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ナイーブなデザインの進化1: 進化思考

2022/08/03に公開約6,200字

これはなにか

松井実, 伊藤潤 (2022) 『進化思考』批判. 日本デザイン学会第69回春季研究発表大会 の梗概集用の原稿。オリジナルはIndesignで作ってPDFとして提出した。PDFはGoogle Driveからダウンロードできるが、PDFではウェブ検索にむかないと思い、また「ナイーブなデザインの進化」としてシリーズ化したいため、Zennの記事としてまとめなおした。著作権は松井だけでなく伊藤先生にも属する。

Abstract

Abstract: In his recent Evolution Thinking Tachikawa presents his view of evolution that diverges from the contemporary, Darwinistic approach to evolutionary biology. Here we point out the fundamental differences between the standard approach of the variationist view of the evolutionary process and his transformationist one, through the vital distinction of biological, random mutations and cultural, sometimes non-random mutations, together with the population thinking, or lack thereof. We pointed out more than 250 problematic descriptions in the book and suggested ideas for improvements for future revisions.

背景

人工物のデザインの生まれるメカニズムや、その系譜の経時的な変化については、古くから様々なアプローチで解き明かそうと試みられてきた。太刀川(以下「著者」)の『進化思考』(以下「本書」、[1])は最新の取り組みであり、山本七平賞を受賞するなど高く評価されている。進化を誰でもイノベーションにつながるアイディアを生み出せるようになる方法として紹介した本書は他に類を見ない書籍である。同時に、非専門家によって執筆されたビジネス書である本書には、わかりやすさを重視してか、残念ながら学術的な厳密性が損なわれた記述が多く見られる。我々は決して進化学の専門家ではないが、初学者である我々でも気づく誤りを指摘することで、本書がより科学的に妥当な書籍になるのではないかと考えた。なお、以下で出典を明記していないページは本書当該ページからの出典である。

デザインは擬似的にではなくほんとうに進化する

本書を批判する前に、前提と用語を整理したい。生物進化はたいてい、ある集団内での遺伝子頻度の変化のことを指す。遺伝子に突然変異がランダムに生じ、突然変異がDNAを介して継承され、突然変異によって引き起こされた個体の形質の変化が多少の生存性や繁殖性の差を生み、不利な形質を生み出す特定の遺伝子型が淘汰され、遺伝子の頻度が変化する(進化する)。この「変異」「継承」「選択」の三条件が揃っていれば、生物非生物を問わずなんであっても進化する。人間の作り出す文化もまた、個体学習〜変異、社会学習〜継承、バイアスのある伝達〜選択の前述の三条件が揃っているため、進化する。ここで文化とは、教示や模倣などの社会的で非遺伝的な方法で伝達される情報のこととする。また本稿ではデザインを文化のうち人工物の仕様に関わるものであるとする。この定義に従えばデザインもまた進化する。

本書はダーウィン以前の進化観を採用している

本を表紙で判断するべからず/外見で人やものを判断してはいけないnever judge a book by its coverということわざは本書には適用できない。本書を開かなくても、本書が進化学に基づいた書籍でないことを判断できてしまうからだ。裏表紙の「進化の螺旋」図(以下「螺旋図」)は著者の進化論の理解の程度を極めてよく表した図である。シュタルマン[2]は「進化を理解していないのにそれを信じる人もいれば、理解しているのに信じない人もいる[3]」ことをテストを通して示した。テストのひとつは:「産業革命のあいだにイギリスの工業地帯は煤で覆われた。すると[...]蛾の一種の多くが黒っぽい色になったのだが、それはなぜか。A:環境に溶け込むために、体色を黒っぽくする必要があったから。B:黒っぽい個体のほうが天敵に襲われにくく、繁殖に成功する率が高かったから[3:1]」。正解はBであり、自然淘汰の概念の基本を理解しているかを問う問題だ。シュタルマンはAの理解を変態主義transformationismと、Bの理解を変異主義variationismとよび、その差を図([2:1]のfig. 1)で示している。螺旋図は変態主義の図解と非常に類似している。p60によると、螺旋図は「あらゆる創造」が「変異と適応の往復から生まれる」という「進化論のプロセスの図示そのもの」らしい。著者の記述は数文字足せば正しい表現になる:「ダーウィン以前の進化論のプロセスの図示そのもの」と改訂すべきだ。ダーウィンが葬ったはずの、生物の変化に定向性があるという考えは、螺旋図では中心を貫く「最適に向かう」「コンセプト」として蘇っている。連綿と続くある一つの幹が世代を追うごとに「最適」に「収束」(p60)する螺旋図は、着実に「高みに」「未踏へと」(p468)向かう梯子を登る生物という、変態主義的な創造論の時代の進化理論の理解を忠実に図示している。

