2022年進化学会 Axel Meyerによるシクリッド講演
2022-08-06に進化学会のplenary lectureとしてProf Axel MeyerによるGenomics of parallel adaptations and sympatric speciationがあった。英語を聞き取る生活から離れ、進化学の素養も生物学の素養もシクリッドの知識もないため半分は間違っていると思うので申し訳ないのだが、面白かったので聞き取れたところだけメモしたので共有する。私のインラインのコメントは脚注においている。
Axel Meyer (Wikipedia) Natureに20報、Scienceに9報、PCR法の標準プロトコルの確立まであり、H-indexが120ある。計58k回引用されている。ただし、その研究法・ラボ運営には賛否両論あるようだ。ラボメンに投稿させない、剽窃まで疑われているらしい。またテストの答案をラボを破壊して盗む(!)ドイツの大学生の怠惰さを酷評して論議を生んだらしい。
plenary lectureではわからなかった部分を☝のハーバード大での講演動画で補った。いくつかplenary lectureでも用いられていたスライドがあった。その内容の紹介から始める。この講演も非常に面白かった。
- 子供時代は梟が吐き戻したネズミの頭蓋骨を集めるなどエッジーな行動を両親に許容されていた。ワタリガラスを二羽飼っている。「私は人間より魚のほうが好きだし、より理解できる」と言っていて面白い
- 魚は多種にわたる。シクリッドは3000種いるのでそのなかでも特に多彩だ。現存する魚種の1/10がシクリッドだ。さらに、ガー以外の魚はゲノムが我々のそれの2倍くらいとデカい。なんかgene duplicationが起きており、複製がくっついている。複製があると、片方で生存のための機能を確保しつつ、もう片方で革新的な変異が起きても大丈夫なような[1]仕組みとして機能する。シクリッドはそのために進化的に多彩なのではないかと考えている
- シクリッドのうち500種が、わずか14000年前にできたヴィクトリア湖に住んでいる。種分化は全体にまんべんなく分布しているわけではなく、局所的に起きている
- 500種がひとつの湖にいるということは、それぞれ違う生き方を選択したということだ。そうでなければ競争が激しくなりすぎる。それぞれが各自のニッチに滑り込んでいる[2]
- スクレーパーとよばれるシクリッドの口は有名な特徴だ。藻を削り取ったり、幼い他のシクリッドを食ったり(小児性愛者pedophileのように、小児食者pedophageというらしい…)するのに特化している。母シクリッドは口のなかで孵卵するmouthbroodingのだが、そこから吸い取ったり、体当りして吐き出させるらしい…[3]。ついでに 「ダーウィンフィンチとかいうboringな適応放散」 とdisっている
- シクリッドにはまた、pharyngeal jaw (wikipedia) といわれる、ウツボなどで有名な「第二のアゴ」がある
Burress, E. D. (2015)[4] - ちなみに第二のアゴはイノベーションだがそれだけ大きなコストでもあり、絶滅の原因になることもある(McGee, M. D. et al.のNature (2015)[5])
- (ここからplenary lectureの内容)シクリッドはドイツ語でBunt (multicolor) barsche (perch)という。カラフルで賢くいろんな生態があるためペットショップで人気だ
- シクリッドは非常に多様に分岐しており分岐進化
divergent evolution
をしている - と同時に、Malawi湖とTanganika湖という離れた湖に、とても似たシクリッドが独立に進化している(下図)。つまり、収斂進化
convergent evolution
と分岐進化divergent evolution
の両方を起こしている
Stiassny & Meyer (1999) Scientific American[6] - しかも、系統を調べてみると、たとえば横縞を獲得したのちにそれを失い、またそれを獲得する、というようなことが何度も起きている
- つまり、何度もDollo's law(ドロの不可逆則)を破っているように思える[7]。スティーブン・ジェイ・グールドの考えに従えば、一度失った形質をもう一度全く同じ形で獲得することはないはずなのに、少なくとも30回くらい縞を失ったり獲得したりしているようだ
