ACM BuildSys2024(中国・杭州) 参加報告
株式会社松尾研究所でインターンをしている佐藤です。本記事は、松尾研究所 Advent Calendar 2024の記事です。
2024年11月7日から8日にかけて中国・杭州で開催されたACM BuildSys2024に参加しました。
今回の学会では、松尾研究所とソラコム、三菱電機による共同研究の成果を口頭発表とポスターで発表しました。本報告では、発表内容の紹介と現地の様子についてお伝えします。
(松尾研究所、「IoT × GenAI Lab」の研究成果に関する論文が「BuildSys 2024」にて採択)
目次
- ACM BuildSysについて
- 松尾研究所からの発表
- ベストペーパー
- 日本からの発表
- 現地の様子
- おわりに
ACM BuildSysについて
ACM BuildSysは、スマートビルディング、都市インフラ、交通システムのエネルギー効率に関する最難関の国際会議です。今年で11回目の開催となり、中国・杭州で11月7-8日に開催されました。
本会議では、センサーネットワーク、ビル制御、物理インフラの統合による社会変革に焦点を当てています。特に建築環境とインフラは社会のエネルギー消費の半分以上を占めており、スマートシティの基盤となる重要な研究分野です。
今回の学会全体(SenSys+BuildSys)では約500本の論文投稿があり、148本が採択されました。BuildSysのフルペーパーについては89本の投稿に対し、27本が採択されています。松尾研究所からはフルペーパーの口頭発表とポスター発表を行いました。
BuildSys 2024が開催された会場
学会会場の様子
松尾研究所からの発表
今回、松尾研究所では、ソラコム様、三菱電機様と共同研究を行い、その成果を論文としてまとめました。論文のタイトルは、「Office-in-the-Loop for Building HVAC Control with Multimodal Foundation Models」です。松尾研究所の長谷川と横山も共著者として名を連ねています。
発表の様子-三菱電機澤田様
本研究は、マルチモーダル生成AIを活用した空調制御システムにより、消費電力の削減とオフィス勤務者の快適性向上を実現しました。カーネギーメロン大学のMario Bergés教授やスイス連邦工科大学のAndrew Sonta教授からは、特に以下の点で高い評価を得ました:
- サイバーフィジカルシステム(CPS)における生成AIの革新的な活用
- 人中心型AI制御(Human-in-the-Loop, HITL)の実用的な社会実装
また、米国計算機学会(ACM)においても、マルチモーダル生成AIを用いた機器制御の実証実験として、先駆的な研究事例として評価されています。
ポスター発表の様子
松尾研究所、「IoT × GenAI Lab」の研究成果に関する論文が「BuildSys 2024」にて採択
ポスター発表では、三菱電機の澤田様と松尾研究所の横山と私も参加し、スタンフォード大学やオックスフォード大学をはじめとする研究者らと、マルチモーダル生成AIの可能性について活発な議論を交わしました。人中心型AI制御における個人情報の扱いや、それに関連する隠匿技術についても議論しました。
ベストペーパー紹介
GraPhy:限られたデータでも高精度な大気質予測を実現
GraPhy: Graph-Based Physics-Guided Urban Air Quality Modeling for Monitoring-Constrained Regions
カリフォルニア大学マーセド校のShangjie Du氏、ZhiZhang Hu氏、Shijia Pan氏による本研究は、モニタリングデータが限られた地域での大気質予測という課題に取り組みました。
研究の背景には、サンホアキンバレーが直面する特有の問題があります。この地域は地形的な特徴により大気汚染物質が滞留しやすい上、農業や石油採掘、交通による汚染物質の排出も多い一方で、社会経済的な制約から大気質モニタリング設備の設置が限定的という課題を抱えています。
この課題に対し、研究チームは物理指導型グラフニューラルネットワーク(GNN)を用いた新しいアプローチを提案しました。大気汚染の拡散をモデル化する「拡散モジュール」、風の影響を考慮する「対流モジュール」、地域特有の汚染源を反映する「局所モジュール」という3つのモジュールを組み合わせた設計により、限られたデータでも高精度な予測を可能にしています。
論文より引用
実証実験では、既存手法と比較して15.1%から33.6%の予測誤差削減を達成。特に空間的な不均一性が高い条件下でも堅牢な性能を示し、社会経済的に不利な地域での実用性を実証しました。
ERIC:一般家庭のドアベルカメラで実現する精密灌漑
ERIC: Estimating Rainfall with Commodity Doorbell Camera for Precision Residential Irrigation
テキサスA&M大学のTian Liu氏、Liuyi Jin氏らによる本研究は、既存の灌漑システムが抱える課題に挑戦しました。従来のシステムは気象観測所のデータに依存しており、局所的な降雨量との大きな乖離が水資源の無駄につながっていました。また、高精度な雨量計は300-1,000ドルと高価で、維持管理コストも課題でした。
この問題に対し、研究チームは一般家庭に設置されているドアベルカメラを活用するという解決策を提案しました。カメラの映像から視覚・音声特徴を抽出し、エッジデバイス上で軽量な機械学習モデルを実行することで、プライバシーを保護しながら高精度な降雨量推定を実現しています。
論文より引用
