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心理物理と尺度構成:Weber-Fechner則とStevensの冪乗則

2023/12/25に公開

米村です。ざっくり自己紹介

  • 専門は建築音響で,音の心理評価をやって学位をとった(2020春に博士号)
  • いま大学教員(建築学科)
  • 日本音響学会 学生・若手フォーラムにいます(2023年12月現在)
  • 初手はQiitaで書いたのですが,あまりTech系ではないかもしれないのでzennに移行しました

はじめに

建築の環境工学を教えていると,Weber-Fechnerの法則というのが出てきます。「感覚量Sは刺激\phiの対数に比例する」というやつです。

S = k\log\phi

刺激の物理的な強度と,それを受容したときの感覚の強さの量的関係を繋ぐ経験的な法則です。
音の単位であるデシベル尺度もこの法則にちょっと条件を加えてやると構成できます(後述)。

L = 10\log_{10}\frac{A}{A_0}

そして,教科書にもよりますが,Weber-Fechner則につづけてStevensの冪乗則というのがでてくることがあります。

\Psi = k\phi^a

「感覚量\Psiは刺激\phiの冪乗に比例する。冪指数aは刺激の種類によって異なる。」などと説明されていたりするのですが,
さっきと言ってること違うし,この二つの関係はどう理解すればよいのか困った(そしてそのあとうやむやにした)覚えがあります。Stevensの方の両辺対数とってやれば右辺は式の格好一緒になるけど,左辺が合わない。

最近,改めて教科書を読んで勉強したので,この記事では内容をかいつまんで書くことにします。

Weber-Fechnerの法則(1860年ごろ)

Weber則

Weberというドイツの学者がみつけた経験則で,丁度可知差異(違いを弁別できる最小の差)に関するものです。物理的な刺激\phiと,その丁度可知差異\Delta \phiには一定の関係があるという内容です。次式のように比をとってWeber比ということもあります。

\frac{\Delta\phi}{\phi} = c

たとえば刺激として力(人間にとっては保持における重さの感覚),の弁別閾を測る実験は,次のセッティングで実施することができます。
・標準の重り100gを用意する(標準刺激,質量\phi
・標準刺激と質量の異なる(質量\phi+\Delta\phi)の重りをいくつも用意する(100gに対して,101g,102g,..., 120g,など)
・標準刺激\phiと比較刺激を交互に持ち上げて,重さの違いの弁別できるところを調べる

標準刺激の質量と丁度可知差異に正の相関がありそう(もとの質量が大きいと,検知可能な差が大きくなる)というのは直感的に理解できると思いますが,それが比例するというのを実験によって確認したのがWeberでした。

Weber則が成り立つ範囲には制約があって,もとの刺激が非常に小さい/大きいときはcは一定にはならないことが実験でわかっています。

Fechner則

Fechnerは19世紀の心理物理学者で,丁度可知差異=違いがやっとわかる→すなわちこれが感覚量の違いの最小単位である,という仮定のもとに,感覚量の大小を定量化するための尺度を構成しました。
最小単位は,Weber則を信用すると,物理量のほうの強度に応じて一定割合で変化していくので,それを順番に積み上げていく操作をすればよいことになります。したがって,Weberの式にちょっと色をつけてから積分します。

丁度可知差異=感覚量の変化の最小単位,なので,ある刺激\phiに対して弁別閾\Delta\phiだけのが加わったときの感覚量の変化\Delta Sは,てきとうな比例係数kを置いて,

\Delta S = k\frac{\Delta \phi}{\phi}

両辺に\Deltaがあるので積分してやると,

S = k\log_a\phi +C

aはお好きな対数の底,Cは積分定数です。絶対閾(周囲にノイズがないときに検知できるかのギリギリの値)を基準\phi_0にとることにして,そのときの感覚量をS(\phi_0)=0と定義してやると,C=k\log_a(1/\phi_0)になるので,最終的には

S = k\log_a\frac{\phi}{\phi_0}

となってWeber-Fechner則が定式化できました。ここで k=10 にして,乗用対数をつかうことにすると,デシベル尺度が構成できます。

Weber則は弁別閾の値についてピンポイントで関係を言っていたのに対し,Fechnerは「感覚量」を導入してその尺度を積み上げによって作ったという違いがある(と私は理解しています)。

Fechnerの構成した尺度は感覚とうまく合っているか?

Weber-Fechner則には適用限界があり,

  1. Weber則が成り立つ
  2. 「丁度可知差異が感覚量の最小単位」という仮定をしている

という2つの前提があり,これが認められないところではうまく合いません。実際,中程度の刺激に対してのみ成立することが指摘されています。
Weber-Fechner則による尺度がうまくフィットしないことの一要因として,感覚量の尺度(範囲がある)を,弁別閾(点)の計測+上記の条件を与えることで,間接的に構成している点があると思われます。これを間接尺度構成といいます。感覚量を直接測ることができればもう少し進んだ検討が可能になりますが,これには実験方法を工夫する必要があります。

Stevensの冪乗則

S. S. Stevensは刺激に対して比や数値を割り当てさせることによって,直接心理量を定量化することを試みました。直接尺度構成といいます。実験方法はいろいろあるのですが,分割法,マグニチュード推定法(Magnitude Estimation, ME法。現在もよく使う)などが使われています。

  • 分割法
    基準刺激(音や光)に対して,感覚(音の大きさ,光の明るさなど)が1/2や1/3, 1/4など提示した比に感じられるよう比較刺激を調整させる
  • ME法
    Stevensが開発した方法で,提示した音に対して感覚量をあらわす数値を回答させる

これによって実験的に得られたのがStevensの冪乗則で,

\Psi = k\phi^a

と定式化されています。\Psiは感覚量,\phiは刺激の強さ(物理),aは冪指数で刺激の種類によって異なる値をとります。

実験方法について,たとえばME法で回答された数値がほんとうに感覚量を正しく反映しているか?という問題がのちにも指摘されていますが,うまく書けないのでいずれ別記事でかきます。

Weber-Fechner則とStevensの冪乗則の違い

感覚量を\Psi,刺激の物理量を\phiとして,Weber-Fechner則とStevensの冪乗則を並べてみると,

\Psi = k\log\phi + C
\log\Psi = a\log\phi + \log k

となり,式の形がずいぶん違って気持ち悪いというのがそもそもの出発点でした。そして,この違いの理由は,尺度の構成方法の差異であって,前者弁別閾の測定結果からの間接尺度構成,後者は"直接"感覚量を測る実験をもとにした直接尺度構成でありました。Stevensの冪乗則が提唱されるころにはデシベル尺度はすでに普及していたこともありWeber-Fechner則にとって代わることにはなっていません(デシベル尺度も合うところは合いますし)。が,心理量の測定やその解釈においては,今現在はStevensの冪乗則をつかうのがスタンダードになっていると思います。

で,教科書にあの順で載っている理由としては,

  • Weber-Fechner則:デシベル尺度の導入のために必要
  • Stevensの冪乗則:直接尺度構成法の開発により得られて現在もそこそこ信頼されている実験則を紹介

という位置付けで理解するのがよろしいかと思っています(私見)。

乱文すみませんがひとまず公開します。質問やツッコミなどいただけると非常に嬉しいです。

参考文献など

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