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資格制度の基礎づけ

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目的

日本で働くソフトウェアエンジニアが資格制度に対する考えをまとめるために情報整理を行う。可能な限り公的な資料に基づいて記述を行う。

概要

日本でのソフトウェアエンジニアとしてのキャリアを考えるための資料を提供する。そのために、まずはキャリアの指標としてITスキル標準(ITSS)の内容を確認する。次に、「ITSSのキャリアフレームワークと認定試験・資格とのマップ(ISVマップ)」によってさまざまなIT系の資格試験が位置づけられているので、代表的な資格試験を抜粋して紹介する。その後、 2024年10月から2025年3月にかけて行われた「Society 5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会」の報告書をもとに、今後の制度的な推移の可能性を探る。

スキル標準

IPAが定めているスキル標準の代表的なものを下記に記す。

  • デジタルスキル標準(DSS)
    • DXリテラシー標準(DSS-L)
    • DX推進スキル標準(DSS-P)
  • ITスキル標準(ITSS)

この中で特にソフトウェアエンジニアとして重要なのはITSSであると思うので、これを取り上げる。
DSS-Pに関しても簡潔に取り上げる。

ITスキル標準(ITSS)

ITSSはキャリアとスキルという視点で考えられており、キャリアに関しては「キャリアフレームワーク」を、スキルに関しては「スキルディクショナリ」を定めている。下にそれぞれの特徴を一覧にして記述した。

  • キャリアフレームワーク
    • ビジネスで要求される成果の指標の一覧化をしたもの[1]
    • 11の職種と、それぞれの職種内での専門分野(計35分野)で分類している
    • 経験と実績による達成度指標を設定している
  • スキルディクショナリ
    • 成果の達成に必要なスキルの一覧化をしたもの[1:1]
    • スキルを「スキル項目」へ分解・整理し、スキル項目ごとに「スキル熟達度」を定義している

ここから、あくまでスキルはビジネスの成果の達成に必要なものであるという視座を持っていることがここから分かる。

ITSSにおけるキャリア分類

ITSSで定める職種を列挙する。この中で特にソフトウェアエンジニアに当てはまりそうな領域を太字で表記する。

  1. マーケティング
  2. セールス
  3. コンサルタント
  4. ITアーキテクト
  5. プロジェクトマネジメント
  6. ITスペシャリスト
  7. アプリケーションスペシャリスト
  8. ソフトウェアデベロップメント
  9. カスタマーサービス
  10. ITサービスマネジメント
  11. エデュケーション

ITSSにおける(プロとしての)スキルレベル

スキル項目ごとのスキル熟達度とは別に、プロフェッショナルの評価指標として「達成度指標」が存在する。これは7つのスキルレベルで構成されている。
下に各レベルで期待される役割などを明示した表を記載する。

レベル 期待される役割[2] 責任範囲[3]
7 市場への影響力がある 責任者
6 市場で認知される 責任者
5 社内で認知される 責任者
4 指導できる リーダ
3 独力で全てできる メンバ
2 一定程度であれば独力でできる メンバ
1 指導の下でできる メンバ

職種分類と高度試験の対応

ITスキル標準ではIPAの情報処理技術者試験との対応関係を明らかにしている。[4]

ITSS職種カテゴリ 主な対応 IPA高度試験
マーケティング ST
セールス ST
コンサルタント ST
ITアーキテクト SA (, ST)
プロジェクトマネジメント PM
ITスペシャリスト NW, DB, SC
アプリケーションスペシャリスト SA
ソフトウェアデベロップメント SA, ES
カスタマーサービス SM
ITサービスマネジメント SM
エデュケーション なし

スキル標準ユーザー協会(SSUG)

IPAが定めるスキル標準はあくまで公的な機関の定めるものであるため、特定の製品の名称などは表記されていなかった。このままでは現場で使用するのには大きなギャップが存在する。そのため、スキル標準ユーザー協会が、これら公的なスキル標準の肉付けをする意味で、各スキル標準でのレベルに対して民間資格を位置づけている。
この中で、ITSSと関係のある「ITSSのキャリアフレームワークと認定試験・資格とのマップ[5](ISVマップ[6])」を取り上げる。

ISVマップ

「ITSSのキャリアフレームワークと認定試験・資格とのマップ(ISVマップ)」はITSSにおける「スキル熟達度」と各種認定試験・資格を対応付けている。スキル熟達度はあくまでスキル項目ごとに定まるものであり、プロフェッショナルとしての「達成度指標」とは別物であることに注意せよ。つまり、ある特定のスキルを測るものであり、プロとしてのレベルではない。

ISVマップと情報処理技術者試験

ISVマップより、情報処理技術者試験を抜粋した表を記載する。

ITSSレベル 試験区分
レベル4 高度試験(ST/SA/PM/DB/NWなど)
レベル3 応用情報技術者試験
レベル2 基本情報技術者試験
レベル1 ITパスポート(※旧対応)[7]