5箇所での実証実験(750時間以上、うち降雨150時間)を通じて、1日あたり約5mmという高い精度での降雨推定を達成。これにより月間9,112ガロンの水資源節約(28.56ドルのコスト削減)を実現しました。さらに、Raspberry Pi 4を用いた実装により、システム全体のコストを75ドルに抑えることにも成功しています。
日本からの研究発表
東京大学とダイキン工業による共同研究チームは、大規模言語モデル(LLM)を活用した画期的な座席推薦システムを発表していました。村上氏、谷口氏らのチームは、フリーアドレスオフィスにおける快適な座席配置という課題に取り組みました。
従来のシステムでは、温度や照度といった特定のパラメータに基づいて座席を推薦していましたが、センサーの設置コストが高額になる上、机のサイズやコンセントの位置など、センサーでは測定できない要素も快適性に大きく影響していました。
研究チームは、ユーザーからの自然言語フィードバックをLLMで解析し、個々の好みや座席の特徴を理解する新しいアプローチを提案。温度センサーのデータと組み合わせることで、より包括的な座席推薦を実現しました。リビングラボでの実験では、特に照明環境の快適性において、従来システムと比べて統計的に有意な改善が確認されました。
論文より引用
さらに、このシステムは窓からの距離や自然光の影響といった空間的な文脈も理解できることが示されました。この研究成果は、人工知能技術による柔軟な環境最適化の可能性を示すものとして、スマートビルディング分野で高い評価を得ています。
現地の様子
今回の学会開催地となった杭州は、研究発表の場としても、文化体験の場としても非常に魅力的でした。
世界遺産・西湖
杭州西郊には、中国で最も有名な景観の一つとされ、世界文化遺産にも指定された「西湖十景」が広がります。雷峰塔や集賢亭など、歴史的建造物を見ることができました。
湖畔に浮かぶ集賢亭
食事と文化
食事は日本人の口に合う味付けで、毎食が楽しみでした。
また、レンタル自転車が街中に充実しており、観光にも便利でした。
ただし、交通ルールは日本とは大きく異なり、特に赤信号でも右折可能なようで、結構怖かったです。
ドラゴンのモニュメント
おわりに
BuildSys 2024への参加を通じて、技術的な知見だけでなく、国際会議ならではの貴重な経験を得ることができました。松尾研究所、ソラコム、三菱電機による共同研究「Office-in-the-Loop for Building HVAC Control with Multimodal Foundation Models」の発表では、海外の教授から、サイバーフィジカルシステムにおける生成AIの活用について、実用的な観点から有益なフィードバックをいただきました。
一方で、海外の研究者との議論を通じて、英語でのコミュニケーション力の重要性も痛感しました。質疑応答での即応力不足は、今後の課題として認識しています。次回の国際会議では、より多くの研究者と深い議論ができるよう、研究の深化と共に英語力の向上にも努めていきたいと思います。
最後に、中国渡航の際はビザの申請が必要ですので、余裕を持った準備をお勧めします。
出典
[1] Shangjie Du, ZhiZhang Hu, and Shijia Pan. 2024. GraPhy: Graph-Based Physics-Guided Urban Air Quality Modeling for Monitoring-Constrained Regions. In The 11th ACM International Conference on Systems for Energy-Efficient Buildings, Cities, and Transportation (BuildSys '24), November 7–8, 2024, Hangzhou, China.
[2] Tian Liu, Liuyi Jin, Radu Stoleru, Amran Haroon, Charles Swanson, and Kexin Feng. 2024. ERIC: Estimating Rainfall with Commodity Doorbell Camera for Precision Residential Irrigation. In The 11th ACM International Conference on Systems for Energy-Efficient Buildings, Cities, and Transportation (BuildSys '24), November 7–8, 2024, Hangzhou, China.
[3] Hiroaki Murakami, Keiichiro Taniguchi, Yosuke Kamiya, Katsuya Koike, Yoshihisa Toshima, Yasunori Akashi, and Yoshihiro Kawahara. 2024. Exploring the Capabilities of Large Language Models in Seat Recommendation Systems for Hot-Desking Offices. In The 11th ACM International Conference on Systems for Energy-Efficient Buildings, Cities, and Transportation (BuildSys '24), November 7–8, 2024, Hangzhou, China.
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