「アジャイルリーダーシップ」の実践と、株主資本主義社会における組織3.0の立ち位置
こんにちは、ログラスでエンジニアをしております、いとひろ(itohiro73)です。
本記事は株式会社ログラス Advent Calendar 2022の1日目/Engineering Manager Advent Calendar 2022 #2の1日目の記事になります。
ログラスは、創業3年目でまだ60人弱の規模感の会社ですが、なんと今年初めてのアドベントカレンダー参戦で、プロダクトチームとビジネスチーム両方でアドベントカレンダー完走を目指しています!なかなかのチャレンジだと思いますが、やっていきの気持ちでがんばって参りたいと思います!!
また、急遽ではありますが、カレンダーの初日が空いており記事の内容としてとてもマッチしそうに感じたのでEngineering Manager Advent Calendar 2022 #2にもデュアルエントリーさせていただきました。エンジニアリングマネージャーの皆様にも読んでいただき、ぜひ感想をいただきたいです。
さて、本記事では、つい最近発売されたばかりの書籍「アジャイルリーダーシップ」(Zuzana Šochová 著 株式会社ユーザベース 訳)と、そこから得られたインスピレーションについて書いていきたいと思います。
この本が届いたのはこの記事を書き始めるつい2日前くらいだったのですが、パラパラとめくって読んでみたところ今の自分が置かれている環境にピッタリの本すぎてとにかく面白い。アドベントカレンダーでこの本のことを書くつもりは全くなかったのですけど、急遽このネタでいこうと筆を進めようとしております。どんな形で記事が仕上がるかは、自分でも予想がつかない状態で書き始めております。
ログラスにおけるアジャイルリーダーシップの実践
本書を読み進めるにつけて、ものすごい既視感を感じるところが多くありました。というのも、自分がログラスという会社に2ヶ月前に入社して以来、毎日のように自己組織化されたチームの強力さを目の当たりにしてきており、本書を読んで改めてそれらの要因が言語化された感覚を持っているからです。
ここでは、いくつかピックアップして、ログラスで実際に私が観測したアジャイルリーダーシップの実例、あるいはアジャイルリーダーシップが発揮される組織の特性を挙げてみたいと思います。
徹底した透明性
この本では、アジャイルな組織の実現に欠かせない要素として「徹底した透明性」を上げています。
自分はつい3日前に入社エントリとしてこちらの記事を公開したのですが、こちらの記事でログラスという会社の徹底した透明性の高さについて書いたばかりでした。
- 徹底した全社組織間の透明性の高さ
- 経営議論や投資家MTGも含め議事録はすべてNotionで公開(人事情報等の秘匿情報は除く)
- 社員全員の取説(自己紹介的なページ)がNotion上で共有・公開されている
- 入社オンボーディングで、職種問わず入社メンバー全員参加で自社プロダクトを学び、ドメイン知識の共有とプロダクトの現状(強みとまだ足りていないところ)が初週で体感できる
- ナナメンターと呼ばれる所属チーム外の先輩社員がメンターとしてつき、入社後1ヶ月を1on1で伴走してくれる
- 毎朝のシャッフルチェックイン(=4人ほどで仕事開始時10分ほどの雑談タイム)、毎週のランダム1on1が全社で組まれており、職種をまたいで同僚を知る機会がある
- OKR(目標管理手法の一つ)がNotionでDB化され、経営陣から各チーム、個人メンバーまでの目標設定が全て見えるようになっている
- 全社でmiro(オンラインホワイトボード)で同一のボードで議論しており、マネージャー陣の議論や、他チームの振り返りやブレスト議論等、自チーム以外のブレストも全て見える
- リモートでもオフィスでも全社員がTeamflow(オンライン上のバーチャルオフィス)上にいて、同僚はオンライン上でいつもすぐそこにいる
- 共有・議論系のMTGでは必ずSlack上でワイワイスレ(=皆でわいわい感想を述べたり議論したりするスレッド)がつくられ、オンライン上でコメントや質問が活発に行われる
- CEO/セールス/CS等とお客様の商談動画やオンボーディングのMTGがプロダクトチームと共有されており、プロダクトチームが積極的にお客様の声・一次情報をとりに行くことができている
- 結構地味にすごいと思ったのは、カレンダーの調整や1on1でのランチ行こうみたいな普通であれば個人間のDMでやってしまいそうなことも、その相手とのtimes上でやりとりされる