- シクリッドの模様には縦縞と横縞がある。縦縞が2/3、横縞が残りの1/3くらいだ。どこの湖でもほぼ同じ割合だ
- シクリッドは多岐にわたるが、同じ湖内であれば(少なくともビクトリア湖の個体であれば)生殖的隔離はない。つまり、全然違う形質のシクリッドどうしでも、水槽に入れて他に選択肢を与えなければ、ちゃんと交配できる。そこで、縦縞と横縞をかけあわせてみる。メンデル遺伝していることがわかった
- そこで、どの遺伝子が働いているかを調べた。ひとつの遺伝子が関わっているようだった。イントロンがエンハンサーとして働いていた?らしい[8]。Crisprしてみたら[9]縦縞と横縞を人工的に描画することができた
- しかも、全員ほんとうは縦縞のストライプを持っているのだが、横縞ではagrp2という遺伝子が隠しているのではないか?とのことだった
- Ernst Mayrはドイツ人だがハーバード大にいた。そこで私も彼にかわいがってもらったが非常にドグマティックな人物だった[10]
- 彼のドグマは地理的な隔離が種分化を生むという異所的種分化
allopatric speciation
だった - マイアの死(2005)の翌年にニカラグアのシクリッドについての論文(おそらく同所的種分化
sympatric speciation
について論じたBarluenga et al., (2006) Nature[11])を発表した[12] - midas cichlidという金色のシクリッドがいる。触るものすべてを金にしてしまうミダス王から。放散
radiation
の例。遺伝子多型polymorphism
でもあるらしい。 - シクリッドは南米にもいる(絵文字🐠はその一種エンゼルフィッシュかと思う。ペットショップで数万円などで売っている)。死火山のカルデラなどの湖に生息する。6000歳程度、極端なものだと200年程度の非常に若い湖もある。たいていは1種しかいない[13]。Apoyo湖とかその隣のニカラグア湖など。この周辺で大きな湖はManaguaとNicaraguaのふたつ。Managuaからはかなりの数のカルデラに移動したらしい
- 4つの表現型に関して調べた。ここでも、進化にはパターンがありうるのか、それを繰り返すのかを調べた
- 唇の大きさ。なぜ唇が大きいかはいくつか説があるが、動画によると岩のあいだのエサを吸い込む適応なのではないかということだった
- 細長さ。岸に近いほうが細長いとかなんとか
- シクリッドの多様化を助けていると思われる第二の顎
pharyngeal jaw
の形 - 色。黒か金か。黒には縦縞がある
- 種分化がどこで起きるのかというのは一概には言えない。ある1種が、ある時点で2種になった、という線引きは難しく、だんだんとわかれていく。Nosil et al. (2021) [14]にヒントを得て考えた。その集大成がKautt et al. (2020)[15]だ。Natureばっかで怖いわ
- ゲノムワイドのパターンを調べた。Genome-Wide Association Studies (GWAS)。1種であればゲノムの差はあまり出ず、2種では明確に差が出るはずだ。しかし、ゲノムの一箇所がものすごく変わるのか、さまざまな箇所で同時に差が大きくなっていくのかについてはわかっていなかった
- 500個体で系統樹を書いたり、ゲノムワイドのデータで次元削減した。Lake Apoyoでひとつのかたまり、Lake Xiloáでまたひとつのクラスターを構成する[16]
" Dimensionality reduction (t-SNE) of whole-genome genotype data reveals clustering by lake and described species (two species in GLs Nicaragua and Managua, six species in CL Apoyo, and four species in CL Xiloá). Representative specimens are shown for each species and lake population, with dark/gold and thin- or thick-lipped morphs. White circles represent individuals of mixed ancestry."