デザインにはダーウィン的な変異とラマルク的な変異がある

変異は本書の二大テーマのうちのひとつである。生物進化においては獲得形質の遺伝は否定されている一方で、文化進化においては誘導された変異(もしくは個体学習、非社会的学習asocial learning)という個人が行う試行錯誤をもととしたラマルク的変異と、ダーウィン的な、文化的変異という偶然に生じた意図しない改変の両方が頻度に影響を及ぼすとされている。
これら二種の変異の区別はデザインの分野でも明確になされてきた。ノーマンは、エラーは目標や計画の設定と、その遂行の二段階で発生し得るとした[4]。前者が個人の試行錯誤によるものなので誘導された変異で、後者が文化的変異に相当する。
翻って本書では、この二者が「変化はエラーが引き起こす」(p70)、「進化もまたエラーから生まれる」(p74)というように、「エラー」というひとつのキーワードとして混同されている。玉入れの例(p56)で言えば、「あてずっぽうでも玉を投げまくる」と、ほとんどの玉はカゴと違う方向に投げることになる。これは誘導された変異である。一方、正しくカゴの方向に向かって投げたつもりがコントロールが悪く違う方向に飛んで行ってしまった場合、これは文化的変異である。エジソンのフィラメント探索の過程での「失敗」もとい「一万通りのうまくいかない方法」(p70)は誘導された変異であり、遺伝子の突然変異はランダムな変異である。現代的な文化的進化は多くの場合意図的な誘導された変異が引き起こし、生物進化はランダムな変異から生まれる。この二つは決定的に異なる概念だ。

進化思考は集団的思考であるべきだ

二大テーマのもうひとつ「適応」も間違って使われている。自然選択と適応は密接に関連するが別のプロセスで、自然選択によって適応が生じるが、本書では二者が混同されているうえ、変異とも混同されている。たとえば本書と本稿の関係をとりあげてみよう。本書に従って分類すれば本書が変異にあたり、本稿が適応に相当するのだろうが、実際は、本稿もまた思想・理念のプール内における一変異にすぎず、我々の提案する変異と本書の提案する変異が、読者の時間・同意・もっともらしいと認める知識、などの地位を巡って競っていると捉えるべきだ。もし本稿発表後に「思想の」市場シェアが変化すれば、それが文化的な進化である。競争こそが共創といってもよい。

