37歳のSREエンジニアが、なぜ大学で心理学を学ぶことにしたのか
LITALICO SREグループのmanoです。この記事はLITALICO Engineers Advent Calendar 2021の12日目の記事です。
私は、22歳のときにとある4年制大学の経済学部を卒業し、そこから営業職を少しやってから13年間程度、ITエンジニアとして働いています。そんな中、37歳の今年10月に一念発起して放送大学に入学し、現在働きながら隙間時間に心理学を学んでいます。
私は先月にLITALICOに入社したばかりで、まだ会社関連では記事を書くネタも全然ないので、 今回はその心理学を学ぶに至った経緯と、どんなことを実際に学んでいるかについて書いてみます。
なんで心理学を?
昨年以降、コロナ禍でリモートワーク中心の会社員生活を送るようになりました。その結果、同僚と雑談をする機会が減り、一緒に働いている人たちがどのような人たちなのかがあまりよくわからず、心理的安全性も高いとは言えないような状況になったなと感じていました。
そんな中、思いつきで社内の様々な職種の人たちと、定期的に1on1をするようになりました。やっていく中で、ZOOM等を使うことでコロナ以前よりも1on1用の空間を作るのは簡単になり、より深くお互いの話ができる機会はこれまでより得やすくなっているのかもしれないと感じました。
そうして1on1を何人か、最大で10人ぐらいの人たちと定期的に行う中で、おもしろいことがたくさんありました。例えば、「これは私だけが悩んでいることだ」と思うようなことを思い切って1on1で話してみると、意外にも共感されることが多かったり、または私が興味を持っている哲学・心理学的な話を思い切って持ち出してみると意外ととても盛り上がったり、映画・アニメ・小説を紹介し合い、その紹介された作品を鑑賞することでどんどん睡眠時間が減少したり、様々な楽しいことがありました。
また、辛いことも度々ありました。悩みを抱えている方と1on1していると、何も言えず、話を聞くことしかできないということがありました。あるいは、伝えた言葉の数々について、後になってから「あんなことを言ってよかったのだろうか?」と悩むこともありました。もしかしたら対話というのはそういうもので、それでよかったのかもしれません。でも、もっと「心」というものについてしっかり学んでみたいという思いが徐々に強くなっていきました。
学び始める前後でのギャップ
そんなわけで一念発起して放送大学に入学し、仕事の合間に心理学を学んでいます。
ここでは、実際に学び始める前と学び始めてからで感じたギャップについて書きます。
なお、僕は何かを新しく始めるとき、基本的に「下調べ」というものをほぼやりません。なので一般的には「えっそんなことも調べないままに始めたの?」と指摘をもらうことがしばしばあります。
学問の区分けが細かい
こちらのサイトに細かく説明がありましたが、心理学はその中で、学問領域がとても分かれています。
また、「認知心理学」についても学習していますが、各種感覚器官や脳の働きなどについても取り扱っていてとてもおもしろいです。
統計学の知識も必要になる。
心理学では様々な調査が行われますが、そこでは統計学、中でも主に推測統計学が使われます。主な用途としては「因果関係の特定」です。
多くの場合、調査対象全てに対して調査を行うことは極めて困難です(例:日本にいる全ての国民を対象とした調査)。そのため知りたい対象の集団(母集団)から、実際に調査を行う対象である集団(標本)を選び出し、その調査結果を推測統計学を用いて分析する必要が出てきます。
Σ(シグマ)などの記号を用いた様々な数式が登場するため、数学がさっぱりな私は、最近プログラミング言語の「R」を学び始めました。
社会心理学をほんの少しだけ取り上げてみる
それでは、たったの2ヶ月間ですが、実際にどんなことを大学で学んでいるのかというのを少しでも書いてみたいので、社会心理学のほんの一部分を取り上げてみることにします。
今回は、現時点で最も興味を持って学習を取り組んでいる「社会心理学」という学問領域から、ほんの一部について狭く、浅く取り上げたいと思います(いつか狭く深く取り上げられるほどの知識量が身に付いたら、改めて記事を書いてみたいと思います。)。
社会心理学とはどのような学問なのか
