技術同人誌×特殊印刷──懇親会から始まった思考実験
1人アドベントカレンダー2025 6日目。
技書博12に参加してきました。懇親会で印刷所の方と話したことがきっかけで、特殊印刷について考え始め、ひとつの発見がありました。その話を書きます。
きっかけ:思い切って懇親会に参加してみた
実は、技書博の懇親会に参加したのは今回が初めてでした。
いつも「参加しようかな…どうしようかな…」と悩んで、結局見送っていたんです。でも今回は会場が大宮。「せっかくここまで来たし!」という勢いで、思い切って残ってみることにしました。
その懇親会で、しまや出版さんと話せる機会がありました!
しまや出版さんは技書博12のスペシャルトークセッションにも登壇されていた印刷所で、技書博のサポーターもされています。
技書博12公式ガイドブックの印刷も担当されていて、いつも少し凝った表紙印刷をされているので毎回楽しみにしています。
私自身、数年前に技書博主催のしまや出版さん印刷所見学会にも参加したことがあり、印刷技術には興味がありました。そのこともあって話しやすく、雑談が盛り上がりました。
その中で出てきた一言が心に残りました。
「技術同人誌には、特殊印刷など"凝った印刷"の文化がない」
言われてみれば確かにそうです。技術同人誌は「内容勝負」の世界ですし、中身も陳腐化しやすいので、他の同人誌とかに比べるとなかなか表紙にこだわる人が少ないのはそうかも、と。
箔押し、切り抜き、トレーシングペーパー…特殊印刷や特殊用紙を使った技術同人誌はたしかに見かけません。
私自身も、費用はともかく、ギリギリの執筆期間から表紙や用紙にこだわる時間と情熱を捻出できるか?と思うと、答えはNo。
違う時間の使い方をしてしまうと思います。
また、頒布費用を考えると踏み切れない気もしました。
特殊印刷にコストをかけるなら、部数を増やして1冊あたりの費用を抑えるか、赤字覚悟で少部数にするか…。どちらにしても、長く売れるテーマで情熱を注げる本でないと難しい。
いつも"書けそうかも!"で書いている私には、何もかも足りない…。
一方、しまや出版さんは特殊印刷の技術力が高く、クライアントからの難しい要望(=無理難題)に刺激を受けて楽しく仕事をしているとのことでした。
「じゃあ、技術同人誌×特殊印刷で何か面白いことできないか?」
そんな謎解きのような技術書ならではの特殊印刷や特殊用紙への印刷で本の価値を上げる方法はあるか?という思考実験が始まりました。
思考実験:技術書で特殊印刷を使うなら?
懇親会の後、いろいろとアイデアを考えてみました。
UV印刷の活用
UVライトを当てると見える特殊インクを使ったアイデア。
たとえば、通常の光で読むと一つの意味、UVライトで読むと別の意味が浮かび上がる「二重意味テキスト」。あるいは、パズル本やクイズ本で答えがUVインクで印刷されていて、UVライトを当てないと見えない仕掛け。
道具を使うことで、隠れている情報が出てくる、というのは謎解き感があって面白い気はします。
技術的なパズル本・ゲームブック的な技術書を作るなら、ちょっとありかも。
情報を知っている・知っていないで見え方・気づき方が変わるような小説・ロールプレイング的な本(PMロール・エンジニアロールで見え方が違う)でも使えるかもしれない。
赤シート(レッドフィルター)の活用
学習参考書でおなじみの赤シート。これを使って、赤色のインク文字を消して読み進めるアイデア。
UV印刷が「足し算」(情報を追加する)のギミックなら、赤シートは「引き算」(情報を消す)のギミックです。
例えば、コードの「修正すべき箇所」を赤色で印刷して赤シートで隠したり、段階的なヒントを色分けして難易度別に情報を開示したり。
不要なコードを消してデバッグ・不具合解消を物理本で体験できるアイデアとかで使えないか。
UVインクよりは、比較的低コストで試せそうなギミックです(赤シートとUVライトの付属道具的な意味でも)。
物理的な仕掛け
印刷だけでなく、紙の加工を活かしたアイデアも考えました。
ページに穴を開けて、黒い紙を下に敷くとQRコードが完成するギミックや下に見える文が変わることで情報が変わる仕掛け。
特定のページを折るとデータ構造(スタック、キューなど)が立体的に理解できる折り紙的な要素。
複数の透明ページを重ねると回路図やフローチャートが完成する仕掛け。
電子書籍にはない“触れる理解”。
紙の強みがそのまま活きる部分だと感じます。
どれも「読むだけでなく、触る・重ねる・隠すといったインタラクション」が生まれ、それによって状態が変わるような構造になれば、面白いのではないかと感じました。
実際に試してみた:赤シートの実験
いくつかのアイデアの中で、まず「赤シート」を試してみることにしました。UV印刷より低コストで、自宅のプリンターでも検証できるからです。
家のプリンターで消えやすい薄い赤色(#FF9999あたり)の文字を印刷して、赤シートを重ねてみました。
※調べてみると、組版コラム Dr.シローの覚え書きの記事の通り、本当に消えるか消えないかは奥深そうですね。
結果:文字はちゃんと消えました。「答え隠し」の用途には十分使えそうです。
ただし、当初考えていた「赤シートの有無でストーリーが分岐する」というアイデアや、間違ったコードを消して、違う処理になる(スタックとキューの処理の切り替え)ことを考えていたのですが、なかなか難しいことがわかりました。
赤文字と黒文字が混在すると可読性が下がりますし、"文字が消えた"は伝わるのですが、「何が正しいか」「何が変わったか」を読者に明示する設計が想像以上に複雑でした。
赤シートは「引き算」のツール(情報を隠す)としては優秀ですが、「足し算」(情報を追加して意味を変える)には向いていないようです。
足し算をやりたいならUV印刷の方が素直かもしれません。
赤シート=引き算、UV印刷=足し算
扱える情報の構造が違う。この整理ができたのは収穫でした。
技術同人誌×特殊印刷は"あり"なのか
今回いろいろ考えてみて感じたことは、技術同人誌は特殊印刷と完全に相性が悪いわけではない、ということです。
むしろ、
- 情報の段階的な開示
- 引き算による理解
- 触れることで見えてくる構造
こうした"学びの体験"と組み合わせると、新しい形の技術書が作れる可能性があるのでは、と改めて感じました。
もちろん、実際にやるとなるとコストや制作の負荷がありますし、締め切りとの戦いのなかでどこまで実現できるかは別問題です。
…ただ、こういう"可能性を考える時間"そのものが、私にとってはとても楽しい時間でした。
おわりに
技術同人誌と特殊印刷、意外と相性が良いかもしれない——そんな可能性を感じた思考実験でした。
今回の思考実験は、すべて懇親会での雑談から始まりました。「技術同人誌に特殊印刷の文化がない」という話も、懇親会で印刷所の方と話さなければ気づかなかった視点です。
次の技書博に参加する方は、ぜひ懇親会まで残ってみてください。思いもよらないアイデアが生まれるかもしれません。
明日は「ハンドメイド副業の売上を赤裸々に公開する話」を書きます。
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