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Flow Production Trackingにおける大容量アセット管理の仕組み ~クラウド技術で実現する高速表示と配信~

2025/03/24に公開

Flow Production Trackingにおける大容量アセット管理の仕組み ~クラウド技術で実現する高速表示と配信~

TL;DR

Flow Production Tracking(旧ShotGrid)は大容量アセットを高速に扱うために以下の技術を採用している:

  • アップロードされたメディアの自動トランスコードとプロキシ生成
  • AWS S3とCloudFrontを活用したCDN配信
  • 地理的に最適化されたリージョン選択(日本なら東京リージョン)
  • 署名付きURLによる直接アクセスモデル
  • マルチパートアップロードによる大容量ファイル転送の効率化

これらの技術により、日本を含む世界中のスタジオで大容量メディアをストレスなく扱える環境が実現されている。

はじめに

映像制作の現場では、日々大量の高解像度素材が生成され、それらを効率的に管理・共有することが重要です。特に複数拠点や外部クライアントとのやり取りが発生する場合、従来のファイルサーバーベースの管理では限界があります。

私自身、以前の職場でShotGrid(現Flow Production Tracking)を使っていた際、「なんでこんな大きな動画ファイルがブラウザ上でサクサク再生できるんだろう?」と不思議に思っていました。特に日本からでもレスポンスが良く、海外サービスなのに違和感なく使えたのが印象的でした。

今回は、Flow Production Trackingが大容量アセットをどのような技術・構成で高速に扱っているのか、特に日本国内でも快適に利用できる理由について調査してみました。

GUIクライアントでの高速表示技術と仕組み

Flow Production Trackingでは、アップロードされた高解像度メディアを自動的に最適化して表示しています。この最適化プロセスが、ブラウザやデスクトップクライアントでの快適な閲覧体験を支えています。

自動トランスコードとプロキシ生成

動画ファイルをアップロードすると、システムは自動的に以下の処理を行います:

  • 元の高解像度ファイルをS3に保存
  • Web向けに最適化された720p程度・約2MbpsのH.264圧縮MP4ファイルを生成
  • 一部ブラウザ向けにWebMファイルも生成
  • HTML5プレーヤーでのプログレッシブストリーミング用に最適化

これにより、元の巨大ファイル(数GB〜数十GB)を直接開かなくても、軽量なプロキシ版でレビューできるようになります。同様に画像についても、アップロード後に自動的にサムネイルが生成され、一覧ページなどで高速表示されます。

面白いのは、これらのサムネイルはクラウド上にのみ保存され、ローカルには置かれないという点です。これによりローカルディスクの容量を節約しつつ、必要なときだけクラウドから取得する効率的な仕組みになっています。

CDNキャッシュとストリーミング技術

メディアファイルの配信には、Amazon S3の**転送速度最適化(Transfer Acceleration)**が使われています。これは内部的にAmazon CloudFrontのエッジサーバー網を利用して、ユーザーに近いサーバーからデータを届ける仕組みです。

例えば、日本のユーザーが動画を再生する場合:

  1. リクエストが東京などの最寄りのCloudFrontエッジに到達
  2. エッジサーバーがS3からデータを取得(初回のみ)
  3. 以降のアクセスはエッジサーバーのキャッシュから配信
  4. ブラウザ側でもキャッシュされるため、繰り返し閲覧時の待ち時間が最小化

この仕組みにより、ユーザーは大量データを扱っていることを意識せずに、シークやループ再生も快適に行える体験が実現されています。

採用クラウドサービスとインフラ構成

Flow Production TrackingはAWS上に構築されており、大容量アセット管理の中核としてAmazon S3を利用しています。アップロードされたメディアデータ(動画、画像、3Dファイルなど)はすべてデフォルトでAutodesk管理のS3バケットに安全に保管されます。

S3とCloudFrontによる高速配信

S3は耐久性99.999999999%の高信頼ストレージであり、暗号化やアクセス制御によって機密データも保護されています。各サイト(プロジェクト)のデータはリージョンごとに分けられたバケットに保存され、管理者はサイトの設定でアップロード先リージョンを選択できます。

利用可能なリージョン例:
- 米国オレゴン(us-west-2)
- 東京(ap-northeast-1)
- アイルランド(eu-west-1)
- シドニー(ap-southeast-2)
など

リージョン設定を変更すると、新規アップロード分から変更先のリージョンに保存される仕組みです。既存のファイルは移動されず引き続き従来リージョンから配信されますが、システム側でシームレスにアクセス可能です。

署名付きURLによる直接アクセス

メディア配信時にはS3の署名付きURLが発行され、クライアントは一定時間有効な直接アクセス用URL経由でS3(実態はCloudFrontエッジ経由)からデータを取得します。これはアプリケーションサーバーでボトルネックを作らないクライアント直取得モデルのため、帯域をフルに使った高速ダウンロードが可能です。

またマルチパートアップロードにも対応しており、巨大ファイルは複数に分割して並行転送できます。ネットワーク不調で一部が失敗してもその部分だけ再送すればよいため、信頼性と速度両面でメリットがあります。

このようにAWSのスケーラブルなインフラ(S3+CloudFront)を活用することで、オンプレミスサーバーを用意せずとも世界中のユーザーに高速なコンテンツ配信が可能な構成になっています。

日本国内でストレスなく使える理由

日本のユーザーにとってFlow Production Trackingが快適に利用できるのは、地理的・ネットワーク的な最適化がなされているためです。

東京リージョンの活用

まず、東京リージョン(ap-northeast-1)のS3バケットが用意されており、サイトを東京リージョンに設定すればアップロードデータは日本国内に保存・配信されます。物理的距離の短さから低遅延・高速通信が期待でき、実際ダウンロード再生時の待ち時間やシークの引っかかりが少なくなります。

