Agentforce World Tour Tokyo 2025でかんぽ生命のSalesforce Voice導入事例を見てきた
はじめに
本日、Agentforce World Tour Tokyo 2025で「IBMのAgentforce戦略とかんぽ生命『Salesforce Voice (Service Cloud Voice) による次世代コンタクトセンターの実現』」というセッションを聞いてきました。
正直、「レガシーな大企業がどうSalesforceを導入するか」という話は、自分の仕事とは関係ないかなと思っていたのですが、これが予想以上に面白くて、立ち見が出るほどの満席でした。
特にかんぽ生命の田代さんのお話は、アプリ開発者としても学ぶことが多かったので、印象に残ったポイントをまとめておきます。

Agentforce World Tour Tokyo 2025のセッション画面
セッション概要
登壇者:
- 日本IBM 富高氏(Salesforceプラクティス 日本責任者)
- かんぽ生命保険 田代氏(カスタマーサービス推進部・部長)
内容:
- IBMのAgentforce戦略
- かんぽ生命のSalesforce Voice導入事例

日本IBMとかんぽ生命の協業体制
IBMの戦略: 興味深い調査結果
富高氏のプレゼンで最初に出てきた数字が衝撃的でした。
74%の企業が顧客体験向上に苦労している
Salesforceを実際に使っているユーザー企業の**74%**が、顧客体験・顧客エンゲージメントの向上に苦労しているとのこと。
「こんなに強力なAI機能を使っているのに、なぜビジネス成果を生まないのか」という問題提起から始まりました。
この調査結果は、IBMが年次で公開している「The State of Salesforce」というレポートからの引用だそうです。このレポートは、導入前の話ではなく、実際に使った後にどう使っているか、どう困っているかをまとめたもので、日本語訳も公開されているとのことでした。
IBMのSalesforce領域の強み

IBMが発表した4つの取り組み
IBMは以下の4つの取り組みを発表しています:
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ゼロコピー統合
- ZメインフレームのデータをData 360に透過的に連携
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BYO LLM (Bring Your Own LLM)
- IBMのエンタープライズ向けLLM「Granite」をSalesforceに持ち込める
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Watson X Sales Prospecting
- Salesforce外のデータも含めた見込み客の発掘
- Agentforceと連携してリード登録
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Slack向けHR Q&Aエージェント
- Slack経由でHRの質問に自動回答
かんぽ生命の事例: ここがすごい
会社と事業規模
- 創業: 1916年(来年で110年)
- 顧客数: 約1,700万人
- 年間コール数: 約400万件
- 拠点数: 13拠点
- オペレーター数: 約1,000席
- 特徴: 全国2万を超える郵便局を通じた対面チャネル

かんぽ生命のコンタクトセンターの規模感
これだけの規模の企業が、どうやってモダンなシステムに移行するのか。それが今回の話のポイントでした。
直面していた課題
田代さんが説明した課題がリアルでした:
-
スケーラビリティの問題
- オンプレの専用端末のため、繁閑に合わせた増減ができない
- 拠点間の移動も困難
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システムの分断
- コールセンターとヘルプデスクが繋がっていない
- コールとチャットで別々のシステム
- ナレッジや人材の共有ができない
-
新技術の取り込みが困難
- オンプレ基盤では最新の技術を取り入れるのに時間がかかる
-
アフターフォローの難しさ
- 1,700万人という膨大な顧客数
- セールス社員だけではきめ細やかなフォローが行き届かない
なぜSalesforceを選んだのか

Salesforce Voice選定の理由
田代さんが挙げた理由:
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物理的な制約からの解放
- 繁閑に合わせたスケーリングが可能
- 機敏な試作にも対応
-
製品アップデートの恩恵
- 常に最新の顧客体験を提供できる
- 従業員体験(EX)も向上
-
オムニチャネル対応
- どのチャネルでも同じUI
- 統合的な管理が可能
Fit to Standard: 開発方針の転換
ここが一番印象的でした。
8:2の原則
ノーコード・ローコード : プロコード = 8 : 2