入社後に感じたログラスの組織としての自律性の高さというのは、この徹底した透明性の高さに一つの要因があるのだなというところが、この本を読むことですごく腑に落ちた気がしています。
適応性
また、本書ではアジャイルを一言で表すと「適応性」であると表現しています。
つい最近、ログラスではCEOの布川から意思決定に関しての重要なメッセージが発せられました。それは、可逆な意思決定に関しては合意形成に時間をかけることなくスピーディーにやっていくというものでした。ログラスは透明性高く、自己組織化された組織である一方、お互いがお互いの意思を尊重する気持ちが強いが故に合意形成に時間をかけがちな傾向が出てきているのではないかという懸念を危惧してのメッセージ発信でした。
このメッセージを受け、皆が共感し、Slack上では即座に「可逆」と「オリャッ」という絵文字が爆誕しました。とにかく素早い意思決定をしていくために、可逆なものはオリャっと決めていこうという文化が一気に醸成されたのです。
自分も活用しております
このように、意思決定の速度を速めるために明確なメッセージを発するという経営陣のアジリティに対しての意識の高さと、このようなある種トップダウンなメッセージに対しても素早く柔軟に変化できる現場の「適応性」の高さが相まって、この組織力は非常に強固なものだなというのを実感しています。
システムコーチング
本書では、「システムコーチング」をアジャイルリーダーシップモデルにおける重要スキルのひとつと捉えていて、日常的に使うべきものであるとしています。これは正直なかなかに高い要求だなと感じるのですが、ログラスではこのような高い要求さえも実現しています。
ログラスでは、エンジニアリングマネージャーの松岡が主導して、組織全体に「システムコーチング」が広まっています。
システムコーチングは正式にはOrganization and Relationship System Coaching(ORCS)と呼ばれ、1対1で行われるコーチングと違ってチーム全体の関係性に対して働きかけるコーチングです。
私は、入社して数日後に自チームにおけるシステムコーチングのエクササイズのひとつであるDTA(Designed Team Alliance: 意図的な協働関係の構築)を体験しました。チームの一人一人の想いが体感覚として表現され、お互いの関係性が深まっていく感覚を身をもって体験しました。
DTA(意図的な協働関係の構築)の様子
上記の写真はDTAのエクササイズのひとつで、コーチからの問いに対してジェスチャーで表現することで言語化できないものを引き出す効果があります
このようなシステムコーチングは、会社内で開発チームにとどまらず、セールスチームやマネジメントチームにおいても活用されています。
自分はプロコーチとしての活動もしており、コーチングに関してはある程度慣れ親しんでいるつもりでいるのですが、このようなレベル感で組織の内側からコーチングマインドが広まって浸透している状態というのはこれまで見たことがありません。正直驚愕でした。
コーチング仲間も驚く「普通では起こらない」組織状態
アジャイルリーダーシップの目指す組織3.0と株主資本主義社会のインピーダンスミスマッチ
さて、ここまで私の所属するログラスという会社が特性として持っているアジャイルリーダーシップの実例について書いてきました。
それでは、このようなアジャイルリーダーシップが存在する、自己組織化され各メンバーが創発的リーダーシップを発揮する組織(本書では組織3.0と表現されている組織)というのは、現代の株主資本主義市場を生き抜いていくにあたって万能なものなのでしょうか。
ここに関して現時点で自分は明確な答えを持ち合わせていないのですが、「株式会社」という組織形態においては、実は成長過程のどこかで難しさが生じてくるのではないかというおぼろげな感覚があります。この感覚を言語化してみたいと思います。
組織の進化
この本の第3章「組織の進化」では、3つの異なる組織パラダイムについて書かれています。
- 組織1.0: 従来型
- 組織2.0: 知識型
- 組織3.0: アジャイル
組織1.0は従来型の組織で、ビジネス上の課題に対処するために、役割と責任が明確に設計されたピラミッド型の組織です。1970年代頃の、階層が深く権力で満たされた組織構造がこの組織1.0の段階になります。
1990年代に入ると、本書で組織2.0と呼んでいる知識型の組織形態となり、絶えず変化する世界や複雑化するタスクに適応するために、専門化・プロセスの導入・組織構造で対応するような組織へと進化していきました。職能型組織や、マトリックス型組織のような、組織が対峙する問題解決に最適化されたある程度構造化された組織構造のことを表現しているのだと解釈しました。