批判をとおして進化思考を改善したい

我々は250以上の改訂すべき記述と改訂案のリストをまとめてWeb上で公開[5]した。本書の細かな事実誤認から進化の理解の根幹に関わる大きな誤解まで、著者と出版社のみならず本書の読者にも有用な注であるようにした。非常に単純で深刻な間違いをいくつか紹介すると、『種の起源』はダーウィンとウォレスの共著ではない(p44; p270; p274)。ベイツ型擬態は「強いふりをする」ことではないし(p107)、チンパンジーには尻尾はないしコアラはクマの一種ではない(p119)。「水平遺伝子の移行(p192)」は遺伝子の水平伝播の誤りだろう。セントラルドグマは統合的な進化論を意味しない(p275)。ランナウェイ説は行き過ぎた進化を意味しない(p326)。このような初歩的 な事実誤認が平均して一見開きに一つ程度の割合で出現するため、本書は、デザインと進化の関連に興味があるもののこの分 野に明るくない読者は避けるべき誤情報源となっている。 
著者は本書を「第一版の時点で完成版だとは思っていない」と述べている。本書を第二版で改善するには二通りの道があるように思う。ひとつは進化学とのアナロジーを諦め、題名をたとえば『太刀川の思考』に、「進化」の記述を「進歩」に、「変異」を「新しいアイディア」にするなどして進化学の学術用語を避ける道だ。本書の紹介する「進化との類似性を創造に活かす具体的な方法」(p51)の大半は、実際には進化に無関係で既存のフレームワークの焼き直しだ。たとえば本書の変異と適応は、いわゆるデザイン思考におけるdouble diamondの発散と収束に相当するし、アイディア発想支援のツールとして提示している9パターンの「変異」は、SCAMPER(SCAMMPERR)として知られるオズボーンの「チェックリスト」に相当する[6]。このように本書に通底する創造的な思考自体は既往のものと大差なく、「創造性とは」「実現可能な技術」(p40)である、という本書の主張も含め、デザイン教育者にとっては受容しやすいため、大半の記述は残すことができるだろう。もうひとつは現代的な進化学を学び直し、科学的に妥当な表現に書き直すという道だ。著者の進化の理解は残念ながら全面的かつ完全に間違っているため、科学的な妥当性への疑念は[5:1]のような変更を施しさえすれば解決できる水準では決してなく、本書のほとんどを書き直すことになるし、客観的な事実のみをもとに論を構築すれば第一版のような個人的なメッセージを伝えるのは難しくなるだろう。しかし、インダストリアルデザイナーのみならず科学者を含む幅広い関係者の参加を目指す公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会の理事長でもある著者がとるべき方策は一つであるように思う。

本来の進化思考はデザインの解明に有用だ

本書の変態主義的アプローチとは異なり、ダーウィン的な本来の進化思考は文化研究に多大な貢献を遺してきた。デザイン分野での文化進化学の応用は限定的ではあるものの、松井[7]では実験室環境でのデザインの伝達が中立進化的でありうることを示した。また今回の研究発表大会ポスター[8]ではスイスアーミーナイフを題材に系統樹の推定例をとおして、類似関係しか論じられない従来法よりも理論的な根拠のある類縁関係を推定できる方法として紹介する。

おわりに

極めて興味深い主題に肉薄しているにもかかわらず、学術的知見への理解不足により本書は著者が誇る「創造性を体系化」することに失敗している。「そもそもヒトは、わかってもいないことを、わかったつもりになる生き物だ(p307)」。ドブジャンスキーの「生物学においては、進化の光で照らさなければ何もわからない」という格言を借りれば、現時点での本書は、進化の光で照らされていない、断定的な物言いを好む読者むけの疑似科学本であると評さざるを得ない。
本書の記述に対する、より科学的に厳密な検討はもとより、本稿で我々が指摘した各論点に関しても不備を見つけた方にはさらなる批判をお願いしたい。

謝辞

千葉大学大学院工学研究院の小野健太教授と、ヨネックス株式会社の横山雄樹さんの本稿への助言にお礼を申し上げます。

脚注
  1. 太刀川英輔, 進化思考: 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」. 海土の風 , 英治出版 (発売), 2021. ↩︎

  2. Shtulman, A., Qualitative differences between naïve and scientific theories of evolution, Cognitive Psychology, 52(2), 170–194, 2006, doi: 10.1016/j.cogpsych.2005.10.001. ↩︎ ↩︎

  3. ピンカー, S., 21世紀の啓蒙 下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩. 草思社, 239-240, 2019. ↩︎ ↩︎

  4. ノーマン, D. A., 野島久雄訳, 誰のためのデザイン?, 新曜社, 170, 1990. ↩︎

  5. Matsui, M. and Ito, J., Data for Critique of Evolution Thinking, 2022. https://osf.io/r864c/ DOI 10.17605/OSF.IO/R864C (accessed Apr. 02, 2022). ↩︎ ↩︎

  6. オズボーン, A., 豊田彰訳, 創造力を生かす, 創元社, 163-247, 1969 ↩︎

  7. Matsui, M., Ono, K., et al., Random Drift and Design Creativity : Evolution of Drawings in the Laboratory, Letters on Evolutionary Behavioral Science, 8(2), 24–27, 2017, doi: 10.5178/lebs.2017.59. ↩︎

  8. 松井実, 類似から類縁へ: 数量化理論三類の文化系統学への置き換え, in 日本デザイン学会研究発表大会概要集, 2022, in press. ↩︎

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