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オフライン強化学習のスケーリング問題を解決する「地平短縮」手法

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中野哲平です!機械学習周りで、勉強・研究・評価・評判をしてますので、ご一読いただけると助かります。

はじめに

強化学習(Reinforcement Learning, RL)の分野において、データとモデルの規模を拡大することで性能向上を図る「スケーリング」は重要な研究課題です。今回紹介する論文「Horizon Reduction Makes RL Scalable」(2025年6月)は、オフライン強化学習におけるスケーリングの根本的な課題を明らかにし、その解決策として「地平短縮」という手法を提案しています。

背景知識:オフライン強化学習とは

強化学習の基本概念

強化学習は、エージェント(学習者)が環境との相互作用を通じて最適な行動戦略(方策)を学習する機械学習手法です。エージェントは行動を選択し、環境からの報酬(フィードバック)を受け取りながら、累積報酬を最大化するような方策を獲得します。

オンライン強化学習 vs オフライン強化学習

従来の強化学習(オンライン強化学習)では、エージェントが環境と実際に相互作用しながらデータを収集し、同時に学習を進めます。一方、オフライン強化学習は、事前に収集された固定データセットのみを使用して学習を行う手法です。

オフライン強化学習の利点:

  • 危険な環境での安全な学習が可能
  • データ収集コストの削減
  • 既存の大規模データセットの活用

地平(Horizon)とは

強化学習における「地平」とは、エージェントが考慮する時間の長さ、つまり現在の行動から最終的な目標達成までのステップ数を指します。地平が長いほど、現在の行動と最終的な報酬との因果関係が見えにくくなります。

研究の動機と課題

スケーリングの理想と現実

理想的なオフライン強化学習アルゴリズムは、十分なデータ、計算資源、モデル容量があれば、複雑さに関係なくあらゆる問題を解決できるはずです。しかし、本研究では従来の1000倍規模(通常の数千倍)のデータセットを用いた実験を通じて、既存手法が期待通りにスケールしないことを発見しました。

「地平の呪い」問題

研究チームが特定した主要な問題は「地平の呪い」です。これは以下の要因によって生じます:

  1. 価値関数推定の誤差蓄積:長期的な価値を推定する際、各ステップでの小さな誤差が蓄積され、最終的に大きな推定誤差となる
  2. 方策学習の困難さ:現在の行動と最終的な成果との関連性が薄れ、適切な行動を学習することが困難になる

提案手法:地平短縮技術

研究チームは地平の呪いを解決するため、2つの地平短縮アプローチを提案しました。

1. 価値関数の地平短縮

従来のSAC+BC(Soft Actor-Critic + Behavior Cloning)手法では、1ステップのTD(時間差分)更新を使用していました。これをnステップリターンに変更することで、より短期的な価値推定を行います。

従来:V(s) = r + γV(s')  # 1ステップ更新
提案:V(s) = Σ(γ^i * r_i) + γ^n * V(s_n)  # nステップ更新

この変更により、価値関数の推定がより安定し、誤差の蓄積を抑制できます。

2. 方策の地平短縮

階層的な方策構造を導入し、問題を2段階に分解します:

  • 高レベル方策:長期的な目標を短期的なサブ目標に分解
  • 低レベル方策:各サブ目標を達成するための具体的な行動を学習

この階層構造により、複雑な長期タスクを管理しやすい短期タスクの連続として扱えます。

3. SHARSA:統合アプローチ

SHARSA(Short Horizon Actor-critic with Regularized Subgoal Architecture)は、上記2つのアプローチを組み合わせた手法です。価値関数と方策の両方で地平短縮を適用することで、相乗効果を狙います。

実験結果と評価

スケーリング性能の劇的改善

実験結果では、地平短縮技術によって以下の改善が確認されました:

  • 従来手法:データ量を増やしても性能が早期に頭打ち
  • SHARSA:データ量に応じて継続的な性能向上を実現

多くのタスクで、従来手法では成功率0%だったものが、SHARSAでは大幅な改善を示しました。

限界と課題

一方で、以下の課題も明らかになりました:

  1. 完全習得の困難さ:地平短縮を適用してもタスクを完全にマスターすることは困難
  2. TD学習の完全回避:時間差分学習を完全に避けることは実用的に困難
  3. 階層構造の拡張:2階層を超える汎用的な階層構造の導入は未解決

今後の研究方向性

スケーリング特性による評価軸

本研究は、強化学習アルゴリズムの評価において「スケーリング特性」という新たな軸の重要性を提示しました。従来の固定データセットでの性能評価に加え、データ量やモデル容量を変化させた際の性能変化を評価することが重要です。

理論と実践のギャップ

地平の呪いは理論的には克服可能とされていますが、実用的なアルゴリズムへの組み込みには課題が残ります。今後の研究では、理論的知見を実践的な手法に翻訳することが重要になります。

まとめ

この研究は、オフライン強化学習におけるスケーリング問題の根本原因として「地平の呪い」を特定し、地平短縮技術によってその解決策を提示しました。SHARSAのような統合アプローチは、大規模データを活用した強化学習の可能性を大きく広げる重要な一歩といえます。

しかし、完全な解決には至っておらず、より高度な階層構造や理論的基盤の強化など、今後の研究が期待される分野です。強化学習の実用化に向けて、スケーリング特性を重視したアルゴリズム開発が今後の重要な研究方向となるでしょう。


この記事で紹介した研究は、Park et al. (2025) "Horizon Reduction Makes RL Scalable" に基づいています。詳細な技術的内容については原論文をご参照ください。

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