編み物でQRコードは読み取れるのか?最優秀賞を獲った技術同人誌の話
見た目はキャッチー、中身は技術書
2024年、技術書同人誌博覧会(技書博10)で最優秀賞をいただきました。
受賞作のタイトルは「QRコードを編む」。

毛糸で編んだQRコード。スマホで読み取ることができる
ブースに編み物で作ったQRコードの実物を展示していたら、「え、これ本当に読めるんですか?」「写真撮っていいですか?」と何人もの方が足を止めてくれました。
でも、実際に購入してくれた方の多くは、キャッチーさに惹かれて話しているうちに、
「実は結構、QRコードの技術がわかってかいてるんやー」
「QRコードの標準化の話おもしろー」
と、中身の技術解説に納得して買ってくれた方がほとんどでした。
もちろん、編み物に興味がある方が、"この本読むと編める様になりますか?"と編み物興味で話した方もいらっしゃいましたが…
30ページ、500円の薄い本。
実は、QRコードの仕組みを勉強して『手編みの"歪んだ"QRコードでも認識できる技術・仕組み』の部分、特に面白いと思った、デンソーウェーブのQRコードの標準化に向けた話も含めて、**"技術書"**としても胸を張って言える本にしていたんです!!
きっかけは、高専生の黒板QRコード
2023年夏に、Xで、ある投稿が話題になりました。
高専生が黒板にチョークでQRコードを書いて、自力でデコードしている——。(ねとらぼでも話題に)
正確な格子状でもない、フリーハンドで書かれたQRコードが、読み取れる!!と話題になりました。
しかも、写真は若干斜めからで、正方形ではなく台形のように歪んでいて、白黒も反転している…。
にもかかわらず、Xの投稿写真に対して画面越しにスマホのカメラを向けると、確かに認識されました。
「QRコードの認識率ってすごい!」
当時、私は編み物にハマっていました。毎日仕事から帰ってきては、動画を見ながら編み続けてました。
「手書きで認識できるなら、編み物でも認識されるんじゃないか?」
疑問を抱いたなら、まず、やってみよう!
こうして、「QRコードを編んでみる」という全く実用性のない活動が始まりました。
QRコードは「汚れても読める」ように作られている
調べてみると、QRコードには驚くほどの工夫が詰まっていました。
QRコードは1994年、株式会社デンソーウェーブが開発しました。「QR」は「Quick Response(速く読める)」の略。
そして、こんなに生活に馴染んでいるQRコードですが、実はトヨタの生産管理システム「かんばん方式」の作業効率化のために開発されたものでした。
油まみれの工場で使うことを前提に設計されたため、QRコードには以下の特徴があります:
- 汚れや破損があっても読み取れる(誤り訂正機能)
- どんな角度から読み取っても認識できる(位置検出パターン)
- 素早く読み取れる(Quick Response)
調べてみてわかったのは、わずか数センチの白黒の正方形の中に、これだけの技術と工夫が詰まっているということ。
しかも、これらの情報は標準化・オープンソース化されているため、すべて公開されています。
だからこそ、フリーハンドで書いても、斜めから撮っても、白黒反転※しても——読み取れることが仕組みから理解できました。
このため、編み物で編んでも認識することができたのです。
※ 2006年に、白黒反転、表裏反転(透過して読む)左右反転(鏡に映して読む)が規格改定されている。この規格改定に対応したリーダでは白黒反転しているQRコードを読み込むことができる。
「公共のコード」として世界へ
QRコードについて調べていて、一番驚いたことがあります。
デンソーウェーブは、QRコードの特許を保有していますが、規格化されたQRコードについては権利行使をしないと明言していることです。
私は、開発したものを途中からパブリックドメインとして対応したと思っていたのですが、実は、開発当初から、パブリックドメインとして利用されることを基本方針として開発されていたのです。
仕様をオープンにすることで(仕様が透明化されるため)信用度が増し、世界中の工場で使ってもらえることを目指していました。
当時の悩みは、海外と日本で部品管理の手順が統一できないことでした。QRコードをパブリックドメインにすることで、導入コストを下げることに成功したのです。
その結果、QRコードは自動車工場の域を超えて、「公共のコード」として世界中で利用されるようになりました。
コンビニの商品パッケージ、電子決済、WiFi接続、アンケートフォーム、都営地下鉄のホームドア制御……。
開発者の想像を超えた領域で、今も広がり続けているのです。
「馬鹿らしい」ことをやる価値