さらに時代が進み、現代のようなVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)な時代に対応するための自己組織化された組織体系が必要とされるようになりました、このような、柔軟性と変化への高い適応力を備えたアジャイルな組織を組織3.0と呼び、そこで必要とされる「創発的なリーダーシップ」の大切さが本書では語られています。
組織3.0とティール組織
本書で提唱するアジャイルリーダーシップで実現しようとしている組織3.0という世界観では、「ティール組織」という概念がそこかしこに登場します。このことから、実は「組織3.0」という組織形態はそもそも既存の株主資本主義の枠組みを超越した世界観を目指しているのではないか、という仮説を私は持っています。
フレデリック・ラルーの「ティール組織」で語られている「ティール」という概念は、インテグラル理論と呼ばれるケン・ウィルバー氏が提唱する成人発達理論における枠組みをベースにしています。
インテグラル理論においては「レベル・段階」と呼ばれる概念があり、レッド→アンバー→オレンジ→グリーン→ティールといった、色の変化で発達段階のモデルを表現しており、ティール組織の「ティール」はこのインテグラル理論のティール段階のことを指し示しています。
(インテグラル理論も変化してきており、文献によって色と段階の表現が変遷してきています。ここでの表現は「入門 インテグラル理論」を基にしています)
- レッド(利己的段階)
- アンバー(神話的合理性段階)
- オレンジ(合理性段階)
- グリーン(相対主義型段階)
- ティール(統合的段階)
これらの発達段階モデルでいうと、実は既存の株主資本主義社会における成長と最も相性がいいのは合理性段階であるオレンジの発達段階なのではないかなと私は感じています。というのも、グリーンの発達段階は多様性を重視する相対主義的な段階に達しており、かならずしも既存の資本主義を絶対視しない領域に入り込んでくるからです。そこからさらにティールの段階まで発達していくと、統合的段階として「含んで超える」ような領域に達していきます。誤解を恐れずに表現するならば、出家僧のように精神世界や宗教の領域にも入り込んでいき、科学と宗教、物質世界と精神世界、内面と外面、自分と他者のような領域に境界を設けずを統合的にとらえていくような発達段階になります。このような領域に達した状態では、資本主義社会での成功というのはもはや目的とならず、そもそもその枠組みで何かを達成していくようなドライビングフォースは働かないのではないかなと感じます。
このように、「ティール組織」というのはそもそも資本主義社会で成長していくことを目的とするような発達段階ではないため、資本主義社会の枠組みである「株式会社」でそのような組織形態を目指すというのはかなり違和感があります。
一方、昨今では、株主資本主義からステークホルダー資本主義への変遷が謳われています。これはまさに社会そのものがオレンジ的な段階からグリーン的な段階へと発達してきていることを示唆しているのだと思います。
このような成熟した社会においても、実際に株式会社に対して影響力を持っている株主たちが株式会社に期待することとしては、経営計画に基づいたロードマップの実現や、KPIや既存の類似企業の成長モデルをベースにした成長曲線を描くことであることには変わりありません。また、昨今のような市場の冷え込みに対し、どのような計画性を持ってコスト削減を実現し、予実の管理や成長の蓋然性を確保していくのかの説明責任を期待するでしょう。
株式資本主義に対峙する組織2.0と組織3.0
株主資本主義という枠組みのなかに生きる我々が、アジャイルリーダーシップが発揮されるような自己組織化された組織で勝ち筋を見出すような状態を目指していく上では、組織の在りかたをどのように考えていく必要があるでしょうか。私の稚拙な仮説としては、構造的に物事を解決していく組織2.0的なパラダイムを採用する領域と、自己組織化された創発的な方法論で物事を解決していきたい組織3.0的なパラダイムを採用する領域、さらにそれらの境界に生じるインピーダンスミスマッチを誰がどのように吸収するかの見極めと設計を丁寧にしていく必要があるのではないかなと思っています。
これについて以下で順を追って見ていきます。
