Azureで作る「おうちデジタルツイン」
この記事はMicrosoft Azure Tech Advent Calendar 2022 25日目の記事です。
はじめに
こんにちは、ガジェットとクラウドが好きな者です。
今回は数年前から構想を練っていた「おうちデジタルツイン」をAdvent Calendarに合わせて実装してみました。
私は職業柄Azureをよく使用します。AzureでデジタルツインソリューションといえばAzure Digital Twins(ADT)というそのままの名前のサービスがありますが、今回はそれだけではなくデータの吸い上げからデジタルツインを閲覧するUI層までエンドツーエンドでAzureを使って構築してみます。
作ったもの
Webブラウザでデジタルツインの情報を反映した3Dモデルが閲覧できます。
部屋の配置は実際と異なりますが、各機器とデータは実際に私の部屋にある機器からデータを10分間隔で取得して3Dモデル空間に反映しています。
温湿度や、加湿器の水不足アラートなど、各機器に応じて情報が表示されているのがわかると思います。全体の表示モードを切り替えてサイバー感溢れるワイヤーフレーム表示も可能です。
gif化した都合でカクカクしていますが、実際の画面はもっとヌルヌル動いています。
この記事は何であって何ではないか
である
- Azureの各種サービスを使用して、個人レベルでもエンドツーエンドのデジタルツインソリューションが構築できます!という事例紹介とキー要素の紹介
ではない
- 上記を構築するための手順やガイド(もしかしたら今後別途書くかも)
→ 技術書典への出版物として書きました。第5章です。
https://techbookfest.org/product/wgZJASDjMznuWLndpV3dc0
アーキテクチャ
全体的なデータや操作の流れは以下のような形です。(細かくてすみません、拡大してごらんください...)
アーキテクチャ図には主にスマートホームデバイスのトランザクショナルなデータの流れと3Dモデルデータなどのスタティックなデータの流れが記載されています。
各要素のポイント
スマートホームデバイス / ゲートウェイ
今回使用するのはスマートホームデバイスの雄ことSwitchBot。スマートフォンなどからボタンを押したり温室度を計ったり、加湿をしたり様々なスマートホーム化が可能です。
選定のポイントとして、SwitchBotにはWeb APIが用意されてされており、このAPIを利用してデバイスの情報を取得できます。
ちなみに、このAPIは今回利用するようなデバイスの情報取得するケースだけでなく、プラグをOn/Offするなどデバイスの操作(コマンド)も可能です。
APIの利用方法について以下のリポジトリが公式ドキュメントになっています。(2022年10月にVer1.1がリリースされました)
APIは記事執筆時点では10,000回/日のAPIコール数の制限があります。
今後デバイスを増やしていくとすぐに使い切ってしまいそうですし、よりリアクティブに変更を反映するためにも将来的にはWebhookへ移行したいと思います。(詳しくは後述)
Azure Digital Twins
Azure Digital Twinsの構築の流れは以下の通りです。
- モデル定義
- ツインの生成/ツイングラフの作成
- データイングレス(ツインに対してデータの更新)
モデル定義
モデルはオブジェクト指向プログラミングで言うクラスのようなもので、そのデバイスが持っているプロパティなどを抽象化して定義したテンプレートのようなものです。
モデルはDigital Twin Definition Language (DTDL)という言語を使用して定義します。
言語リファレンスはGitHubで公開されています。実際にコーディングを行う際はVisual Studio Codeの拡張機能であるDTDL Editorを使用するとモデルのテンプレート生成やIntellisenseが使えて便利です。
今回作成したモデルファイルはGitHubに載せています。
モデルファイルはSDKやREST APIを使用してADTへのアップロードできますが、WebアプリベースのGUI管理ツールであるAzure Digital Twins Explorer(プレビュー)を使用するのが最も簡単です。このツールはモデルファイルのアップロードだけでなく、この後のツインの生成やツイングラフの作成もできます。
ツインの生成/ツイングラフの作成
ツインはオブジェクト指向プログラミングで言うインスタンスのようなもので、抽象化されたモデルから実在のデバイスに対応するものとして具現化したものです。
さらに、ツイン同士の関係を表すリレーションシップを接続することでツイングラフを構築します。
これらの操作についてもモデルファイルのアップロードと同様に、SDKやREST APIの他にAure Digital Twins Explorerを使用できます。