- QTL (Quantitative Trait Loci) mapping + GWASどちらともやった。ここで扱うシクリッドは手のひらにのるくらいの小さなものだった[17]
- まずAngelina Jolieのような大きな唇について:
- 大きな唇をもつ個体は大きな唇をもつ相手を選好して交配するのか?を調べたところ、ラボでも現地でもそのようだった。
- Plenary Lectureでは触れられていなかったが、動画によるとビクトリア湖の厚唇表現型はたくさんの遺伝子が少しづつ貢献する
polygenic
な表現型だったらしい。それに対し、ニカラグアの厚唇は単一の遺伝子によるもので、メンデリアンな特徴を示した[18] - また、動画によると人間用のボトックスで薄唇型のシクリッドの唇を無理やり整形し、表現型と遺伝子型を切り離し、獲得形質としてしまう実験も行った[19]
- 先述の4つの表現型に関して、2群に分けてGWASのManhattan plotによって差をみた(たぶん)
- 2つのLociが厚唇に効いていることがわかった。それ以外の遺伝子はdifferentiateしていなかった
- 体表の色(黒vs金)で比べた場合も1 Locusにしか差がでない
- と思いきや、長細さや第二の顎においては全然違う(上図c, d)!これらの表現型に関して2群にわけると、全体的にゲノムが違う
- なので、種分化に関しては、ゲノムの一箇所がぐわっと変わったのではなく、いろんなところが変わったようだ。というのが結論らしい。なぜこの結論が導き出せるのかは私には理解が追いつかなかった。色と唇に関してはゲノムの一箇所が、顎と長細さはゲノムのいろいろな箇所が、ということかと思ったが
- ミダスシクリッドの黒-金の体表面色のポリモーフィズムについて。Kratochwil et al (2022)[20] 遺伝子多型は面白いがその背景となる遺伝子の振る舞いはよくわかっていなかったので、それをなんとかするという研究
- すべてではないが、いくつかの湖では6−8ヶ月で性成熟すると色が変わるらしい。ミダスシクリッドの9割は黒いが、1割は個体発生の過程で金色になるらしい。性成熟すると・大きくなると捕食者から隠れる必要がなくなる
- そこで、周辺のシクリッドを食う鳥や亀やクロコダイルがどの色を食べているかを調べた。そうすると金の魚をたくさん食っていることがわかった。つまり金には自然選択のコストがある。それにたいして金色はたぶんモテる。性選択のメリット[21]。これらのトレードオフになっている
- ふつうのカップルは黒の相手は黒、金の相手は金色だ。黒-金カップルは珍しいがいなくもない
- PhDの指導教官がScienceに1976にのせた論文[22]の内容にも絡むらしい。少しよくわからず
- 500個体のゲノムシーケンスや交叉させたものからかなり大変だったが黒-金の体表面に関わる遺伝子をみつけた。230kbの間に絞り込めた。何が起きてるかわからんがすごいピョンとでたところが見つけられた(このへんよくわからず)
- gold/dark log_2(fold change) Gold locusをみつけた 小さい(316aa)
- トランスポゾン挿入?によってinverted repeatな遺伝子をイントロンにみつけた。これをミダス王にちなんで goldentouch と名付けた。下の図において、黒いメラニンに関する遺伝子は育つにつれ効かなく…?なるのに対し、 goldentouch はずっと残っている:
Natureの論文はCC-BYだから引用しやすくてよろしおすなぁ
- goldentouch のタンパク質をAlphaFoldで予測した:
- 工業暗化のようなポリモーフィズムの教科書的ケースといえる
- みんな気になる肺魚lungfishについても1スライドあった。肺魚はゲノムがクソデカ。今まで調べたもので最も大きいものだと90Gbases。シーケンスするだけでなく、何を意味するかを知りたい!