ソフトウェアやハードウェアを介して、手軽に、時間もかけずに利用できるQRコード。
それを、あえて糸と針と時間を使って「編む」。
一見すると馬鹿らしい活動に映ると思います。
より速く理解すること、より速く処理することが求められる時代に、あえて時間をかけてアナログの媒体に変換する--。
好奇心に動かされて、ゆっくり時間をかけて「誰もが知っている技術」を理解し直してみる--。
その試みは、とても興味深かった、とだけは言わせてください。
1994年に開発されて、すでに「枯れた技術」かもしれないQRコード。
しかしながら、枯れた技術だからこそ、生活に溶け込んだ技術だからこそ、新しい視点で見直す価値があったのではないか--。
そう、時間をかけてオープンソースの技術を理解し、1セル1セルを糸で編んで体験して。「枯れた技術」を体感することができました。
この本で書いたこと
「QRコードを編む」では、QRコードの仕様を解説しながら、「編んだQRコードはスマホで読み取れるのか?」の成否を読者自身にも推測してもらえる構成にしました。
30ページの薄い本ですが、わずか数センチの白黒の正方形に詰まった工夫を、ゆっくり体感できる一冊です。
2024年に書いた技術書同人誌ですが、いまだにイベントに持っていくと面白がっていただけます。最新の技術ではないのですが、身近に溶け込んだ技術は普遍的で面白さがありますよね!
本の情報・購入はこちら
QRコードを編む
- サークル:megusunuLab
- ページ数:30ページ
- 価格:500円〜
- 受賞:技術書同人誌博覧会10 技術書アワード最優秀賞
購入はこちら📚
電子版のみの方:
- 技術書典で購入(500円)
物理本・セット版をご希望の方:
予想外の広がり
技術書典や技書博などのイベントに参加したら、予想外のことが起きました。
参加された方からのレポート
参加された方のブログやnoteで取り上げていただきました!
実際に編んでみたQRコードがブースで展示され、スマホで読み込めるくらい正確に作られていました!
— エンジニア必見!幅広い技術書に出会える技書博10の出展レポート
「これはおもしろい!」とすっかり気に入ってしまいました。(編み物はまったくしないのに…)
− 「技術書典18」オフライン会場で遭遇した数冊の本
Maker Faire Tokyo 2024に出展
技術書のイベントだけでなく、モノづくりの祭典にも参加させていただきました!せっかくなので、フィボナッチ数列の編み物など、数学的な編み物も一緒に展示させていただきました。
参加させていただいたきっかけは、技書博のスタッフさんに「このフォーマット(QRコードを編みながら展示するスタイル)でMakers Faireに参加したら、絶対ウケますよ!」といってくれたからでした。(調子乗って応募したら受かったのでウキウキ参加させていただきました)
「なんで読み取れるの?」という素朴な疑問に、QRコードの仕組みから説明できるのが楽しかったです。
参加された方のレポートも。
「編み物が全くわからない自分でも、これが結構すごいことはわかりますってか、設計図をどうしているのか未だにわかりません。」
— 【イベント参加レポート】子どもも大人も夢中!Maker Faire Tokyo 2024の作品たち
VOXX様とコラボ、文学フリマへ
技術書典でブースに来てくださった方から声をかけられ、「文字のない本」を作っているVOXX様と、文学フリマ東京39でコラボすることになりました。
技術書の枠を超えて、アート作品として見てもらえたのは嬉しかったです。
Xで「編んでみました!」報告
一番嬉しかったのは、実際にイベントで編み物のQRコードを読み込んでくれたり、後日談で編んでくれたりした方からの報告。
「ほんとに読み取れた。すごい。」
「かぎ針のメリヤス細編みで編んでみました!」
イベントに参加して思うのは、興味を持ったものを実際にやってみたことをフィードバックしてくれることの楽しさです。
この本では、編み物をしたことがない人が編み物を体験できるまでの解説はできていないのですが、
「編んでみたいので、次作、期待してますね!」
と言ってもらえるのは本当に嬉しい限りです。
(えいやっ!ってがんばってみなきゃね)
おわりに
12月は、1人アドベントカレンダーに挑戦してみようと思っています!
「QRコードを編む」の続編として、実際に編むための手芸本も構想中なのですが、そのための準備・試作記事も投稿予定です!
興味がある方は、ぜひフォローしてお待ちください!
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