以下の画像はAure Digital Twins Explorerで今回のツイングラフを作成している様子です。実際にデジタルツインを構築するのは今回は1部屋分だけですが、今後の拡張性を考えてトップレベルのツインを家全体(MyHouse)として各フロアも追加しています。
データイングレス
SwitchBot APIとAzure Digital Twinsの通信はAzure Functionsによって行います。Azure FunctionsはAzureのサーバーレス環境で、イベントドリブンな処理の実行が可能です。10分に1回処理を実行などのタイマー実行もできるので今回のようなケースにはちょうどいいです。プランにもよりますが、実行した回数だけ従量課金というのも明確かつコストメリットがあっていいですね。
Azure FunctionsからAzure Digital Twinへの通信はマネージドIDを使用して認証します。通常、サービスへの認証はID/パスワードや接続文字列を開発者側で管理して行いますが、マネージドIDは文字通り、Azureが管理してくれてAzureサービス間であれば開発者が認証情報などを管理しなくて良くなるので開発者はコーディングに集中でき、メンテナンスフリーというのが嬉しいポイントです。
ADTのSDKを使用するとADTへのデータの投入部分のコード(抜粋)は以下のような形になります。
var cred = new DefaultAzureCredential();
var client = new DigitalTwinsClient(new Uri(adtInstanceUrl), cred);
var updateTwinData = new Azure.JsonPatchDocument();
updateTwinData.AppendReplace("/LackWater", true);
updateTwinData.AppendReplace("/PowerOn", true);
await client.UpdateDigitalTwinAsync("Humidifier1", updateTwinData);
実際に運用に使用したコード全体はGitHubに載せておきますが、デバイスIDをアプリケーション設定から読んでいたり、DI使っていなかったりエラー処理が雑だったり、正直適当です。今後デバイス情報をDBに逃したりもう少し工夫していきたいと思います。
3Dモデリング
Blenderを使ってクライアントアプリで表示する3Dモデルをモデリングします。数年ぶりにBlenderを触ったので勉強し直しながらモデリングしましたが、こちらのYoutube動画シリーズがわかりやすく学習コンテンツとしてお勧めでした。
モデリングが終わったらファイルをエクスポートしますが、後述の3D Scene Studioで使用できるモデル形式はGLTFまたはGLB形式のため、今回はGLB形式でエクスポートします。Blenderでは特にアドオンなど必要なくデフォルトでGLB形式がエクスポートできるようになっています。
クライアントアプリケーション
3D Scene Studio(プレビュー)
今回の肝と言っても過言ではない3D Scene Studioですが、最近リリースされたツールで本記事の執筆時点ではまだプレビュー段階です。
Blenderで作成した3DモデルをアップロードしてAzure Digital Twinのツイン/プロパティと3Dモデルの要素とを紐付けをしていきます。方法についてはこのチュートリアルを試せば大体わかりますが、3D Scene Studioでは大きく分けて2つの要素をセットアップします。
- Element:3Dモデルのオブジェクトとデジタルツインの紐付け
- Behavior:表示(色分け/メーター/アイコン)の定義と、その表示とElementとの紐付け
3D Scene Studioは3Dシーンの構築だけでなくビューアーモードも用意されているので、今回はこれを簡易的なクライアントとして使用します。詳しくは後述しますが、この可視化した3DシーンをReactアプリとして独自のアプリに埋め込むことができます。
今回は実装しなかったが、今後使えそうな機能
3D Scene Studioシーンの独自アプリへの埋め込み
3D Scene StudioではReactのコンポーネントが提供されているのでそれを使用して3Dシーンの表示機能を実装した独自Webアプリの開発が可能です。
しかし、現在はプレビューということもあり制約などが多く、今回の要件としては3D Scene StudioのViewモードで足りるため独自アプリへの埋め込みは実装しませんでした。将来的にはWebアプリでコントロールパネルを独自に作成してその操作のフィードバックを3Dシーンで確認するまで実現したいです...!
なお、コンポーネントは以下のリポジトリで公開されており、実際の埋め込み方法はWikiに記載されています。(が、今のところAzure ADのアプリ登録やストレージのCORS設定が必要だったり、お世辞にも簡単&わかりやすいとは言えません...GAに期待!)