公式ドキュメントでも「ユーザーに近い場所にメディアファイルがあることで再生時の問題が大幅に減り、ページ内サムネイルの読み込みも速くなる」と述べられています。

グローバルネットワークの最適化

仮に他リージョン(例:米国)にデータがあっても、前述のS3 Transfer Accelerationにより日本からのアクセスはAWSグローバルネットワークを通じて最適化されます。CloudFrontのエッジロケーションは日本国内にも配置されているため、データの取り出し経路上でのインターネット遅延を大幅に削減できます。

さらにAutodesk側で全ホスト型サイトに対して基本的に転送高速化設定が有効化済みで提供されており、ユーザーは意識せずとも最速経路で通信できます。

要するに、コンテンツを「ユーザーの近く」に置く仕組みと、ネットワーク上のボトルネック回避によって、日本の制作スタジオでもShotGrid/Flowをストレスなく利用できているのです。

制作スタジオ視点でのシステム構成・インフラ戦略とベストプラクティス

スタジオ側から見ると、Flow Production Trackingのクラウド基盤を如何に自社のパイプラインに組み込むかがポイントになります。以下にベストプラクティスやインフラ戦略の例をまとめます。

クラウドストレージリージョンの最適選択

サイト設定でチームに最も近いリージョンを選ぶことで転送効率が最大化します。日本拠点なら東京リージョンを選択するのが望ましく、これによりアップロード・ダウンロード双方で大幅な時間短縮が得られます。

メディアのプロキシ化と整合性

動画や画像はShotGridに任せて自動変換・プロキシ化するのが基本です。スタジオ独自にエンコードしたファイルを直接アップロードすることも可能ですが、その場合でもShotGridの推奨コーデック設定に合わせておく必要があります。

自動トランスコードを活用すれば、ブラウザやクライアントがサポートする形式(H.264/WebM)のプレビューが常に用意されるため、現場の様々な端末で確実に再生できます。

クライアントレビュー機能の活用

Flowには外部クライアント向けにワンクリックでメディアを共有できるクライアントレビューサイト機能があります。これも内部では署名付きURL経由でS3上の動画を配信するため、安全かつ高速です(外部ユーザーにも地理的に近いエッジから配信されます)。

社外への大容量データの受け渡しもクラウド経由で完結するため、別途ファイル転送サービスを使わずに済み効率的です。

自社AWS環境の活用(メディアイソレーション)

大規模スタジオやセキュリティ重視の現場では、Autodesk管理のS3ではなく自社所有のS3バケットにメディアを保存するオプション(Isolation)が提供されています。これによりスタジオはデータへの完全な所有権を持ち、独自のライフサイクル管理やコスト最適化策を適用できます。

ShotGrid自体は引き続きAutodeskのAWS上で稼働しつつも、メディアだけはスタジオのクラウドに置かれる形です。必要に応じてS3の暗号鍵管理(SSE-KMS)やバケットポリシーもスタジオ側で細かく設定でき、社内セキュリティ基準に沿った運用が可能になります。

専用ネットワーク経路の確保

上記Isolation機能をさらに進めて、社内ネットワークとShotGrid間をAWS PrivateLinkで直結する構成も考えられます。AWS上に専用VPCエンドポイントを設けてShotGridサービスにプライベート接続すれば、メディアの送受信が完全にAWS内部経路となりインターネットを経由しません。

オンプレミスとAWS間もDirect Connect等で接続すれば、まるで社内NASにアクセスするかのような安定高速なファイルIOが実現できます。これらは高度な構成ですが、機密コンテンツを扱う大手制作会社では実際にShotGrid Private Cloudソリューションとして採用例があります。

ローカルストレージ連携

過去からのパイプラインで既にオンプレミスNAS上に素材管理している場合、ShotGridのローカルファイルリンク機能を使いパス(UNCやパス変換)だけを登録する運用も可能です。これなら既存の社内ストレージ構成を変えずに進行管理部分だけShotGridを使えます。

ただしこの方法だとクラウド上でプレビュー閲覧したり外部と共有する恩恵が得られないため、必要最低限のファイル以外はクラウドに上げてしまう方がコラボレーション効率は高いでしょう。

まとめ

Flow Production Trackingではクラウドインフラとデータ最適化によって大容量アセットを迅速に扱える環境が提供されています。スタジオ側ではAWS上の信頼性に支えられたこの基盤を活かしつつ、自社のワークフローに合わせて柔軟に構成を選択できます。

個人的には、こうしたクラウドベースのアセット管理の仕組みは今後ますます重要になると思います。特に分散チームやリモートワークが一般化する中で、物理的な場所に依存しない高速なメディア共有の仕組みは必須です。

Flow Production Trackingの事例は、単なる制作管理ツールの話に留まらず、大容量データを扱うクラウドシステム設計の参考にもなるのではないでしょうか。適切なリージョン設定とAutodeskのベストプラクティスに従うことで、日本国内を含めグローバルに分散したチームでもストレスのないメディア共有・レビュー体験を実現できるのがFlow (ShotGrid) の強みです。

参考資料

"The ability to store media in the region closest to your team can significantly improve upload and download speeds, as well as reduce latency for video playback and image loading."

(訳: チームに最も近いリージョンにメディアを保存する機能により、アップロードとダウンロードの速度が大幅に向上し、動画再生や画像読み込みの遅延も軽減されます。)

— Flow Production Tracking 公式ドキュメントより

以上。

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