標準機能を最大限活用する8:2の原則
極力作り込まず、標準機能で実現する方針を徹底したそうです。
従来の開発スタイルからの脱却
田代さんの説明が面白かったです:
「当社のIT部門はユーザーに対してすごく優しいので、何でも作ってくれちゃうんですね。それだとFit to Standardができない」
従来の「Excelフォーマットで要件を提出→交換日記のようなやり取り→初めて画面を見るのはUATの時→『あれ?』となる」というウォーターフォール開発から、アジャイル開発に転換したとのこと。
意識改革の3つのポイント
-
パートナーへ: 遠慮なく言ってください
- 「どうやって標準でやるか」を提案してもらう
- 「よそはこんなことやってない」と言ってもらう
-
ユーザー内: 業務を変えることを受け入れる
- 標準に寄せることで業務が変わることを理解
- ユーザー側の意識改革
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現場ユーザーへ: しっかり伝える
- 何ができなくなるのか
- 代わりに何が手に入るのか
生成AIの活用: タイミングが完璧だった
開発途中で大きな出来事がありました。
Einstein GPT(現Agentforce)の発表です。
田代さんの話で印象的だったのが、「オンプレ開発だったら絶対にサービスインに間に合わなかった」という点。
従来なら:
- 新機能が出る
- 必要性を検討
- 予算を確保
- 製品選定
- 開発開始
となるところを、Salesforceを選んだことで数ヶ月で取り込むことができたとのこと。
「選んでなかったら、もう生成AI入れれてなかったかもね、というゾッとする話」
実装した機能
- 音声のテキスト化と要約
- 苦情フラグの自動判定
- お問い合わせ分類の自動化
- 複数チャネルからの問い合わせの統合サマリー
今までコミュニケーターが「頭の中で考えて、手で打っていた」ものを自動化したそうです。
開発中の課題が解決された話
開発中、以下のような課題を感じていたそうです:
- 日本語対応していない
- GPTのモデルが最新じゃない
しかし、数ヶ月ですべてアップデートされたとのこと。
「このアップデートのスピード感は、今までIT部門と一緒にやってきたスピード感とは隔世の感がある」
Dreamforceに若手を派遣
先日行われたDreamforceに、ユーザー側チームの若手エースを派遣したそうです。
帰国後の彼の言葉:
「もう間違いないです。Agentforceがこれからの主軸になるのは間違いない」
そこで知った情報:
- Agentforce Bytes: ユーザー側がエージェントを作れる時代
- Salesforce Voice日本語版: もうすぐリリース(予想より早い)
システム構成のポイント

システム設計で特に注力した3つのポイント
特に頑張って作った3つの部分:
-
PDC発信機能
- 標準にないアウトバウンド機能を実装
- ただし、作り込みは最小限に
-
保険手続き・契約情報の参照
- 基幹システムからAPIで参照
- データは腹持ちしない設計
-
生成AI対応
- 要件定義の時点で生成AIを念頭に置いたデータモデル設計
今後の展望: AIエージェント時代への準備
田代さんが語った今後のビジョンが興味深かったです。
コンタクトセンター業界の現実
- 人手不足は今後ますます厳しくなる
- 生成AIを使わずに今まで以上のサービスを提供するのは「もはや無理」
AIの活用方法
Agentforce的アプローチ
- 人の代わりをする
コパイロット的アプローチ
- 人を支援・エンパワーする
これにより:
- サービス品質向上
- 生産性向上
- 社員の安心感(EX)
- EXがCXに繋がり、会社が成長
ステップアップの構想
- レガシーシステムのモダナイズ(現在ここ)
- AIによるナレッジ支援
- AIによる自動応答
- AIと人が融合したサービス提供(最終目標)