イベントルートの利用
イベントルートを使用するとツインの更新を別のツインに対して通知できます。
例えば温湿度計ツインのプロパティが更新された際に、その温湿度計が存在している部屋ツインに対して温湿度を複製し、部屋全体の温湿度として扱うことができるようになります。
これにより現実世界をより正確に反映したモデルが実現できます。
具体的な仕組みとしては以下の通りEvent HubとAzure Functionsの組み合わせで実現できます。
引用元
Digital Twins データの履歴化
Azure Digital Twins(のツイングラフ)は最新のプロパティを保持しますが「データを履歴化して時系列グラフで表示したい」という要望もあると思います。そこで利用できるのがAzure Data Explorer統合を利用したデータの履歴化です。これによりAzure Digital TwinsインスタンスをAzure Data Explorerクラスターに接続し、デジタルツインのプロパティ更新をAzure Data Explorerに自動的に履歴化できます。
引用元
データの履歴化を使用すると時系列データがAzure Data Explorerに保存されるので、そこからKustoクエリを使用して時系列データを取得できます。下の画像はAzure Portal上でクエリをかけている様子ですが、Azure Data Explorer REST APIを使用して自分のアプリでデータ使用も可能です。
引用元
SwitchBot Webhook の利用
SwitchBot API V1.1からWebhookが追加されました。これを使えばリアクティブにデバイスの状態変化を検知できます。
しかし、今回は対応していないデバイスが多かったこと、セキュリティ的に不安があったことからWebhookではなくポーリング方式としました。Webhookが整備されてくればそちらを使いたいと思います。
なぜWebhookの採用に至らなかったのか、詳細は以下のスクラップに記載しています。
モデルファイルのCI/CD
モデルファイルは現実世界の事物を抽象化したものであり、現実世界の事物が変わるとモデルも更新する必要があります。モデルの定義言語であるDTDLのスキーマを見るとわかりますが、モデルのバージョニングもできるようになっています。
Azure DevOpsやGitHubを使用してモデルファイルのバージョン管理をし、それが更新されたらPipelineによって自動アップデートをするなど、CI/CDサイクルを実現することでより堅牢なモデルファイル管理ができると感じています。
モデルファイルのCI/CDについては以下のブログで触れられています。
今後の展望(拡張)
今回はPoCの意味もあり小さいスコープで実装をしてみましたが、将来的な機能強化も含めて十分実用的に使えそうという感想を持ちました。
今後実際に活用していくにあたって、以下のようなレベルアップを図りたいと思います。
家1軒まるごとデジタルツイン化 & デバイス操作
今回は1部屋3デバイスだけのデジタルツインを作成しましたが、今回実装したものを拡張しておうちまるごと1軒分のデジタルツインを作成可能です。
また、SwitchBotのAPIを使用してデバイスの操作も可能ですので、将来的には集中管理ダッシュボードのようなものを作って家1軒分のデバイスを管理するようなソリューションを作りたいと思っています。
他のメーカーのIoTデバイス
今回は私が所有している中で最も種類が多いSwitchBotを対象にしましたが、電球などはPhilips hueを使用していたり、我が家には様々なデバイスが存在しています。それらのメーカーのIoTデバイスもすべて含めたおうちデジタルツインを作成することで、家の状態の正確な把握と細部までの操作性を実現したいです。
アプリ常駐化
Amazon Echo Show 15のようなデバイスをリビングルームに設置してそこにアプリを常駐させておくことで集中管理ができます。一番滞在時間の長い部屋で家全体の状態把握と操作ができれば、今から行こうとしている部屋の暖房をつけておくなど便利な使い方ができるでしょう。あと単純に見た目がかっこいい。
画像はイメージです。引用元
運用コスト
今回構築したソリューションで課金が発生するサービスと課金単位は以下の通りです。
- Azure Functions (従量課金プラン)
実行回数ごとの課金 - Azure Digital Twins
操作・メッセージ・クエリごとの課金
ここでAzure Digital Twinsのメッセージ・操作・クエリの考え方が曲者です。
たとえば「操作」という単位はAPI経由でのリクエスト1回を1操作と数えるのではなく、ペイロードの容量も1KB単位で考慮されたりします(1回のリクエストでも2KBなら2操作としてカウント)。
そのため正直言ってこの値を正確に予想することはほぼ不可能です。PoCを行う場合はAzure Portalから確認できる実際のメトリックを元に推定するのが現実的でしょう。
今回のケースでの月額料金をAzure料金計算ツールで見積もると以下のようになります。
(10分に1回更新でリソースの配置リージョンは東日本の場合)
サービス | 課金単位 | 使用量 | 料金 |
---|---|---|---|
Azure Functions | ¥27.759 / 100万実行回数 | 4,464回 | ¥27.759 |
Azure Digital Twins | ¥346.99 / 100万操作 | 100万操作以下 | ¥346.99 |
Azure Digital Twins | ¥138.79 / 100万メッセージ | 今回は使用しない | ¥0 |
Azure Digital Twins | ¥69.40 / 100万クエリ | 100万クエリ以下 | ¥69.40 |
合計:¥583 / 月
意外と安い...! 仮に今後スコープを家全体に範囲を広げたり、独自アプリをホストすることを考えてもそこまで跳ね上がることはないでしょう。(AzureでWebアプリをホストできるWeb AppsやStatic Web Appsなどには無料プランもあります。)
え?費用対効果?ロマンですよ、ロマン。
最後に
いかがでしたでしょうか。なにに使うの?と聞かれればぐうの音も出ませんが、個人開発レベルでも簡単にエンドツーエンドのデジタルツインソリューションが構築できる様子をご覧いただけたと思います。
今はまだリリース直後で安定していない部分やプレビューなどで実現できなかった部分もありますが、2023年も様々なアップデートがあることを期待しつつ、今後もAzure Digital Twinsを使ったソリューションの開発を続けていきたいと思います。
参考
今回のおうちデジタルツインを作るにあたって調査したAzure Digital Twinsやその周辺情報は以下のスクラップにまとめています。
今回のソリューションを構築するために作成したファイルやプログラムのリポジトリ
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