ISVマップとAWS認定

ISVマップより、AWS認定を抜粋した表を記載する。

ITSSレベル AWS認定例
レベル4 AWS Certified Solutions Architect - Professional
AWS Certified Advanced Networking - Specialty
AWS Certified DevOps Engineer - Professional
レベル3 なし
レベル2 AWS Certified Solutions Architect - Associate
AWS Certified SysOps Administrator - Associate
AWS Certified Developer - Associate
レベル1 AWS Certified Cloud Practitioner

ISVマップとLPIC,LinuC

ISVマップより、LPIC,LinuCを抜粋した表を記載する。

ITSSレベル 資格例
レベル3 LinuC-3, LPIC-3
レベル2 LinuC-2, LPIC-2
レベル1 LinuC-1, LPIC-1

Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会

下記の経済産業省の「デジタル人材の育成」というページにこの部会の報告書が上がっている。

  • https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/index.html
    この検討会ではデジタルスキル標準(DSS)をもとに議論を行っていると思われるため、先にDX推進スキル標準(DSS-P)について触れておく。その後に報告書の抜粋を列挙し、まとめを行う。

DX推進スキル標準(DSS-P)

経済産業省によって策定された。DXを推進する専門的な人材を5類型・15ロールへまとめている。下記がその5類型である。

  1. ビジネスアーキテクト
  2. デザイナー
  3. データサイエンティスト
  4. ソフトウェアエンジニア
  5. サイバーセキュリティ
    さらにこれらロールに共通の「共通スキルリスト」を定義し、ロールごとに必要なスキル項目を選別している。

スキル標準ユーザー協会(SSUG)によって「DX推進スキル標準(DSS-P)と認定試験・資格とのマップ Ver1.4」というものが定められている。レベル別に区分されているが、このレベルが何に基づくものなのかについての記述がないため、詳細は不明である。ITSSのプロフェッショナルとしてのスキル熟達度の7つのレベルを流用していると考えるのが自然か。LPI-Japanからもダウンロード可能である。( https://lpi.or.jp/doc/ISVMap_02.pdf

報告書における資格制度に関する記述の抜粋と検討

特に資格部分に関係する記述を抜粋しつつ、コメントを入れる。

産業人材育成、及び、国⺠のデジタルリテラシー向上を目指して、足下の現実も踏まえながら、まずは
情報処理技術者試験を中心に新しい人材育成体系を実現し、その上で⺠間学習サービスの更なる
発展を目指すべき。[8]

現在の状況では「新しい人材育成体系が必要であること」へ明示的に言及している。
そのうち情報処理技術者試験については、実施方法を含めた見直しが必要であると言及する。

4.3.4 情報処理技術者試験の意義と改革の方向性
...<中略>...
Society 5.0 に向けた日本の産業発展への貢献という大局的な視点から、実施
方法も含め
、情報処理技術者試験の見直しを通じた新たな試験体系を検討すべきである。[9]

さて、DSS-Pで定められている5つの類型をもとに、それぞれの領域での言及を抜粋する。
先に抜粋部のまとめを記述しておく。

  1. ビジネスアーキテクト
    • 試験が適切なものへは「国家試験における新たな試験区分の設置の可能性」
  2. デザイナー
    • ITパスポート試験の次に受けるべき試験と位置づけその内容を検討」
    • 他の領域と比べると必要性に関しても強く言及しており、実現可能性が高いと感じる
  3. データサイエンティスト
    • 「データマネジメント領域の国家試験化」を通じて、「社会的地位を向上・確立させる」
  4. ソフトウェアエンジニア
    • すべての分野をパスした場合にはフルスタックのエンジニアとして認定する、高度エンジニアリング試験(仮)へと試験を発展させる...
    • 果たして現状の試験制度の延長上にあると考えるべきか疑問。
  5. サイバーセキュリティ
    • セキュリティマネジメントの出題の比重を増やす

4.4.1 データマネジメント(ビジネス領域)
...<中略>...
(3)スキル学習の方法
...<中略>...
・ そのためには、データマネジメント領域の国家試験化や、デジタルスキル標準においてデータマネジメントを推進する人材を新たに位置づけることなどを通じて、社会的地位を向上・確立させることが不可欠であり、それが起爆剤となって教育・研修事業者などの⺠間サービスが期待できる。[10]

4.4.2 ビジネスアーキテクチャ(ビジネス領域)
...<中略>...
(3)スキル学習の方法
...<中略>...
・また、専門体系の再整理・スキルの再定義などを行った上で、試験などで能力などの計測が適切なものである場合、国家試験における新たな試験区分の設置の可能性も含めて検討を深める。[11]

4.4.3 デザインマネジメント(ビジネス領域)
...<中略>...
(3)スキル学習の方法
...<中略>...
その上で、デザインマネジメント実践人材については、客観的にスキルを評価する試験が不足していることから、ビジネス領域を指向する人材のキャリアアップの道筋として、ITパスポート試験の次に受けるべき試験と位置づけ、その内容を検討する。
(4)委員コメント
今回、情報処理技術者試験の体系に「デザイン」が必要であると取り上げられることで、DXやITにおいてのデザインの重要性を広く周知することができる。[12]