社会心理学とは何か? ゴードン・オルポートは、社会心理学を以下のように定義しました。
他者が実際に存在したり、想像の中で存在したり、あるいは存在することがほのめかされていることによって、個人の思考、感情、および行動がどのような影響を受けるかを理解し説明する試み
(Allport, G. W., 1954を森津太子著 社会・集団・家族心理学 放送大学教材より引用)
おもしろいのは、この定義には「社会」という言葉が一度も登場しないのです。自分と他者がいる環境=社会
であり、その他者が物理的に存在しなくても、例えば想像上の他者が自分になんらかの影響を与えることがあるとしたら、それは社会心理学がとりあげる必要のある事柄であるということです。
「対人認知の歪み(バイアス)」について考えてみる
社会心理学において、今回は数ある項目の中から、きっと私が最も興味を持つものの一つである「対人認知の歪み」について、放送大学教材である森津太子著 社会・集団・家族心理学 放送大学教材を参照しながら考えてみたいと思います。
私がなぜ対人認知の歪みについて興味があるかというと、私が結構すぐに「この人ってこういう人だな。仲良くなれるかもしれないから話しかけてみよう」とか、「この人、ちょっと合わないかもしれないな・・・少し距離を置いた方がいいのかもしれない」などと、あまり対話をしないうちにそのような意思決定をしてきた経緯があり、ときには人間関係構築の機会を逸してきたのではないだろうか? と思うことが度々あるからです(典型的な「人を選ぶ」タイプ。HSP的なところが私にはあるので慎重なんだろうと思いますが。)。
暗黙の性格理論
私たちは普段から、周囲の他者について、「この人って信頼できる人だよな」「この人、今ちょっと怒っているのかな・・・?」などという考えを巡らせています。それは、その人の顔や手足に「私は信頼に足る人です」「私は今怒っていますよ!!」などと書いているわけではありません。多くの物事を、私たちはその人の言動や表情、過去の経験や周囲の意見などから推測しています。
もちろん、その推測は多くの場合正しくありません。実際にその他者本人に、
「あなたのこと、信頼してもいいのかしら?」
「もちろんさ。僕のことを信頼しないなんて手はまずないね」
みたいに確認し合えればまだいいですが(?)、多くの場合そんなこともできません。そうなると、正しくない推測がそのまま「その人の印象」となります。
私たちは、どのように他者の性格を推測しているのでしょう? 例えばある人が「正直な」人だと知ると、その人はおそらく「信頼できる」人だろうと自然に推測することがあります(実際には、一見正直だけど全然信頼できない人だっています。)。
私たちは、他者の性格についての独自の理論を持っているのだと考えられています。ブルナーらはこれを「暗黙の性格理論」(Bruner, J. S. & Tagiuri, R.(1954) The perception of people. In G. Lindzey (Ed.))としました。
ステレオタイプ
対人認知の歪みを生み出すものに、「ステレオタイプ」というものがあります。ステレオタイプは特定の他者ではなく、性別・人種・職種・年齢などで区分された集団・成員に対して持っている抽象化された知識です。
これも、もちろん必ずしも正しい知識ではありません。それは少なくない方々にとっての共通認識ではないかと思います。
さらにはこのステレオタイプには、しばしば肯定・否定といった「評価」が伴います。こういった特定の集団成員に対し抱く評価的・感情的反応が偏見であり、ステレオタイプや偏見をもとに、特定の集団成員に対して向けられる具体的な行動が差別です。
確証バイアス
暗黙の性格理論やステレオタイプなど、必ずしも正しい知識ではない情報は、ときに一種の期待として働き、対人認知を特定の方向に導く枠割を持ちます。その一つに「確証バイアス」というものがあります。
H.H.ケリーは、ある日大学生にこんなようなことを言いました。(Kelley, H. H. (1950). The warm-cold variables in first impressions of persons. Journal of personality and Social Psychology, 18, 431-439.)