まず、会社組織の外側からの力学としては、株主・投資家の期待として、中長期的な経営計画を定め、年次や半期・四半期で計画された予算や達成目標・数値目標を決め、その目標に対して構造的に課題解決してほしいという期待値がメッセージとして発せられると思います。これは組織2.0的な期待と言えるでしょう。
それに対し、例えばもし会社全体を組織3.0として運営していきたいのであれば、株主と対峙する経営層のレイヤーでインピーダンスミスマッチを解消する働きをする必要があるかもしれません。或いはプロダクト開発を担う組織のみを組織3.0として運営していきたいのであれば、経営層やビジネス事業部を組織2.0として運営しつつ、CTOやVPoEのレイヤーでプロダクト開発チームに対して組織3.0な創発性を与えていく必要があるかもしれません。あるいはさらに小さな現場のチームの領域でのみ組織3.0を実現したいのであれば、組織の大部分は組織2.0としての構造を設けつつ、エンジニアリングマネージャーのような管理職と現場のリーダーレイヤーの間で構造化と自己組織化のインピーダンスミスマッチを解消する必要があるのかもしれません。
実は、本書では「経営レベルでのアジャイル」や「アジャイル人事」、「アジャイル財務」等、全社的なレイヤーでの組織3.0のあり方が議論されています。しかしながら、このような経験・ケイパビリティを持っているような人材は世の中に溢れているわけではありません。世の人材市場に存在するほとんどの人はまだ組織2.0のあり方しか経験がないのではないでしょうか。
このように、株式会社という形態のなかで自己組織化された自律的な組織を運営していくためには、株主を含む外部のステークホルダーと対峙するまでのどこかの組織レイヤーではなんらかの組織2.0的な構造化を担うメタな存在は必要になってくるのではないかなとぼんやりと考えています。
本書では、アジャイルリーダーの成長モデルとして、エキスパート(専門性をもって課題解決を実現していくリーダー)→アチーバー(1対多の関係性で達成を促していくリーダー)→カタリスト(多対多で組織全体の成長を促す環境を作れるリーダー)というかたちでステップアップしていく必要性が語られています。こちらのホワイトペーパーでより詳細が語られているので興味がある方は参照してみてください。
少なくとも、上記で述べたインピーダンスミスマッチ解消を担うレイヤーにおいては、本書でいうところの「カタリスト」レベルの高いケイパビリティを擁し、解決したい課題領域に対して深い専門性を持ちつつも自己組織化された組織をある意味メタな視点で設計していかなければ、アジャイルリーダーシップが資本主義社会で勝ち抜いていくのは難しいのではないかと思っています。
既存の株主資本主義社会で成長をしていきたい組織において、アジャイルリーダーシップが発揮されるような組織形態を運営してく上では、組織の経営メンバーの指向性や成熟度・発達段階、組織を構成するメンバーの成熟度・発達段階によっても、どのように設計された構造(組織2.0)と自己組織化(組織3.0)を使い分けるのがベストなのかのアプローチは変わってくるのではないかなと思っています。
非常に難しいチャレンジとおもいますが、ここをうまく設計して現実世界で適用できるような事例や成功体験が出てくるとまた面白そうだな、という感覚を持っています。
ログラスというまだ生まれて3年目の若い組織でも、こういったまだ不確実な領域でチャレンジしていけると面白そうだなと感じています。今後ログラスがどのような組織形態を経てこの現代のVUCAな市場環境を生き抜いていくのか、成長していくのか、自分としても楽しみにしていきたいと思います。
さて、少し抽象的な話題に終始するかたちとなってしまいましたが、本稿としてはここまでとさせていただければと思います。ここまで読んでいただいた方、長々と抽象的な論にお付き合いいただきありがとうございました。楽しんでいただけたら幸いです。もし本稿からなんらかのインスピレーションを得たり、感じたことがありましたら、ぜひTwitter等で反応いただけると嬉しいです。
アドカレ的な締め
明日、株式会社ログラス Advent Calendar 2022の2日目は@mixplaceさんによるスプリントレビューについての記事です。お楽しみに!
明日、Engineering Manager Advent Calendar 2022 #2の2日目は@dskstさんによる「Organizational Decision Records」についての記事です。お楽しみに!
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