2025年1月ヘルプデスク、3月コールセンターのリリース予定
ただし、田代さんは「製品側の進化のスピードがものすごく早いので、ユーザー側も食らいついていかないといけない」と語っていました。
必要なスキルの変化
企画側の人間:
- AIありきの顧客体験をデザインする能力
- 自らの手で実装できる能力
現場のコミュニケーター:
- AIにはできない価値を考える
- そのスキルを磨く
「AIが感情を持って、お客様への共感を持って、それがお客様に伝わるぐらいの応対ができるようになったら、もう人は何をするのか。本当に模索している」
印象に残ったポイント
1. Fit to Standardの徹底
「無理に叶えようとしない」というIT部門の姿勢転換。
これ、SaaSアプリ開発者としても考えさせられました。ユーザーの要望を全部叶えようとすると、結局誰にとっても使いにくいプロダクトになってしまう。
標準に寄せることで得られるもの:
- 製品アップデートの恩恵
- 保守コストの削減
- スケーラビリティ
- 新技術の迅速な取り込み
2. アジャイル開発への転換
「Excelフォーマットの交換日記」から「パートナーと一緒に開発」へ。
特に「遠慮なく言ってください」という姿勢が素晴らしいと思いました。これは、お互いの専門性を尊重し合う関係性がないと成立しません。
3. 生成AIの迅速な取り込み
開発中にEinstein GPTが発表されて、それをすぐに取り込めたという話。
「選んでなかったら、もう生成AI入れれてなかった」というのは、プラットフォーム選択の重要性を物語っています。
4. 製品アップデートのスピード感
「日本語対応していない」「GPTのモデルが最新じゃない」という課題が、数ヶ月で解決された。
SaaSプラットフォームの進化スピードに、ユーザー側も追いついていく必要がある、という話が印象的でした。
5. ユーザー部門の学習姿勢
Dreamforceに若手を派遣したり、Salesforceについて「勉強する」ことの重要性を強調していた点。
「Salesforceって何ができて、逆に何ができないのか」を理解することが、Fit to Standardの前提条件。
6. 現実的な目標設定
「1.0から2を越えて3までいく」という目標。いきなり10倍を目指すのではなく、着実にステップアップしていく姿勢。
7. EXとCXの関係
従業員体験(EX)が顧客体験(CX)に繋がり、会社が成長する、という考え方。
AIによって、オペレーターが「安心して働ける」環境を作ることが、最終的にお客様のためになる。
Party on Slack開発者として考えたこと
自分はSlackアプリの開発者として、以下の点が特に参考になりました。
プラットフォームの選択は重要
かんぽ生命がSalesforceを選んだことで、生成AIを迅速に取り込めた。
Party on Slackも、Slackというプラットフォーム上で動いているからこそ、Slack側のアップデート(新しいUI要素、AI機能など)の恩恵を受けられています。
Fit to Standardの考え方
「8:2の原則」は、マーケットプレイスに出すアプリ開発でも重要だと思いました。
カスタマイズ可能性を高めすぎると、保守コストが上がり、結局サステナブルじゃなくなる。
標準的な使い方で80%のユースケースをカバーし、本当に必要な20%だけをカスタマイズ可能にする。
ユーザーとの関係性
「遠慮なく言ってください」という姿勢。
Party on Slackでも、ユーザーから「これできませんか?」という要望をもらうことがあります。
その時に「できます」と安易に言うのではなく、「標準的な使い方だとこうです」「こういう理由でこの機能はありません」と説明することの大切さ。
AIの活用
かんぽ生命の「音声のテキスト化→要約→分類」という流れは、AIの実践的な使い方として非常に参考になりました。
Party on Slackでも、会話の要約や分類を自動化できる可能性があります。
まとめ
かんぽ生命の事例は、「大企業のレガシーシステム刷新」という話だけでなく、以下のような普遍的な学びがありました:
- Fit to Standard: 標準に寄せることで得られる長期的なメリット
- アジャイル: パートナーとの協働関係の重要性
- プラットフォーム選択: 進化の早いプラットフォームを選ぶことの価値
- 学習姿勢: ユーザー部門も継続的に学ぶ必要性
- 段階的な進化: いきなり10倍ではなく、着実に2倍、3倍を目指す
特に印象的だったのが、田代さんの「製品側の進化のスピードに食らいついていかないといけない」という言葉。
技術の進化が早い今、ユーザー側も開発側も、お互いに学び続けることが必要なんだと感じました。
2025年1月にヘルプデスク、3月にコールセンターがリリースされる予定とのことなので、その後の続報も楽しみです。
参考
- Agentforce World Tour Tokyo 2025
- セッション: 2-E5「IBMのAgentforce戦略とかんぽ生命『Salesforce Voice (Service Cloud Voice) による次世代コンタクトセンターの実現』」
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