「今日の授業は、臨時の講師に行ってもらうことにする。今から配る文章にその先生についての紹介文が書かれているから、読んでおくように。」
この配られた文章、実は内容が2種類あったのでした。半数の学生に配られた文章には「彼は非常に温かい人だ」と説明されており、もう半数に配られた文章には「彼はやや冷たい人だ」と説明されていました。
授業後の調査で、「温かい人」と書かれた文章を受け取った学生は、「冷たい人」と書かれた文章を受け取った学生より、講師に対してより好意的な評価が多く、「配慮があった」「ユーモアに溢れていた」「人情味があった」などと評価されました。また、授業内で行われたディスカッションにも、「冷たい」と紹介された学生よりも積極的に参加したそうです。
「バイアス」とは「認知の歪み」を指しますが、この実験結果ではあらかじめ与えられた情報が期待として働き、その証拠となる講師の言動に目が向き、逆に反証材料となる講師の言動は軽視される「確証バイアス」が生じたのだと考えられます。「温かい人」と事前に説明されたら良い面に目が向き、「冷たい人」と事前に説明されたら悪い面に目が向く(口調や視線、黒板にチョークで字を書く音などの材料でも、「冷たい人」を確証付ける証拠になり得てしまう)ということです。
このようなことは、実は私たちの身の回りでも度々起きているのではないでしょうか。
例えば会社で働いていると、「あの部署の人たちって体育会系のノリだよね」や、「エンジニアってPCばっかり触っててどうもノリが悪いよね」などといったステレオタイプがあるとします。確証バイアスが生じると、その事前情報が「期待」となり、それを確証する言動に目がいってしまい、「なるほど、ステレオタイプは本当だったのね」と「確証」されてしまうというわけです。
会社で働いていると、どうしても大なり小なり、複数組織間での分断というものが生じることは多いと思います。その分断が生じる裏側には、もしかしたらこういった要素が潜んでいることもあるのかもしれません。
物事をバイアスなしに全て性格に認知することは難しい(というか不可能)と思いますが、例えばなるべく主語を大きくせず、一つ一つの事柄として向き合うといったことを、意識して行うことがとても大事なのかもしれません。
相互理解のための対話
少し大学で学んでいる心理学の話からは逸れてしまいますが、最後に私が以前読んだ一冊の本、「共感という病」を紹介します。
先ほど書いたように、個人的な人間関係構築をもっとなんとかできないだろうかという悩みに加え、SREとして様々なグループの方々と会話をするようになったからなのか、いつの間にか「異なる集団成員間での分断」という問題が、私の中でとても重要な問題となりました。何かこの問題解決のためにできることはないだろうかと本を探し、出会ったのがこの本でした。
著者の永井氏は、ソマリア・イエメンなどの紛争地にて、紛争の仲介・解決や、テロ組織から投降した人や逮捕された人たちの更生支援をされている方です。紛争当事者間の和平プロセスでは、双方の言い分が全く違うところからスタートしなければなりません。また、どちらか一方の勝利や紛争強度の低下などをするよりも、対話を通じて紛争解決と平和構築に一丸となって積極的に向かっていく方が、より本質的な紛争解決とその後の平和構築に繋がるため、「対話」が重視されているのだそうです。
ただ、この対話はもちろん簡単なものではありません。永井氏らは、お互いの理解を目的とした「戦略的対話」を活用しており、この戦略的対話の成功に必要な4つの心得を本の中で紹介しています。
- 基本的に目的は「相手の理解」である
- 相手と同じ次元のことについて思考・発信していることを意識する
- 「理解を深めているときが最も緊張や対立が高まる」ということを事前に心得る
- 特に交渉的なニュアンスがある戦略的対話の場合、そのタイミングが熟していることが大切
読んでいて、3がとても印象的でした。
また、戦略的湧いたの4つのテクニックも紹介されています。
- アクティブリスニング: 相手を認め、信頼と敬意を築くとともに、相手の感情とその背景を把握する行為
- ルーピング: 相手が言ったことを聞き返すことで、その理解を確認するという行為
- リフレーミング: 相手が言ったことを、別の形で言い直すことで、より前向きな形にする行為
- クエッショニング: 目的に応じて適切な問いを投げかけ、ここまで得た理解を素地に、さらなる対話や問題解決の道筋を創るという行為
ひとつひとつを掘り下げて考えたいところなのですが、字数がすごいことになってしまいそうなので今回はトピックを紹介するのに留めます。ご興味があれば是非読んでみてください。
おわりに: (早いけど)心理学を学んでみてよかったか
まだ2ヶ月間しか経っていないので総括を書くにはあまりにも早すぎるのですが、すでにいろいろなことを考えさせられていますし、やはり学んでみてよかったなと感じています。
私が所属しているLITALICOは障害福祉関連の事業を展開していますが、今回触れた対人認知に関わることでは、「障害と偏見・差別」という問題はとても根深い問題です。自分の関わっている事業がどのようなものかをより深く理解するためにも、引き続き学んでいきたいと考えています。
長文でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
(補足)実際に何の科目を学んでいるか
今年2021年10月から、「三年次編入学」という形で入学しました。
私はなんの目標もないとすぐにだらけてしまうため、いったん「認定心理士」という資格を取得することを目標に置いています。それに向けて取得が必要な単位が設定されているので、数年かけてこちらにある単位を取得していきたいと考えています。
現在(2021年2学期)取っている授業はこれらです。
Discussion
とても興味を持ちました。その後や現在のところについてもお話をお伺いしたいです。