4.4.4 サイバーセキュリティ(エンジニアリング領域)
...<中略>...
(1)当該分野の課題・強化の必要性
...<中略>...
高度専門人材や専門人材として活躍が期待される「情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)」
について①実態を伴う登録セキスペの活躍イメージを提示できていない(活躍の場がない)場合や、
②人手不足の中小企業と登録セキスペとのミスマッチが起きている場合がある。結果として、登録更新
に係る費用を支払うだけの動機が失われ、登録者数の大幅な増加には至っていない。
...<中略>...
(3)スキル学習の方法
...<中略>...
・「サイバーセキュリティ人材の育成促進に向けた検討会」において、自社内のマネジメント需要への登録セキスペによる対応として、①試験制度自体の複雑化は避けるべきとの考え方とともに、②資格更新時の講習で対応していく考え方や、③試験問題においてマネジメントの要素を増やす考え方が提示された107
。そのため、今後は情報処理安全確保支援士試験について、セキュリティマネジメントの出題の比重を増やすことを検討する。[13]

4.4.5 ITエンジニアリング(エンジニアリング領域)
...<中略>...
(3)スキル学習の方法
...<中略>...
・また、応用情報技術者試験をベースとして、新たにIPAが構築するスキル情報基盤の活用を前提に、情報システムの構築・運用・利用やデータマネジメント、価値の創造などに係る各専門分野を出題し、分野単位の取得状況の見える化を図るとともに、すべての分野をパスした場合にはフルスタックのエンジニアとして認定する、高度エンジニアリング試験(仮)へと試験を発展させるなど、新たなエンジニア像の実現に向けた改革の方向性について、検討を深める。[14]

最後に、情報処理技術者試験のCBT化が言及されている。
文書全体でここの部分では断定口調が多く、必要性にも言及されており、実現可能性が高いと感じる。

4.5.2 情報処理技術者試験の運営の課題
・応用情報技術者試験・高度試験は毎年4月、10 月に紙試験の全国一斉型で開催している。この形式
は実施コストが大きく、受験機会も年に1回(応用情報技術者試験、情報処理安全確保支援士試験
は2回)に限られている。そのため、受験機会の拡大と実施コストの抑制のためには紙試験からCBT試験への全面移行が求められる。
・一方、CBT 試験へ全面移行した場合には試験会場数、座席数の十分な確保が不可欠であり、座席数
確保のために能動的な取組が必要となる。また、問題作成数の大幅な拡大が必要となり、CBT 試験に適
した出題形式とするためには、応用情報技術者試験・高度区分試験の記述式、論述式の出題形式を見
直す必要がある。[15]

4.5.3 情報処理技術者試験の運営の目指すべき方向性
・全区分の CBT 試験化やデジタル利活用による試験問題作成方法・試験実施方法等の改革を行う。これにより、現状と比べた受験者数の増加やコスト抑制につながることで、現在の試験収支構造の改善を図っていく。[16]

脚注
  1. 「ITスキル標準V3 2011 1部:概要編」, 「4.3 ITスキル標準の基本構造」より https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/ps6vr70000004x60-att/000024840.pdf ↩︎ ↩︎

  2. 「ITスキル標準V3 2011 1部:概要編」, 「4.6 レベルの評価」内の「図15. レベルと評価の概念」 https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/ps6vr70000004x60-att/000024840.pdf ↩︎

  3. 「ITスキル標準V3 2011 3部:スキル編 概要部」, 「2.2 スキル習熟度」の項 https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/ps6vr70000004x60-att/000024844.pdf ↩︎

  4. 「ITスキル標準V3 2011 1部:概要編」, 「4.6 レベルの評価」内の「表2. 情報処理技術者試験との対応関係」 https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/ps6vr70000004x60-att/000024840.pdf ↩︎

  5. SSUGの公式ドキュメント一覧( https://www.ssug.jp/docs/ )にてダウンロード可能である。名前などの情報を入れてダウンロードをしなければならない。同様の資料がLPI-Japanからダウンロード可能である( https://lpi.or.jp/doc/ISVMap.pdf )ので、こちらを参照するのが手っ取り早い。ただし、LPI-Japanの主催する資格にマークがされている。 ↩︎

  6. ISVが何の略称かは確認できていないが、筆者は「IT Skill Standard Visualization(ITスキル標準の可視化)」の略称であるのではないかと推測している ↩︎

  7. ITパスポートはビッグデータ、IoTなどの既存のITスキル標準V3に含まれない分野の出題を強化することに伴って関連付けを取りやめられた(2018年8月27日)が、参考程度に旧来の対応付けを用いて掲載する。( https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/download_v3_2011.html↩︎

  8. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.74, https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/dxjinzaireport_202505.pdf ↩︎

  9. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.81 ↩︎

  10. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.84 ↩︎

  11. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.88 ↩︎

  12. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.90 ↩︎

  13. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」pp.93-94 ↩︎

  14. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.98 ↩︎

  15. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.107 ↩︎

  16. 「Society 5.0 時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」p.107 ↩︎

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