の必要性は、AI活用においても同様。評価指標・共通基盤・データ連携を“はじめから”併走させることで、現場の強みを保ったままスケールに耐える体制にできると考えます。
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