- PhD募集中だそうです
以下質疑応答。質問はマイクに入っていなかったので憶測。
- エルンスト・マイアはドグマティックだったと言われてる。ドイツ人だし。ハーバード大の教授だったのもあり、high...high...highなところからマイアは論じてきた[23]。でもJerry Coyneなどマイアリアンがたくさんいた。しかしアフリカのシクリッドはマイアのいうような異所的種分化ではなく同所的種分化も相当起きているのではないかと思う。ビクトリア湖の500種に関しては岸で局所的に進化したものもいる(ここがのでなのか、がなのかわからず。)が/ので、全体の5%くらいは同所的種分化によって成立したのではないかというのが私のguessだ
- どれもHybridizeできるのに、それぞれを種Speciesと言えるか、という質問について。種の定義はここにいる人にきけば人数分の定義がでてくるからなんともいえないが、研究室では無理やりMateさせられるが、野生では交配しない。なんで?と彼女に聞きたい。それをわけたい。どこに惹かれてるの?色なの?リップなの?なんなの?と
- ダーウィンのころは進化は非常にゆっくりで人間の人生くらいでは観察できないものと思っていた
- マイアのころには、進化は案外早いなということがわかってきた
- 私の人生が終わる頃には、もっとずっと進化は早いという理解になっていてもおかしくないと私は思う
Prof Axel Meyer & Late Philip Seymour Hoffman. 似ているね
とてもおもしろかったです、以外の感想がないのですが、たぶん色々間違っていると思うので、間違いや「こういう面白い研究があるよ」などあればぜひ@minoru_matsuiまで
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いわばバックアップがあるということだと理解した ↩︎
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なんてクソやろうなんだ!!進化はほんとうに面白い ↩︎
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Burress, E. D. (2016) Ecological diversification associated with the pharyngeal jaw diversity of Neotropical cichlid fishes. Journal of Animal Ecology. 85 (1), 302-313. ↩︎
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McGee, M. D. et al., (2015) A pharyngeal jaw evolutionary innovation facilitated extinction in Lake Victoria cichlids. Science. (350) 6264, 1077-1079 ↩︎
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Stiassny, M. L., Meyer, A. (1999) Cichlids of the Rift Lakes : the extraordinary diversity of cichlid fishes challenges entrenched ideas of how quickly new species can arise. Scientific American ↩︎
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動画だと35分あたり ↩︎
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このあたりはあやふや。イントロンがエンハンサーになることがあるんですかね…訂正求む ↩︎
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Crisprredという動詞で表現していた!クリスパる-クリスパって-クリスパった ↩︎
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Meyer先生についてTwitter Spaceで話したときに混乱が生じたが、メイヤーさんがマイア門下というのはややこしい ↩︎
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Barluenga, M., Stölting, K. N., Salzburger, W., Muschick, M., & Meyer, A. (2006) Sympatric speciation in Nicaraguan crater lake
cichlid fish. Nature 439, 719-723 ↩︎ -
ドグマティックだった恩師の死の翌年、というのをわざわざ言ったのがややフルシチョフによるスターリン批判みを感じる ↩︎
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このあたりよくわからず。小さな湖には1種しかいないということかなと理解しているが ↩︎
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Nosil, P., Feder, J. L., & Gompert, Z. (2021) How many genetic changes create new species? Science. 371 (6531), 777-779 ↩︎
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Kautt, A. F., et al. (2020) Contrasting signatures of genomic divergence during sympatric speciation. Nature. 588, 106-111 ↩︎
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ここではt-SNEが普通に使われており、PCAがなぜいまだにt-SNEに置き換わっていないのか私にはいまいちわかっていなかったので少し安心した。しかし同じ論文のAppendixにはPCAも元気に活躍しており、使い分けがわからない ↩︎
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ティラピアのような大型のシクリッドもいる。さすがにこういう小型シクリッドと大型シクリッドでは生殖的隔離も起きてると思うので、べつにシクリッド全体で交配可能というわけでは全然なさそうである。in vitroではできる<同じ水槽に孤立していたらできる<野生でできる<野生で起きてる、で段階的に違いそう ↩︎
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動画42分あたり ↩︎
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Henning et al. (2017) Genetic dissection of adaptive form and function in rapidly speciating cichlid fishes. Evolution. 71(5) ↩︎
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Kratochwil, C. F., Kautt, A. F., et al. (2022) An intronic transposon insertion associates with a trans-species color polymorphism in Midas cichlid fishes. Nature Communications. 13(296) ↩︎
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…と講演では言っていた気がするが、黒は黒と、金は金とつがいやすいらしいのでなんか違う気がしてきた ↩︎
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Barlow, G. W. (1976) Competition between Color Morphs of the Polychromatic Midas Cichlid Cichlasoma citrinellum ↩︎
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恩師が上から目線であったということを表現するのに苦労していた ↩︎
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